第42話 ギルドマスターに会った


「タケトさん、ギルドマスターはとてもお忙しい方なので面会時間は三十分にさせてもらいます。失礼のないようにお願いしますね。では行きますよ」


 受付のお姉さんはそう俺に忠告して小さく呼吸した後、一番奥にあった部屋の両開きのドアをノックした。


 コンコン


「どうぞ」


「失礼します!お客様をお連れしました!」


「ご苦労様タチアナ君、下がって結構だ」


「は、はい、失礼しました!」


 先ほどとは打って変わって顔を真っ赤にして緊張し通しの受付のお姉さん。

 その名前を呼んでねぎらった部屋の主は、俺から見ても思わずため息が出るほどの美人だった。


 着ている服は実用的なものなんだが、長いウェーブのかかった金の髪がその質素さを補って余りあるほどの華やかな魅力を放っていた。

 それでいて二十代のような若々しさと四十を数えていそうな貫録を合わせ持っていて、まるで年齢がわからなかった。


「そんなところに立っていないで、そこの椅子に掛けてくれタケト殿。それとも勇者様と呼んだほうが良かったかな?」


「……ご存知なんですね。でも勇者の自覚はないんでその呼び方はやめてください」


 警戒の証だった深編笠を脱いだ俺は、竹槍と背負い籠を端に置いて椅子に座った。


「で、セリカの言っていた知り合いっていうのはあなたのことなんですね?」


「まあね。これでもセリカ嬢とはそこそこの付き合いでね、今回君がここにいるのもセリカ嬢が私のお願いを聞いてくれたからなんだ。申し遅れた、私の名はエスメラルダ、この街の冒険者ギルドのトップだ。元冒険者でもある」


 いやいや、そこそこの付き合いで俺の素性をばらされたらたまったもんじゃないよ。

 どう考えてもお互いの秘密を握り合っているズブズブの仲だろうに。


「まあ、タチアナの言っていた通り、時間は限られている。君への興味は尽きないが早速本題に入ろう」


 エスメラルダさんは机の上に広げていた地図に目を向けた。


「さて、現状を軽く説明すると、こっちの東の大公軍とあちらさんの銀鋼騎士団は睨みあいの最中でね。問題は、こっちはすでに一万が集結しているのに銀鋼騎士団の数はたったの三千という兵力差があることだ。これがどういうことかわかるかい?」


 エスメラルダさんは地図の上に赤い駒を十個、黒い駒を三個置いた。


「こっちが数で圧倒的に勝っているのに、相手を畏れておそれて仕掛けられない?」


「そういうことだ。別に東の大公が臆病というわけではないよ。それだけ銀鋼騎士団が強いってことなんだよ。さらに言うと銀鋼騎士団はあくまで先鋒でね、もうすぐ七千の魔族軍本軍が到着するって、さっき伝令が伝えてきた」


 黒の駒をさらに七追加するエスメラルダさん。


「おそらく銀鋼騎士団は本軍の到着を待ってから突撃してくる。数の上では同数だけど分はかなり悪い」


「いや、現状でこれなら、もしかしなくても負けますよね」


 おそらく、東の大公軍には銀鋼騎士団に匹敵するだけの騎馬隊がないんだろう。

 でなければとっくの昔に決着がついてるはずだ。


「まあ、砦に籠って守りに徹すれば時間を稼ぐ程度はできるかもだけど、状況が良くなることはきっとないだろう。東の大公もそれがわかってるからこの戦いに賭けて来たし、私もそれが正しいと思ってる。だからいくつか手を打つことにした。その一つがタケト殿、君さ」


 おいおい、いくら何でもそれは期待のかけ過ぎだろう?

 俺に戦争の責任を押し付けられても困るぞ。


「もちろん東の大公軍も奮戦するだろうし、冒険者たちで編成した遊撃隊がうまく機能すれば互角くらいには持っていけるだろうと私は踏んでいる。だから君に期待しているのは、いわば保険なんだよ。東の大公軍が敗走した場合に銀鋼騎士団の追撃を遅らせて、できるだけ味方を救うのが君の仕事というわけさ。目的さえ果たしてくれれば、やり方は君の自由にしてくれていい」


「……はあ、本当にあなたはどこまで知ってるんですか」


 困ったことに、今エスメラルダさんが提示した依頼は多少の準備が必要なものの、俺の中で成算が立ってしまったのだ。

 ただし、この提案ができるということは、俺が思ってる以上にエスメラルダさんがセリカから情報を得ているという証にもなるわけだ。

 そりゃ、ため息もつきたくなる。


「あくまで私が知っているのは噂だよ。だが王都より東の街道で私の元に入って来ない噂話はないんだ」


 普通ならマフィア張りの恐ろしい発言も、微笑をたたえた表情のエスメラルダさんの声を通すとなんとなく聞き惚れてしまうから美人っていうのは得だな、とあまり話と関係ないことを思った。


「さて、そんなわけで君に陣取ってもらうのは、ここだ」


 エスメラルダさんは青色の駒を取り出すと、地図上の東の大公軍後方のとある地点に置いた。


「味方が敗走した場合は大公軍がどこへ逃げるにせよ、必ずこの峡谷を通る手はずになっている。タケト殿にはここで敵の足止めを図ってもらう。もちろん死ねというつもりはない。足止めさえやってくれれば適当なところで逃げてもらって構わないよ」


 さらにエスメラルダさんは机の上に一枚の書類を取り出した。


「そうそう、遊軍とはいえ所属を決めておかないと後で不都合が起きるだろうから、勝手ながら冒険者の身分を用意させてもらった。おめでとう、君は特例でいきなりCランクからのスタートだ」


 うおぃ!?何本人の了承もなしに勝手に加入させてんだ!?

 ブラック企業も真っ青の所業だよ!!


「もちろん不要なら後で破棄してもらって構わない。だが、Cランクともなれば一人前の冒険者として認められるからギルドの施設や優遇措置を受けられて便利だぞ。なあに、たまに魔物を狩ってギルドに素材を納めてくれれば簡単に維持できる資格だ、気軽に考えたまえよ。さて、私からの話は以上だ。何か質問はあるかな?」


 ……はあ、戦う前から面倒事に巻き込まれるとはな。

 だが確かに一端の冒険者という身分はそれなりに役に立ちそうだし、クレームをつけている時間もないのも事実だ。

 帰って来てからじっくり考えるしかないな。


「これだけの規模の戦いだ、俺以外にも同じ役目を背負ったバックアップがいるんですよね?その人たちとバッティングしてしまう恐れは?」


「タケト殿と彼らとでは役割そのものが違うから基本的に気にしなくてもいい。万が一接触した場合は、セリカ嬢が君に付けるという同行者が間に立って上手くやってくれると聞いているから、気兼ねなくやってくれていいと思う」


「その同行者はどこに?」


「さあ?だがセリカ嬢のことだ、すぐに接触してくると思うぞ」


 なんともまあ、自分の足で立っている気のしない行き当たりばったりな感じがするが、それだけ事態が切迫しているということなのか。

 まあやるべきことは分かったし、目の前のことを一つ一つ片づけていくしかないか。


「しかし、客という割にはお茶の一つも出ませんでしたね」


 皮肉交じりのお暇のセリフを合図に、席を立つ。


「なにせみんな大忙しだからね。私用ともいえる客にお茶を出させる手間を部下にかけさせたくなかったのさ」


「いや、自分で淹れましょうよ」


「悶絶するほど苦いお茶でよければ次回用意しよう」


「……いえ結構です。そういうことなら、今度来た時は俺が淹れさせてもらいます」


「楽しみにしているよ」


 お茶を飲む前から苦々しい顔になった俺を見て、エスメラルダさんは可笑しそうに笑いながら見送ってくれた。






 さて、冒険者ギルドを出たのはいいがどっちに行けばいいんだ?

 勢いで出てきてしまったが、よくよく考えたら両軍が睨みあっている場所はおろかどっちの方角へ行けばいいのかも知らないぞ。


 恥を忍んでギルドに戻って受付のお姉さんに聞いてみるか?

 でもまた変な冒険者に絡まれてもな。


 と思ったその時だった。


「お待ちしておりましたタケト様」


 まるで俺の懊悩を予期していたかのように正面から声を掛けられた。


「……ひょっとして、セリカが言っていた案内の人?」


「はい、普段はお嬢の身辺警護を任されている者です。ただドルチェ、とお呼びください」


 ヤバい、完全に気配が掴めなかった。


「以前と違って殺気を出していませんでしたから、タケト様が気付かなかったのも無理はありません。それにこの格好で朝からずっとこの場所で待機していましたから、タケト様も違和感を感じられなかったのでしょう」


 そう言う彼女は、全身をハーフプレートで覆っていて特に頭部は完全に布やヘルメットで覆われていて表情を窺い知ることはできない。

 声もどこから出ているのかわからないほどくぐもっていて、名前を聞いていなければ性別がわからなかったかもしれないほどだ。

 そして、確かに彼女の言う通り、この姿でここに居続けられれば気配を掴むのは至難の業だ。


 こりゃ、思ってた以上の手練れだな。


「初対面、じゃないよな?」


「あの節は失礼いたしました」


 やっぱり、セリカと初めて会った時に天井か部屋の外で俺を監視していた集団の一人か。

 これなら案内の方は安心して任せられそうだ。


「では参りましょう。さほど時間は残されていませんので急ぎます」


 ドルチェと名乗ったセリカの部下はそう言うと、俺が付いてくるのを確認しながら人ごみを気にもせずに異様な素早さで戦場への道を歩き始めた。

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