第93話 脱出を手伝うことになった


「だからな、さっきも言った通り、あれは魔力を込めたただの振り下ろしだ。それ以上でもそれ以下でもないんだよ」


「嘘をつけ!仮にそうだと言うなら、周囲に破壊の跡がなかった理由を説明してもらわねば納得できん!」


「……仕方ないな、ちょっと見てろよ」


 どうしてもアンデッドビーストを消滅させた一撃が納得できないというリリーシャあまりのしつこさに、誰もいない広場の中央まで歩いて腰の赤竜棍を中段に構える俺。


 といっても、ここはあのアンデッドビーストが出現した広場ではなくオークの部隊に襲われていたエルフの一族のセーン一族の集落の中央部にある広場、時間もあれから半日ほど経っていた。


 あれからジルジュの案内で集落に戻ってきた俺達は、互いの挨拶もそこそこに焼け残った建物の一つを借りて早々に就寝、翌朝日課の稽古のため早起きしたところをリリーシャに見つかって追及された、というわけだ。


「いいか、見てろよ」


 リリーシャにそう言った俺は赤竜棍を振りかぶるとゆっくりと振り下ろした。


「な、こういうわけなんだよ」


「……タケト、お前ひょっとして私をからかっているのか?もしケンカを売っているのなら相手になるぞ?なあに、黒曜様には、タケトは大樹界に立派に散ったとちゃんと報告しておくから、安心するといい」


「いやいや、俺の護衛も黒曜に頼まれたうちの一つだろうが。なに錯乱しちゃってんだよ。俺が言ってるのはここ、赤竜棍の先端が地面に触れていないだろ?つまり寸止めだ」


「だ、誰がお前の護衛など――寸止めだと?だからどうしたというんだ?私が言っているのはその棒のことではなく、あのアンデッドビーストを消滅させた魔力のことだぞ?」


 指差しながら説明する俺に対して、リリーシャが取った態度はある意味予想通りの反応だった。


「だから最初から言ってるだろ、寸止めしたんだ」


「ちょ、ちょっと待て!?そんなはずは――いやしかし……」


「なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言った方がいいぞ」


「……タケト、ひょっとして今お前はその手に持っている棒だけでなく、それに込めた莫大な量の魔力の力も完全に操って見せたと言ったのか?」


「当然だ。誰が制御不能な力で自然破壊なんかするか」


 以前――と言っても元の世界での話だが、野外で鍛錬していた時にうっかりすっぽ抜けた竹棒が爺ちゃんの数少ないまともな趣味の一つである畑のキュウリを数本破壊した日、俺は自分の力を使いこなすことに本気で向き合う覚悟を決めた。


 ――決してその直後に現れた畑の悪魔が竹槍片手に襲い掛かってきたことがきっかけではない――


「……タケト、お前はあの時の自分がどれだけ空想じみた離れ業をやってのけたのか、本当に分かっていないというのか?」


 俺の発言の何が気に障ったのか、いつもとはちょっと違う妙な威圧感を出してリリーシャが俺に迫ってきた。


「な、なんだよ、似たようなことはここのジルジュだってやっていただろ。あいつの魔法の剣と何が違うっていうんだ?」


 思い出すのはオーク相手に使っていた、風でできた剣。

 鋼のそれとそん色ない切れ味を持ちながら羽のような軽さを兼ね備えただろう半透明の大剣を、あのエルフの戦士は見事に使いこなしていた。


「大違いだバカ者め!あれは風の属性を身に宿すエルフという種族特性に、血のにじむような修行を重ねた末実戦で使えるレベルに達した代物だ!お前のように見様見真似でやって見せたところで魔力が暴発するのが関の山のはずなのだ!あれが本物だとしたら一体どれだけの魔力量、コントロール、センス、技量を必要とするか……」


 強い口調で説教していたリリーシャだったがが、最後になって急に自信がなくなったようにトーンを落としていった。

 よほど自分の目で見た光景を認められないらしいが、現実問題として俺の一撃がアンデッドビーストを消滅させ周囲に被害を及ぼさなかったのは、記憶違いでも何でもない。


「リリーシャ、俺が言うのもなんだがな、事実は見た通りでしかないぞ」


「うるさい!今考え事をしているんだ、静かにしろ――だとすると――伝説の――いや、あれはただの――」


 俺に怒鳴ったリリーシャは、独り言を言いながらそのまま広場を出て行ってしまった。


 こりゃしばらく放ってしかないか、と頭を掻きながら切り替えて鍛錬を再開しようとしたその時、


「む、早いな。いや、ある意味でいつも通りの光景なのか」


「お客人、昨日はよく眠れましたかな」


 そう声をかけてきたのはドンケス、そしてこの集落の主であるセーン一族の長だった。


「そっちこそ、ていうか俺より早いとか、どんだけ早起きなんだよ」


「いや、こっちは夜通し起きていただけだ。全員でな」


「夜通し?」


 そんな会話に呼び寄せられたかのように、広場に何十人ものエルフが同じ方向から歩いてくるのが見えてきた。

 その表情は一様に暗く、何かを忘れようとしているように見えた。


「本来なら数日後にするべきなのだがな、少々事情があって仮の弔いを夜のうちに済ませて今帰ってきたところなのだ」


「……道理で、夜中に周りの家から気配がしないと思ったよ」


 俺は昨夜の違和感を、特に害があるわけでもなしと思って放置していた記憶を思い出していた。


 ……そういえば、セーン一族の大半の人達は籠城していて事なきを得ていたが、オークの襲撃に最初に迎撃に出たエルフの戦士たちが全滅していたんだな。

 もちろん死者の埋葬を昨日のうちに行っていることは知っていたが、すでに知己を得ていたドンケスはともかく俺達が駆け付けた時にはセーン一族の戦士たちは全滅した後だった。

 酷な言い方かもしれないが、まるっきり面識のない俺達が弔いに形ばかり参加しても、喜ぶ人は誰もいないだろう。

 そんな俺とこの考えに同意したラキアとリリーシャの三人は、ドンケスにそれを伝えてあえて弔いに参加しないことに決めたのだ。


「それでですな、今後のことについて食事の後に皆で話し合う場を設けるのですが、ドンケス殿にも助言をいただくつもりでおるのです。よろしければ他の方々にも参加していただきたいのですが、いかがですかな?」


 そう提案してきたセーン一族の長に、正直俺は戸惑いを隠せなかった。


 普通、こういった少数民族の集会というものは集落の中でも限られた者だけで話し合う、最も重要な場のはずだ。そこに余所者を見学はもちろん、参加させるなどあり得ない話だ。

 百歩譲ってセーン一族にとって大恩人であるドンケスが参加するのは良しとしても、俺、ラキア、リリーシャのような初対面、しかも亜人ではない者たちを参加させるなど正気の沙汰とは思えない。


(……いや、もうそこまでしないといけないほど追い詰められている、そういうことなのか)


 だが、一見軽い感じのセーン一族の長の目の奥に隠された必死さに気づいた俺はそう考えを変えた。

 その横にいるドンケスに視線を移すと、百戦錬磨の猛者であるらしいハイドワーフも小さく頷いた。

 どうやら俺の推測は間違っていないようだ。


「うむ、どうやらタケトの方にも異存はないらしい。善は急げともいう、ネルジュよ、早速で悪いが場を設けてはくれまいか。こちらとしても余りのんびりできる旅ではないのでな」


「おお、ありがたい。ではまずは食事にするとしましょう。これ誰か、早急に支度を整えてくれ」


 長のその一言をきっかけに、セーン一族の集落が慌ただしくも動き始めた。


 エルフの食事か。

 ……まさかとは思うが虫料理のオンパレードとか、ひたすら草だけを食わされるとかいう苦行じゃないよな?






 さすがに俺の思い過ごしだったらしく、セーン一族の心づくしの朝食は肉こそなかったものの、山菜やキノコを使った独特ながら素材の味を生かした食べ応えのある料理だった。

 ……広場に設置されたテーブルの端の方で何か無数の蠢くモノが見える皿があった気がするが、きっと気のせいだろう。


 そんな感じで全員の腹をある程度満たした後、片側には長と戦士筆頭であるジルジュ、その反対に俺達四人が座り、周囲をそのほかのセーン一族が見守る形で集会が始まった。


 ……え?なにこれ?なんで俺たちが主役みたいな立ち位置なの?


「それでは、現状の整理から始めさせてもらおう」


 そして、この状況がさも当然のように話を始めてしまうジルジュ。


 え?ひょっとしなくても誰一人として異論はないの?


「ではまず施設の現状から報告する。火事などでの前回が十、半壊が十五、修繕なしでも居住可能なのが八となっている。幸い井戸や魔物除けの結界などの重要設備はすべて無事だったので、生活自体に大きな支障はない。次に人的被害だが――」


 それまで淡々と説明してきたジルジュの口が急に重くなった。

 いや、理由は明白なのだが。


「襲撃してきたオークの部隊の迎撃に出た戦士三十人、それに逃げ遅れた女子供が八人、計三十八人が犠牲になった。生き残った数は私も含めて九十五人。数だけ見れば立て直しが可能に見えるが、一族の戦士のほとんどを失ったことで集落の防衛機能は壊滅状態、しかも短期間で改善する見込みはゼロだ」


 おそらく犠牲者の家族だろう、ジルジュの声に交じってあちこちからすすり泣くような声がいくつも聞こえてきた。


「みな、ジルジュの話を聞いてうすうす察してはいるだろうが、もはや我らだけでこの集落を維持することは能わぬあたわぬ。いや、魔物を相手にするだけなら結界も健在なことだしまだいくらでもやりようはあっただろう。だが今回我らを襲ってきたのは魔王軍だ。ほとんどの戦士を失った今、我らに残された道は二つしかない」


 端正な顔立ちに厳しい表情を浮かべた長は、顔の前に二本の指を立てた。


「一つはこのまま集落に残って破滅の道を辿ること。だが、この自然の摂理こそが唯一の掟である大樹界に生きる者としてその道だけは選べぬし、我らを守るために死んでいった戦士たちにも申し訳が立たぬ。つまり我らが取るべき道は一つ、この集落を捨てて他の氏族を頼ることだ」


 長の非情な宣言に先ほどとは違う、絶望の色を含んだ嗚咽が広場に響いた。


「先祖代々この地を守ってきたみなの離れがたい気持ちもわかる。だが私とて、他の土地で生涯を終える気など毛頭ない。いつの日か子供たちが立派な戦士となった暁には、必ずこの地に戻ってくるつもりだ。今日は別れの日ではない、再び故郷を取り戻すための決意の日なのだ!」


 その瞬間、暗く沈んでいた広場の空気が少しずつ変わっていくのが余所者の俺にもはっきりと分かった。

 辺りを見渡してみると、大人だけでなく子供のエルフも全員、目を伏せたままの者はいつの間にか一人もいなくなっていた。


「そうだ、それでこそセーン一族だ!さあ、下を向き死者を悼む時間は終わった。今度は生者である我らが力を見せる番だ。いつ魔王軍が再びやってくるかもしれないこの状況、休んでいる暇はない。さあ動き出せ誇りあるセーン一族の者たちよ、自らの手で明日を切り拓くために旅立ちの支度を整えるのだ!」


 オオオオオオオオオオオオオオオ


 長の演説が終わるとともに歓声を上げながら立ち上がったエルフたちは、そのまま四方に散っていった。

 その目的は……もはや言うまでもないだろう。


「しかし、ずいぶん思い切ったものだな、ネルジュよ。口出しするわけではないが、見たところ他にもやりようはあったようにも思えるが」


 しばらくして口を開いたドンケスに、長は首を振りながら答えた。


「いや、先ほども言った通り、ここ最近は魔族の領域に近い場所で頻繁に魔王軍の襲撃を受けていると情報が入ってきていたのだ。しかもそのうちの何件かは、集落ごと滅んだといううわさが流れている。にわかには信じがたい話だったが、ドンケス殿達が遭遇したという、死霊魔法で復活させたアンデッドビーストのことを聞いて合点がいった。それに、他にもただ単に我らを滅ぼしに来たにしては不審な点もあるゆえな……」


「実は一族を挙げての避難を決めたものの、一つ大きな問題があってだな、そのことも含めてドンケス殿に相談したかったのだ。まずはついてきてほしい」


 長の後に続いてジルジュが眉間にしわを寄せながら言い、俺達をある場所に誘った。






「これは……」


「これが、我らセーン一族がこの地に住んでいた理由だ。一族の役目上、どうしても川の近くに住まざるを得なかったというわけだ」


 俺達が連れてこられたのは、集落の端に位置する川沿いの桟橋だった。

 ジルジュによると、ここには十ほどの立派な船が堂々とした姿で並んでいたらしい。


 だがそれも過去の話だ。


 今俺達の目の前に広がっているのは、真っ黒に焼けこげた上に底に穴でも開いたのか喫水の半ばまで水没した哀れな木の残骸だけだった。


「我らはもともと戦いを好まぬ一族な上に魔族の領域から遠く離れた土地で暮らしているため、魔族軍からも存在すらほぼ知られていないはずだった。だが昨日襲撃を仕掛けてきたオーク達は、我らに目もくれずに真っ先の船の破壊に走った。完全に虚を突かれる形となった戦士たちは慌てて防戦に回った結果纏まりを欠き、全員が早々に討たれてしまったのだ」


「私の責任だ。私が集落を出る前に魔族軍の意図を見抜いていれば……」


「お前のせいではないジルジュ。一族一の足を持つお前に伝令役を頼んだのは他でもない、この私なのだから」


 俯き震えるジルジュを慰める長もまた、沈痛な面持ちを見せていた。


 ……采配ミスとまでは呼べないだろうな。

 確かに戦士たちは全滅の憂き目にあったが、そのおかげといっていいかわからないが彼らが守りたかった女子供はこうして無事だったのだ。

 もし船を守る方を選択していたら、なんて仮定は、襲った側が理由を聞く術がない以上、言うだけ無駄だ。

 彼らは彼らの役目を果たした。

 それを分かった上で長とジルジュが悔いることがあるとすれば、二度と同じ過ちを繰り返さない、この一点に尽きるのだろうな。


「……お見苦しいところをお見せした」


「すまない」


 少しの間そのままの姿勢でいた二人のエルフは、やがてどちらからともなく俺達の方へ向き直り、謝罪の言葉を告げた。


「……次の嘆く機会は一族の安全を確保した後にしておけ」


「無論だ、ドンケス殿」


「うむ。では本題に入りたいのだが――いや、ここに連れてきたということはそういうことか」


「その通りだ。我らセーン一族は水路でここを脱出し、助けを求めるつもりだ」


「――当てはあるのか?」


「それについては心配ない。エルフ最大の氏族に私の縁者がいてな、何かあった時にはそこを頼るようにかねてから連絡を取り合っていたのだ」


「ふむ、行き先は問題ないか。となると問題は――」


「そう、そこへ行くまでの手段だ」


 意見が一致したハイドワーフとエルフは、さらに同じタイミングで同じもの、船の残骸を見た。


「ドンケス殿も承知の通り、我らは女子供を多く抱えた状態で旅をせねばならぬ。そんな状態で陸路を行けば多大な犠牲を払うことになるだろう。当然手段は船に全員を乗せての水路ということになる。戦いには向かぬ女たちも船の扱いには慣れておるから旅程自体は心配は要らぬ」


「ところが肝心の船はこの有様。なるほど、ワシに頼みとはそういうことか」


「うむ。ドンケス殿にはぜひとも我らが乗る船を作ってほしいのだ。どうだろうかドン――」


 その時、長が言葉を途中で切ったのは、話し相手であるドンケスが途端に厳しい表情で船の残骸を睨み始めたからだった。


「……駄目だな。少なくともこれを修繕して、と考えていたなら諦めた方がいい。流れに乗る前に沈没するのがオチだ。ネルジュ、材木の当てはあるのか?」


「……ないわけではない。だが、私の頭にあるのはここからかなり離れた場所にある密林地帯だ。仮に戦士たちが全員無事だったとしても、そこまで行って木を切り出し、戻ってくるまで一月では済むまい」


「時間が許せばそれもよかろうが……」


「それではダメなのか、ドンケス殿?話によると、魔族軍は全てタケトが討ち取ったと聞いているぞ。今のところ、さらなる襲撃の恐れはないのではないか?」


 そう言ってきたジルジュに、今度はドンケスの方が首を振った。


「問題は大挙してここを襲ってきたオーク共ではない。タケト、お前が頭に風穴を開けたオークメイジは、確かに鈍い光を放つ金属の杖を持っていたのだな?」


「お、おう。確かにあれは金属、ていうか銅でできた杖だったと思うぞ」


 なんとなく蚊帳の外に置かれてるな、くらいに思っていたところに突然話を振られた。

 なんだ?別にドンケスが警戒するほど、あの杖から強力な魔力を感じたわけじゃないんだがな……


「ならば、ここで魔王軍が任務に失敗した情報くらいは、間違いなく奴らに伝わっとる。情報の確認を兼ねた追手がかかるのも時間の問題だろう。はっきり言って、準備に三日もかけていられん状況と思った方がいいな」


「な、ならまた撃退すれば……」


「悪手だな。次に来るのは間違いなく少数精鋭。ワシらで撃退できたとしても、他の者が巻き添えに遭う危険は決して低くはないぞ」


「くっ、ならばどうすれば……」


「とにかくイカダでも何でも作って、ここを離れるのが先決だ。まずはこの近くから手当たり次第に材木を集めるしかないか……」


 そう急場しのぎの解決策を示したドンケスだったが、その眉間に寄った幾重ものしわはいまだに消えていなかった。


 重苦しい空気が支配する桟橋。

 そこへ一つの手が挙がって意見を述べようとしていた。


 ていうか俺だった。


「ドンケス、要は水に浮く材料があればいいんだな。なら当てがある。俺に任せてもらおうか」

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