第95話 追手を撃墜した


「急げ!敵は待ってはくれんぞ!」


 いくら練度が高いといっても、所詮は水の上でありそこを人力で移動しているわけだから、急速に近づいてくる魔物に対して陣形を変えるためには当然それなりの時間がかかる。

 それでも、長のネルジュの叱咤に応えたセーン一族の女性たちが、幅広の川の上を表面上は焦りを見せることなく訓練通りに船の移動を完遂したころ、そいつらは姿を見せた。

 まるで見計らったかのように先ほどの鳴き声の主が俺達の前にその甲高い声を響かせながら、宙に浮かぶ小柄のドラゴンのような姿を俺達の前に現したのだ。


「やはりあの声、ワイバーンだったか」


「ワイバーン?ドラゴンとは違うのか?」


「……お前の世間知らずさを知るワシらはともかく、そのセリフは竜族に対する最大の侮辱だぞ。人前では絶対に言うなよ?」


 信じられないものを見る目つきで俺に注意してきたドンケス。

 じりじりと俺との距離を取ろうとしているあたり、万が一の時に巻き添えを食らいたくないというのが本心のようだが。


 ……ん?そう言えばドラゴンは見たことがあるが竜族って単語は聞き覚えがない気が――

 さらに質問してみたいところだったが今は非常時だということを思い出して、俺は上空からぐんぐん迫ってくるワイバーンへと改めて目を向けた。


 あの黒竜と比べるのも変な話だが、一言で言えば虚弱体質のドラゴン、というのが伝わりやすいだろう。

 全体的に細身でたいして筋肉がついているようにも見えず、人族の手でも攻撃すれば十分なダメージを与えることができるだろう。もちろん、空を飛んでいる相手に当たればの話だが。

 その一方で最大の特徴といえるのが、人間でいうところの腕の辺りから突き出た不釣り合いなほどに大きな翼膜だ。

 どうやら十分な浮力を確保しているらしく、宙を舞う姿にはいささかの遅滞も見られない。

 回避力もそれなりに高そうだ。

 そして、近づいてくるにつれてはっきりと見えるようになったのが、その体に装備された鞍と鐙、そして、


「あれは、ゴブリンが乗っているのか?」


 その背中に乗っていたのは俺が知る個体よりも一回り大きなサイズのゴブリンだった。


「確かにアレもゴブリンの一種だが、コルリ村で見たものとは全くの別種、ホブゴブリンだ。さしずめホブゴブリンライダーといったところだな」


「じゃあやっぱり、遠目だから見間違いってわけでもないんだな?」


「ああ。といっても所詮はゴブリン、人族に体格や知恵で勝てるわけではない。本来なら無視しても構わん程度の魔物なのだが……」


「あんなものに乗られてちゃそんなわけにもいかないよな」


 そうドンケスのセリフの後を継いで言う。


「でもあのワイバーン、さっきから近づくのをやめてないか?襲ってくるというよりは後を付けられてるって感じか」


「それは奴が直接戦闘に向いてないからだ」


 そう言って話に入ってきたのはリリーシャだ。


「ワイバーンは空を飛ぶ魔物の中では比較的飼いならしやすく長距離を移動できるので、魔王軍では優秀な斥候として利用されている。また、足の爪での急降下攻撃はなかなかのものだが、見ての通りドラゴンと比べるのも馬鹿らしいほど防御力が低い」


 まるで見てきたかのようにすらすらを話すリリーシャ。

 いや、見てきたのか、元魔王軍の一員として。


「それに、あそこまで仕上げるのにそれなりの手間がかかっているから、まず敵地で単独行動をさせるとは考えにくい。おそらく近くに仲間がいるのだろう」


「仲間?そんな気配は今のところはないが……」


「タケトが知らないのも無理はない。ワイバーンにはもう一つ特技があってな、一見普通の鳴き声に聞こえるが、どうやら我々には聞こえない特殊な音を同時に出しているらしく、その仲間が発した音をかなり遠くの位置から聞き分けることができるらしい」


「ということはつまり……」


「ああ、そろそろお仲間のご到着だ」


 そう言いながらリリーシャが指差したのはワイバーンのいる方角。

 すると絶妙なタイミングで左右の森から三体ずつ、最初の一体と合わせて計七体のワイバーンが俺達の視界に入ってきた。


「元々は単独行動が基本のワイバーンだが、ああやって背中に乗り手を乗せる訓練を施された上にいくつかの戦術も仕込まれている。それが七体ともなると、まともな軍隊でも事前の準備無しでは相手にするのは厳しい、それが魔族軍が誇るワイバーン部隊だ」


 そんな会話をリリーシャとしているうちに、やはり仲間が来るのを待っていたらしいワイバーンの部隊が一気に距離を詰めてきた。


「ちなみになんだが、ドラゴンみたいにブレスを使ったりはしないのか?」


 だが俺はそんな状況に構うことなく話を続ける。


「……普段はそこのラキアに振り回されっぱなしで頼りないのに、いざ戦いの場となるとどうしてお前はそんなに図太いんだ?手を出す必要がなくとも普通は武器を構えたりするだろう?」


「そういうリリーシャだって何も持ってないじゃないか」


「いや、私は持っていないわけでは――」


 そう、ホブゴブリンをその背に乗せたワイバーンの部隊は目と鼻の先まで迫っているのに、確かに俺は竹串手裏剣一本すら構えていない。

 その理由は、最低限の漕ぎ手以外のセーン一族の女性たちが新たに手にした武器にあった。


「長!全員の充填完了しました!」


「いいか!弓で狙うのと要領はさほど変わらんはずだ!十分に引き付けてから狙い撃つのだ!」


「はい!」


 ネルジュの言葉に従って、今か今かとその時を待つセーン一族の面々。


 そして、ついに触れられそうなほどな距離まで船に接近してきた先頭のワイバーンが勢いをつけるためか一度上昇を試みたその時、


「第一射放てえええーーーーーー!!」


 シュパパパパパパパーーーーーーーーーン!!


「ギャアァオッ!?」


 触れれば肉体など容易く切り裂けそうな鋭い爪を見せながら襲い掛かってきたワイバーンの体が、ネルジュの号令と共にセーン一族の女性たちの手にある武器から放たれた何条もの強い衝撃に打たれて大きくのけぞった。


「第二射、放てっ!!」


 それでも何とか体勢を立て直そうとするワイバーンとホブゴブリンに向けて同じ数の攻撃が一斉に直撃、今度こそ空中で姿勢を維持できなくなったワイバーンは乗り手ごと川に落水した。


 ワアアアァ!!


「水魔法のウォーターボールに劣らぬ威力、すごいですなお客人の作った武器は!」


 一体だけとはいえ、無傷でワイバーンを撃退して歓声を上げるエルフの女性たちとネルジュ。

 その手にあるのは俺が作った筒状の竹細工、水鉄砲だ。


 仕組みは簡単、竹筒の片側の節に小さな穴を開け、もう一方は節を取り去り、大きな穴が開いた方の竹筒に、魔紡の組紐を巻きつけた竹筒よりも細いT字型の持ち手を付けた竹棒を押し込むと完成だ。

 心配だったのは魔防の組紐がきちんと水漏れを防いで威力を出せるかどうかだったが、使い手の魔力を込めることで見事に蓋の役目を果たしてくれたのは僥倖だった。


「ギギャアアアッ!?」「タスケ!!タスケテ!!」


 そんな風に振り返っている俺の耳に飛び込んできたのは、現在絶賛溺れている最中のワイバーンとホブゴブリンのコンビ。

 その周りには無数の黒い影が続々と集まってきていた。


「タケト、あまり直視しない方がいいぞ。あれはさすがに私でもきつい」


 そう言うリリーシャの声を聞いてしまったから余計にいけなかったのだろう、特に警戒していなかった俺はばっちりとその瞬間を目にしてしまった。


「ギャバ!?」「ダズゲベヘぺ!?」


 思い返したくもない惨劇をわざわざ言葉にして再現する趣味はないので、詳細は割愛する。

 端的に言えば、水面から次々に飛び出してきた凶悪な歯を持つ口を開けたな魚達に、我が物顔で空を飛んでいたコンビが息つく間もなく食いちぎられていった光景を見てしまったのだ。


「他の土地ならいざ知らず、ここは魔獣たちの楽園、大樹界だぞ。地上や空を魔獣が支配しているのに、水の中が安全なわけがないだろう?この船が無事に進み続けていられるのは、セーン一族秘伝の水中の魔物除けの結界があるおかげだ。いいか、絶対に一人で川に船を浮かべようとは思うなよ?」


 おそらく皿いっぱいの毛虫を丸呑みにさせられたような顔をしている俺に向かって、ドンケスがそんな風に声をかけてきた。


「それよりも気を抜くな。まだワイバーンは六匹もおるぞ」


「いや、気を抜くも何もないだろ」


 もちろん、少々気分を害したくらいで目の前の敵から注意を逸らすような俺じゃない。

 だが、そもそもこの船旅でドンケスを含めた俺達四人がまだ手を出していないのはネルジュ達セーン一族の強い要望によるものだ。


「女子供だけになろうとも、水の上ではお客人に手間をかけさせるわけにはいきませぬ!」


 そう宣言されてなおも手を出そうと思うほど、俺も図太い性格ではないつもりだ。

 まあ、さすがにワイバーンが現れた瞬間は心の準備だけはしておいたが、結果的には要らぬ杞憂だったというわけだ。


「ご主人様!空飛ぶトカゲがまた来るぞ!」


 視力のいいラキアに言われるまでもない距離で起きていることだ、俺の目にもあっさり仲間がやられて右往左往していた六匹のワイバーンが、再びこちらに向かって飛んでくるのが分かった。

 しかも今度は全員で一塊になって迫ってきた。どうやら水鉄砲対策のつもりらしい。

 あの程度の威力の水流なら一斉射撃を食らったとしても撃墜できるのはせいぜい一匹、そして次の斉射の前にこちらの船までたどり着く。

 おそらくはあのホブゴブリン達にそんな風に思われたのかもしれないな。


 そんなことは一言も言っていないのにな。


「第一射、放てえええ!!」


 ネルジュの号令で再び水鉄砲部隊の第一陣が攻撃、目標であるワイバーン六体にそれぞれ二本ずつ透明な線が一瞬で伸び――そのきゃしゃな体を乗り手ごと切り裂いた。


 バシャバシャバシャバシャ


 血飛沫をまき散らし妙に規則正しい水音を響かせながら、ワイバーンとホブゴブリンだったモノは水中に沈み、再び川の一部を赤く染めながら水中の魔物達のエサとなり果てた。


「いやはや、まさかここまで我らと相性がいいとは。お客人、タケト殿の慧眼には恐れ入りました」


「いやあ、たまたまですよ」


「はははは、タケト殿はよほど冗談がお好きらしいな。この水鉄砲とやら、我らの得意魔法をよく理解していなければ作れはしないでしょう」


 違う、俺は冗談は好きじゃないし、ついこの間会ったばかりのセーン一族の得意魔法を知り尽くしてなんかいない。

 そもそも、以前セリカに啖呵を切った通り、俺がセーン一族に渡した水鉄砲(正確には水鉄砲型の魔道具)の威力はせいぜい自衛目的レベルであって、ワイバーンの体を易々と貫通するようなものではない。

 では、なぜ想定をはるかに超えた威力の水流が発射されたのか、それはセーン一族が普段から川の水を利用した魔法の扱いに長けていたからに他ならない。

 魔法に関するセーン一族の秘密に触れると厄介そうなのであくまで推測にすぎないが、おそらく水鉄砲の水流を加速させる魔法と圧力を高める魔法を得意としていると思われる。

 そして、エルフの生まれ持った弓などの遠距離武器に対する高い適性(ドンケス談)が合わさった結果、近くに水場さえあればワンマンアーミー並みの火力を有するソルジャーが誕生してしまったというわけだ。


 ……う、うん大丈夫だ!

 セーン一族の数からして、いくら強くなったとはいえ大樹界の勢力図に影響を与えるほどじゃないだろうし、俺が提供したのは殺戮兵器じゃないし、セーン一族の人達は話の分かる気のいい人たちばかりだし、出発前の訓練で薄々こうなるんじゃないかと思ってたけど別の武器を用意する時間なんかなかったし!


 なぜか、特に最後の部分が言い訳くさくなってないか、と思ったその時、


 ザッパアアアアアアアアアン!!


 な、なんだ?何が起きたんだ!?


「ぬう、血の臭いにつられてきたか、厄介な」


 広大といっていい川幅を持つとはいえ、起きるはずのない大きめの波が船にぶつかったかと思うと、隣にいたドンケスが珍しくうめき声をあげた。


「……見ろタケト、前方のあのあたり、不自然に川の水が盛り上がったところがあるだろう。あまり当たってほしくない予想だが、おそらくシーサーペントだ、それも大型のな」


「シーサーペント?」


「海と川の両方を泳げる蛇の魔獣だ。もちろん陸でも自在に活動できるし強いのだが、いったん水の中に潜られるとワシら亜人ではなかなか手を出せん。退治しようとして逆に食われた亜人は数えきれないほどだ」


 それを聞いた俺が渋い顔をしたのが自分でも分かった。

 いくら勇者だのドラゴンバスターだの持てはやされてもそれはあくまで地上での話、シーサーペントのような別のフィールドを得意とする相手となるとまるで話が変わってくる。

 下手をすれば「素人以下」の実力しか出せないかもしれない。


「それに、デカいということはそれだけ倒すのにも時間と手間がかかるということだ。ワシらが本気を出したとしても奴を倒すまでにどれだけこちらの船が沈められるか……」


「だが今から岸に上がる余裕はない。じゃあ、やるしかないな」


 ワイバーンの時には感じなかった焦りを抱えたまま俺とドンケスがそれぞれの武器を構え、我が物顔で水中を泳いでいたシーサーペントがいよいよその頭部を水面に出したその時、


 シュパーーーーーーーーーン


 龍にも似たその頭がポーンと放物線を描いて着水、そのまま水中に没した。


「「…………」」


「あ、あれ?もしかして、獲物を横取りしてしまいましたか?ご、ごめんなさい……」


 全長十メートルはありそうなシーサーペントを瞬く間に倒してしまった水鉄砲を持ったセーン一族の少女が、武器をを構えたまま呆然とする俺達にぺこぺこ謝ってきた。


 拝啓爺ちゃん。

 やはり俺はとんでもない兵器を作ってしまったようです。

 あ、でも、夢の中までしばきに来ないでくださいね。

 あれ、夢だと分かっていてもめっちゃ怖いので。

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