第60話 帰り路に就いた 後編


 一閃――


 相手の命を顧みることのない、一切の容赦を捨てて心臓を狙った俺の渾身の一撃は、竹槍の先端を上から音もなく抑えた黄金の棒によって阻まれた。


 だが、


「ほう、こいつは予想外だ。やはり実際に受けてみねえと分からねえもんだな」


 意外にも、俺と黄金の男の静かな競り合いはまさに拮抗していた。

 もしこの様子を見ている者がいたとしたら、俺と黄金の男が戦っている最中だとは夢にも思わないだろう。

 それほどまでに、俺の竹槍と男の黄金の棒は微動だにしなかった。


「あの時、銀の奴の搾りカスとやり合っているところも見ていたが、お前、相当手加減していただろう?まあ、意味のねえこととは言わねえ。だがよ、手加減に慣れ過ぎて無意識のうちにわずかに切っ先がブレてやがるぜ」


 俺は無言で竹槍に力を籠めることで応えた。


「だが、その甘さを差し引いてもこの技の冴え、正直驚いたぜ。確かにこれだけの技量があれば、その辺のザコじゃ本気を出す気にならねえだろうな。この俺様でさえ不用意に動けばただじゃ済まねえだろう。認めてやるぜ、技と力では互角だってな。だがな――」


 その時、不敵に笑う男の持つ黄金の棒が危険な輝きを帯び始めた。


「この世は技と力だけじゃねえ、魔力の扱いもマスターして初めて『最強』の名乗りを上げられるんだぜ。確かお前、この俺様を差し置いて無双なんて名乗ってるらしいじゃねえか。だったらよく見ておけ、本当の最強ってのがどういうもんかをな」


「っ――!?」


 苦悶の声すら上げる余裕はなかった。

 爺ちゃん以来の、かつてないほどの危機を黄金の男から感じた俺は、その行動を妨害しようと無詠唱で竹林を召喚しようとした。


「言っただろ。お前の魔力操作は未熟なんだよ」



 キイイイイイイィィィィィィィィィィィィン――



(おいおいおいおい……)


 心の中でそう呟いた時にはすでに、見渡す限りの大地が男の魔力で金色の煌きに染まっていて、俺の魔力を行使する余地はどこにもなかった。


「別に龍脈接続はお前の専売特許じゃねえってことだ。んじゃ、一発くらっとけ」



 カアアアアアアァァァッ!!



 男のセリフと共に黄金の棒の輝きは頂点に達し、全てが黄金の煌きに塗りつぶされる前の最後の一瞬、自分の魔力を込めて頑丈になったはずの竹槍がスッパリと切断される光景を、俺は見た。






「――い、おい、大丈夫か?くそ、ちょっとやりすぎたか?」


 意識を取り戻した時、俺は竹槍を握ったまま仰向けになって倒れていた。

 だが、身に付けていたはずの深編笠と背負い籠はいつの間にかになくなっていた。


「わりぃな。ここまでやる気はなかったんだが、俺様も久々に本気を出したんで加減がわからなくてな。これじゃお前のことを言えた口じゃねえか、ハハハハハハ!!」


 先ほどまで感じていた圧倒的な殺気はどこへやら、黄金の男は大笑しながら俺を見降ろしていた。


「ああ、何も言わなくていいぜ。俺様は、相手の魔力の流れでそいつが何を考えているか大体わかるんだ。便利っちゃ便利なスキルだが、おかげで面倒な仕事を押し付けられることも多くてな。だが、お前を見つけられたのもその野暮用のお陰だと思えば悪くねえ。おっと、そうだったな、なんで殺さなかったのか?って話だったな」


 そう言った次の瞬間、男はむき出しの感情を俺にぶつけてきた。

 しかしそれはさっきまでの戦意ではなく、もっと純粋な好奇心のように見えた。


「俺様はな、俺様に並び立てるような強い奴を探しているんだよ。何人かの魔王とも戦ったことはあるが俺様を満足させるほどじゃなかった。銀の奴もいい線いってたが、そろそろ食い甲斐が出てきたってところで呆気なくくたばりやがった。だからお前には期待してるんだ。お前が俺様と戦うにふさわしい実力をつけたらどこにいようと関係ねえ、またお前のところに来てやる。それと――」


 途端に、男の黄金の瞳が鋭くも冷たく輝きだした。


「頼むから途中で挫折なんてくだらねえ結末だけは迎えてくれるなよ?その時はこの国ごとお前が関わったものすべてぶち壊してやるからな。じゃあな、精々俺を楽しませてくれよ」


 その時、流れゆく雲間から一瞬だけ日光が差し込み俺の視界を奪った。

 次に視界を取り戻した時には、黄金の男の姿は影も形もなくなっていた。





「タケト様、どこへ行っていたのです!?気が付いた時にはいなくなっていたし、笠と籠だけは落ちていたしで心配しましたよ!お嬢などカンカンに怒って待っていますよ!」


 そのすぐあと、少し距離の離れたところに馬車の隊列を見つけて短くなった竹槍を担いだ俺は、倒れていた場所から少し歩いたところで俺を捜していたというドルチェに見つかり、深編笠と背負いかごを受け取ってから休憩していた馬車の列に無事戻って来ていた。


「タケトこのアホンダラボケカス!!いったい何をどうしたらウチのありがたい話をガン無視して道草食っていられるんや!!……ん?どうしたんやその竹槍、さっきより短くなっとるやないか」


「ちょっと立ち眩みがしてな、少し休んでたんだ。竹槍はその時にポッキリ折れてこうなったんだ」


「なんや、それならそうとはよ言えばええんや。もう大丈夫なんか?なんならウチの馬車に乗せてもええんやで?」


 帰ってくるなりセリカの怒涛の罵詈雑言が飛び出したが、俺の嘘を信じたようで急に心配してきた。

 ちょっと心苦しいが、俺の身に起きた出来事を正直に話すのは躊躇われた。

 俺自身も信じられないような出来事だったし、もしセリカが信じたところでどうにもできないことだと思ったからだ。


「いや、休んだら良くなった。心配かけたな」


「だ、誰がタケトなんかの心配なんか!?……ま、元気になったならええわ」


「すまん。そうだセリカ、さっきの話の続きを聞かせてくれよ。魔族三将の金と銅の話を」


 再び動き出した馬車に歩調を合わせながら俺は尋ねた。


「ああ、銅の方はいわゆる魔導士の集まりでな、魔族の領域中の優秀な魔法の使い手がわんさかおるらしいわ。まあ接近戦が苦手な魔族が多いらしいから滅多に前線に出て来んそうや」


「なるほどな。で、金の方はどうなんだ?」


「なんやタケト、そんなに金の将が気になるんか?まあ、この三つの中なら一番強そうやもんな。……そんなタケトを期待させといてなんやけど、金の将の情報はウチもほとんど知らんのや」


 セリカは俺への疑問を推理して一人納得してから済まなそうに打ち明けた。


「というよりかは、人族はもちろん魔族の間ですら、金の将のことを知っとるもんはほとんどおらんと言われとるんや。中には魔族軍のプロパガンダに利用するための架空の存在やと言う奴もおるくらいや」


「でも、将っていうくらいだから軍勢を従えているんだろ?なら疑う余地なんてなさそうなものだが」


 そこや、とセリカは乗っている馬車から身を乗り出して人差し指を立てて言った。


「不思議なことに、どんな記録をひっくり返してみても金の将が率いてるはずの軍のことなんか一言も出てこんらしいのや。せやから、架空の存在っちゅう説が根強いわけなんや」


「……なるほどな、でも俺はいると思うぞ、その金の将ってのは」


「なんや、タケトにしては珍しくこだわるな?」


 特に考えなしに呟いた俺の言葉に、何かを感じたのかセリカの目が鈍く光って俺を見た。


 ……やばい、問い詰められる前にごまかさなければ。


「さっき言ってた銀鋼将軍ってのは、人族じゃまともに太刀打ちできるものがほとんどいないくらい強いんだろ?でもそんな奴が銀なんて二番手に甘んじている。ならその上にさらに強い奴がいると考えた方が自然じゃないか?」


「ふうん、……まあ道理やな。グノワルドの商人としては、どっちか言うたらいてほしくない存在やけどな」


 そこでこの話は終わり、セリカは別の話題を持ち出して俺は退屈することなくコルリ村への旅路を歩き続けた。


 真剣勝負での初めての敗北から来る絶叫したいほどの悔しさを、胸の中で必死に押し留めながら。






 翌日、


 馬車の中やその周囲で寝泊まりした一行は景色が広がるコルリ村への山道を進んでいた。


「おいタケト、本当にこの道で合っとるんか?」


「……」


 ルキノ商会の面々は旅慣れているらしく、狭い山道も難なく馬車を操り進んでいた。

 だがその順調な行程とは裏腹に、一行の中には大きな動揺が広がり始めていた。


「おいタケト!」


「うるさいな!俺だって自信がなくなっているところなんだよ!」


 困惑する俺の視界には緑一色の生い茂った木々が山肌いっぱいに見えていた。


 そう、どこまでもどこまでも、明らかに緑の光景が広がっていた。


「おい!この辺は全部山火事で焼失しとるんやなかったのか!?」


「そのはずだよ!」


 くそっ、訳が分からん。

 だが、この道はどこからどう見てもコルリ村に続く山道だ。

 そもそもここまでほぼ一本道なのだ、それこそ道を外れない限り間違えようがない。


 セリカもただ混乱するだけでなく、馬車をいったん止めてから部下に周囲を偵察させて異変がないか徹底的に調べさせたが、出てきた結論はただの自然豊かな森という報告だけだった。


 そうなるとさすがに先に進まないわけにもいかず、俺を含めた護衛役全員で最大限の警戒をしながら慎重に山道を進んだのだが、まるで神様があざ笑うかのように魔物一匹出くわすことなくコルリ村の入り口に辿り着いてしまった。


「おいタケト、本当にここがコルリ村なんか?ウチはひょっとして幻覚でもみとるんか?」


「……」


 他の者と同様の呆然とした顔つきで話しかけてくるセリカだったが、今の俺には答えられる自信がなかった。


 そして馬車の列はそのまま村の中まで進み、俺たちの帰りを歓迎する村人が次々と集まってきてそのまま囲まれてしまった。


「タケト様!!お帰りだよ!!」「タケトさん!!」「やれやれ、ようやく帰ってきおったか」「ご、ごじゅじんざま~~」「おおっ、タケト殿おかえりなさいませ)


 そんな村人の輪を割って俺のところにやってきたのはマーシュ、セリオ、ドンケスに顔を涙を鼻水でクシャクシャにして抱き付いてきたラキア、それにニールセンさんだった。



 ニールセンさん……だと!?



「ニールセンさん!?」


「ははは、お久しぶりですなタケト殿。これで私も堂々とタケト殿の一番弟子を名乗れるというものです」


 元凄腕の冒険者で、剣技大会準優勝の褒美であのワッツ子爵の家臣になったもののあまりの領民への圧政に決起、盗賊団の首領として街道を荒らし回っていたところを俺との真剣勝負に敗れて足を洗い、カトレアさんの配慮で俺も知らない開拓村に去っていった蒼人のニールセンが、このコルリ村に普通に立っていた。


 ラキアを振りほどきながら混乱する俺の内心を落ち着く間もなく、ニールセンさんとの間に割って入ったドンケスが不機嫌そのものといった顔で言ってきた。


「タケト、お前の屋敷のことで話がある。お前がシューデルガンドに行ってから数日経った頃、あの山にとんでもない魔物が住み着きおった。ワシも腕に覚えがないわけではない、建築作業の邪魔をする大抵の魔物は狩れる自信があるが、アレはダメだ。最初はそのまま村を襲ってくるかと危惧したが、今のところ気配はない。それどころか、じっとその場を動かずに何日も食べ物も水も口にしておらん。どうやらアレはお前を待っている節がある。そう言うわけでタケト、今すぐあれを何とかしてこい!!」


 建築作業を邪魔された怒りのせいか、俺の家の近くの竹で覆われた小山を指さしながら珍しく大音量で怒鳴ったドンケス。


 だが、すでに飽和状態にあった俺の頭の中は、最後の止めを刺されて活動を停止してしまった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 黄金の男、復活した森、ニールセンさん、ドンケス、俺の家の近くに現れたという魔物。


「た、たのむから、いちから、だれかいちからせつめいしてくれないか……?」


 決して短くはない人生の中で、断トツ一番の情けない声が俺の口から洩れた。

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