第98話 エルフ二人と会話した
ティリンガの里でネルジュ達セーン一族の人達と別れ、竹船に乗る俺達は、ライネさん率いるティリンガ族が有する大型船と共に、旅の目的地であるゲルガンダールへと向かうことになった。
乗組員は俺、ドンケス、ラキアの三人と、唯一セーン一族から同行を申し出たジルジュの四人。
そして残る一人、リリーシャはティリンガの大型船の個室から出てこなかった。よほどティリンガのエルフと顔を合わせたくないらしい。
とりあえず、ティリンガ族の好意で届けられる食事は最低限摂っているようなので、好きにさせることにした。
さて、そんな感じでティリンガの里からゲルガンダールまでの水上の七日間が始まったのだが、本来は次々と魔獣が襲い来るはずのこの大樹界の真っただ中において、俺は絶賛暇を持て余していた。
なにしろ、
「お食事です」
三度三度の食事の世話、
「ここは我らにお任せを」
船を襲ってくる魔物の撃退、
「この船のコントロールは万全です」
果ては風魔法による俺たちの乗る船の操作まで、すべての作業がライネさんの命令によってティリンガのエルフたちに行われた結果、俺達コルリ村組の役割はひたすら船上でダラダラするだけ、という日々を過ごすことになってしまった。
それと同時に、言葉こそ丁寧だったが、一貫して能面のような表情で接してくるティリンガのエルフたちの態度にはどうにも馴染めず、居心地の悪さを味わう羽目にもなった。
しかも、少しは交流を持とうとこっちから話しかけてもすべて無視、もはやイジメの領域に達している。
そんなわけで、ゲルガンダールに着くまでの間は文字通り《観光客》となった俺達ができることと言えば、周囲の景色を見ながらのんびり釣りをするか、同乗者と話をすることくらいだった。
せっかくの空き時間を無駄に過ごすことはないと思った俺は、まだあまり互いのことを知らず、かつ話の通じる相手と交流を深めることにした。
「というわけだ。交流を深めに来てやったぞ」
「なにがというわけなのか全くわからんぞ。まあいい、こちらも一度タケトとゆっくり話しておきたいと思っていたところだ」
ちょうど釣りをしていて暇そうだったイケメンエルフから釣竿を取り上げてその辺に放り投げ、俺はジルジュと向かい合うように腰かけた。
ちなみに、ラキアはドンケスに作ってもらった、ナイフと竹竿を組み合わせた銛もどきで水面とにらめっこの真っ最中。
その制作者であるハイドワーフは、自分の仕事は終わったとばかりに俺の背負い籠から出したすだれで日陰を作って昼寝を始めていた。
その様子を横目に見ながら、とりあえず何から話そうかと考えていると、ジルジュの方から話を切り出してきた。
「すでにティリンガの里を出た後でこんなことを言うのもなんなのだが、あの水鉄砲とやら、本当に我らがもらってよかったのか?」
「ん?ああ、あれか、本当に今更だな」
ジルジュの言うあの水鉄砲というのは、元の世界にあったものを参考にした、強力な水流を発射するように作った魔道具のことだ。
「す、すまない。本当はもっと早くこの話をすべきだったんだが、今の一族の苦境を思うとこちらから大幅な戦力ダウンを切り出す勇気がなかったのだ」
うなだれながら話すジルジュだが、その気持ちは分からないじゃない。
別れ際のネルジュの話では、いずれはティリンガの里を離れてセーン一族の集落を復活させたい望みがあるような印象を持っていた。
だが、生き残ったのはほとんどが女子供。
そんな彼らが一人も欠けることなく安全にティリンガの里までたどり着けたのは、ひとえに水鉄砲による遠距離で魔物を撃退できた事実が大きい。
「いや、別に構わないぞ。そもそも返してもらうつもりなら、ティリンガの里を出る前にそう言ってるさ。でもそうだな、自衛目的以外で使わない、一つでも他の誰かに渡したりしない、この二つを守ってくれさえすればいい」
「も、もちろんだ。まだ短い付き合いだがタケトの信条くらいは理解しているし、私も族長もそのくらいの道理は弁えているつもりだ!セーン一族の誇りと私の命に懸けて誓おう!」
「そ、そうか、それならいいんだ」
思ったよりもジルジュの返事が強かった。ていうか、命を守るための水鉄砲なんだから命は懸けないでほしい。
――まあ、実は族長でジルジュの父親でもあるネルジュには事前に同じ話をして同様の約束を取り付けてあるから、それほど心配はしていない。
それともう一つ、あの水鉄砲が場合によってはリアル銃以上の性能を発揮できたのは、セーン一族の水魔法の適性とエルフならではの射撃能力が合わさったからこそだ。
竹でできているから仮に仕組みが流出したとしてもコピーは作れないし、作れたとしても普通に使うだけなら人の骨を折れるかどうかという威力、兵器としては中途半端な代物にしかならない。
俺のセーン一族への信頼を考慮に入れないとしても、兵器のブレイクスルーを起こす危険は限りなく低いと言っていいだろう。
とはいえ、そんなことを馬鹿正直に話してジルジュに余計な重荷を背負わせる必要もないので、少々強引だと自覚しつつも、俺は他の話題を振ることにした。
「そういえば、ジルジュは俺達がゲルガンダールで用事を済ませた後もついてくるんだよな?」
「ああ、タケトやドンケス殿さえ良ければだが、できればコルリ村とやらまで同行したいと思っている」
「そりゃまたなんで……って、たしか俺達の護衛目的だっけか?でも、こう言っちゃなんだが――」
「わかっている。私もエルフ、いや、大樹界の亜人の中でも腕が立つ方だと自負しているが、タケトとは実力を比べるのもおこがましいほどの差があることは分かっているつもりだ」
「さすがにそれは謙遜が過ぎるだろう」
セーン一族を助けたあの時、俺はジルジュが風の魔力で作られた大剣をまるで体の一部のように自在に操っていたところを目にしている。
後でドンケスに聞いたところによると、あれは剣技と魔法の両方を高いレベルで習得していないと実戦では役に立たない、《魔法剣》という、非常に使い手の少ない希少な技術らしい。
確かに、魔法剣を使う場面をちょっと想定しただけでも、とっさの敵の襲撃にも誰よりも即応できたり、武器の持ち込みが禁止されている場所でも如何なく実力を発揮できるなど、その有用性は計り知れない。
そもそも、今俺達がこうして観光気分で旅をできているのは、ジルジュ達セーン一族のおかげでもある。
そういう意味でも、ジルジュの同行を断る理由などハナからないのだ。
「俺もコルリ村の中では新参者だからこんなこと言うのもなんなんだが、最近は外から人が移住してくることが多くてな、今更ジルジュ一人が増えたところで誰にも文句は言われないと思うぞ」
「あら、面白そうな話をしているのね。私も混ぜてくれないかしら?」
突然舞い込んだその声は、もちろん俺に返事をしようとしたジルジュのものではない。
俺達が乗る竹船のはるか先、ティリンガ族の大型船の方を見ると、船の主であるライネさんがにんまりとした笑顔でこちらを見ていた。
「ちょっとお邪魔させてもらうわね。よっ、と」
フワリ
「は――!?」
ライネさんのセリフが何を指しているのか理解する前に、エルフの女王の体が音もなく宙を舞い、まるでワイヤーアクションを見ているかのように不自然な軌道を描いて俺とジルジュの間にゆっくりと着地した。
「相変わらず見事な《エアリアルロンド》ですね、ライネ姉さん。ですが、船の主に断りもなくやって来るとは、少々無礼が過ぎるのでは?」
「そうねジルジュ、あなたの言う通りだわ。ごめんなさいねタケトさん。でも、そのお話にとても興味があったものだから、ついね」
どうやら風の魔法で一切裾を乱すことなく空中移動をやってのけたらしいライネさんは、まるでいたずらを見つかった少女のような顔をして謝ってきた。
……完璧に整ったその美女な顔でそれをやるのは反則だろ。
まあちょうどいい、ライネさんにも聞きたいことがあったしな。
あの能面顔で接してくるエルフたちに取り次いでもらうやっかいな手間が省けたと思えば、この状況はむしろラッキーともいえる。
「ねえタケトさん、聞いた話だと、このジルジュがタケトさんの住んでいるところにお邪魔するって聞いたのだけれど、本当かしら?」
「ええ、その通りです」
「その目的の一つが、人族の暮らしや文化を学んで見聞を広めるためとも聞いたけど?」
「そうだと聞いてますけど、それが何か?」
「ついでといっては何なのだけれど、よければティリンガからも一人加えてはもらえないかしら?」
「……俺がそれを受けなきゃならない理由が思い当たらないんですけどね」
ぶっきらぼう、というよりは、もはや不信を通り越して敵対の意志アリと受け取られても仕方のない物言い。
そのことを自覚しつつも、俺はライネさんに対して警戒心を一気に引き上げざるを得なかった。
ティアたち獣人の子供たち、黒曜、ドンケスの忠告。ティリンガ族にコルリ村を見られることで生じるリスクはパッと思いつくだけでもこれだけある。
同じエルフでも、付き合いは短くともドンケスの旧知の仲であり、互いに信頼関係で結ばれたジルジュを招き入れるのとではわけが違う。
少なくとも、最悪ライネさんとこの場で戦う羽目になろうとも、迂闊に飲むわけにはいかない提案だということだけは間違いない。
「ああ、待って待って、別にタケトさんを怒らせるつもりはなかったの。女王なんて面倒な役目を背負っていると、どうしても陰湿な駆け引きで交渉するクセがついちゃってね。今回はそんなことをするつもりはないの。タケトさんにはゲルガンダールを出るまで考える時間をあげるし、もちろんその結果断ってくれても構わない。それに考えてくれるだけで、こっちから一つ贈り物をさせてもらうわよ」
「……ずいぶんと気前がいいんですね」
「もともと無条件で提案しようと思っていたからあんまり気にしなくてもいいわよ。で、話は変わるのだけれど、タケトさんたちはゲルガンダールが目的地なのだと聞いたけれど、どうやって中に入るつもり?」
「え?――そりゃあ、普通に正面からですよ」
「でもゲルガスト――今はドンケスと名乗っている、そこの有名すぎるハイドワーフを連れて入るのは大変だと思うわよ」
「もちろん、そこは考えがあります」
「ふうん……どういう方法を使うのかは知らないけれど、あなたたちだけで入るのは多分無理よ」
何だ?ライネさんは一体何が言いたいんだ?
「その様子じゃ本当に知らないみたいね。じゃあ、私が大樹界会議に出るためにゲルガンダールに向かっていることも知らないのね」
「大樹界会議?」
「何だと!?それは本当か!?」
その言葉を口にする前に、船の端の方から大音量のリアクションが返ってきて、その声の主であるドンケスが船が揺れるのも構わずに走り寄ってきた。
「いくら私だってこんなつまらない嘘は言わないわよ、ゲルガスト。あ、今はドンケスだったわね。つい昔の癖で呼んじゃったわ」
「そんなことは今はどうでもいい!確か大樹界会議は四年に一度、次の開催は来年ではなかったのか!?」
「あのねえゲルガスト、あなたがいなくなってから何年経ったと思ってるの?二百年よ、二百年。それだけの時間があれば開催時期なんて変わっていてもおかしくないでしょう?」
「……ぐ、ぬかった」
その心底不覚を取った感じ満載の言葉を最後に、その場で長考に入ってしまったドンケス。
正直訳が分からないが、当のハイドワーフが疑問に答えてくれる様子は今のところ皆無だ。
ならば、俺の知りたいことを教えてくれそうな人は一人だけだ。
「あの、差し支えなければ今どういう状況なのか聞いてもいいですか?ライネさん」
「もちろんいいわよ、タケトさん。あなたにとっても関係のある話だしね」
「助かります」
俺の返事を聞いたライネさんは、満足そうな表情で話し始めた。
「大樹界会議っていうのはね、普段は交流のない各種族が三年に一度集まって、大樹界全体の大まかな方針や問題を話し合う場のことなのよ。開催場所は持ち回りで四大種族の本拠地で行われるんだけど、今回はドワーフ族のゲルガンダールってわけ。ここまではいいかしら」
「はい。大樹界で一番重要な場だってことくらいは」
「今はその理解でいいわ。当然、私もそのためにこうしてゲルガンダールに向かっているわけなのだけれど、大樹界中の重要人物が集まるということで、期間中は開催場所の警備がとても厳重になるのよ。わかりやすく言うと、身元が不確かな者は全員門前払いを食らうか、牢屋に閉じ込められるか、どちらかになるわね」
「ちょ、ちょっと待ってください。ということは――」
「タケトさんみたいな大樹界の外から来た人は問答無用で牢屋行きね。でも、多分だけどタケトさんが心配しているのはそんなことじゃないでしょう?大方ゲルガストのことだと思ったのだけれど正解かしら?」
「……おっしゃる通りです」
「うふふ、私、素直な人は好きよ。でもやっぱり、ゲルガストは大樹界に戻ってくるつもりは今のところないのね」
ライネさんのその言葉で、今更ながらに気づいたことがあった。
そもそもドンケスが今もドワーフ族のなかで伝説になっている以上、手紙の一つでも出してあらかじめ知らせておけば、向こうから迎えを出すくらい歓迎されるはずだ。
おそらくドンケスなら人族が知らない何らかの手段があるはずだ。
だが、実際にはとある方法でドンケスの素性がバレないように細工をして、ゲルガンダールに入ろうと考えていた。
初めは単に面倒事に巻き込まれたくないだけかと思っていた。
だが、ドンケスの正体が露見した時に果たして何事もなくコルリ村に帰れるか?むしろ真逆の結果が待っている可能性が極めて高いんじゃないか?
そう考えると、目の前のドンケスの動揺も納得がいく。
「俺が言うのも変ですけど、ドンケスはコルリ村での生活を相当気に入っているみたいです」
「それはなんとなくわかるわ。最後に会った時より今の方がなんだか生き生きしてるもの。正直、王だの大戦士だのってちやほやされていた頃のゲルガストって、私大嫌いだったの」
「それ、本人の前で普通言います?」
「いいのよ、どうせ自分の世界に入り込んでいて聞いてないだろうし。で、話を戻すのだけれど、タケトさんが私の提案を考えてくれる代わりに、私の力でタケトさんたちをゲルガンダールに入れてあげる。もちろんゲルガストの素性を明かさないままで。どうかしら?」
片目を
「タケト、私が言うのは身内びいきと思われても仕方がないが、この場合――」
「いいんだジルジュ、俺にも他に手はないことは分かっている」
言いにくそうに話すジルジュに皆まで言わせずに同意する俺。
……さっき完璧な彫像と思ったのは取り消そう。
少なくとも彫像には、こんなに人間味溢れた(演技かもしれないが)キュートな表情の変化を表現することは不可能だ。
そして、そんな風にライネさんに魅了されている時点で、俺個人の答えは決まっているも同然だった。
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