第41話 再び冒険者ギルドでテンプレが起きた


 セリカのお陰で心置きなく魔族との戦いに集中できることになったのだが、志願兵という形をとるために冒険者ギルドに行く前に、一つ用を思い出したのである店に寄り道をすることにした。


「いらっしゃい、初めて見る顔だな。うちは一見いちげんはお断りだぞ」


「頼まれごとでね、これを見せればいいと言われたんだ」


 店員は明らかに商売に向いてなさそうな強面こわもての男がカウンターにいるだけ、決して広くはない店内には所狭しと武器防具が並んでいた。


 俺の手から一枚のメモを受け取った男は中身を見て目を見開いた。


「ドンケスの旦那か、珍しい男から便りが届いたもんだ。……これを揃えればいいんだな?」


「できそうか?」


「厳しいな。この近くに魔族軍が現れたってんで在庫が少なくなってるところに例の山火事だ。特に大樹界でしか採れない鉱石が全く入って来ていない。頑張ってはみるが期待はするな。最低でも十日は時間が欲しい」


「じゃあ、その魔族軍を追い払った後にまた来るよ」


「魔族って、まさかそのなりで……いや、武器屋が人を見かけで判断しちゃいけねえな。ましてやドンケスの旦那が信用しているんだ。あんた、相当できるんだろう?初対面の俺が言うのもなんだが、油断せずに無事に帰って来いよ」


「ああ、ありがとう。精々死なない程度に戦ってくるよ」


 こうして再訪の約束を取り付けて、俺は武器屋を後にした。







 ガヤガヤ ザワザワ


 シューデルガンドの中心部にある冒険者ギルドの建物は、以前セルメアの街で見たものとは比べ物にならないほど大きかった。

 だが、それよりも目に入るのは内部にひしめく人の多さ、しかもそのほとんどが思い思いの装備に身を包んだ冒険者たちの姿をしている。


 ひょっとしてこれ全部が志願兵なのか?

 たしか冒険者は徴兵の義務から除外されている代りに、様々な依頼をこなす形で国の発展に貢献する職業だったはずだ。

 戦争で手柄を上げたい奴らは大抵が傭兵ギルドの門を叩くらしいからな。

 てっきり、戦争に行きたくない奴らの行き着く先が冒険者だと思ってたが、違うのか?


「ふふん、知らんのなら教えてやろうか?」


 そんなことを呟きながら玄関に立っていた俺に声を掛けてきたのは、ゴツイ大剣を背負った筋骨隆々の大男だった。

 右の頬には大きな切り傷の痕が残っていて、歴戦の戦士を思わせる外見だ。


「なんだ、俺様の迫力に怯えて声も出ないか。見たところ素人同然の駆け出しのようだし、俺様の荷物持ちをやるというなら荷物持ちで雇ってやることも考えんでもないぞ?」


 ……これはあれか、剛剣のゾルド様(笑)に続いて、またしても余計なお世話な冒険者に目をつけられてしまったということか?

 ひょっとして俺の体からその手の奴らを引き寄せる電波でも出てるのか?

 今すぐ、可及的速やかに遮断したい。


 そんな風に思考の海に落ちている俺が何も言わずにいると、大男の冒険者は勝手に喋り始めてしまった。


「いいか、今回のように冒険者が志願兵として駆り出される時は、緊急クエストとして通常よりも高い報酬がギルドから約束されているのだ。もちろん武功を上げた時には別途ボーナスが付くし、名のある敵将を討てばきちんと記録され、あわよくば王宮や貴族に取り立てられるチャンスでもあるのだ!これで奮い立たねば男が廃るというものなのだ!」


 がっはっはと何かとやかましい大男の冒険者だったが、外見に似合わず言っていることは実に分かりやすかった。


 なるほどね、割のいい仕事だっら多少の危険は関係ないというのは、どこの世界でも一緒か。

 だが、シルバさんの説明を聞いた限りでは今回の敵は相当ヤバいらしい。

 果たして自分が死ぬリスクを正確に捉えている冒険者がこの中にどれほどいるのか……


「しかも今回は、一部の貴族が直接冒険者を雇って戦力を増強しようとしていてな、特にワッツ子爵は、手柄を上げた者は直臣に取り立ててくれるとのことだ!そこで俺様は仲間を集めていたわけなのだが貴様は実に運がいい!」


 ワッツ子爵という、非常に引っかかる人物の名が出てきたので、大男の冒険者の話に耳を傾けるのを速攻でやめた。


 懐かしくもなく、聞きたくもない名前が出てきたな。


 俺がカトレアさんの案内でコルリ村への旅をしていた時の、道中に立ち寄ったとある町の領主、それがワッツ子爵だ。

 自分の失態を領民に押し付けるどころか、領民を使った人身売買にまで手を染めている外道だった。

 その悪行に義憤に駆られた元家臣の蒼刃のニールセンが盗賊団を立ち上げてワッツ子爵に反旗を翻していたところに、俺とカトレアさんが通りかかった。

 そしてカトレアさん九割、俺一割の活躍によって、ニールセン達は他の貴族の領地に無事に脱出し、新しい生活を始めることができるようになった。


 しかし、そもそもの元凶であるワッツ子爵を断罪することはグノワルド王国の事情的にも難しく、結局はカトレアさんが王都に戻った後で王宮として善後策を考える、そんな話で終わっていたはずだ。


 そのワッツ子爵が、この戦争に参加するのか……


 今のワッツ子爵は、もともと借金地獄だったところに、ニールセンが率いていた盗賊団(実際にはワッツ子爵の横暴に耐えかねて家を捨てた元住民なのだが)に身をやつしていた領民が三百人も抜けているので、一層苦しい立場に追い込まれているはずだ。

 少なくとも直臣を増やすどころか、冒険者に報酬を払う余裕すらないはずだ。


 そして、そんなワッツ子爵に雇われようとしている、目の前の冒険者。

 最初からこの男についていくつもりはなかったが、ワッツ子爵と関わるつもりはもっとない。

 人情としては、ワッツ子爵はいろんな意味で危険だよ、と教えてやるべきなのかもしれん。

 しかし、俺が知っている秘密の事情を打ち明けるわけにもいかんし、割に合わない依頼を回避するのも冒険者の才覚のはずだ。


 うん、ここは無言で立ち去ろう。


「おい貴様!俺様が親切に勧誘してやっているのに無視するとは何事か!」


 と思って、素知らぬ顔で大男の冒険者の脇をすり抜けて立ち去ろうとしたが、怒声と共にガッチリと肩を掴まれてしまった。


 ありゃ、失敗したか。

 頭の回転は良くなさそうだからさり気なく立ち去れば気づかないと思ったが、そこまで馬鹿じゃなかったか。


「いや、他に用事があるんで荷物持ちは結構です」


「うるさいうるさい!こうなったら何が何でも貴様をこのBランク冒険者、剛撃のガイ様の荷物持ちにしてやるぞ!」


 ……はあ、なんでめんどくさい冒険者は名前まで似てくるのかね?

 ランクも一緒だし。


 そんなことを嘆きながら、剛撃のガイ様(笑)が俺を捕まえようと反対側の腕も伸ばしてきたのを見て、俺は自分の体の中を流れる魔力をある場所に流した。


「ぬ!?一瞬で消えただと!?どこだ、どこへ行った!!」


 周りの冒険者の目も気にせずに辺りを見回しながら喚き散らす大男の冒険者。

 だが俺は立っていた場所から一歩も動いてはいない。

 ただ目の前のガイという冒険者が俺を認識できなくなっただけだ。


《タケトの深編笠:魔力が込められており耐久力が向上している。また、持ち主の魔力を流し込むことによってAランクの認識阻害魔法を発動する。この魔法は同ランク以上の知覚系の魔法、スキルでしか破ることはできない。製作者 竹田武人》


 俺が魔力を流し込んだのは、足元の地面でもなく、手にある竹槍でもなく、頭を覆っていた深編笠だ。

 当然これは、ケルンさん鑑定済みの魔道具である。

 目立たずに活躍するという一見矛盾したセリフを、屋敷を出る前にセリカに吐けたのも、この深編笠のスキルのことが念頭にあったからだ。


 俺はそのまま大男の冒険者の元を離れてギルドの受付カウンターまで行くと深編笠のスキルを解除し、カウンターに座っていた受付のお姉さんに話しかけた。


「すみません、人と会う約束があるんですけど」


「え、……ひゃああ!?び、びっくりした。……あ、さては魔道具か魔法を使いましたね?ギルドでは魔法及びに魔道具の無断使用は厳禁ですよ!」


「すみません知りませんでした。次からは気を付けます」


「わかってくれればいいんです」


 たしかによくわかった。もう使わないとは一言も言ってないが。


「それで、どなたとのお約束ですか?」


「いえ、ここに来て俺の名前を言えばわかる、としか言われてないもので」


「では、ステータスプレートはお持ちですか?」


「はい」


 受付のお姉さんは俺からステータスプレートを受け取ると、手のひらに小さな魔法陣を出して金属の板にかざし始めた。


「お名前は――タケトさんですね。おおっ、すごいステータスですね!これならすぐに一流冒険者になれますよ!……はい、ありがとうございました。これはお返ししますね」


 お姉さんは俺にステータスプレートを手渡すと、引き出しからファイルを取り出した。


「ええっと今日の予約は――ええっ!?……うーん、でも間違いないか。タケトさん、いえ、タケト様、ギルドマスターがお待ちです。奥へどうぞ」


 なんとまあ、どうやらセリカが話を通した相手というのは、この冒険者ギルドのトップ、ギルドマスターらしいな。

 表向きはただの村人の俺に、あいつは何をさせる気なのか……

 ちょっと、いやかなり不安になってきた。


 まあ、ここで立ち止まっていても仕方がないのでお姉さんの案内に従ってギルドの奥へ行こうとすると、


「あっ、見つけたぞ貴様!一瞬とはいえ俺様から逃げおおせたのは見事だったがもう逃げられんぞ!さあ、大人しく俺様の荷物持ちになるのだ!」


 どうやら剛撃のガイ様(笑)に見つかってしまったようだ。


 だが、頭に血が上っていたのか、俺の近くにいるお姉さんのことが視界に入っていなかったらしい。


「んん?もしかしてあなたですか、最近無理やり新人冒険者に勧誘をかけているのは!?まだ大きな被害は出ていないようですが重大な違反行為ですよ!守衛さん、この人を取調室に連行してください!」


「え、……あ!?ちょ、ちょっと待った!俺様は良かれと思って、くそ!離せ!離せえええぇぇぇ!!」


 哀れ、剛撃のガイ様(笑)は思い描いていた活躍をすることなく、屈強なギルドの守衛二人に両腕を掴まれて連行されていってしまった。


 そんな出来事を一秒後にはきれいさっぱり忘れた俺は、改めてお姉さんの案内に従ってギルドの奥へと足を踏み入れるのだった。

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