第51話 本気で断った


「すぐ調べえや」


「今日中には」


 セリカと退室していったシルバさんの主従の会話はそれだけだったが、二人の目にはもはや殺気すら籠っていた。


 あれは自分たちのメンツが潰されたって感じだな。

 実際、シルフィさんと獣人の子供たちはセリカの客扱いでこの屋敷にいるんだから納得の話なんだが。


 さて、俺も動くべきかな。


「タケト、どこに行くんや?」


「いやちょっとシルフィさんの様子でも見てこようと思ったんだが」


 ソファから立ち上がりかけた俺にセリカが声を掛けてきた。


「今はやめといてくれ」


「ひょっとして俺が動くと邪魔か?」


「そこまでは言わんけどな、今ウチのもんが総出で情報を搔き集めとるわけやけど、その中には司祭様の聞き取りも含まれとる。今頃司祭様は取り乱しとる最中やろうけど、抜かりのないシルバのことや、同性の中から適任をあてて、今頃はゆっくり話を聞き始めとる頃や」


「なるほど、それじゃ俺の出る幕はないな」


「まあ、事情を聴いた後なら司祭様も落ち着いとるやろうから、会いに行くならその後にしといてや」


 セリカのいつにない優しい言葉に頷くが、そうなると途端にヒマになった。

 いつもなら暇つぶしに竹細工でも作るのだが、この状況をを一旦忘れて作業に没頭するのも違う気がする。


 そうだ、竹細工と言えばセリカに聞きたいことがあったんだった。


「セリカ、俺が初めてシューデルガンドに来た時に竹笊を売った、料理屋の亭主っぽい客のことを憶えてるか?」


「ん?ああ、タケトがウチに届け物を頼んだあのおっちゃんか。元気にやっとるようやで。それどころか、最近じゃ金持ちの客が詰めかけてえらい繁盛しとるらしいで。コルリ村に帰る前に一度会いに行ったらどうや?」


「そうか、なら一度会いに行ってみるかな」


「多分驚くと思うで(お互いにな)」


「ん?何か言ったか?」


「いいや、なんにも。それよりタケト、コルリ村におる間に竹細工をいろいろ作っとったらしいやないか」


 若干無理やり話題を変えてきたセリカの目は、獣人の子供が誘拐された時とは打って変わり、商人のそれとなって爛々と輝いていた。


「ああ、なんなら、そこの背負い籠に入ってる分でいいなら見るか?」


「頼む!!」


「お、おう、わかった」


 あのセリカから頼むという言葉を聞いて若干引いてしまったが、気を取り直して部屋の隅に竹槍と共に置いてあった背負い籠を取りに行き、部屋の中央に据えられた大きなテーブルの上に置き始めた。


「ええっと、まずは十本の竹束五セットと――」


「ちょっと待てええええええぇぇぇ!なんでそないなもんがそんな小さなカゴに入っとるんや!?明らかに縮尺がおかしいやろ!!」


 言うまでもないが、俺が使っている背負い籠は人が背負える標準的なサイズだ。

 普通なら竹束どころか竹一本すら入り切るはずのない代物である。



 そう、普通なら。



「いやいやセリカよ、この背負い籠だって竹でできてるんだから、当然魔道具の一種に決まってるじゃないか」


 ちなみにケルンさんの鑑定ではこうなっている。


《タケトの背負い籠:魔力が込められており耐久力と収納力が向上している。耐久力はAランクの魔法の鎧並、収納力は実際の容量の約百倍のアイテムボックスとなっている。製作者 竹田武人》


 ステータスプレートに書かれた内容を説明すると、セリカの目が血走り始めた。

 その一方で俺に語り掛ける口調はひっそりとしたもので、それがかえって不気味さを演出していた。


「……タケト、ウチが所有しとるアイテムボックスの中で、一番容量のデカいやつがどんなもんか知っとるか?」


「いいや、知らんぞ」


「……あそこに見える建物、あれがそうや。容量は同サイズの非魔道具の十倍や」


 そう言いながらセリカが指差した先、窓の向こう側にあったのは、この世界では見たことのない、金属の壁で覆われた窓一つ見当たらない不思議な建物だった。


「ハハハ、セリカさんや、あのサイズの建物をボックスと呼ぶのは無理がありすぎだぞ。冗談にしては面白くないな~」


「ウチが名づけたんと違うわい!文句があるなら王都におる学者のアホ共に言えや!第一あれでも世間様では最高級品で通っとるんや、タケトの持っとるそれがおかしいだけや!」


 その後もセリカはアイテムボックス化するための魔法陣のサイズがどうとか持ち運びする際の魔力消費量がどうとか小難しい話をしていたが、俺の頭にはほとんど入って来なかった。

 精々わかったのは俺が竹細工でまたしてもやらかしてしまっていたという事実だけだった。

 思い返してみればシューデルガンドへの旅の中で鑑定したケルンさんの俺が荷物を出し入れしている時の背負い籠に向ける視線が時々おかしくなっていた気もしないではない。


「はあ、はあ、……まあタケトがいろいろ非常識なのは分かっとったことや。ウチもちょっとばかし熱くなり過ぎたわ。……で、いくらや?」


「は?」


 興奮しすぎたのか一気にまくし立ててきたセリカだったが、最後には落ち着きを取り戻していた。


 ……と、思っていたんだが、それはただのフリだったらしい。


「そのアイテムボックス、いくらなら売るんや?って聞いとんのや」


「いや、これ売り物じゃないし」


「そんなことわかっとるわボケナス!いったい金貨何枚積んだらそいつを作ってくれるかって話やないか!!」


 再びヒートアップしたのか、どんどん口が悪くなっていくセリカ。

 まあセリカのことだからそう見せかけておいて、こちらが平常心を失うのを虎視眈々と狙っているだけだろうが。


 だが、今回は譲るわけにはいかない。


「いいや、これを売り物として作るつもりはない」


「なっ、なんやて!?」


「ついでだからこれも言っておく。セリカ、俺は俺が作った竹細工、正確には戦いに利用できるような魔道具を、どこの誰ともわからない奴の手に渡るような真似は絶対にしない」


「な、ならあの竹笊はなんでウチに渡したんや!?」


「あれは、放置しても精々食べ物の状態を保てるくらいの効果しかないのは、ちゃんと確認済みだったからな。だがこの背負い籠は違う。仮にこれをどこかの国が大量に手に入れたら、それだけで兵站の常識が崩壊する。さっきセリカからアイテムボックスのことを聞かされてますます確信した。だから、これは絶対に売れない」


「タケトごときがウチに歯向かうなんてええ度胸やないか!!ウチを怒らせたらどうなるか今すぐ教えたろか!!」


 怒髪天を衝くようなセリカの恫喝に、部屋の外にいるであろう影警護達の殺気が俺一人に集中する。

 これもまた交渉の一環なのか、それとも本気で襲ってくるのか、どちらにしても俺のやることは変わらないが。


 やれやれ、セリカの性格を考えるといつかは正面からぶつかる日が来るとは思っていたが、何もこんな日じゃなくてもよかっただろうに。


 だが仕方ない、いくさというものは、いつでもどこにでも転がっているのだから。


「…………………セリカ、いいんだな?」


「な、なんや、藪から棒に……」


 俺の雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、セリカだけでなく周囲の影警護の気配も大きく揺らいだのを感じた。


「お前は俺と本気でやり合うつもりなんだな?」


「そ、そんなん言うまでもないやろが!!タケトがウチの言うことを聞かんのが悪いんや!!」


「セリカ、性根をすえて答えてくれよ?俺は一度やると決めたら絶対に引かないし、セリカの心を折るまで絶対に手を緩めることもない。一度始まってしまえばそっちの弁明も聞くこともない。ただひたすら俺の敵を狩りつくすだけだ」


「っ――!?」


「それでもいいというなら受けて立つぞ」


 俺は静かに席を立つと傍らの竹槍を掴んで構えを取った。


「ちょっ!?」


「竹田無双流免許皆伝、竹田武人推して参――」


「わかった!!わかったから!!」


「何がわかったって言うんだ?」


「あきらめる!!タケトのアイテムボックスも他の竹細工も作ることを金輪際強要したりせえへん!!これでええか!?」


「ああ、それならいい」


 俺は何事もなかったように竹槍を壁際に立てかけ、ソファに座り直す。


 それをじっと見ていたセリカが大きなため息をついて向かいのソファに座り直すと、部屋の外の気配も一気に虚脱した空気になったのがわかった。


「(まったく、あの性悪近衛騎士、とんでもない爆弾を東部に残していきおってからに、この貸しはたっかい利息でもつけんと割に合わんで!!)」


「ん?何か言ったか?」


「何でもあらへん!!ちゅうかさっきまであんな恐ろしい殺気出しまくりやったのに、よくそんな平気な顔で話しかけられるな!?」


「別に問題は解決したんだから引きずらなくてもいいだろ?」


「こんなん引きずるに決まっとるやないか!!……はあ、なんや三日徹夜したくらいに疲れたわ。シルバが戻ってきたら呼びに行くさかい、一度部屋に戻ってくれんか?ウチも少し休むわ」


「わかった。……ああ、それと」


 ぐったりし出したセリカがもう勘弁してくれとばかりに睨んでくるが、さっき俺に向けたばかりのそれとは比べ物にならないくらい弱々しいものだった。


「まだあるんか!?」


「いや、誘拐の方だよ。情報が集まったら救出に動くんだろ?」


「ああそっちかいな。そやけど。で?」


「メンバーには俺も加えてくれ」


「……荒事全般はシルバに任せとるからウチの一存では決められんけど、一応理由を聞いてもええか?言うても、あの子供たちとそない親しいっちゅうわけでもないやろ?」


「まあ、これも俺の矜持の問題なんだがな」


 昔、爺ちゃんが言っていた言葉を思い出しながら、話の続きを口にする。


「子供を攫うような奴は、この世にいてはいけない卑劣な外道だ。絶対に一人も逃がさない。確実に相応の罰を与える」


「わかった!!わかったからその殺気をウチに向けんでくれ!!」


 本日二度目のセリカの絶叫が、屋敷中に響き渡った。

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