第25話 そして新生活を始めた
チュン チュチュン ピヨロロロロ ピーチクパーチク
「いやいやいや、マンガじゃないんだからそんな鳴き方する小鳥なんかいないだろ……」
今日も今日とて小鳥の囀る声に起こされた俺は眠い目を擦りながら窓の外を眺めた。
「頭が痛てえ……さすがに昨日は騒ぎ過ぎたか……」
コルリ村の代表に就任してラキアと主従の誓いを交わしたその日の夜、俺のことや魔物撃退やらの諸々を全部ひっくるめた、ささやかな祝いの宴が開かれた。
復興の真っ最中のコルリ村なので最低限の酒と食べ物しか出なかったが、この機会を精一杯楽しもうとみんなの顔には笑顔が浮かんでいた。
最初は和やかなムードで進行していたのだが、セリオが自作の怪しげな酒を持ち込んだあたりから状況は一変した。
正直、俺も一杯ごちそうになったところから記憶があいまいになっている。
マーシュが大岩を持ち上げセリオがが口から火を噴きドンケスが裸踊りを踊ってラキアが泣き上戸になっていたのは、きっとすべて酒が見せた幻だったのだろう。
俺が人間竹トンボになって遥か上空を飛行したなんて夢幻以外の何物でもないはずだ。
そう思いたい。
「あ、おはようだよタケト様」
「おはようタケト様!」
「おはようございます」
「なんじゃ、今頃起きたのか。もう少し酒に強くならんと話にならんぞ」
居間に出てみるとマーシュ、ラキア、セリオ、ドンケスの四人が勢ぞろいして朝食を囲んでいた。
全員俺と同等かそれ以上の酒を飲んでいたはずなんだが……詮索はよそう。
それよりも先に気にするべき光景が、目の前に広がってるしな。
「みんな揃って何の話し合いなんだ?」
「何を言っとる、お前を待っとったに決まっとるだろう。代表抜きに重要な話ができるものか」
「そうだったのか、それはすみません」
「タケト様、昨日も言ったけどオラたちに敬語を使うのはやめてほしいだよ。それではタケト様に代表になってもらったオラたちの沽券に関わるだよ」
そういえば……昨日俺がコルリ村代表に就任した後、マーシュから敬語を使うのをやめてほしいとお願いされていたな。
俺としては年長者は敬いたいところなのだが、マーシュによると平時の言葉遣いから序列をはっきりさせておかないと、いざという時に勘違いしてコルリ村の連携を乱す輩が必ず出るとのことで押し切られたのだ。
この辺りはやっぱり封建制の世の中なんだなと、改めて実感する。
ただし、さすがに呼び方を強制するのはやりすぎな感じがするので、望む者には俺のことはこれまで通り好きに呼んでもらいたいと条件を付けた。
まあ、今のところ違和感なく喋れているのはここにいる面々だけなのだが。
追々慣らしていくしかないか。
「わかった、これから気を付ける」
「タケト様の謙虚なところは嫌いじゃないんだけど、そうしてほしいだよ」
これまでとは違うマーシュの少々頑固な一面に、ちょっと戸惑いを隠せない。
いや、考えてみれば辺境、それも王国や他の町を頼りにくい山奥の村で村長をやるということは、それだけ村人に対する責任も重いということだ。
時には厳しい判断を迫られることもあるだろうから、当たり前っちゃ当たり前なんだよな。
「それで、わざわざ集まった理由って何なんだ?」
「これについてだよ」
そう言ってマーシュがテーブルに出してきたのは、紐で綴じられたいくつかの紙束だった。
「この筆跡は……ひょっとしてカトレアさん?」
「その通りです。カトレア様がこの村を去る前日に僕たちを集めてこれを渡してくれたんです」
「え、俺なんにも知らないんだけど?」
「口止めされてましたから」
なんでだと思って一枚目をざっと読んでみると、その理由が分かった。
そもそも俺を新たに村の代表に迎えるという改革をマーシュたちがこれだけ早く決断できたのは、カトレアさんに相談していたからだったようだ。
どうやらカトレアさんは、俺の後々のことまで考えて、知らないところで動いてくれていたらしい。
……まったく、水臭いというかなんというか。
その後、皆に断って改めて一通り書類を読ませてもらって、ようやくカトレアさんの意図を理解することができた。
「これは、コルリ村の復興計画書か」
そうなんですと応じてきたのはセリオだ。
「さすが近衛騎士様だけあって、コルリ村に必要な家や施設の数、耕作地の復活にかかる期間やその間に必要な物資の種類と量など、多岐に渡って算出してくださっているんです。おそらくですが普通なら到底不可能だったこの目標もタケトさんの魔法を活用すれば達成できるように計算されてここに纏められているのだと思います。ただ……」
「ただ何なんだ?」
「いえ、決してカトレア様のことを悪く言うつもりではないんですが……」
「別に言いたいことがあるなら言ってもらっていいぞ。多少批判されたからって筋さえ通ってればカトレアさんも笑って許すだろうし、俺も何も思わんよ」
「それなら言いますけど……」
ようやく納得したのか、セリオは自身が違和感を感じたという複数の箇所を指摘して見せた。
「……なるほどな、言いたいことは分かったし納得もした。だが、このまま進めてくれないか?」
「僕にはどう見ても不必要なものに見えるんですが?」
「ああ、俺もそう思う。今はな」
「今は、ですか?」
「俺もそうなんだが、多分カトレアさんも、先行き不透明なコルリ村の情勢を考えた時に、近衛騎士の勘みたいなものが働いて、こういう風に計画を練ったんだと思う。別にこの通りに進めても無理な作業にはならないんだろ?」
「はい、かなりギリギリですが、村人の負担になりすぎないようにきちんと計算されています。それだけは確かです」
「ならこのまま頼む。どうしても納得できないなら……そうだな、カトレアさんへの恩返しのつもりで頑張ってくれればいい」
「わかりました。明日から計画書通りの行程で進めます。本音を言えば、早く終わらせて竹ポーションの研究に戻りたいんですけどね」
「悪いが頼む、セリオ。本業からは程遠い仕事になるが、緻密な労働管理は計算に強いお前にしかできないからな」
「ハイハイ、任されましたよ」
「じゃあオラは在庫のチェックをしてくるだよ。タケト様たちはゆっくり出てきていいだよ」
そう言ってセリオは早速とばかりに居間から出て行き、この家の家主であるマーシュも指示を出すためにセリオの後についていった。
一段落着いたところで朝ご飯を頂こうと思ったその時、俺の意識は黙々とパンをかじっているドワーフに向いた。
「そう言えばドンケス、あんたは何も言わないんだな」
「ワシは村の運営なんてものはよく知らんし、関わるつもりもない。ただ作りたいものをを作るだけだ」
「まあそれが何より有難いんだがな。それなら朝食を食べた後で付き合ってくれないか?」
「なんだ、また何か作ってほしいのか?」
「なんだ?何か面白いものか!?」
ドンケスの返事に被せるように小難しい話には一切口を出すことができずにしおれていたラキアが一瞬で元気を取り戻した。
「俺の住む家を建ててほしいんだよ」
「それならもう村の中にいくらでもあるじゃないか」
「いや、俺が建ててほしいのは普通の家じゃなくて」
そう言いながら俺は、実家の離れにあった
「竹細工用の工房兼住居だよ」
その後、ドンケスと当然のようについてきたラキアの三人で、村の周辺でそれとなく当たりを付けていたところを見て回り、ドンケスの助言も受けた上でコルリ村の周りで良質な地下水脈のある小山の麓の平地を、自宅建設予定地に決めた。
それからマーシュに相談するために一旦村に戻ってみると、広場がやけににぎやかになっていることに気づいた。
「どうやら帰ってきたようだな」
ぼそりとドンケスが呟くのが聞こえたので、何のことか尋ねてみようとしたところに、
「タケト様ーー、シューデルガンドに行っていた男たちが帰ってきただよーー」
広場に並んでいる三台の馬車の前でマーシュが手を振っていた。
その周りでは、たくさんの村人たちが馬車の荷台から荷物を運び出してその場で中身を広げていた。
「すごい量だな。なんにしても無事帰って来てくれてよかった」
「どうやらタケト様にとカトレア様の予想が当たっていたそうで、三日前までシューデルガンドの街門が封鎖されていたそうだよ。だからこっちの状況も薄々知っていたらしくて、寝る間も惜しんで急いで帰って来てくれたんだよ」
「そりゃ随分と心配させてしまったな。まあ、この様子を見て少しは安心してくれたんじゃないか?」
「全くだよ。タケト様、申し訳ないんだけどこれから帰ってきた男たちと情報交換をせにゃならんからこれで失礼するだよ。皆にはちゃんと言ってあるから必要なものがあれば何でも持って行っていいだよ」
マーシュはそう言い残すと、自宅の方へと小走りに駆けて行った。
「さてと、ワシも砥石がないか見てくるとするか。じゃあタケト、また後でな」
「私はご主人様についていくぞ!何と言っても従者だからな!」
こうしてドンケスと別れた俺とラキアは、さながらバザーの様相を呈している広場を見て回ることにした。
「それでご主人様、何が欲しいのだ?」
「まあ言い出せばキリがないが、大抵のものは後で竹細工で作れるしな。とりあえず、どうにもならんのは服だな」
王都を出る時にある程度の荷物をカトレアさんに揃えてもらったものの、何かとかさばる服に関しては、コルリ村に着いた後で買おうということになっていた。
だが、今日に至るまでとてもそんなことを言い出せる状況ではなかったので、なんとなく手持ちの三着分の服を着回しして凌いでいたから、正直天の配剤って気分だ。
そう考えながら古着が集まっている一角に近づいてみると、このコルリ村には不釣り合いな、それでいて俺個人にとっては馴染み深い衣服が視界に飛び込んできた。
少なからず感じている興奮を表に出さないように気を付けながら、広げた布の上で荷台から出した服をより分けている中年の女性に声を掛けた。
「おばちゃん、このやたら長くて前が開いてる服はなんだい?」
「ああタケト様、これかい?こいつは、なんでもこの大陸の東の果てをさらに越えた海に浮かんでいる島国で好んで着られているっていう服だよ。名前はなんていったかねえ……そうそう、たしかキモノっていうらしいよ。このままじゃ着れないから、紐で体を縛って使うらしいけどね、東の国の人はけったいなものを考えたものだねえ」
名前の偶然の一致、と言うのは都合が良すぎるだろうな。
多分、俺が召喚された時のオプションであるところの異世界言語の翻訳機能が働いただけだろう。
変に言い間違える心配がないので、翻訳機能グッジョブ!と心の中で叫んでおく。
「これで全部なのかな?」
「いや、最近キモノが荷に混じることが多くなっているからね。多分だけどまだまだ出てくると思うよ。でも人気がないから大抵は糸を解いて仕立て直したり、当て布に使ったりしてるけどね」
「おばちゃん、この着物、あるだけ貰ってもいいか?」
「そりゃ他に欲しい人もいないだろうし、村長から話は聞いてるからいくらでも持ってっていいけど、本当にこれでいいのかい、タケト様?」
「後でクレームつけたりなんかしないから大丈夫だよ。それより今ここで試着してみてもいいかな?」
「ああいいよ。ちょうどそこの馬車の幌が荷物を引っ張り出したところだから、そこで着替えるといいよ」
「ありがとう。ラキア、お前はここで待ってろ」
「なにをいうか!主に常に付き従うのが」
「従者に覗きの仕事はねえよ。そして覗くなよ」
ラキアを黙らせた俺はいそいそと幌の中に入っていった。
十分後、着替えを終えた俺は幌の中から出た。
「おおっ!?よくわからんがとても似合っている気がするぞ、ご主人様!」
「へええ、キモノを着た人間を初めて見たけど、意外と様になるもんだねえ」
数枚見つかった中で俺が選んだのは、紺色の
「丈は大丈夫そうだね、袖は……よし、覚えた。後で出てきたキモノは、あたしが仕立て直して村長の家に持っていくから後は任せな!」
「ああ、ありがとうおばちゃん。とても助かるよ」
そう言ってくれたおばちゃんに礼を言って着物姿のままでラキアとその場を離れた。
「うーーん、むむむ……」
「どうしたラキア?」
「従者として私もキモノを着たほうがいいだろうか?なんだか下半身がスースーしそうで、キモノは好きではないのだが」
「そう言えば、ラキアがスカートを履いてるところを見たことがないな」
ラキアの格好といえば、半袖長袖の違いはあるものの、動きやすさ重視の男物の上下しか思い出せない。
「うん、あれはどうにもヒラヒラして苦手なのだ」
「まあ、好きな服を着ればいいんじゃないか?でもそのうちでいいから、スカートを履いた可愛いラキアも見てみたいけどな」
「か、か、か、可愛いだと……!?わ、わかった、努力してみる!……ご主人様は……いやしかし……私が可愛い……愛人……妻……」
ラキアが元気よく返事をしたのは最初だけで、後の独り言は声が小さすぎるのと、なぜか聞いてしまったら後には戻れなくなるような気がしたので、無理やり自分の意識を逸らした。
それにしても、こうして着物を着てみると元の世界に戻ったような気になってくるな。
無論外出の時は普通に洋服姿だったが、爺ちゃんの影響もあって普段着はむしろ和服の方が多かったくらいだからな。
まあそんな感傷に浸る余裕もないほど、今の俺は異世界で生き抜くのに必死なわけだが。
それでも、召喚された時の自分の意志ではどうにもならない大きな流れに巻き込まれていた状況を何とか脱して、ようやく地に足の着いた生活を送るための出発点に辿り着いた、といった感じだ。
もちろん、魔物やら村の復興やら人類と魔族の戦争やら、考えだしたらキリがないほど問題は山積みなわけだが、元の世界で培ってきた竹田無双流と竹細工の技が何とか役に立ちそうなのは僥倖としか言いようがない。
果たしてこれがただの幸運なのか、それとも何者かによって仕組まれたものなのかは、実際に先に進んでみないと分からないが、俺は俺の道を往くだけだ。
さてと、今日もまだまだ仕事が山積みだが、一旦この言葉で締めるとしようか。
「戦を始めるとするか」
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