第113話 奇襲を仕掛けた


「見ろタケト、あれが今回の大樹界会議の会場となっている建物だ」


「あれって――あれが?」


 侵入してきた魔王軍が引き起こす争乱のゲルガンダールの街並みを走る中、そう言ったリリーシャが指し示した先を見た瞬間、俺は思わず声を上げずにはいられなかった。

 大樹界に住み暮らす亜人族達の代表が集まって話し合う大樹界会議は、元の世界で言うところの国際会議みたいなものだろう。だからその舞台となる会場も、○○メッセのようなランドマーク級のデカい建物がそびえ立っているんだ、というようなそんな風に思い込んでいた。

 だが、危険を冒してまでリリーシャに案内されてやって来た大樹界会議が行われているという建物はというと――


「なんていうか……微妙だな」


「地味だ!」


 そう、一言で表すなら、まさに今ラキアが言った言葉がぴったり当てはまる、そんな可もなく不可もない何の変哲もない建物だった。

 いや、別に一般のドワーフの家庭が住み暮らす家というわけじゃない。確かに会議場と言われれば納得できるだけの敷地の広さと建物の大きさを十分に備えている。

 だが、これが大樹界を代表する亜人族が集まって話し合う場としてふさわしいだけの豪華さや格式があるかと言うと、はっきりとノーということができる、そんな建物だった。


「ここは、ゲルガンダールに本拠地を構える、とある商会の主の別邸の一つでな、どうやらドワーフ族の四元老の一人と密かな繋がりがあるらしい。その伝手で今回の大樹界会議の会場に使われることになったようだ」


「リリーシャ、お前のことを疑うわけじゃないが、本当にここで合ってるんだよな?この建物の見た目はともかく、見た感じだと外に警備兵の一人も見当たらないぞ」


 最低でも正面玄関だけには立っていてしかるべき衛兵の姿すら見えない事実は、さすがにリリーシャを問い質さずにはいられなかった。


「タケトの言いたいこともわからないではない。だが、使う予定のないこの別邸に昨日までに食料などの物資が搬入された情報と、商会の主が全商会員に一定期間中はここに近づくなと厳命していること、そして、何より私のカンがこの別邸が大樹界会議の会場として使われていると告げている」


「……わかった。というより、せっかくここまで来たんだ、中を調べればそれで済む話だしな」


「そういうことだ。だが、問題はどうやって調べるか、だ」


「……お前でも難しいか」


「侵入と脱出自体はそれほど難しいことではない。だが、ゲルガンダールでは古強者と評判の商会の別邸だ、何か仕掛けが施されていると考えるべきだろう。もし、そこから私の素性や滞在先がバレてしまえば少々面倒なことになる」


「つまりこの別邸に侵入して、中がどうなっているか確認するのは難しいってことか……いや、待てよ。要は中で異変が起きているかどうか知るだけなら――」


「おいタケト、何を――」


 そこに気づいた俺はリリーシャの声を聞き流しながら、腰の赤竜棍を引き抜いて連結し、一定以上の魔力を込めながら地面に向かって軽く突き立てた。


 コーーーン


 魔力感知。

 地面に触れた赤竜棍の先端から放たれた魔力の波動は真円を急速に拡大させつつ周囲の建物すべてに行き渡り、目当ての大樹界会議の会場にその端が触れた途端、得体のしれない悪寒が俺の全身を駆け巡った。


「おいタケト!街中でいきなり魔力の波動を放つ奴があるか!今は魔王軍が攻めてきていてそこら中で魔法が使われているから誤魔化せるからよかったものの、これでライネルリス辺りに気づかれていたら即スパイ罪で投獄だぞ!」


 リリーシャののその叫びでようやく我に返り、これまでの無自覚な自分を反省した。


 ……そうだ、これまで何度も便利使いしてきた魔力感知だが、状況次第では誰かに気づかれる可能性もあるんだよな。

 これからは、もう少し時と場所を考えて使うとするか。


「あ、ああ、悪い」


「まったく――で、何が見えた?いや、聞くまでもないのか。そんなに顔色を変えておいて異常が無かったはずがないからな」


「ああ。これまで感じたことがないほどのおぞましい存在があの別邸の中にいる。確証はないが、おそらくアンデッドの類いだと思う」


「……先祖に対して敬う文化がとっくに強い傾向にある亜人族から、これまで死霊術師を輩出したとは聞いたことがない。それ以前に重要な会議にアンデッドが紛れ込むはずがないんだがな――とにかく、これであの別邸を堂々と調べるための口実はできた」


「よし、ならあとは突入するだけなんだが……」


 そこまで言った俺は一つの事実に気づき、その原因となった奴へと視線を向けた。


「ラキア、お前にはここで待機してもらう。別邸への突入は俺とリリーシャの二人だ。いいな」


「なんだと!?そんな話は聞いていないぞ!」


「そりゃそうだ、そんな話をした覚えはないからな。ていうか、遠距離専門のお前を連れて行っても仕方がないだろうが。ここは俺とリリーシャに任せておけ」


「ご主人様が私をのけ者にするぞー。ブーブー」


 案の定というか安定のキャラというか、俺と別行動と言われたラキアがアヒル口をしながらブタの鳴き声で抗議活動を始めてしまった。

 アホの星に住むブタの鳴き声のアヒル口――いやもう自分でも何言ってるのかわけわからんくなってきた……


「あーもうブーブー言うな!お前は子供か!――まあそれは置いといて、別にのけ者にしてるんじゃない。必要だからお前に外にいてもらうんだ」


「なに、本当かご主人様!」


「本当だから俺の話を聞け。いいか、俺達の姿が窓越しに見えたら――」






「竹田無双流免許皆伝竹田武人、推して参る」


 とまあ、そんな感じでこの大樹界会議の会場に突入する段取りをリリーシャとラキアの三人で練り上げ、ラキアの援護もあって出来過ぎなくらいに議場への突入を成功させて、リリーシャを後ろに連れながら堂々と名乗りを上げた俺だったが、敵らしき三人(一人と二体?)も含めた全員がこちらを注目する中で、まず初めに確認しておくべきことがあった。


「あー、手遅れ感満載なのは自覚してるんですけど、一応確認ということで――ここは大樹界会議の会場で、現在そこの魔王軍の魔導師っぽい奴とアンデッドに襲撃されてる真っ最中、そういう認識で合ってますか、ライネさん」


 さすがに、未だに呆然としている見知らぬドワーフや獣人に話しかけるのも何だったので、知った顔であるライネさんに聞いてみる。


「……え?私?――そうよ、その通り。そこにいるのは魔王軍三大軍団、銅巧魔導師団の大幹部、六杖衆のシャクラさんと言うそうよ。それにしてもよくこの状況がわかったわね――あ、タケトさん達に救援に来てもらったのは有難いのよ。でも、ちょっと援軍が期待できない状況だったものだったから、ちょっとびっくりしちゃって……」


「え、ああ……企業秘密です」


「き、きぎょ?なんだかわからないけれど、深くは追及しないわ。そう言えば、外にいたはずの警備の人達はどうしたの?彼らがタケトさん達をすんなり通したとは思えないのだけれど……」


「あ、あはははは……後でフォローしてあげてください」


「そう……まあ、今は非常時だから大目に見てあげるわ」


 魔力感知で知った状況的に時間との勝負だと思ったので、避けられない最低限の人員だけ気絶、拘束しましたと馬鹿正直にこの場で答えるわけにもいかず、お茶を濁したような返事というなんとも不本意な答え方になってしまったがさすがはライネさん、俺の意図をある程度汲んでくれたようだ。


「あ、貴方達は一体……?」


「彼らは援軍ですよ、ゲルマニウス殿。それも私が全幅の信頼を置いている、ね」


「なんと!?ライネルリス殿が人族に対しても偏見を持っていないと知ってはいましたが……」


 ライネさんの言葉を聞いたゲルマニウスと呼ばれた傷だらけのドワーフ、その俺を見る目が変わった。

 いや、彼だけじゃない。ラキアが仕留めたアンデッドに駆け寄る死霊術師と微動だにしないアンデッド以外の全ての視線が俺に向けられている。

 ――参ったな、さすがにここで深編笠を付けていると完全に不審者扱いされると思ってスッピンでやって来たのだが、その判断が間違っていたと思わされるくらい居心地が悪い。

 だが、俺にとっては幸いないことに、それ以上誰かから問い詰めるような言葉が出ることはなく、また、そんな余裕のある状況でもなかった。


 ヒステリー感満載の魔族の声が響き渡ったからだ。


「よくも、よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもやってくれましたね!!このマギ・イモータルウォーリアは導師が考案された理論を私が形にした、いわば実験体。行く行くは倒した亜人だけでなく魔族の死体も利用しての一大軍団を作り上げようという壮大な計画、その第一歩となる貴重な雛形を壊してくれましたね!貴方達、外のゲルガンダールの民がどうなってもいいのですか!?」


「ん?何か脅されてるのか?」


「奴はゲルガンダールの人達をアンデッドに変えると脅して、私達をこの議場に釘付けにしているんだ」


 また分からない情報が出てきて首を傾げた俺に、これまた傷だらけのジルジュが寄ってきて耳打ちしてくれた。


 なるほど、そりゃ大変だ――俺が一直線にここまでやって来ていたらの話だが。


「それって、ゲルガンダールの坑道に潜んでいた死霊術師のことだろ?今頃は、ほとんどの術師が見つかって袋叩きにされてると思うぞ」


「なっ!?そ、そんなバカな!あり得ない!」


「死霊術師っていう隠し玉を俺が知ってることが何よりの証拠だろうが。疑うなら確かめてみろよ。自慢の配下の状況を察知する手段の一つくらい持ってるんだろ?ちなみに現在捕まってない死霊術師は後二人――あ、今あと一人になったな。その一人も坑道をさ迷いまくって絶賛迷子中みたいだぞ」


「はあ?そんなわけが……ぐっ、ぐぎぎぎぎ……!?」


 自重しなくてもいい状況と判断してもう一度魔力感知を使って確認してみたのだが、外が順調に鎮静化しているのとは対照的に、目の前で対峙している死霊術師はさらに怒りを募らせていた。


「タ、タケト……その、言いにくいんだが、本来の魔力感知っていうのは、そんな風にゲルガンダール全体をカバーできるような便利なものじゃないぞ。大魔導師級でも有効範囲は精々数十メートルだ。もちろん私は信じているが、お前の言っていることは魔導士の常識ではあり得ない離れ業なんだぞ?」


「えっ、そうなのか?いや、魔王軍屈指の魔導師だって聞いたからてっきり……」


 ジルジュからの助言でまた一つこの世界の常識を学んだ俺だったが、同時に一つのミスを犯してしまっていた。

 これまでの人生、普段からあまり他人を見下すような態度はしないようにしようと常に心掛けてきたのだが、シャクラという魔導師に無意識に向けた目線にもしそんな感情が乗ってしまっていたとしたら、非常に申し訳ないと思う。


 つまり何が言いたいかというと――用意周到に準備を重ねて満を持して実行した大樹界会議襲撃を思わぬ形で狂わされた挙句、俺から憐みの目を向けられた魔王軍銅巧魔導師団六杖衆シャクラは、有体に言って激怒していた。

 もちろん、さっきまでとは比べ物にならない形相で。


「貴様ーーー!!私の壮大な計画を邪魔しただけでなくこのシャクラ様を無視するとはもう我慢なりません!」


 そこまでは憤怒の表情で怒鳴り散らしていたのだが、シャクラという死霊術師が本当に恐ろしいことを言い始めたのは、ブレーカーが落ちたように能面の顔つきに変化した後からだった。


「コホン、――それなりに高い魔力をお持ちのようなので、私の実験体にして差し上げようと思いましたが気が変わりましたよ。まずは四肢の腱を切ってその憎たらしい舌を切り落とした後で、手足の指の先からアンデッドに齧らせてあげるとしましょう。ああ、ご心配なく、その高い魔力の源である内臓は意識を保ったまま、私を怒らせたことを後悔させながら切除して魔道具の材料にして差し上げます」


 どんなに気持ちが悪くて生理的に受け付けない思考の持ち主でも、初めて戦う相手のことを知るのは重要な要素だ。

 そもそも死霊術師という存在の知識がほとんどない俺にとっては、一見無駄にしか見えないこの会話もシャクラの手の内を読むための心理戦の一種として必要な時間だ。

 だが、乱入者である俺とリリーシャはともかく、戦闘の真っ最中だった大樹界会議のメンバーまで動かないことには疑問を感じざるを得ない。


「タケト、詳しい説明は省くが、あそこにいるアンデッドはいずれも大樹界中にその名と強さがが知れ渡っている方々ばかりだ。その実力は各種族の王と同等、しかもこちらはまともな装備がない分だけ不利な状況だ。正直、タケトが来てくれなかったらどうなっていたことか……」


「なるほど、少しだがそれで状況が読めた」


 魔導師タイプに見えるライネさんはともかく、ジルジュを含めてこの場にいる大樹界会議のメンバー全員がかなりの手練れだってことは一目見ればわかる。

 そんな彼らが攻撃どころか迂闊に動けない状況にあるということは、それだけあのアンデッド達が油断ならない相手だということだ。

 ――こりゃ、ラキアに外から狙撃させて大正解だったな。正直、あれ以上ごねられていたら、根負けして同行を許可していたところだった。

 グッジョブ俺。


 とまあ、話を聞かずにそんなことを考えていたことが顔に出ていたのだろう、対峙しているシャクラの顔が再び引きつっていた。


「……どうやら敵味方の概念以前に、あなたは私が最も嫌う、礼儀知らずな性格の持ち主のようですね、人族の青年よ。これまで非道を重ねてきた自覚はありますが、今日が最も残酷になれそうですよ――やれ、マギイモータルウォーリア!!まずはあの生意気な人族を叩きのめすのです!!」


 さすがはアンデッドと言わんばかりに、それまで微動だにしていなかったフルプレートのドワーフと弓を持ったエルフのアンデッド。

 そこに死霊術師であるシャクラの命令が飛ぶことにより、まるで駒落としのような速すぎる動きで俺に肉薄――



 する予定だったんだろうな。



「な、何故動かないのです!?早く動きなさい!主の命令が聞けないのですか!?」


 シャクラは再度命令するが、別に彼らがサボっているわけではない。むしろ命令は忠実に実行されている――ただ、これまでとは違った意味で自分の意志では微動だにできないだけだ。

 実際には、大樹界を代表する戦士達を圧倒した二体のアンデッドは、攻撃どころかその場から一歩も、一動作も、指一本すらも動かなかった。動かせなかった。

 その周囲に視認すら困難を極める極細の糸を何本も煌めかせながら。


「まったく、確かに室内なら私の糸の独壇場とは言ったがな、これだけ広い空間に、しかも短時間で張り巡らせるのは一筋縄ではないのだぞ」




 そう言いながら俺の横に並んだリリーシャ。

 彼女には俺が時間稼ぎをしている間にシャクラの死角となる俺の背後にさりげなく移動してもらい、得意技の一つである鋼糸術で二体のアンデッドを拘束してもらっていたのだ。

 ――ふう、多少時間はかかったが、命令があるまで動かないアンデッドと俺とのお喋りに興じていて仕掛けを疑いもしなかったシャクラのおかげだな。


「というわけで、これであなた達が外に出る障害は一つもなくなったわけだ、ジルジュ、ライネさん。ここは俺達に任せて、外の対処に向かってほしい」


「……ここはタケトさんの厚意に甘えるしかなさそうね。行きましょう皆さん、どうやら私達がここでできることはもう何もなさそうよ」


「……わかりました。ライネルリス殿の言葉に従いましょう。アンゲス殿、トゥーデンス殿、トラゼス殿、先行して臨時指揮所の設置を始めてください」


「むうう、俺としてはいささか以上に消化不良なのだがな。まあ、ライネルリス殿とゲルマニウス殿が退くと言っている以上、俺だけが駄々をこねるわけにもいかんか」


「な、ならば、せめて私だけでもこの場に残って援護を――」


「何を言っているのジルジュ、あなたが一番重傷なのだから、足手まといにしかならないわ。それに、私が逃げると言っているのに、まさか従者のあなたがついてこないわけはないわよね?」


「うぐ……わかりました、ライネルリス様の行く手は私が斬り開きます!」


 そんな感じで、俺の言葉を聞いてくれたライネさんがジルジュを含めた他のメンバーを説得してくれたおかげで、撤退はスムーズに進もうとしていた。


 ――まあ、当然のことながらそれに異を唱えるものが一人いるわけだが。


「そんなことをさせるわけがないでしょうが!!『ダークボール!!』」


 ゴオウ!!


 ライネさん達の逃走を阻止しようとするシャクラの銅の杖から放たれた漆黒の魔法弾が、議場の扉に向かうその途中で、俺が振り下ろした赤竜棍に阻まれてその進路を赤絨毯が敷かれた床へと変更した。



 ドオウン!!



「うおっ!?床に穴が開きやがった!なんて危ねえもん撃ちやがる!」


「邪魔をするなと言ったはずですよ!よほど自分から殺してもらいたいようですね!」


「だから相手してやるって、そう言ってるのがわからないか?あー、つまりあれだ、『ここを通りたければ俺を倒してからにしろ』ってやつだ」


「………………いいでしょう。あなたとそこのダークエルフをさっさと始末すればいいだけのことです。人族の青年よ、このゲルガンダールを火の海にしてしまう行動をとってしまったことを悔やむことすらできない、この世の地獄を見せてあげましょう!」


 ずいぶんと残酷なシチュエーションが好きな様子のシャクラ。

 もちろん、俺の答えは決まっている。


「じゃあ、その決して叶わない妄想も含めて、お前ら魔王軍の企みを俺達が全部潰してやるよ」

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