第89話 エルフの集落の危機に助太刀した


「シャアアアッ!!」


 大樹界の森の中をだんだんと大きく黒くなっていく煙の元へ走る俺の視界の右端に突如小さな緑の影が躍った。


 いつもならアイテムボックス化している背中の背負い籠に手を伸ばすのだが、今日の俺が使う武器はいつもの竹槍ではない。

 回した手が腰につけられた革のケースから掴み出したのは、三本の短い棒。

 色は赤、一本当たりの長さは俺の二の腕ほどか。

 そして直列に繋ぐ形で一本の紐が通っていた。


 俺が掴んだのは端の一本、そこから俺の腕の動きを紐を通して反対側の一本に伝えた結果――


 ゴッ


「ギュベエエッ!?」


 三メートル先にまで迫っていたゴブリンの顎を正確に捉えて茂みの向こうに弾き飛ばした。


 カシン カシン


 ドンケスに事前に教えられた通りに自分の意志と共に魔力を流し込むと、連続した乾いた音が響いて三本の棒が連結、一本の長い棒になった。


「グケエエエェェェ!」


 今度は左の茂みから雄たけびを上げながら飛び出してきたゴブリンの胸を振りかぶった棍で強打、近くにあった太い木の幹に激突させた。


「――ふうぅ、ぶっつけ本番にしてはまあまあかな。しかし三節棍とは、ドンケスの趣味もなかなか渋いな」


 三節棍。


 中国武術をルーツとする多節棍の一種で、木製や金属製、ジョイント部分に紐や鎖が使用されるなど、さまざまなバリエーションが存在する武器だ。

 その手のマニアから人気が高いのだが、実は扱いが非常に難しい武器でもある。

 素人が下手に使おうとすれば、失敗して自分の体を叩いてしまうのがオチだろう。

 俺も爺ちゃんから手ほどきを受けて一通りは扱えるのだが、竹槍ほどの自信は全くない。

 また、ジョイント部分を結合して一本の棒として使えるバリエーションも存在するのだが、現実問題としてジョイント部分の耐久性に難があるため実用に耐えないらしい。


 だが、そんな諸問題をすべて解決したのが、この三節棍、赤竜棍だ。(ドンケス命名)


 その時、煙の元へ森の中をひた走る俺の前に三つの巨体が見え隠れし始めた。


「テキ!テキダ!コロセコロセ!!」


 速度を最優先に走る俺の存在に異形の巨体――オークも気づいたらしく、三体共に振り返って迎撃の構えを見せてきた。


 それぞれが振りかぶる武器はうっすらと錆の浮いた鈍い金属の輝きが見え、胴体には同色の鎧に盾まで装備していた。


 曲がりなりにも完全装備のオークの戦士三体。戦いに慣れた冒険者はもちろん、俺も今持っている得物が竹槍だったら一度足を止めて構えを取っただろう。


 だが、今の俺は止まらない。


 一切減速することなく互いの間合いの内へと飛び込んだ俺は、先ほど二体のゴブリンに対して振るった赤竜棍の感覚を信じて全力の三段突きを放った。


 ゴゴゴ!!


 おそらくは俺の攻撃を、その鎧と分厚い肉体で受け切ろうとしたのだろう、今まさにそれぞれの得物を振り下ろそうとしていた三体のオークの戦士が、胸の装甲の破片をまき散らしながら勢いよく後ろに倒れた。

 ――悲鳴も上げることなく一切頭を庇わない倒れ方からして、即死したようだ。


 赤竜棍は……うん、ヒビ一つ入ってないな。


 ドンケスから耐久力、魔力の伝導効率ともに、竹槍をはるかに上回っていると聞いてはいたが、やはり実戦で確かめてこその武器への信頼だ。

 少なくとも竹槍同等以上の能力はあるなと確信しながら、俺はピクリとも動かない三体のオークに改めて目を向けた。


 錆が浮いた鎧、修繕の跡が見える武器など、決して見栄えはよくないがどれもよく使い込まれた跡があり、持ち主がそれなりの使い手だったことを証明していた。


 ……この武装、どうやらただの野良のオークじゃなさそうだ。


 この先に待っているであろう事態の脅威度を少し上方修正するかと考えたその時だった。


「ぐぁあああああああああ!?」


 明らかに魔物のものとは違う、理性を感じさせる苦悶の絶叫が俺の耳に届いた。


 ……っ、あっちか!


 一旦煙の見える方角を無視して、声のした方へ駆け出した俺。

 不幸中の幸いだったのは、声の主と思われる、肩を血に染めて倒れている眉目秀麗な青年の発見にそれほど時間がかからなかったことだ。

 そして不幸中の不幸だったのが、その青年のそばに立っているオークが醜悪に顔を歪めながら手に持った大ナタを今にも振り下ろそうとしていたことだ。

 俺もその凶行を阻止しようと全力で走るが、どう見ても間に合いそうにないし、青年もまたオークの致命的な攻撃を避ける余裕がありそうにない。


 ――仕方ない、ぶっつけ本番、その二と行くか。


 俺は肩に担いでいた赤竜棍を振りかぶると、いまだ二人に届かない間合いの中で迷いなく振り下ろした。


 ――――――――――――ゥオウン      ゴシャッ!!


「――ガ、ガガガガ、……ガヘ?」


「くっ、――ん?こ、これは……!?」


 意味不明な声を上げた後頭を押さえて倒れこんだのは青年――ではなく、獲物を仕留めたと確信していたはずのオークだった。


 俺はオークの脳天に振り下ろした分離状態の赤竜棍を手首の返しで手元に引き戻した。


 ――本来の間合いの外、十メートルほど先から。


 これが赤竜棍の能力の一つ、三つの棍をつなぐ紐の伸長、収縮能力だ。

 この仕掛けの元となっているのは、いつぞやドルチェからもらった(実際はボスであるセリカの差し金だが)魔紡の組紐まぼうのくみひもで、これにドンケスが手を加えて赤竜棍の材料として使用したというわけだ。

 その機能はこの通り、俺の魔力に呼応して自在に紐の長さを変えられるところにあり、使い方次第で竹槍の間合いの何倍も遠くへと攻撃を仕掛けることができる。


 とまあ、赤竜棍のことは一旦これくらいにしておくか。

 まずは目の前のケガ人だ。


「おい、あんた大丈夫か?」


「――お、お前は一体……と、とにかく助かった。早く村に戻らない、と――グッ……」


 必死に起き上がろうとして痛みに呻く青年。

 その時、傾いた横顔を隠していた長い金髪が流れて、長い耳を持った白い素肌があらわになった。


「あんたエルフ族か」


「そういうお前は旅人――それも人族か。よくもまあこんなところまで……いや、命を助けられた私が、言うことでは、ないな――くっ」


「あー、もう喋るな。その傷、結構深いぞ」


「止めるな!これでもセーン一族の戦士、一族存亡の危機に命を懸けなくてなにが戦士か……!」


 そう言って歯を食いしばる青年だが、どう見ても戦うどころか立つことすらままならない重傷だ。

 おそらくこのまま放置しておけば、遠からず出血多量で死んでしまうだろう。


「……ま、仕方ないか。ほれ、これを飲め、旅に出る前に買ったポーションだ」


 俺はわざとらしく出所を偽りながら背負い籠から一本の竹筒を取り出すと、青年に手渡した。


「いや、ポーションでどうにかなる傷では……それにこんな場所ではポーションは貴重なはずだ、命の恩を返すどころか借りっぱなしというのは……」


「いいから飲め。恩を返すというなら、まずは生き残らないと無理だろうが」


「……すまない、では頂く」


 もちろん、俺がエルフの青年に渡したのは売り物のポーションなどではない。

 死を待つばかりだった重度の全身やけどのラキアを、たった一杯で瞬時に全快させた竹ポーションだ。

 当然その結果は――


「な!?う、動く、さっきまで全く上がらなかった肩が何事もなかったかのように動くぞ!?」


 血に染まった服がまるで血のりのようにスクっと立ち上がったエルフの青年は、驚きを残したままその場で肩をぐるぐる回し始めた。


「おお、よかったな。もしかして思ったよりも傷が浅かったんじゃないのか?そうじゃないとポーション一杯で回復なんてしないだろう?」


「あ、ああ、確かにな……いや、そんなことより今は村に戻らねば!すまないが礼は一族の危機を乗り越えてからにさせてくれ!」


 ダッ


「ちょっと待った」


 グイッ


「グエッ!?」


 話の途中で走り出そうとしたエルフの青年の襟を、無理やり後ろから捕まえて制止する。


「ガハッ、ゲホッ……な、何をする!?私は今すぐ行かねばならないんだ!」


「まあ落ち着け。敵の数、装備、目的は何なんだ?」


「な、なぜそんなことを知りたがる?」


「いいから答えろ。時間がないんだろ?」


「く、――私が見たのは全てオーク、数ははっきりとはわからん。だが三十を下回ることはないはずだ。装備は目の前の死体と同じ、野良の魔物ではあり得ない完全武装だ。まず魔王軍の手先とみて間違いないだろう。目的もわからない、だが我々の殺害は二の次と言った感じだった。私はその情報だけ持って、近くの亜人の集落を回って危機を知らせた帰りに、そいつに襲われたんだ……」


 ん?援軍を頼みに行ったんじゃなくて、危機を知らせただけ?

 何か事情がありそうだが、今は後回しだな。


「なるほど。――じゃ、行くか」


 必要最低限の情報を得た俺は赤竜棍を片手に煙の見える方へ歩き出した。


「ちょ、ちょっと待て!どこへ行くつもりだ!?」


「いや、あんたの集落に行こうとしてるんだが」


「今の話を聞いてなかったのか!?今あそこに行けば死ぬぞ!?」


「大丈夫だ。さっきの俺を見てただろう、あのくらい、百匹来たって油断さえしなければどうということはないさ」


「いやしかし……」


「それにいいのか?ここで押し問答してる場合じゃなかったのか?」


「っ!?……どんな目に遭っても知らんぞ!」


 俺の言葉で現状を思い出したらしいエルフの青年は、そんな捨て台詞を残して先に行ってしまった。


 ……あーあ、あんなに脇目も振らずに突っ走っちゃって。

 あそこまで無警戒だと、またすぐにオークに見つかるぞ。


 とりあえず、俺も向かうとするか。

 足の遅いドンケスはまだ俺を追い越してすらいないだろうが、ラキアとリリーシャの二人はとっくに集落に着いてなきゃおかしい頃だ。


 さて、前線の状況や如何に。






 俺が煙の元、あちこちで火の手が上がっている川沿いの集落を目前にした地点にたどり着いた時、茂みから俺を呼ぶ声が聞こえた。


「ご主人様、こっちだ」


 声がした方を見ると、茂みの陰にラキアとリリーシャ、それに――


「大人しくしろ。奴らに見つかりたいのか」


「は、早く縄をほどけ!私は仲間を助け――」


「うるさいぞ、少し静かにしていろ」


「モガ!モゴゴガ!」


 俺の前を走っていたはずのエルフの青年が手足を縛られ、今またリリーシャに口を布でふさがれて転がっていた。

 助けろと言わんばかりの視線を無視してその場にしゃがみ、二人に話しかけた。


「で、今どんな状況なんだ?」


「うん、私とこのダークエルフとで手分けして、騒ぎにならない程度にここを包囲していたオークたちを片付けて回ったんだが――」


「集落の中にいるオークの部隊は固まって行動していてな、手を出したものかどうか考えていたところだ」


「そこに転がってる奴を見たらわかるだろうが、この集落の住人のエルフの姿は見たか?」


「集落の中では見かけていないな。多分あの辺り――」


 そう言ったリリーシャが指差す方向から、何か重いものを打ち付けるような音が響いてきた。


「あそこに固まって籠城しているようだ。今の音は扉を破ろうとしているオークの部隊の仕業だな」


「私は見たぞ」


 こちらを振り向くことなく周囲の警戒を続ける俺の従者が言った。


「ラキア、どこでだ?」


「十人くらいのエルフがオークに囲まれてあっちの方へ歩いて行った」


「ムー!ムー!」


 集落とは違う方向を指差したラキアに、それに激しく反応するエルフの青年。


「他には無いな?」


 無言で頷く二人を確認して、俺は手早く思案を纏める。


 ……まずは緊急性の高い方から片付けるか。


 俺は目を閉じると地面に向かって大量の魔力を素早くかつ静かに打ち込み、一定の間隔で扉を破壊に打ち付ける音のする方へ無数の根を伸ばすように広げていく。


 数は三十……魔物にしてはやけに無駄な動きがないな。やっぱ魔王軍の手先の可能性が高いか。

 ということは、………………いた。

 オーク部隊の中央、他のオークより一回りほどサイズと魔力量の多い個体を見つけた。


 頭さえ潰せばあとはザコ、そう確信した俺は最短で敵を無力化する手段を模索する。


 ラキアとリリーシャはどちらもスピード型、一撃で何十ものオークの体と装甲を抜いて指揮官を仕留めるのは難しいだろう。

 四人の中で一番のパワーを持つドンケスが追い付くのを待ってもいいが、敵に気づかれないようになるべく音を立てずにとなると、真っ先に選択肢から外れるのがあのハイドワーフだ。


 ……ぶっつけ本番その三、試してみるか。

 失敗の可能性もあるが、オークの指揮官をエルフに構っていられないほど動揺させてこっちに注意を向けさせることくらいはできるだろう。


「ラキア、リリーシャ、そこのミノムシを連れて少し下がってくれ」


「おい何をするつもり――」


「いいから行くぞダークエルフ。ご主人様に任せておけば大丈夫なのだ」


 疑問の声を上げようとしたリリーシャを制してその袖を掴むラキア。


「勝手に決めるな!私はアイツのことを認めたわけじゃ――」


「なら、なおさらご主人様の力を見るいい機会だろう。ほら、とっとと下がるぞ」


 そのままもう片方の手でエルフの青年の襟首をつかんで二人を引きずっていった。


 ……こういう時は、アイツの呑み込みの早さに助けられるな。

 まあ、話を理解しないで脊髄反射で俺の命令に従っている気もするが。


 魔力感知で周囲に敵の反応がないことも確かめた俺はゆっくりと立ち上がり、無我の境地に没頭し始めた。


 ――――――――――キイイイイイイイイイィィィン


 ゆっくりと息を吸いながら右手に持つ赤竜棍に魔力を込め始める。

 魔力の流れは大きく緩やかに、かつ一切の澱みのないように己の得物に大量の魔力を注ぎ込む。

 これまでの竹槍だったらとっくに亀裂が入っていただろう魔力貯蔵量を大きく上回っていく赤竜棍。


 そして空の器になみなみと注ぎ込んだと自分の感覚が教えた瞬間、閉じていた眼を開き右腕を引いて必殺の突きのタメを作り出した。


「竹田無双流棒術、点穿」


 一切の乱れもなく前へと突き出された赤竜棍。

 何もない空間を衝いただけに見える真紅の棍は、俺が腕を伸ばし切る手前で一瞬で三つに分離、目にも留まらぬ速度で一直線に伸び始めた。


 ゴガガガガガガアアアァァァ――


 途中にある木や集落の家の壁を破壊する音が次第に遠ざかり、


 カカカカカカカアーーーーーーン!!


 連続した金属音が高速で響き渡った。


「い、今のは――!?」


「ムウゥ――!?」


 声に出して驚愕するリリーシャと、呻き声で同じ反応をするエルフの青年。


「そうだろうそうだろう、なにせ私のご主人様だからな!」


 わけも分からないはずなのに、なぜか我がことのように自慢げなラキア。


「――ふっ」


 カシン カシン


 伸ばした腕を逆再生のように引き戻すと、赤竜棍の先端も連動するように俺の手元に戻ってきた。


「よし、それじゃ攻撃の成果を見に行くとするか。とりあえず残りのオークもここから追い出さないとな」


 魔力感知の感触からして指揮官を仕留めたはずだが、さすがに覚えて間もない魔力の感覚を妄信するほど経験がない以上、自分の目で確認するのが一番だ。


 俺は赤竜棍に異常がないことを確かめると、改めて周囲を警戒しつつ茂みの向こうへと足を踏み出した。

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