第52話 教会を叩き潰すことにした その一


「獣人の子供がさらわれた場所が判明いたしました」


 それから数時間後。

 日が暮れて間もなくシルバさんが屋敷に戻ってきて、俺、セリカ、シルフィさんの三人が応接室に集められての報告会が始まった。


「それでリリィはどこに!?一体誰がさらったのです!?」


「シルフィさん、落ち着いて」


「外の世界を見るのも初めてのはずなのに、こんなことになるなんて……」


 なだめる俺の声が届いているのかいないのか、シルフィさんはおろおろするばかりで返事がない。


 普通なら、獣人の子供が誘拐されたことに責任を感じすぎているシルフィさんをこの場に呼んでも、彼女の心労が増すだけであり、この場に参加させるなんてもってのほかだろう。

 それでもあえてセリカとシルバさんが同席を許したのは、当初からの悪い予感が的中したからに他ならない。


「シルフィーリア様、どうか着いて聞いてください。リリィという子供が囚われている場所は、シューデルガンドに一つだけあるマリス教会の秘密の地下室です。したがって誘拐犯は、教会の者か、その関係者だと思われます」


「……チッ、あのアホンダラ、堂々と教会の中に連れ去るやなんて、本気で舐め腐ったマネしてくれるやんか」


 元々不機嫌だったセリカが、その知らせを聞いてさらに機嫌を悪くした。

 しかもその反応は、犯人に心当たりがあるようにも見える。


「で、今夜中にカタを付けられるんやろうな?」


「申し訳ございません、居場所がわかったことで、救出が逆に難しくなりました」


「あぁん!?」


 セリカ、怒るのも分かるがさすがにガラが悪すぎるぞ。


「お嬢も知っての通り、シューデルガンドの神樹教会は高位の位階の教徒も訪れることもある、いわばマリス教国の領事館の役目を果たしています。目的を遂げるだけなら今すぐにでも可能ですが、万が一我々の素性が知られるようなことがあれば、ルキノ商会、ひいてはグノワルド王国とマリス教国の戦争に発展しかねません。ここは念入りに準備をする必要があります」


「なんやとっ!?」


「シルフィーリア様を外にお出ししてしまったことも含めて私の失態でございます。この件が片付いたら罰は何なりとお受けします」


 怒りの眼差しで睨みつけるセリカに対して、あくまでビジネスライクに応えるシルバさん。

 だが、その握りしめた拳から血がにじんでいることからも、言葉とは裏腹に忸怩たる思いを抱いていることは明らかだった。


 結局、事態を打開する手が見つからずに部屋の中は沈黙に包まれる。


 ……そろそろ俺が発言してもいい頃合いかな。


「ちょっと質問してもいいか?」


 おもむろに手を挙げた俺に、三人の視線が集中する。


 一応言っておくが、俺はコミュ障だ。

 最近はコルリ村の生活に慣れてきて村の人達との会話も増えてきたとはいえ、こんな緊迫した状況で注目を集めながら話すのは依然として苦手なのだ。


 だから、頼むから誰か俺の言葉に返事してくれ……


「何なりと、タケト様」


 ありがとうシルバさん!

 この際ヤロウだからイヤだとか文句は言わないぞ!


「どうかされましたか、タケト様?」


「い、いえなんでも。……えー、おほん、ここで言う問題は、要はシルバさん達ルキノ商会の人間が教会の中に入ることなんですよね?」


「その通りです。逆に一歩でも教会の敷地外で事を済ませられれば、たとえ相手が司教クラスでもどうとでも処理できます」


 司教でもどうとか物騒なワードが飛び出したが今は無視だ!


「なら、ルキノ商会の人間でない者、例えば俺が教会の中で暴れても、ルキノ商会としてお咎めを受けることはないんですよね?」


「いえ、全く問題がないというわけではありませんが……おおむねその通りです。少なくとも教会がルキノ商会を糾弾することはほぼ不可能になります」


「なら決まりだ、シルバさん達には教会の周りを包囲してもらって、中から出てくる人間を全員確保してもらう。そして俺一人で内部に潜入して暴れ回ってかく乱し、隙ができたところでリリィを救出する。これでどうですか?」


 うん、我ながらスマートなやり方だ。

 これならセリカたちが困った立場にされることもない。


 そんな俺の案に待ったをかけてきたのは、至極当然ながらセリカの部下で荒事担当のシルバさんだ。


「お待ちください、確かにそれならば我々が窮地に陥ることもありませんが、大きな問題が二つ残っています」


「二つですか?」


「はい。まず一つは、タケト様の素性が教会に知られる危険性です。我々同様教会の誰かに顔を見られれば、今度はタケト様が窮地に陥ることになります。そして、教会の怒りの矛先はやがてコルリ村にも向くことでしょう。もう一つは、単純な戦力不足です。表向きは弱者の救済をうたっている教会ですが、シューデルガンドの教会ほどの規模になると、教会兵、教会騎士と呼ばれる各国の軍に相当する戦力が相当数配置されています。獣人の子供を救出するためには、どこかしらで彼らと戦う必要があるのです」


「なんだ、そんなことですか。それなら実際に見てからじゃないと言い切れませんけど、多分問題にならないと思いますよ」


「タケト様、それはどういう――」


「シルバ、そこまでや。それ以上詮索したらあかん」


「……これは失礼いたしました」


 俺の返答になおも食い下がろうとしたシルバさんを、主であるセリカが止めて、俺に言った。


「タケト、やれるんやな?」


「あくまで多分、だけどな。それに、今日中に救出しとかないとヤバいかもしれないんだろ?」


「そうや」


 せりかはただそれだけしか言わなかったが、おそらくシューデルガンドの教会の中に亜人排斥主義の教徒が混じっている恐れを考えたのだろう。

 密かに誘拐した獣人の子供が教会内部にいる、リリィの命の危険を心配するには十分すぎる理由だろう。


 そしてそんな事情を知ってか知らずか、一人蚊帳の外に置かれていたシルフィさんがよろよろと立ち上がって俺の方へと近づいてきた。


「では……では、リリィは助けられるのですか?」


「全力を尽くします」


「あああ……」


 崩れ落ちそうになったシルフィさんをやさしく肩に手を回して支えると、俺の右手を握りながら聖女のような美しい顔を寄せて懇願してきた。


「お願いします、どうか、どうかリリィを、何の役にも立てない私の代わりに救ってあげてください」


「必ずや」


 俺は必死で自分の体の震えを抑えながら、シルフィさんが立ち直るまで、柔らかくも頼りなさげなその体を支え続けた。






「タケト様、全員配置につきました」


「わかりました。では始めますか」


 ここは、シューデルガンドでも昼間ですら人通りの少ない、神樹教の教会と関連施設がある区画。


 そんなところだから教会の中が寝静まってしまえば通行人など皆無、精々見回りの衛兵が夜間に二回通るだけの寂しいところだった。

 ちなみにその衛兵も、シルバさんが鼻薬――有り体に言えば賄賂を渡して、急なにかかって巡回に来ないように手配してあるとのことだ。


 こうしてお膳立てされた、誰もいないし通ることもない教会の正門前で、俺は竹槍を肩に担いだ戦支度で意識の集中を開始していた。



 さて、まずはアリの這い出る隙間もないほどに包囲してしまおうか。



 俺は教会の周囲の地下に神経を集中させて、輪っか状に魔力を送っていく。


 イメージするのはこれまで作ってきた竹林でも竹の檻でもない、いわば鉄壁の城壁。

 、

 ただし、これは中への侵入を拒むだけではなく外への脱出も許さない代物だ。


「……やっぱりあった」


「なにがでございますか?」


 俺の独り言が気になったのだろう、普段は出しゃばらないシルバさんが背後から声を掛けてきた。


「脱出用の地下通路ですよ。北に一つと東に一つ、計二か所の脱出口がありました」


「東については調べがついておりましたが、北の方は完全に見落としておりました。危うく失態を重ねるところでした、申し訳ございません」


 そう言ったシルバさんが、今日何度目になるか分からない頭を下げた。


 俺みたいな流人にまで礼儀を尽くすその姿勢はまさに紳士そのものだが、あいにく今は謝罪の言葉をゆっくりと受けている場合じゃない。


「そんなことはどうでもいいですよ。それより、今から竹の壁を出現させます。準備はいいですか?」


 無言で頷くシルバさんを見て、俺は練り上げた体内の魔力を外に向けて放出し始める。


「――竹よ、我が前に連なりてその威容を現せ、『大緑壁だいりょくへき』!!」


 力ある言葉と共に竹槍を伝って地中に打ち込まれた魔力は教会の周囲を駆け巡り、魔力の輪を完成させた。


 すると俺の左右の地面から静かにゆっくりと竹が生え始め、まるでシンメトリーの緑色の波が起きているかのようにその横から次々と全く同じ太さの竹が、魔力の輪をなぞりながら生えていった。


 俺の魔法のことをあらかじめ聞いているはずの、シルバさん以下包囲している人達の少なくない動揺が無言の裡むごんのうちに起きる中、竹の城壁は中の者に気づかれることなく静かに完成した。


「それじゃ、俺は内部に侵入してきます。シルバさん、あとのことはくれぐれもお願いします」


「かしこまりました。タケト様の御帰還まで何人たりともここは通しません」


 脱出する者はもちろん、ルキノ商会の者でも入って来させないように言外に頼んだ俺は、武者草鞋を静かに滑らせながら唯一竹の城壁を作らなかった正門から侵入していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る