第94話 船を作った


 カンカンカンカン コーーーン


「ぐ……ぬかった。ワシとしたことがその使い道を考えつかんかったとは」


「まあそう言うなよ。それだけセーン一族を助けたい気持ちでテンパってたってことだろ?それに今はこうして船づくりに精を出しているんだ。何も問題はないさ」


 作業の合間の休憩中にそう言い合った俺とドンケスが見ているのは、細長い形をした作りかけの船だった。

 魔王軍の襲撃を受けて甚大な被害を被ったセーン一族が集落から脱出するための船を作る材木の確保に悩む中、ダメもとで手を挙げた俺の提案は建築を得意とするハイドワーフにあっさり受け入れられた。


 次に、個人的にドンケスよりも説得に骨が折れそうだと思っていたセーン一族の代表である長のネルジュ、戦士の中で唯一の生き残りのジルジュに話したところ、


「「ドンケス殿の保証があるなら」」


 と二つ返事でOKをもらい、早速とばかりに船造りが始まった。


 ちなみにラキアとリリーシャは船に積み込む食料を確保するために狩りに出かけていて今ここにはいなかった。


 そしてその肝心の材料なのだが、


「考えてみれば、軽いうえに中の空洞のおかげで水に浮きやすいのだ、しっかりと組んで適当に重しを付ければ十分に船材として使えるな。しかし、今まで竹が船の材料になるとワシに黙っていたとは、お前も随分と偉くなったものだな、タケトよ」


 皮肉たっぷりのドンケスの言葉通り、まあ何となくお気づきの方もいただろうが(誰のことだよ)その材料とは、俺の魔力が続く限りいくらでも調達できる素材、竹だったというわけだ。


「嫌な言い方をするなよ。これまでは船を作る予定なんて皆無だったんだ、言う必要がなかっただろうが」


「ふん、まあ今はそういうことにしてやるとするか。それより、また竹が足りんくなった。追加で十メートルほどの長さで百本ほど頼む」


「了解」


 ここ最近は竹の召喚にもすっかり慣れてきて、ある程度の魔力の調節も利くようになった俺は、一度に五本のペースで近くの開いているスペースに無詠唱で竹を生やした。

 その時、その様子を見ていたらしいドンケスの元で船造りに従事しているエルフの女性たちがざわつく気配が俺の神経に障った。

 船造りが始まって以降、幾度となく感じたその視線には、単なる物珍しさだけではない何か畏れのような感情が混じっているのも気づいていた。


「……なあドンケス、あの人たちの俺を見る目、なんか変じゃないか?」


「大方人族が珍しいのだろう。人族がこの辺りまで入ってくることは魔族以上に滅多にないからな」


「いや、それはそうだと思うんだが、それだけじゃないというか。特に俺が魔法で竹を生やすときにガン見されてるっていうか……」


「気のせいだ」


「いや、でもな」


「気のせいだ」


「……」


 思わず二の句が継げなくなった俺に、ドンケスがさらに言葉を続けた。


「ついでだから言っておくとしよう。タケト、今回は仕方ないが、その魔法はできる限り人に見せるな。特に亜人の多いゲルガンダールでは絶対に使うな。その生命魔法は目立ちすぎる。特に亜人の中には要らぬ勘繰りをするやつも出てきかねんし、ワシの素性を知る者に見つかってしまうのはできる限り避けたい」


「さっぱり話が見えんのだが……」


 俺の不満も何のそのと言った感じで、にべもない表情のドンケス。

 どうやら俺の反応も見透かした上で、あえて肝心な部分に触れずに話しているらしい。


「ワシが言うべき時が来たと思ったら話してやる。もし不用意に生命魔法を見せて大騒ぎになったら、金輪際ワシはお前に協力せんからな。絶対に約束は守れよ」


「わかったわかった!全くわけがわからんが守ればいいんだろ!でもここの人達はいいのかよ?言ってること矛盾してないか?」


「大丈夫だ。すでに長のネルジュには因果を含めてある。このセーン一族は特に長の権力が強い。ネルジュが口外するなと言えば一族の者は絶対に従う」


「それならいいんだが……」


「とにかくそういうことだ。――そろそろ時間か、よし、作業を再開するぞ!」


 辺りに響いたドンケスの声と共にセーン一族の人達が立ち上がって船の方に向かって行った。

 その様子を見ながら、俺はこの計画を聞いた時から考えていたことを実行に移すつもりになった。


「タケト、何をしている。早く行くぞ」


「……悪いドンケス。ここから先はどうやら俺が居なくても目途は立ちそうだし、ちょっと別の作業に取り掛からせてもらうぞ」


「……そうか。竹材が追加で必要になったときは呼ぶからな、あまり遠くに行くなよ」


 さすがに職人同士といったらおこがましいかもしれないが、それなりの長い時間付き合ってきただけあって、ドンケスは突然の予定変更を即座に認めてくれた。


「それで、何を作るつもりだ?」


「いやな、川を渡っている最中の備えをしておこうと思ってな」


「……あまり派手なのはやめておけ」


「了解了解」


 俺は造船作業に戻るドンケスに軽い感じで返事をすると、人目につかない集落の外れへと向かうことにした。






「……よし、これなら十分使用に耐えられるだろう。荷の積み込みを開始してくれ」


 ワアアアアアアァァァ!!


 それから三日後、待ちに待った時が訪れた。


 最後の点検を済ませたドンケスの言葉によって、都合十隻の竹船が完成した。

 その形はやや細長くて帆はなく、基本は川の流れに任せて竹竿で方向を調整し、船尻に備え付けられたで推進力を得るタイプになっている。


 その十隻の竹船の周囲には自分たちの手でやり遂げた喜びと、魔族軍の手から逃れる希望が生まれた安堵で歓声を上げるセーン一族の人達の姿で溢れていた。

 やがて沸き立った余韻を残したまま、俺達はもちろん手伝いができる年の子供まで含めた総出で一日がかりで荷積みを済ませ、ついに集落を離れる日がやってきた。






 先に船に乗り込んだ俺、ドンケス、ラキア、リリーシャの四人は、船に乗り込むわずかな時間に生まれ育った土地を離れることになるセーン一族のエルフたちの別れの光景を黙って見ていた。


「一度覚悟を決めたとはいえ、やはりその時が訪れると振り返らずにはいられないものですな。かく言う私も後ろ髪を引かれる思いです。こればかりは数百年の寿命を持つエルフといえど慣れるものではない、いや、慣れてはいけない感情なのでしょうな」


 そう言って俺達の船に乗り込んできたのは長であるネルジュだった。


「心配せずとも皆決心が鈍ったわけではありませぬ。少し出発が遅れるでしょうが、別れの儀式だと思って待ってやってくだされ」


 特に示し合わせたわけではなかったのだが、切々と話すネルジュに俺も含めた四人全員が同じタイミングで頷くことになった。


 少しの間沈黙が続いたことで、俺はセーン一族の長に一つの疑問を振ってみようとふと思いついた。


「いい機会だから聞いておきたいんですが、なんで全員が船の操作に慣れているんですか?熟練した船乗りでも、ましてや女だけじゃなくて子供までも、普通はああはいかないと思うのですが?」


 事情を知らない余所者という点を差し引いても突拍子もない切り出し方だったが(現に食糧調達組だったラキアとリリーシャはきょとんとしていた)、これには訳がある。


 俺考案、そしてドンケス設計制作の竹船は、俺の世界でいうところの和船だ。

 もともとセーン一族が所有していた船の残骸から推測するに、操船方法一つとってもそれなりに違いがあるはずだ。

 当然ぶっつけ本番で出発というわけにもいかないので、ドンケスに頼んで最優先で一隻だけ作ってもらい、すべての竹船が完成するまでの間、唯一和船の知識がある俺がエルフたちに基本的な操船を教えていたのだ。


 俺の当初の見込みでは、魔族軍に男手のほとんどを殺されて残った女子供ばかりのエルフたちでの操船技術の習得は難航が予想されたのだが、結果的には大きく裏切られることになった。それも良い意味で。


「大人の体になっている女性はまだいいとしても、年端のいかない子供まで息ぴったりで櫓を操る姿を見て、何かの幻覚を見てるんじゃないかと目を疑いましたよ。あれはどういうカラクリなんですか?」


「なんだタケト、お前まだセーン一族のことを知らなかったのか?いや、ワシが言ってなかったか……?」


 いやいやドンケスさんや、何をそんな当たり前のことを聞くんだ?みたいな顔をされても……

 横にいる女子二人も知らないという表情をしているから、記憶違いをしているのは俺じゃないぞ?


「はっはっは、簡単な話です。我々セーン一族が代々水に親しみ、水と共に生きてきた一族だからですよ」


「水と共に?」


「はい。本来エルフという種族は風の属性の亜人なのですが、セーン一族に生まれた者は全員幼いころから水に関する特技を一通り習得させられるのです。水魔法はもちろんのこと、泳ぎ、潜水、操船、漁など、水辺で生きていくすべを叩き込むのです」


「そうして、他の亜人とは一線を画した地位を確立したのがセーン一族というわけだ。その気になれば船を利用して遠くの部族と交流を持てるので、大樹界に数多ある部族の中でも特に顔が広い。道案内にはこれ以上の適任はおらんというわけだ」


 そんな意外ではあるが納得の理由を聞かされた後、俺達は集落を離れてセーン一族と共に、行く川の流れに身を任せる旅が始まった。

 ちなみに俺達は最後方、長のネルジュや戦士のジルジュと一緒の、子供が一人も乗っていない船に乗ることになった。


 ところで当然のことを言うようだが、川の上を集団で移動するという行為は陸上のそれとは段違いの難しさを持っている。

 船の重量や速度、風の影響など、十隻もの船が等間隔で付かず離れず移動するというのは、よほどの技量を操船する全員が持っていないと不可能だ。

 だがセーン一族の女性たちは特に苦にする風もなく、悠々と竹竿や櫓を操って川の上を進んでいた。

 水上の移動というものに慣れていない俺達が一人も船酔いしていないことからも、その技量がはっきりとわかる。

 仮にこの大陸に水軍というものがあるとするなら、セーン一族は人材という意味で垂涎の的だろうな。


 そんな物騒なことを考えていたせいだろうか、穏やかな川のせせらぎの中に耳障りな鳴き声が遠方から響いてきた。


「やはり来ましたな。お客人の言葉を疑うわけではなかったのだが、あんな鳴き声はこの辺りでは聞いたこともない。おそらくあの鳴き声は誰か知恵のある者が乗っている魔物、つまり魔王軍の追手でしょうな」


 そう推測するネルジュだったが、その声に危機感はあっても絶望の色は感じられなかった。


「それではお客人――タケト殿、アレをお借りしますぞ」


 そう言ったネルジュが前の方へ手を振ると、魔物の鳴き声を聞いてすでに臨戦態勢に入っていた船が動きを変え始めた。


 さてさて、俺の仕込みがうまくいけばいいが。


 そんな願望のようなことを思いつつも、いつでも不測の事態に対処できるように心構えだけは固めておくことにしたのだった。


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