第43話 大樹界争奪戦争に参戦した その一


「着きました、ここからなら戦場が一望できます」


「ちょ、待、ドルチェ、早すぎ、……ゼエ、ゼエ」


「何を言っているのですかタケト様、ここまでで時々異様な回復を見せていたことから察するにポーションを持参しているのでしょう?なら体力的に問題はありませんよね」


「初挑戦の山登りが体力だけで何とかなると思うな!山の地形とかルートとか知り尽くしているあんたみたいに、素人が一度も間違えずに歩くなんて不可能なんだよ!」


 シューデルガンドを出発してから約二日、ドルチェの案内で(本当はさん付けしたかったのだが呼び捨てでいいとこっちが折れるまで彼女は言い続けた)散々森や山の中を彷徨った結果、俺は陣取る予定の峡谷の右方の山の頂上にいつの間にかに立っていた。


 ここまでの道中、どこをどう通ったのかまるで分からなかったので、はっきり言ってシューデルガンドに帰るどころか人里に降りる自信すらない。

 こりゃ確かに、案内人なしにここまで来るなんて不可能だ。


「おや、それは失礼いたしました。まさかタケト様がここまでついてこれるとは思っていなかったので、つい途中から本気を出してしまいました」


 そんなことだと思ったよ!


 ドルチェが突然高い木に登ったかと思ったら近くにあった川を飛び越えてしまった時には本気で遭難すると思ったよ!


「ですが、そのおかげで何とか開戦に間に合ったようですね。両軍すでに集結しているようですがまだ動きはないようです」


「はあ、……じゃあしばらく高見の見物とさせてもらうとするかね」


 そう言った俺は、背負い籠から丸めて収納していた小さめの竹座布団を二つ取り出すと、一つをドルチェに渡した。


「タケト様、これは?」


「座るときに下に敷くと楽になる。あとはこれも」


 ついでに竹筒に入った竹の葉茶をドルチェに向けて放り投げた。


「さっき言ってたポーション、のようなものだ。あとで手伝ってもらうこともあるかもしれん。遠慮なく飲んでくれ」


「そうですか、それでは遠慮なく」


 さて、ここからは我慢の時間だ。

 俺が東の大公軍の保険の一つになっている以上、どんなに悲惨な状況が起きたとしても出番が来るまではひたすらここで待ち続けるしかない。

 別に知り合いがいるわけでもないがその時が来るまでは気を張り詰めて――


「キャ~、なにこれ~、すっごいフカフカなんですけど~」


 は、張り詰めて――


「あ、このポーションもおいし~、まるでお茶みた~い、クセになっちゃう~~~」


「お前誰だよ!?ていうかどっから声出してんだよ!?」


 余りに場違いなギャル風の声に突っ込んだ後、一瞬俺たち以外にも誰かいるのかと思って辺りを見回してみたが見晴らしのいい山の頂上に隠れる場所などなく、やはり目の前のドルチェが犯人だと確信した。


「おやタケト様、距離が離れているとはいえ戦場を目の前にして大声を出すなど非常に危険な行為ですよ。それよりも、どうやらそろそろ動き出すようですよ。……ふむ、見つかるわけにはいかないとはいえ、やはりここからではよく見えませんね。アレを使いましょうか」


 俺のツッコミを平然と躱したドルチェは、傍らに置いていたバッグから一本の大きめの巻物を取り出すとその場に広げ始めた。


 くそっ、展開が早すぎてついていけねえ!この二重人格を問い質すのは後回しだ!


「オホン!ドルチェ、その巻物はなんだ?」


「私はそれほど魔法が得意ではないので、こういった魔法陣の描かれた巻物で必要な魔法を使用する時に手順を大幅に省略しているのですよ」


 確かに、巻物には複雑な魔法陣がいくつも描かれている。

 ドルチェが右手をそのうちの一つにかざすと、その魔法陣が輝き始めた。


「このように、登録した人物の魔力を流すだけで魔法を発動させることができるのです」


「そりゃ便利な代物だな。それでどんな魔法を使うんだ?」


「すぐにわかります」


 ドルチェの言葉に反応したように魔法陣の光が最高潮に達した時、何もなかった空間に少しづつ別の風景が映し出されていった。


「マギヴィジョンという補助魔法の一種です。一定の範囲内限定ですがはるか遠くにある光景を自在に映し出すことができます」


 ドルチェの言う通り、先ほどまで米粒以下にしか見えなかった兵士の姿が一人一人の表情までわかるほど鮮明に見えるようになっていた。


 しばらくの間はただただ感心しながらドルチェが操作するままに開戦直前の戦場の様子を眺めていたのだが、同じ鎧で身を固めた東の大公軍の後方に雑然とした一団がいることに気づいた。


「ドルチェ、あれは?」


「おそらく冒険者の志願兵で構成された遊撃隊ですね。いきなり前衛に回すと不揃いな装備から弱点と思われて集中攻撃を受ける恐れがあるので、支援部隊として活用するようですね。どこまで当てになるかはわかりませんが」


「ひょっとしたら俺もあそこに入っていた可能性もあるわけか」


 そう考えると、赤の他人でも是非とも頑張ってほしいと思えるようになるから、不思議なものだ。


「ん?あそこにも冒険者が集まってないか?」


 俺の視線は遊撃隊の隣の集団に移った。


「……変ですね、あの辺りは真っ先に敵とぶつかる前衛です。確か、周辺から集められた貴族の兵が並んでいたはずですが……わかりました、あの旗印はワッツ子爵のものですね。しかしなんとまあ、見事に寄せ集めの兵ですね。あれなら参戦しない方がマシでしたでしょうに」


 ドルチェの言う通り装備も隊列も点でバラバラ、冒険者たちの遊撃隊よりひどいかもしれない。


「多分、貴族の恥や全滅のリスクよりも、とにかく敵を討って功績と金を稼ぐ実利を優先したんだろう。多少の外聞なんて気にしている場合じゃないのかもな」


「そういえばタケト様はワッツ子爵とは関わりがありましたね」


 ほじくり返してほしくない秘密を知っているぞと言わんばかりのドルチェの言葉に、自分の表情筋がこわばるのが自覚できた。

 しかし気づいているのかいないのか、ドルチェがそれ以上話を続けることはなかった。


「東の大公軍本軍はともかく、あの辺りを攻められたら厳しいかもしれません。その弱点をどう戦術で覆すかがカギですね」


 それ以前に、あのワッツ子爵が素直に言うことを聞くかね?

 心配しても仕方がないとはいえ、あの貴族の酷さを知る俺としては不安しかない。


 その言葉を区切りにドルチェの興味は魔族軍に移ったようで、ヴィジョンには無数の鎧姿のオークや、それを指揮する強そうな魔族が映し出されていった。


「タケト様、あれが銀鋼騎士団です。ですが妙ですね……」


 そう言いながら、ヴィジョンに映し出されたくすんだ銀色の鎧に身を包んだ一団を見ながらドルチェが疑問の声を上げた。


「そうか?俺には屈強な精鋭部隊に見えるが」


「銀鋼騎士団はその名の通り、光り輝く銀色の魔法の鎧に身を包んでいることで有名なのですが、今私達が見ているあの鎧からは、明らかに輝きが失われています。銀鋼騎士団の強さは強力な騎馬軍団以上にその鎧の圧倒的な防御力にこそあるのですが、あの様子では魔法の力が失われているのかもしれません」


「そりゃ、こっちの当初の予想と随分と話が変わってこないか?ていうか魔族軍の精鋭なんだろ?どうしてそんな状態で戦場に出てきたんだ?」


 ドルチェは俺の質問には答えずにヴィジョンを操作して銀鋼騎士団の様子を見続けていたが、突然何かに気づいたように話し始めた。


「銀鋼騎士団の頂点で魔王に次ぐ実力者の一角とまで言われている、銀鋼将軍の姿が見えません。考えてみれば、この場にいる銀鋼騎士団の数も噂に聞いていた一万には程遠いです。何があったかまではわかりませんが、少なくともここに銀鋼将軍がおらず、騎士団自体も弱体化していることだけは確かのようです」


「朗報じゃないか」


「はい。個人の武勇も凄まじい銀鋼将軍本人を、東の大公軍がどう止めるかというのが大きな懸念の一つでしたが、その懸念が消えた可能性があります。相変わらず東の大公軍が不利なことに変わりはありませんが、希望は見えてきましたね」


 などと話している間に、いよいよ両軍の距離は縮まってお互いの間合いに入りそうな位置まで近づいていた。


「やはり、魔族軍が先に仕掛け、東の大公軍はそれを受けるようですね」


 ドルチェの言う通り、魔族軍は前進を続ける一方、東の大公軍はその場に留まり前衛が長槍を構える様子が確認できた。


「どちらも基本の形から入るようですね。銀鋼騎士団も場が整ってからの突撃になるでしょうから、今日はお互いの削り合いで終わるでしょうね」


「……いや、残念ながらそんな呑気な話にはならなそうだぞ」


 そう決めつけた俺の目は、ドルチェが見ているヴィジョンを通してではなく、実際の両軍の陣形の中で、東の大公軍の守備陣の一角が崩れていく様子をこの目で見ていた。


「あ、あの旗印は!?」


 ドルチェが言うまでもなく、ヴィジョンが映し出したバラバラな装備の一団は明らかに他の部隊から浮いていて、一目でどこの所属かわかった。


「ワッツ子爵の部隊だな」


 まったく、悪い時の予感というものはどうしてこうも当たるのかね。

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