第61話 幕間~ラキア~


「はっ、はっ、はっ、は、くうぅっ――」


 暗闇に沈んだ、木々の一本に至るまで知り尽くした馴染みの森の中を、ラキアは必死に駆けていた。

 苦悶の声が漏れた理由は、見た目こそいつもと変わらない森の気温が今まで感じたことのないほどに上昇していたせいだ。

 数日前から異常気象が続いていたグノワルド王国東部の辺境にあるコルリ村だったが、昨日になって黒い煙が遠くの空に見えたことに危機感を覚えた村長のマーシュは、事態を把握するために周辺の地形に精通した五人の狩人を別々のルートから放った。

 最年少ながら最も腕がいい狩人と言われているラキアも、その内の一人として加わっていた。


「はあ、はあ、……進むにつれてどんどん暑くなっている。これはただの山火事ではないぞ」


 森の所々が発火して、すでに常人なら倒れてもおかしくない過酷な状況の中で、ラキアはなおも獣道を駆け上がっていた。

 村長のマーシュから最優先で命じられたのは、あくまでも無事に生還すること。

 だがその言いつけを無視する形で、ラキアは事態を確かめるべく帰りの体力の温存を考えることすら忘れて突き進んだ。


 その脳裏にあるのは、幼い日に起きた一生忘れられない苦い記憶だった。


 厳密には物心ついて間もないころの記憶の断片なのだが、炎に包まれた大きな建物の中で向かい合う大人の男の人と自分の母親。

 母親と手を繋いでいた幼い日のラキアには会話の内容は理解がつかなかったが、男の人が首を振った時に流れた母親の涙だけはよく憶えている。

 そして、男の人がラキアの頭を優しく撫でて炎の中へと去っていく後ろ姿と「目を瞑っていなさい」と言って自分を抱き上げた母の言葉、憶えているのはそれだけだ。


 そんな僅かな、それでいて心の奥深くに刻まれた古い記憶が、いつもは慎重すぎる狩人としての自分を見失わせていた。

 次第に肌が焼け焦げ始めているというのに、ラキアは己を顧みることなく木々を掻き分け山を駆け上る。


(急がないと、急がないと……間に合わない!)


 まるであの日の続きを見ているかのように盲目的に突き進む。

 すでに生き物が耐えられる気温を超えた中、ついにラキアは辺りを一望できる山の頂上に辿り着き、眼下の森を観察した。



 夜空の黒と地上の赤のコントラストの中にその獣はいた。



(……なんだあれは?白い、全身が白い、遠目からでもはっきりわかる……ああ、あんなに美しいものがこの世にあったのか、でもなんであんなところに――)


 そんなラキアのいる方角をその獣が見たと思った瞬間、ラキアの視界が真っ白になり全身に激痛が走った。





 約束の時間になっても戻らないラキアを捜すため他の狩人が再び森に入り予定の行程にあった山を捜索、網膜を含めた全身をやけどして倒れているラキアが見つかったのは、明くる日のことだった。






 仲間に救助され村へ帰還して、マーシュに森で見た一部始終を報告してからのラキアの日々は、疲労からの昏睡と時々襲ってくる激痛からの覚醒の繰り返しだった。


 目も見えず体も動かせない。

 かろうじて食道は無事だったので流動食を食べてなんとか命を繋いでいたが、日に日に体力が落ちていることはラキア本人が一番よく分かっていた。


(なぜあんなことをしてしまったのだろう、あの炎の中にあの人がいたわけでもないのに……)


 やけどによる熱と痛みでまともな思考もできない中、ラキアはそんなことばかりを考え続けていた。


(まあいい、村長やセリオにも私が見たものはすでに伝えた。私は役目を果たしたんだ。ちょっと早すぎる気もしないではないが、死んだ母様の元に行くと思えばそんなに未練もない……)


 腕のいい薬師である幼馴染のセリオも、最近では治療ではなくラキアの延命に全力を注いでいるのは分かっていた。

 緩慢な死を受け入れるしかない状況になって、ラキアの心は悲しいほどに穏やかだった。






 その人物は、ラキアが死の時を待っている村の診療所に、突然現れた。


 王都からやってきたカトレアという近衛騎士が連れてきたその人は、なぜかラキアにお茶をご馳走すると言ってきた。

 山火事によって村の物資が不足する中、飲み物と言えば水しか飲んでいなかったラキアにとってこれを断る理由はなかった。

 カトレアがお茶を淹れて来た時にはなぜかその人は部屋の中に入って来なかったが(耳のいいラキアにとって気配を掴むのはそう難しいことではなかった)、自分では見るとこができないものの醜く焼け爛れてしまったこの体をまじまじと見られずに済んだという思いがラキアの脳裏に走った。


(いやいやバカな、村長やセリオたちにはすでに散々見られているではないか、何を今更……)


 すぐに思い直して直接お茶の礼を言うためにその人、タケトという青年に入って来てもらったのだが、ラキアの羞恥心が消えることはなかった。

 いや、羞恥心だけではない、それなら一言礼を言うだけですぐに出て行ってもらえば済む話だ。

 だが、目は見えずともそれ以外のラキアの全ての感覚が、ずっと昔から一目だけでも会いたくてたまらなかった人物にようやく会うことができた、そんな例えようもないタケトに対する想いが、の口から次々と溢れ出てきた。


 そんな戸惑いと喜びに満ちたひと時は、不意に終わりを告げた。


(くっ、体の内側が熱い、それに眠気も……そうか、私はここで死ぬのか)


 せめてカトレアとタケトに礼の言葉をと思ったが、それも強烈な眠気のせいで途中で力尽きてしまう。


(待って、待ってくれ……一目、一目だけでもタケト様のお顔を……)


 ラキアの意識はそこで途切れ、彼女の短い一生も同じく終わりを告げた、


 はずだった。






「ここはどこだ?」


 ラキアの意識が戻ったのは天国でも地獄でもなく、意識を失った時と同じ村の診療所の一室だった。

 いや、違和感は場所だけではなかった。

 目覚めと共に勢いよく飛び起きたラキアの体には、焼けつくような痛みも熱も、致命傷だったはずの体中の火傷も一つ残らず消えていた。

 装いも、素肌に包帯を巻いただけのあられもない格好だったはずが、今では簡素な寝間着を着ていた。


「あ、目が覚めましたか、ラキアさん。ああ、そのままで、ろくな食事を摂っていなかったせいで体力が落ちてますから、動いちゃダメですよ」


 ベッドから起き上がろうとするラキアを止めたのは、見知らぬ女性だった。

 だが、村の者には思えない上等な衣服に壁際に立てかけてある煌びやかな剣、何よりその美しい声には覚えがあった。


「……ひょっとして、カトレア様か?」


「はいそうです。ラキアさん、こうしてお互いに顔を見て話すのは初めてですね。それにしても、思ったよりも早く起きられたのには驚きました。こうして命があるのも、丈夫な体に産んでくれたご両親のおかげかもしれませんね」


「そんなことはない。あの火傷が手の施しようもないほどだったのは私が一番よく分かっている。それよりも、どうして私はまだ生きているのだ?しかもあれほどの火傷がまるで嘘のようになくなっている」


「あー、それですか。……そうですね、やっぱり当事者のラキアさんに隠し通すのは無理がありますね」


 口に手を当てて少しの間考え事をしていたカトレアだったが、なにかを決意したようにラキアに向き直った。


「ラキアさん、これから話すことは他言無用です。もしこのことが公になれば、タケトさんに大変な迷惑がかかることになります。一生秘密を守り通す覚悟はありますか?」


「なんだそんなことか、タケト様の為なのだろう?なら当たり前のことではないか」


 少し脅すように、しかし真剣そのものの表情のカトレアに対し、ラキアの答えはこれ以上ないほど簡潔で完璧だった。


「……ふう、ラキアさんはすごいですね。それなら、差しさわりのない程度にお話ししましょう。なぜタケトさんがコルリ村に来ることになったのかを」


 カトレアは話した。

 タケトが謎の特異なスキルの持ち主であること、そのスキルによって記録すら残されなかったほどの大罪を犯したこと、本来なら死刑になるところを高度な政治判断によって減刑された結果、コルリ村に住むことになったことなどを。


 ただし、タケトが女王エリーチカによって召喚された異世界人であることなどは大陸の東の果てから来たという作り話でごまかし、ラキアもまた何ら疑問を呈することはしなかった。


「カトレア様、話してくれてありがとう。その上で一つ聞きたいのだが、タケト様は今も罪人の身分なのか?」


「いえ、タケトさんが犯した罪は対外的に漏れると色々とまずいので、書類上はあくまで王都からの移住者、つまり平民として登記されています」


「そうか!それなら私がタケト様の従者になってもなにも問題はないのだな!」


「え……えぇっ!?ちょ、ちょっと待ってください!?ラキアさん、タケトさんとは一度会った、というより、声を聞いただけですよね?」


 思いもかけないラキアの宣言に、動揺を隠せないカトレア。


「うむ、確かめるのはこれからだが、私はあの人に仕えるのだと直感したのだ!これからはタケト様についていって、この直感が正しいかどうか確かめることにする!」


 辺境の村の娘らしからぬ言葉遣い、死の間際のあの落ち着きよう、さらには従者になる宣言まで飛び出しては、さすがのカトレアもラキアに対して違和感を抱かざるを得ない。


「……ラキアさん、そこまでおっしゃるのなら無理には止めませんが、どうしてそんなに従者にこだわるのですか?別にタケトさんと親しくなりたいのなら友達でも、か、かかか、彼女でもいいと思いますよ」


「うむ、よくぞ聞いてくれた!これと決めたお方の従者になりたいというのはもちろん私の夢なのだが、その昔従者をしていたという、亡くなった母様とのたった一つの約束でもあるのだ!」


 彼女というセリフにちょっと照れるカトレアだったが、当のラキアはまるで気づかずに自分の思いを語った。


「へえ、ラキアさんのお母様は苦労なされたんですね。ちなみに、どの貴族の従者だったかわかりますか?」


 両親を亡くしてなおその遺志を継ごうとするラキアに感心しながらも、この時のカトレアはラキアの話を真に受けてはいなかった。

 カトレアにしては珍しいこの僅かな油断が、後々まで祟ることになるとも知らずに。


「それが、母様も教えてくれなかったのだ。ただ、形見としてもらったものがあるから、それを見てもらえれば何かわかるかもしれない」


 そう言ったラキアが部屋の戸棚をごそごそ漁って、布に包まれた細長い何かを持ってきた。


「これだ。前に留学から帰ってきたセリオにも見せたのだが、あいつは薬以外のこととなるとからきしらしくて、結局分からなかったのだ」


「へえ、それは意外デス――」


 ラキアに返答しながら布を取って、中の短剣を見たカトレアだが、いきなり訛ったわけでも片言で話し始めようとしたわけではない。

 短剣の柄に施されていた紋章を見て絶句したのである。


「ラ、ラキアさん?この短剣はお母様の形見なんですよね?」


「そうだぞ?……いや、ちょっと違うな。母様は父様からもらったって言ってたぞ。なんでも、私が成人した時に渡してほしいと、父様から預かったと聞いた覚えがある」


「そうですか……念のため、鞘から抜いてもいいですか?」


「もちろん構わないぞ」


 ラキアの許可を取ったカトレアは慎重に鞘から短剣を抜いてその刃を舐めるように観察すると、すぐに鞘に納めてラキアに返し、その顔をじっと見つめた後で大きなため息を一つついた。


「はああぁ……タケトさんのことだけでも手に余るというのに……よく見たらびっくりするくらいよく似てるし。また一つ誰にも言えない秘密が……」


「よくわからないが、元気を出してくれカトレア様」


「ありがとうラキアさん……まあ、元気がない原因もラキアさんなんですけどね。ではラキアさん、私がわかった範囲のことでよろしければお話しします」


「うむ、よろしく頼む」


 落ち込んでいたトーンから一転、居住まいを正したカトレアを見てラキアも向き合った。






「――ふうん、それで結局、私はタケト様の従者になれるのか?」


「……ラキアさん、私の話を聞いてましたか?ラキアさんがその気になれば、逆にタケトさんの主になることすらできるんですよ?」


「タケト様の従者になること以外はどうでもいいな」


「えぇぇ……」


 あれから、カトレアは世情に疎そうなラキアのために、できるだけかみ砕いた形で推測を交えながら彼女の出自を説明したのだが、当のラキアはまるで興味を示さなかった。


(ラキアさん本人が興味がないことが果たして良いことなのかどうか……でも、誰にも相談するわけにもいきませんし……)


 カトレアは考えた。

 今自分が知ったことが本当なのだとしたら、グノワルド王国を揺るがすほどの一大事だ。

 だが、今のところこの事実を公に証明する手を思いつかないし、なにより当のラキアが全く話に乗ってこない。

 これでは、一緒に王都に来て事実確認に協力してくれとラキアにお願いしても、断られるのがオチだろう。


 最善の策は無理、ならば次善の策だと、カトレアは気を取り直した。


「わかりました、この件に関しては私ができる限り調べてみますので、一旦保留にしましょう。でも、ラキアさんにとっては一生を左右する大事な問題ですから、タケトさんの従者になりたいのならちゃんと向き合わないといけないと思いますよ。ですから……しておきますのでラキアさんは……ということです」


 カトレアの提案を一通り聞いたラキアは少し考える素振りを見せたが、難しいことはよくわからんとばかりにけろりとした顔であっさり了承した。


「――なるほど。ならばそのことはカトレア様にお任せしよう」


「いいですか。打ち明ける時はくれぐれも慎重に。そうでないと――」


「タケト様に迷惑がかかるというのだろう?わかっている。だけど秘密を隠したまま仕えるというわけにもいかないから、精々慎重にやるとしよう!」


「あは、あはははは、はあ……」


 わっはっはと笑うラキアにそこはかとない不安を覚える一方、快復してくれて本当によかったと素直に喜ぶ感情がないまぜになって、逆に微妙な笑い方になってしまうカトレア。


 それでも、ラキアに対して自分にできるのはここまでだと、今負っている役目上見切りをつけざるを得ないことも自覚しており、あとはこの村に残していく同行者に任せようと気持ちを切り替えるカトレアだった。






「そこっ!!」


 ヒウウウウウウゥゥゥンンン――――   トスッ


「……よし、当たった!!」


 カトレアとの約束から月日は流れ、ラキアは死の淵を彷徨う前と同じように、弓矢を手に取り元気に狩りに勤しんでいた。


 いや、変化がないわけではなかった。


 その一つがラキアが持っている弓だ。

 ラキアがこれまで使ってきたものとは形状も材質もまるで異なり、幼いころから弓の扱いに慣れ親しんだラキアも最初は苦戦したが、この竹の弓をプレゼントしてくれたラキアの主人がかつて見せた動きをなぞっていく内に、あっという間に使いこなすようになっていた。


「いやはや、私もそれなりに弓を使えるつもりでしたが、ラキア殿に比べたら子供の遊びですな。まさか私でもかろうじて見える距離の、隣の山の斜面を走っていたビッグボアの眉間をこの距離から正確に射貫くとは」


 変化の二つ目。

 いつもは一人で狩りを行うラキアに、数日前から同行者がつくようになっていた。

 たった一人でコルリ村を訪れタケトの一番弟子を名乗ったその男、ニールセンは、タケトの不在を知るとコルリ村への一時的な滞在を求めてきた。

 一番弟子という如何にも胡散臭い経歴を名乗ったものの、蒼刃のニールセンの名はセリオなど一部の村人も知られていたため、あっさりと滞在を認められた。

 ラキアに至っては、持ち前の直感でも働いたのか、ニールセンの言葉を微塵も疑うことなくすぐさま客として受け入れた。その結果、今日の見回り兼狩りの道行となったのだ。


「そういうニールセン殿も先ほどから一矢で仕留めているではないか。しかも発見から矢を放つまでが素早い。やはり実戦を経験した者ならではだな!」


「いえいえ、私の技は修練を積めば誰でも辿り着ける程度のものですよ。ですが、弓というものはより遠くの的に正確に当てることこそが本来の役目。少なくともラキア殿に匹敵する腕の弓手は、グノワルド王国、いや、魔族を含めたとしても見たことがないですな」


「そうなのか?なら、タケト様も喜んでくれるだろうか?」


「もちろんですとも。タケト殿も、ラキア殿のような従者を持てて鼻が高いでしょうな」


 裏表の全くないニールセンの太鼓判に、はにかみながら顔を赤らめるラキア。

 いつもは男勝りな口調のラキアも、この時は珍しく年相応の少女の顔を見せた。


 そんな賛辞を、笑みを浮かべながら贈ったニールセンだが、その背筋は冷や汗のかきっぱなしだった。


(……ラキア殿のこの尋常ならざる弓の腕、間違いなく何かのスキルの持ち主なのだろう。でなければ、あの森の隙間にわずかに見えるビッグボアを一撃で仕留めるという神業をできるはずがない。それに、タケト殿から送られたという、ラキア殿が持っている弓も恐ろしいまでの力を秘めているのが見ただけでわかる。おそらくこれまでラキア殿は、自分の実力を生かせるだけの強き弓に出会えていなかったのだろう。でなければとっくに王国中、いや、大陸中にラキア殿の名が広まっているはずだ)


 このことはタケトが帰ってきたら一度相談しなければならないと、ニールセンは記憶に留めながら、狩りの出発前から気になっていたことをふとラキアに聞いてみる気になった。


「ところでラキア殿、その……村の方はよかったのですか?」


「村の方?はて、何かあったかな?」


「いえ、今日村を出発する時に村長のマーシュ殿が用事があったようで、ラキア殿を追いかけてきていたですが……」


「そうだったのか?まあ追い付いてこなかったのだから、大した用事ではなかったのだろう」


 そんなはずはない。


 マーシュは随分と長い距離を追いかけてきていたし、その表情は必死そのものだった。

 結局マーシュはラキアに会えなかったのだが、それは追い付かなかったのではない。

 ラキアの移動速度が速すぎて追いつけなかったのだ。

 遠目に見えた、死にそうなほど荒い呼吸をしながら悄然と村へ引き返していくマーシュの姿を思い浮かべながらも、「そうですな」と新参者らしく当たり障りのない返事で済ませるしかないニールセン。


 だがその一方で、マーシュの気持ちも察せないニールセンではない。


 まだコルリ村に定住するかもわからないニールセンとしては、あまり村の事情に踏み込むのは躊躇われるのだが、このコルリ村に複数の重大な問題が降りかかっているのははっきりと話を聞かなくても分かる。


 白焔によって焼き払われたはずの大樹界に近いこの一帯において、不自然極まりないほど自然に満ち溢れたコルリ村。


 タケトの住居があるという山に住み着いたという「ナニカ」と、そのおかげで建築作業を中断せざるを得なくなり不機嫌になっている、村唯一の亜人。


 その亜人、ドンケスにしてもどこかで見たような風貌で、もし万が一にもニールセンのカンが正しければ、彼の存在の是非だけで一大事件へと発展するだろう。


 他にも、村の者ではない怪しげな気配を村の周囲で何度か感じたこともあった。


 これらの話の転がりようによっては、グノワルド王国どころか大陸中に影響するほどの変化が起きるかもしれない。

 歴戦の戦士であるニールセンのカンがそう告げていた。






「ニールセン殿、早く獲物を回収しないと獣や鳥にかっさらわれてしまうぞ!」


 ニールセンがふと我に返った時には、この状況の中心にいる一人であろうラキアは随分先まで進んでいた。


 一見何も考えていないように見えるラキアだが、獲物を見つける狩人のカンは本物だ。

 ひょっとしたら、ラキアはコルリ村の諸問題にあえて触れようとせずに自分の今できることを全力でやろうとしている、その結果がタケトから宿題として出されたらしいこの弓の鍛錬と見回りを兼ねた連日の狩りなのかもしれないと、ニールセンは思い立った。


「(……あのひたむきさは私も見習わねばな)今行きますラキア殿!!」


 とにかく初心に帰ってこの少女にくらいついてみるかと、ニールセンは自分の半分ほどの年の少女を追いかけ始めた。

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