第21話 オークリーダーと対峙した


 埒が明かないとばかりにゴブリンアーチャーの隊列を追い越し、転がっているゴブリンライダーを踏み砕きながら、残りの魔物の群れ五十体とそれを率いる全身が筋肉で覆われた巨体の魔物、オークリーダーが俺が目視できるところまで近づいてきた。


 その動きを注視していたせいもあったが、背後から近づいてくる気配には気づきつつも、まさかその正体がカトレアさんだとは思いもよらなかった。


「あのオークリーダー、知恵は回っても我慢することは大嫌いってタイプのようですね。短気なオークらしいですけど」


「カトレアさん!ここまで出てきていいんですか?」


「残っている魔物が全てこちらに来ている以上、前線で見守った方が何かと早めに動けますから。万が一の場合の脱出の指揮はマーシュさんに一任してきましたから、心配には及びません」


 相変わらず、堅実な性格に見えて大胆なほどの行動力だな。


 もっとも、カトレアさんにあって今の俺に欠けているのは、こういういわゆる戦場のカンというやつだから、カトレアさんが別動隊の心配がないと言うんなら、安心して目の前の敵に集中できるわけだが。


「ここからが正念場であることは間違いないですけど、逆に言えばこちらは無傷のまま相手の戦力を削った上で主力を引っ張り出せたわけですからこれ以上ないほどの出来ですよ!」


 一歩退いて俺達の戦いを見守っていたせいか、カトレアさんの語りが次第に熱を帯びて来た。


「とはいえさすがにあの数、それもオークリーダーという、一般人では手に負えない魔物までいるんですから、ここから先も砦の中に籠って槍と弓でじわじわ敵を削っていって――って、何をしているんですかタケトさん!?」


 カトレアさんは驚きの声を上げているが、俺がやっているのはいつもよりちょっと太い竹を召喚しているだけ、つまり通常の作業と何ら変わりのない光景だった。


「何って、ちょっとした突撃してくるための竹槍を作っているんですが何か?」


「何か?じゃありません!今の私の話を聞いてなかったんですか!?このまま籠城してさえいれば確実に勝てるんですよ!なんでタケトさん一人で無謀な特攻をしようとする必要があるんですか!?」


 カトレアさんはそう言うが、俺の考えはちょっと違う。

 いや、十中八九カトレアさんの方が正しいんだろうが、それでも、さっきから感じていた嫌な予感に備えること自体は問題ないはずだ。

 そう思っての竹槍製作だった。


「いや、このままだと多分あいつら柵を壊して来ますよ。なあラキア、あのオークたちの傍にいる魔物、何かわかるか?」


「ん?ああ、あれはバトルボアだな。単体の突進力も侮れないが、奴に人型の魔物が騎乗するとその辺の冒険者では手が付けられないほど強くなるらしいな。あと、オークリーダーの隣にいるのはビッグボアで、バトルボアの上位種と言われている厄介な奴だな」


「さっきからあいつらがオークから離れないんでずっと気になっていたんですけど、仮に騎乗したオークがまとめて突進してくると、さすがにあの柵じゃ受け止めきれずに壊されるか基礎から引っこ抜かれそうな気がするんですよね」


「そんな……それじゃああれは只のオークじゃなくて、オークライダーとオークナイトだったというわけなんですか!?」


「魔物の知識なんて俺にはほとんどないですからわかりません。ただそうなったら嫌だなと思って、こうして準備しているんですよ。よし、できた」


 成長しきった竹を鉈で切り出してから穂先として片側を斜めに切り落として竹槍を作り上げ、準備は完了、後は柵の外に出るだけだ。


「本当に一人で行くつもりですか!?」


「さすがに完全包囲されるのは避けたいんで、できれば志願者に後ろを守ってもらいたいんですけどね。あまり時間もないんで、その辺はカトレアさんにお任せします。ここから先は命を落とす危険もあるんで、あくまで自発的な志願者だけにしてくれれば文句はないです」


「タケトさん……」


「私は行くぞ!」


 心配そうに見つめてくるカトレアさんとは対照的に勢いよく立候補してくるラキア。


「いやラキア、お前は駄目だ」


「私は絶対に行くぞ!」


 駄目だこいつ、俺の話を全く聞いてない。

 いや、絶対と付け加えてる辺り、全く聞いてないわけじゃないのか。


「いいかラキア、お前の弓の腕と射程距離なら俺についてこなくても十分に援護ができるし、万が一魔物が柵を超えた時に村長たちが避難する時間を稼ぐことも同時にできる。これはお前にしかできないことだ。俺の背中は任せたぞ」


「な、なんと!?タケト様にはそんな深慮遠謀があったのか!そういうことなら仕方ない、タケト様の背中は任せてくれ!その代わりと言っては何なのだが……」


「なんだ、珍しく歯切れが悪いじゃないか。言ってみろよ」


「一つだけ、どうしても叶えてほしいお願いがあるのだ」


「別に俺にできる範囲でのことなら構わんぞ」


「本当か!それならタケト様が無事帰ってきたら話すぞ。必ず帰って来てくれ!」


 ラキアにしてはやけに回りくどいな。

 まあいいか、どうせすぐに聞けるだろうし。


「安心しろ。必ず帰ってくる」


「うん、待っているぞ!」


「タケトさーーーん」


 そう言ったラキアと別れていざ敵の元へ行こうとしたところで、俺を呼ぶ声に足を止めた。


「セリオじゃないか、持ち場はどうしたんだ?」


「あっちはカトレア様が来てくれたので大丈夫です。もちろん許可はもらっていますよ」


 マジか。そう言えばいつの間にかにカトレアさんがいなくなっているが、もう前衛部隊に話を通したのか?


 恐るべし裂空の騎士。


「それより、タケトさんに付いていく志願兵ですけど、僕を含めて15人が行くことになりました。本当は全員が立候補したんですけど、の守りも大事なので体力に余裕のある順番で選びました」


「いいのか?」


「命がけの戦いだってことくらい最初から覚悟してましたし、時には前に出る勇気も見せておかないと魔物に舐められてしまいますから」


「わかった。だけど無理はしなくていいから、命の危険がない範囲で魔物の相手をしてくれ。魔物の一部だけでもそっちに注意を引き付けておいてくれれば十分だ」


「了解です。タケトさんもご武運を!」


 そう言ってくれたセリオと柵の前で別れ、柵の一部に施しておいた隠し門を盾隊の男たちに四人がかりで開けてもらい、外へと出た。


 よし、これで準備は整ったし、後ろを気にしなくてもよくなった。


 だがそれは魔物の群れの方も同じだったようで、イノシシ型の魔物に乗ったオーク、オークライダーが三体、それらよりも一際大きなイノシシ型魔物に乗ったオークリーダー改めオークナイトが群れの先頭に出てきていた。


 おお怖い、流石に殺気一つとっても、オークナイトがそこらの魔物とは格が違うことが一目でわかる。


 だがやはり畜生の域を出ていないな。


「ブギイイイイイイィィィ!!」


 俺を見ながら何かわめきたてていたオークナイトは、最後にコルリ村全体に響き渡るほどの雄たけびを上げて配下のオークライダー達を引き連れて突撃を開始した。

 その後ろからは、オークナイトの雄たけびのせいか半狂乱になった魔物約五十体が隊列を乱しながらも爆走してきていた。


 その様子を見ながらゆっくりと前進をしていた俺は、戦闘状態へと自らのスイッチを切り替えるために、ただ一言呟いた。


「竹田無双流免許皆伝、竹田武人、推して参る」






 竹製の柵から少しでも離れるために小走りで駆け出す俺と、その柵を破壊するために突撃してくる三騎のオークライダーとの距離が一気に縮まる。


 まずは、自動車並みの重量のあるオークライダーの突進をとにかく止めないことには戦いにならないが、問題は奴らが俺を無視して柵の方へ向かってしまう心配があることだ。


 噂をすれば影、オークライダーの内の二騎は俺の進行方向から外れ、斜めに柵にぶつかるように進路変更し始めていた。


「まあそんなことさせないけど、なっ!」


 一旦立ち止まって竹槍を地面に突き立てた俺は、袖口に仕込んでいた竹手裏剣二本を両手に掴むと、返す手で50メートルほど先で左右に分かれつつあるオークライダーに向けて投げ打った。


「ガアアアァァァ!!」


 鋭くとがった竹手裏剣が突き立った片眼を抑えたオーク二体は、シンメトリーのように同時に絶叫した。

 そのまま転倒してくれれば最上の結果だったが、流石に理性より本能が勝る魔物だけあって、残った憎悪の感情がみなぎる片目で俺を睨むと、さらに方向転換してまっすぐ俺に向かって突進してきた。


「タケトさん!?」


 おそらく柵の外へ出てきたのだろう、セリオの悲鳴に似た声が背後から聞こえてくる。

 確かに、傍目にはオークライダー三騎に轢かれる寸前の哀れな犠牲者に見えるだろうな。


 だが、ただ勢いに任せただけの何の工夫もない突進がどれだけ来ても、負けてやるつもりはさらさらないけどな。


「竹田無双流杖術、空転くうてん


 再び竹槍を掴んだ俺の手が一閃、すれ違った三騎のオークライダーは高速で回転しながら空高く宙を舞い、きっかり二秒後に地面に激突した。


「ブギャッ」 「ゲブッ」 「ギャアアアァァァッ!!」


 落ちて来たオークの内二体が首の骨を折って即死、残る一体は打ち所がよかったせいかその場で悶絶していた。

 相棒だった三体のバトルボアも落下の衝撃で意識を失っているようだ。


 ち、本来なら真上に打ち上がる技なんだが、10メートルも前に飛んだ上に一匹仕留め損ねた。

 やっぱり鍛錬が十分にできなかったせいで体が鈍ってるな。

 一段落したら、本格的に鍛え直さんと――と、今はそれどころじゃなかったな。


「セリオ!それにみんな!すまないが後始末を頼む!相手は手負いの獣だ、くれぐれも油断するなよ!」


「え、……は、はい!わかりました!」


 まあオークは放っておいても死ぬだろうし、バトルボアの方も骨折や内臓損傷でまともに動けるはずもないからな、志願兵の面々でもまず安全に討ち取れるだろう。


「さて、大将がお怒りのようだな」


 振り返ると、いつの間にかオークライダーとの距離を開けていたオークナイトが憤怒の表情を見せつつも、どこかこちらを値踏みするような目で睨んでいた。


 改めて間近で対峙してみると、このオークナイトには違和感しかない。


 これまで所々で見せて来た魔物らしからぬ知性もそうだが、全身を金属製の鎧で覆った上に頑丈さを重視した片刃の大剣と大盾を装備しており、どう見ても自然発生した魔物には思えない。


「マサカ人間ゴトキ、ソレモソノヨウナ貧弱ナ装備ノ者ニ、オークライダー三体ガオクレヲトルトハ」


 おまけに言葉まで話すとは。

 もうほぼ決まりと言っていいだろう。


「お前、魔族の手下だろ」


「……ほう、よくわかったな。まあ我ほどの強者になれば露見しても致し方ないか。確かに我はここよりはるか遠くの魔族の領域からやってきた者だ」


 高い知能を隠す目的だったのか、片言だった第一声とは打って変わって、俺の耳にも違和感のない流暢な言葉が、オークナイトの口から聞こえてきた。


「馬鹿言うな。お前の装備はその辺で集められるものじゃないから、そう思っただけだ。お前自身の力なんて、どうせその辺のゴブリンと大して変わらんだろう」


「貴様っ!!」


「それより俺に話しかけてきたということは、何か言いたいことがあるんだろう。早く言え」


「ぐっ……了解した」


 先ほどから後ろに控えている魔物たちが動かないことから見ても、このオークナイトがただコルリ村を滅ぼそうと攻めてきたわけじゃないのは間違いない。

 俺の挑発に乗って激情に駆られて隙を見せればこっちのものと思っていたが、意外にも気を静めたオークナイトが話を続けてきたという事実一つとっても明らかだ。


「……貴様の先ほどの手並みを見る限り、今ここで戦えば互いに無事では済むまい。そもそも我の任務は人間を抹殺することではない」


「じゃあ何なんだ?」


「それを貴様に言うつもりはない。だが、貴様とそこの村には興味はない。特別に見逃してやってもいいが条件が一つある。食料と情報をよこせ」


 そらきた。


 だが、見る人間全てに嫌悪と恐怖心を煽るオークの提案にしては意外なほどまともなことに、内心驚いた。

 話だけでも聞いてみる価値はありそうだ。


 はるか後ろの方で心配そうに見つめるセリオたちに、心配ないと合図を送りながら、オークに尋ねた。


「食料は分かるが、ただ情報をくれと言われても分からんぞ。何が知りたいんだ?」


「二つある。一つはこの辺りを通った、神獣白焔の行先だ」


「なるほど、もう一つは?」


「ある魔道具の手掛かりだ」


「魔道具か。俺には縁のないないものだが一応教えてくれ」


「このくらいのサイズで」


 オークナイトは人間の倍はあろうかという自分の手を使って地面に絵を描き始めた」


「ふむふむ」


「このような棒が付いていて」


「ふむ……」


「このように互い違いの羽根が付いているのだ」


「…………それはどんな材質でできているんだ?」


「我は実物を見たわけではないが、何やら不思議な木が使われているそうだ。そういえば貴様が持っているソレも、我の知らない木のようだが?」


「おいおい、俺が魔導士に見えるっていうのか?そりゃ世界中探せば似たような木ぐらい見つかるだろうが、に魔道具が作れると思うのか?」


「……いや、まったく思わん」


「だろう?ちなみになんでその魔道具を探しているのか、聞いてもいいか?」


「……駄目だ。手掛かりになる情報を提供した者には魔王様が直々に配下に加えてくださる、それほどの情報とだけ言っておこう。だが、魔道具の制作者は魔王軍の総力を挙げてそいつが住む場所ごと抹殺せよとの命が全軍に下っている。貴様も命が惜しければ変に隠し立てしようなどと思うなよ」


「いや、悪いが知らない。見たこともないな。そんな触れれば切れそうなほど薄い羽根のついた魔道具なんて知るわけもない」


 オークナイトの脅しに完全否定した俺だったが、心当たりがあるどころの騒ぎではなかった。


 ていうか、オークナイトが地面に描いたのは、俺が作って飛ばして末に空の彼方に消えて行った竹トンボそのものだった。


「?……まあいい。それで一つ目の質問には心当たりがあるのか?」


「ああ、それならある」


 そうオークナイトに答えた俺は、白焔を実際に目撃したラキアの証言をさも自分が見たかのように語った。

 ラキアの手柄を奪うようでなんだが、今ここにラキアを連れてこいと言われても困るしな。



「……我が言うのもなんだが、貴様よく無事だったな。あの白焔の移動中に姿を見られるほど近づける者がいるなど、思ってもみなかったぞ。余程火に対する耐性でもない限り近づくのは困難、ましてや人間ごときがみられる御姿ではないのだがな……」


「さ、さあ?多分、たまたま火の勢いが弱かったんじゃないのか?」


 思わず焦りが声に出てしまったが、オークナイトもそれほど白焔に詳しいわけではなかったらしく、「そうかもしれんな」と軽く受け流した。


「何にせよ、実際に御姿が目撃されたとなれば情報としては十分だ。ではあとは食料を用意さえすればこの場は見逃してやろう。ここから去るなり留まるなり好きにするがいい」


 よし、一時は村人の犠牲も覚悟したが、まさかこれほど知能が高い魔物が群れを率いているとは夢にも思わなかった。

 敵に回せば厄介この上ないが、交渉相手としてはそれなりに引き際を分かっているようだし、魔物は何が何でも殲滅しなきゃならん、というわけではないと分かったのは大きな収穫だな。


 おっと、いかんいかん、交渉は詰めの段階こそ大事なんだ。気を抜くことなく終わらせなければ。


「それでだな、このコルリ村から出せる食糧なんだが」


「そうだな、どう見ても労働力に余裕はなさそうだし、子供十人で勘弁してやろう」


「………………は?」


「なんだ?我の謙虚さに声も出ないか。まあ通常なら、失った配下を増やすためにも村人の半分ほど要求するのが当たり前だが、今の我には何よりも優先すべき任務がある。貴様と戦えば我もただでは済まんからな、ここは貴様の武勇に免じて子供十人で我慢して次の村で補うとしよう」


「ちょっと待て、さっきからお前は何を言っているんだ?」


「何を?我らが食う人間の話に決まっているだろう。そうだ、貴様、あのゴブリンライダーを討った弓を持った女を差し出す気はないか?そうすれば特別に貴様を魔王軍の一員として我が推薦してやってもいいぞ?」


「……本気で言っているのか?」


「ふふふ、まさか魔王軍に入れるとは夢にも思っていなかったようだな。だが安心しろ、貴様ほどの実力者が我の配下に加わればこの先の任務も大成功間違いなし、そして我は魔王様の親衛隊に取り立てられることは確実、そうなれば貴様も決して悪いようにはせんぞ。あの娘、遠目から見ただけでもうまそうに見えて仕方がなかったのだ。さぞ食いでがありそう――」


 カーーーーーン


 おそらく出世した未来の自分でも想像していたのだろう、俺の放った一撃で隙だらけのオークナイトの頑丈そうな金属製の鎧の肩の装甲が遠く後方へと飛んで行きその衝撃でオークナイトはたたらを踏んだ後尻もちをついて倒れた。


「きさっ――」


「もういい、その汚い口を開くな。いや、俺が開かせねえよ、二度とな」


 身を焦がすほどの怒りで手足が震えないように心を押さえつけながら、俺は言った。


「所詮畜生は畜生か。いくら知恵がついたと言っても、人間の感情を理解するつもりはないってことだな」


「貴様!自分が何をやっているのか分かっているのか!我の慈悲を――」


 ドス


「口を開くなって言っただろう」


「ガアアッ!!わ、我の足がッ!?」


 流石の俺も、どれほどの硬さかわからない鎧の上から竹槍を突く勇気はない。


 俺が攻撃したのは鎧と鎧の隙間、具体的に言うと足首の関節部分だった。


「元々お前が群れの先頭に出て来た時点で、俺の目論見はほぼ達成していたんだ。後は交渉で穏便に帰ってもらおうがここで討ち取ろうが、大した差はねえんだよ」


「なぜだ!?貴様は今魔王軍に歯向かおうとしているんだぞ!これがどういうことかわかっているのか!?」


 あ、ついオークナイトに喋らせちまった。


 まあこれだけは言ってやらないと気が済まんから、いいか。


「人間を食糧にしていたのがお前の運のツキだ。特に、ラキアを食糧呼ばわりしたお前はその時点で俺の逆鱗に触れちまったんだよ。魔王軍のことなんか知るか、お前だけはここで始末する」


「き、貴様ーーーー!!」


 片足を痛めた状態でありながら俊敏に跳ね起きたオークナイトは、肉厚の片刃剣を俺の頭上に叩き付けてきた。


 が、


「遅い」


 奴の目論見は俺が放った手首への一撃であっさり弾かれ、手にしていた剣も明後日の方向へ飛んで行った。


「ならば!」


 それなりに修羅場をくぐってきたのだろう、オークナイトは獲物を失ってもさほど動揺することなく、もう片方の手に残った大盾を構え直すとこちらに向けて突進してきた。

 体重百キロを超えるだろう巨体に金属の盾と鎧の重さが乗った突進だ、掠っただけでも俺の体は無事じゃ済まないだろう。


 だが、


「だから遅い、その上狙いが見え見え過ぎだ」


 足さばきだけで紙一重でオークナイトを避けた俺は、盾を持ったオークナイトの肘にこれまでで一番の強烈な一撃を叩きこんだ。


「ギャアアアアァァァ!!わ、我の、我の腕があああァァァ!?」


 完全に無防備な部分を尖った棒で貫かれたオークナイトの肘は半ば千切れて一生使い物にならなくなったようだ。


 ほぼ無力化したオークナイトに、どうやって止めを刺そうか考えつつも油断なく観察していた俺だったが、次にオークナイトが叫んだセリフには完全に虚を突かれた。


「ゴブリンメイジ!!村に向けてファイアボール!!」


「ちっ、しまった!」


 既にほぼ詠唱を済ませていたようで、いつの間にか魔物の群れの先頭に出てきていたゴブリンメイジ三体がそれぞれの頭上に魔法の火の玉を出現させた。


(――手裏剣で迎撃できればいいが難しいか。竹林を出現させれば防げるかもしれんが畑が駄目になってしまう。いや、命あっての物種だ、ここはやるしか――)


 チャンスと見たオークナイトが片足を引きずりながらもビッグボアの元へ駆けていくのを無視する形で、ゴブリンメイジのファイアボールを何とかしようと試みる。


 だが力ある言葉を紡ごうとした俺の行動は、突然耳元で聞こえた戦場には不釣り合いなほどの美しい声が押しとどめた。


「まあ、このくらいのお手伝いなら問題ないですよね。大負けに負けての大サービスですよ」


 次の瞬間俺の目に映ったのは、俺から50メートルほど離れた地点で、詠唱をしながら一斉に宙を舞ったゴブリンメイジの首だった。


「は?はああぁぁ――痛っ!後頭部が痛い!?」


 余りの出来事に思考が追い付かない俺を覚醒させたのは、後頭部を少々強めに叩いてきたカトレアさんの剣の柄だった。


「呆けている場合じゃありませんよ、タケトさん。オークナイトがビッグボアに乗って逃げちゃうじゃないですか。ああ、乗っちゃった」


 カトレアさんの言う通り、先ほどまでの威勢はどこへやら、群れのボスであるはずのオークナイトは脇目も振らずに自分一人だけで逃げ出そうとしていた。


「さすがにあの速度だと、私達が走っても追いつけませんよ。手裏剣だってこの距離じゃダメージはたかが知れているでしょうし。ま、まあタケトさんがどうしてもってお願いするなら、おまけのおまけで私がやってもいいですけど?ですけど?」


 剣を振るった余韻のせいか、いつもより顔の赤いカトレアさん。


 普通に考えたら剣の届くはずのない距離なのだが、先ほどの正体不明の技を見る限りカトレアさんに間合いというものはあまり関係ないのだろうな。


「せっかくのお気遣いですし、もうカトレアさんにお任せしちゃってもいい気もするんですけどね……」


「けど、なんですか?」


「はい。やっぱり俺、男の子なんで、最後はカッコよく決めさせてくれませんか?」


「それはいいんですけど、この距離をどうやって……?」


「ま、見ててください」


 そう、既に100メートルは開きつつあるビッグボアに乗ったオークナイトとの間合いだが、攻撃する手段は、まさにこの手にある。


「せっかくここまで来たんだ、俺の最後の攻撃、食らっていけ!!」


 ちょっとの間宙に浮かせた竹槍を逆向きに持ち替えて構え直した俺は、そのままオークナイト目がけて力の限り振りかぶった。


「竹田無双流投槍術とうそうじゅつりゅうせいっ!!」


 轟音と共に僅かな弧を描きながら飛んで行った竹の投げ槍は、後ろから迫るプレッシャーに気づいて振り返ろうとしたオークナイトを乗っているビッグボアごと斜めに貫き、田楽刺しのまま派手に跳ね転がりながらさらに10メートルほど俺達との距離を開けた後、ようやく止まった。


 結果は、直後に起こったコルリ村の人達の歓声を聞くよりも明らかだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る