第53話 教会を叩き潰すことにした その二


「はーあ、酒もダメ、タバコもダメな夜勤なんでダリいだけだな」


「シッ、万が一口うるさいシスター辺りに聞かれてみろ、お前だけじゃなくて俺まで連帯責任なんだぞ。そういうことは非番で外にいる時に言えよ」


「わ、悪い。だけどよ、夕方になって急にお偉方のいる奥の方が騒がしくなったかと思ったら、いきなり今日の夜勤の人数を増やせだなんて愚痴りたくもなるだろ?おかげで俺達は、今朝から丸一日の連続勤務になったんだぜ?」


「ハハハ、まあ、言いたいことも分からんでもないがな。だが、普段はこれほどチョロい仕事も他にはないだろ?夜勤手当は出るし、見回りは好きな時間に一回だけやればいい、あとはこうしてカード遊びに興じていられるんだからな」


「まあな、っと、これで上がりだ!」


「チッ」


「へへっ、じゃあ本日最初で最後の見回り、頼んだぜ」


「ケッ、お前じゃねえが俺も愚痴りたくなってきたぜ。とっとと終わらせてくるか」


 ギイイィ


「……ん?おい、どうしたんだ。さっさと行って来いよ」


「いや、廊下に何か変なのが――グヘェッ!?」


「おいおい、さては夜勤前に飲んで来やがゴゲハッ!?」


 石突の部分で鳩尾を突かれた衛兵二人が気絶し、部屋の中で完全に静寂が訪れたのを確認してから、俺は光学迷彩スキルを解除した。


「……ふう、まさか教会兵の中に看破スキルを持ってる奴がいたとはな。スキルのランクが低かったお陰で何とか見つからずに済んだが、さすがに正面に立つのはうかつだったか……」


 ここは教会の敷地内にある衛兵の詰め所。

 中にいる人間を逃がさないように教会を竹の城壁で囲んだ後、俺は正門でしばらく様子を窺って一人として騒ぎ出す者がいないことを確認すると、シルバさんから渡された地図を頼りに衛兵の詰め所を制圧にかかった。


「しかしたった二人だけだったとは、正直ちょっと拍子抜けだな。……いや、待てよ、さっきこいつら、人数を増やしたって言ってたな」


 だとすると、こいつらはあくまで臨時の応援であって、の本体は別にいることになるな。


 まあここに寄ったのは、肝心な時に下手に騒がれないように万全を期しておきたかっただけだ。

 二人の衛兵がしばらくの間は目を覚ます心配がないことを確認した俺は、本命の礼拝堂を目指して詰所の中を照らす明かりからそっと離れた。






 その後、できる限りの注意を払いながら慎重に礼拝堂に近づいていったのだが、驚いたことにリリィが監禁されていると思われる地下室がある礼拝堂までの道のりで、見張りどころか人一人すれ違うこともなかった。


 もしこれが教会が仕掛けた罠だったりしたら素直に相手を褒めるしかないんだが、あの見張りとすら呼べない詰所の二人の無警戒っぷりを見る限りでは、その可能性も低いんだよな。


 そんな状況で光学迷彩スキルを発動し続けるのも魔力の無駄なので礼拝堂近くの植え込みに身をひそめてスキルを解除、これからどうしたものかとガラにもなく少しの間考え込んでしまったが、結局は出たとこ勝負しかないかと、予定通り礼拝堂に踏み込むことにした。






 ギギギギギギ


 できる限り扉の軋む音が周囲に響かないようにゆっくりと開けて、俺は礼拝堂の内部へと体を滑り込ませた。


 礼拝堂の中は等間隔に燭台が設置されていて、ろうそくの明かりが石造りの内部をほの暗く照らしていた。


「待ちかねたよ侵入者君。あまりに遅すぎて今夜はもう来ないのではと疑ってしまったくらいだ、ハハハハハ」


 礼拝堂に入った瞬間から感じていた気配は一人分。

 その声の持ち主は、大胆にも祭壇の前という一番目立つ位置で、地面に突きたてた鞘に入ったままの剣の柄を両手で保持したポーズで、俺を待ち受けていた。


「私は、マリス教国を守護する三大騎士団の一つ、ガレス騎士団シューデルガンド支部長のケルビムだ。さあ、私は名乗ったぞ、どうやら、その頭の被り物で隠蔽スキルを使っているようだが、侵入者君もそれを取って名乗りたまえ!」


「名前?いやあるっちゃあるが……」


 つい昨日、騎士爵に叙せられてことを思い出してそう言おうと俺は、すんでのところでそのセリフを飲み込んだ。


「……いや、侵入者が名乗っちゃ駄目だろ」


「なるほど!これは一本取られたな、ハハハハハ!」


 ……なんだろう、この噛み合わない微妙な空気は。

 宗教関係の人間だとどこか浮世離れしているというのが俺の勝手なイメージだが、目の前のケルビムと名乗った騎士は筋金入りな気がする。


 困ったことに、子供を誘拐して監禁するような悪い奴にも見えないんだよな。


「一応聞いとくぞ、そこで何をしているんだ?」


「ふむ、本来なら侵入者君に教える義理はないのだが、せっかくこんな夜更けに出会えたのだ、特別に教えてあげようではないか!」


 ……一々大仰なんだよな。

 この男を相手にしていると、まだ何もしていないのになんか疲れてきたな……


「この教会のトップのヨルズ司祭に、侵入者が現れるまで毎日この場を死守せよとの命をいただいたのだ!」


 ……まあ、いくら何でも何の用もないのにこんな夜中にこんなところにいるわけにとは思ってたが、俺の予想は半分正解、半分外れって感じだな。

 薄々そうじゃないかとは思ってはいたが、やはりこのケルビムという男、何も知らされていないのか。


 さて、そうなると少々話が変わってくるな。


 ここでこちらの事情を洗いざらいぶちまけてしまえば、ひょっとしたらケルビムはこちらの味方をしてリリィの救出を手伝ってくれるかもしれない。

 だがその一方で、一見この義理人情に篤そうなマリス教国の騎士が、万が一狂信的な亜人排斥主義者だった場合、リリィの命は風前の灯火となりかねない。


 じっと考え込む俺を見たケルビムが、何を思ったのか見当はずれな心配をしてきた。


「なんと、これから一対一の勝負の時間だというのに侵入者君は剣の一本も持っていないではないか!?おおそうだ、これを使いたまえ!」


 壁際に近寄ったケルビムが壁に飾ってあった剣を掴んで、こちらに投げてよこした。


「この礼拝堂に備え付けてある武器は常に私が手入れしているから、品質は保証するぞ!さあ、これで条件は対等だ、いざ勝負!」


 ううーーん、いい奴だ、いい奴なんだが……正直言葉で説明するのは難しいな。

 強いて言うなら、底抜けのバカ、これ以外に表現しようがない男だ。


 正直どう扱ったものか迷う部分もあるが……仕方ない、時間もあまりないことだし実力行使と行こう。


「悪いな」


「おや、ひょっとして命乞いかい?」


「いや、そうじゃなくて、俺、スキルの影響で金属製の武器は扱えないんだよ」


 そのセリフと同時に手にしていた剣を投げ捨てた俺を見て、ケルビムは度肝を抜かれたといった顔をした。


「なんと!?それでは勝負にならないではないか!」


 よし、ケルビムの奴め、驚いて構えを解きやがった、今だ!!


「隙ありいいぃ!!」


「なっ!?ごはああああっ!!」


 ドゴッ ズガガガガガガガガ ガイィィィィン


 一瞬の隙を突いて間合いを詰めた俺の竹槍の片手突きがケルビムの喉に見事に決まり、重装備の騎士は鎧を石の床にこすりつけて火花を散らしながら祭壇に激突、そのまま気絶した。


「すまんな、だが油断した方が悪いんだ。もし再戦の機会があれば、その時こそ正々堂々と戦ってやるよ」


 もはや意識も定かではないはずのケルビムに向かってそんな捨て台詞を残した俺は、地下への入り口がある礼拝堂の奥へと進んでいった。


 うん、反省はしてる。後悔はないがな。






 リリィが捕まってる場所は地下室というからどんな仕掛けが待っているのかと思ったが、礼拝堂の奥のある一室に、一目でわかるような木の扉が床に作られているだけの、ごく普通の地下への入り口だった。

 ちょっと残念な気持ちを心の隅に追いやりながら扉を開けてみると、そこには地下へとつながる階段が暗闇へと続いていた。


 新月の夜の地上ならともかく、こういう閉鎖空間の暗闇はあまり得意じゃないんだけどな、なんて考えながら一段一段石造りの階段をを踏みしめながら進んでいたが、途中からはそうもいかなくなった。


「イヤァーーーーーーーーー!!」


 小さな子供の悲鳴が地下の奥の方から響き渡り、俺はケルビムとの対峙を長引かせてしまったことに後悔を憶えながら、勘だけを頼りに暗闇の向こう側へと駆け出して行った。

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