第20話 魔物を迎撃した
それから一時間後、百体ほどいるであろう魔物の群れは竹の柵で囲われたコルリ村の前に現れた。
「思ったより到着は遅かったですね」
「群れと言っても知能の低い魔物がほとんどですから、どうしたって移動スピードは遅くなっちゃうんですよ」
そう俺とカトレアさんが会話している場所は、村の中央にある広場に新たに建てられた見張り塔の上だ。
もちろん竹材で作られたもので、一応ゴブリン程度の矢では届かない距離に建ててある。
全体の戦況を把握しやすいので、このすぐ下が防衛本部になっている。
「群れのボスは……いました、群れの後方中央にいるオークリーダーですね。他にはオークが五体にゴブリンメイジが三体、特に警戒しなければならないのはこんなところでしょうか」
「カトレアさん、俺の見間違いじゃなければ、前の方にオオカミに乗ったゴブリンがいるっぽいんですけど、あれは?」
「ゴブリンライダーですね。動きが素早いので惑わされがちですけど、乗っているゴブリンさえ倒してしまえばオオカミ自体は逃げて行ってしまいます。飛び越えられない高さで柵を作ってもらったので、動きが止まったところを弓矢で集中的に狙えば大丈夫です」
なるほど、流石カトレアさん、抜かりはないな。
「ならカトレアさん……」
「そうですね、さすがにオーガ級の魔物がいたら柵も意味をなさないので私が出るしかなかったと思いますけど、予定通り今回は指揮に徹しようと思います」
カトレアさんが一見突き放すようなことを言ったのには、もちろんわけがある。
他の貴族領ならいざ知らず、王国騎士であるカトレアさんが王家直轄領の中にあるコルリ村の危機を救うことには、本来なら何の問題もない。
だが、魔物の脅威から村を守っていたらしい周囲の森がなくなってしまった以上、この先何度もコルリ村が魔物に襲われる可能性が極めて高いわけだが、カトレアさんはあくまで王都で女王を守る近衛騎士であって、近いうちに王都に帰らなければならない。
そこでコルリ村の住人が戦う道を選んだ時から、マーシュやセリオなど村の主だった者達と話し合い、コルリ村の戦力で手に負えないレベルの魔物が出ない限りは、カトレアさんは手を出さずにコルリ村の住人自らの手で撃退させることを決めたのだ。
「タケトさん、くどいようですが柵が破壊されて立て直しができなくなった段階まで至れば、私が出ます。ただし撃退が失敗した時は私との約束通り、事が終わった後でコルリ村の皆さんにはシューデルガンドに避難してもらいます。たとえ、辿り着いた後でどのような結果が待ち受けていようとも、です」
「わかってますよ、そうさせないために俺も本気を出すんですから。じゃ、行ってきます」
「……タケトさん、これも分かっているとは思いますけどやりすぎだけは注意してくださいね。村の人達にタケトさんが怖がられて村にいられなくなったら本末転倒ですよ!」
見張り塔から音もたてずに飛び降りて、魔物の群れがいる方角へと駆け出した俺の背中にカトレアさんの忠告が刺さるが、あえて俺は答えなかった。
それも分かってはいるんだが、その程度の問題では目の前の命を救わなくていい理由にはならない。
適切な時に適切な分だけ、爺ちゃんから仕込まれた竹田無双流を遣うだけだ。
さて、戦を始めるとしますか。
柵へと駆けていく俺が最初に出会ったのは、後方部隊をまとめているマーシュだった。
後方部隊は、戦う力のないお年寄りや子供の中でも役割を理解して動ける年長者を選んで作られていて、主な任務は前線への予備武器の輸送、怪我人が出た際の救護活動、防衛本部のカトレアさんとの間を取り持つ伝令などだ。
ちなみに、この後方部隊に加わる力のないお年寄りや小さな子供たちは、本部に近く一番頑丈な建物であるマーシュの家の地下室に避難してもらっている。
「あ、タケトさん、こっちは準備万端だよ」
「みんな、思いのほか落ち着いてますね」
「今日までの間何回も訓練したから、みんなあわてることなく配置に付けただよ。それにしても、戦う前の準備の訓練に時間をかけ過ぎでねえかって思ってたけど、本番になってやっと訓練の大切さに気付いただよ」
「ある歴史上の偉人の言葉なんですけど、勝敗は戦う前の準備で九割方決まってるものなんだそうですよ」
「んだんだ。柵の向こうにいる魔物たちも、いつもと勝手が違うって顔してるだよ。あの調子なら戦わずに逃げてしまうかもしれないだよ」
「それならそれで上々吉なんですけどね。じゃあここは頼みます」
「任せるだよ」
マーシュと別れて前線へ向かう俺だが、流石にそれは希望的観測が過ぎるってものだろう。
奴らは住処を焼け出されて当てもなく彷徨っている飢えた獣であって、獲物を見つけた以上は簡単には引き下がれないところまで追い詰められているはずだ。
何より群れのボスのオークリーダー、奴のコルリ村を見る目は殺気で満ちていた。
下手をすれば奴一体だけでも突撃してくるかもしれないほどだ。
それに、今日ここで決着をつけてしまいたいのは、復興作業を中断してまでこの日のために備えてきたこちらも同じだしな。
「タケト様ーーーー!!」
俺の名を呼ぶ方をふと見てみると、ラキアがぶんぶんとこちらに向かって手を振っていた。
「弓隊三十名、いつでも撃てるぞ!」
ラキアの後ろには、備え付けの竹を並べて作った板に隠れた弓隊の人たちが、緊張した様子で一列に並んでいた。
「ラキア、カトレアさんの合図を見逃すなよ。弓隊は……」
「タイミングが大事なのだろう?カトレア様にも何十回も聞きに行ったから大丈夫だ!タケト様の援護は任されたぞ!」
自信たっぷりに言い放つラキアだが、昨日までカトレアさんの手を焼かせていたのは俺も知っている。
ラキアが使い慣れていない頭で頑張っていたのは言わずもがなだが、成功してくれないと教えた側のカトレアさんの苦労も報われまい。
「任せたぞラキア!皆さんもお願いします!」
ラキアとほぼ女性ばかりで構成された弓隊に声を掛けて先へ進んでいくと、防衛の要であり最前線でもある歩兵隊がいる柵の前に辿り着いた。
「あ、タケトさん。ちょうどよかった、今魔物たちが動き出したところですよ」
そう言って俺を出迎えてくれたのは、束ねた竹で作った簡素な盾を持ったセリオだ。
この竹の盾、木の盾の一種であることは間違いないので一見耐久性に不安があるように見えるが、あれこれ組み方を試行錯誤してみた結果、大岩が飛んできても一度くらいなら耐えきれるくらいの耐久力を得たことが判明した。
ちなみに情報のソースは俺だ。
試しに崖の上から岩を落としてもらった時はちょっとヒヤッとしたが、俺が先陣を切らないと信用してもらえないからな。
「すまん、ちょっと遅くなった。それにしてもお前まで前線に引っ張り出して申し訳ないよ。本来なら村長と一緒に後方で怪我人の治療に当たってもらうべきなんだが……」
「力自慢の男手がシューデルガンドに行ったままなので仕方ないですよ。それに村の薬師としては、薬草探しで山を一日中歩き回れるだけの体力も必要不可欠なので、こういう荒事でもそう捨てたものじゃないですよ」
そう笑いながら体がすっぽり収まるほどの大きさの盾を持ちあげて見せるセリオ。
確かに、いくら竹でできているとはいえ、それなりの重量の盾を持っているのに重心が全くブレていない。
辺境、それも山間部に暮らす若者の身体能力を、文明社会で何不自由なく生きて来た俺の物差しで測るのはさすがに失礼だよな。
そうこう言っているうちに、柵の向こうから耳障りな複数の声が聞こえ始めてきた。
その原因は、言うまでもないよな。
「近づいて来ているのは、普通のゴブリンばかり三十体ってところですね」
まずは一当て、こちらの戦力を把握するための小手調べって感じか。
本能のままに生きる獣ではこうはならない。あのオークリーダー、思ったよりも知能が高いとみるべきだろうな。
その証拠に、本能に忠実な魔物のはずのゴブリンがこちらを窺うように、ゆっくりとしか近づいてこない。
だが、これこそがこっちが望む展開だった。
「まだだ、まだ動くなよ!」
奇声を上げて迫ってくるゴブリンに対して、柵の前で槍や盾を持って待ち構える村人の顔にははっきりと恐怖の色が浮かんでいる。
ぶっちゃけ、俺も逃げ出したいほど怖い。
コルリ村までの道中の魔物退治を、カトレアさんに任せて楽な旅をしてきたツケが回ってきた格好だ。
その一方で、これまで見たゴブリンの戦闘力からして三十体程度ならかすり傷一つ負わずに片づけられる自信はある。
個人的には、この恐怖心を払しょくするために今すぐ奴らの元へ突撃したいくらいだ。
だが、この戦いの主役は俺ではなく、コルリ村の村人一人一人なのだ。
「よく見ておくんだ、自分たちが作り上げた成果がどこまで魔物に通用するのか!」
俺の言葉が効いたかどうかは分からないが、一歩二歩と前進するゴブリン達が柵に近づくのを逃げ出すことなくかたずをのんで見守る村人達。
長いようで短い時間が過ぎ、とうとうゴブリン三十体はコルリ村を囲む竹の柵に到達しその手を掛けた。
そして、そこから一歩も前に進むことはできなかった。
ゴブリン達は手に持った棍棒を叩きつけたり両手で柵を掴んで揺すったりするが、俺とドンケスでああでもないこうでもないと知恵を絞り、村人総出で手を抜くことなく作り上げた守りの壁は小揺るぎもしなかった。
「見てくれ、この中の半分以上はゴブリン一匹でも手に余る相手だろうが、ちゃんと守りを固めて待ち受けていれば魔物と言っても恐れる相手じゃない。さあ、目の前にいるのは無防備に体を晒したただの獲物だ、この村を襲ったらどういう目に遭うのか分からせてやれ、槍隊、突け!!」
ワアアアァァァ!!
俺の合図でゴブリンの手の届かない位置にいた槍隊の面々が、一斉に己の背丈を超える長さの竹槍を柵の向こうの相手に突きこんだ。
ドス ドス ドス ドス ドス
「ギャッ」「グゲ」「ガフッ」
腹、胸、喉などの急所を突かれた何体ものゴブリンがその場に倒れ伏し、致命傷から逃れた者たちも何かしらの傷を負って一斉に柵から身を引いた。
「今です、弓隊撃て!!」
その時、カトレアさんの声が響いたかと思うと、背後からいくつもの弦を弾く音と空気を切り裂く気配が上空を通り過ぎ、怯んだ状態のゴブリン達に矢の雨が降り注いだ。
「次!第二射構え、撃て!!」
一射目で効果を確認したカトレアさんは、さらに追い打ちをかける。
「す、すごいですね、遠距離からの一方的な攻撃が強いのは知っていたつもりでしたけど、やはり実際に見てみないとその凄さってわからないものですね」
「まあな。だけど、バラバラに撃ってもこれほどの効果はないさ。息を合わせて一斉に撃つ訓練を弓隊が地道に続けたからこそ、これだけの戦果を挙げられてるんだ」
そうセリオと言い合っている内に、弓隊の攻撃でさらに数を減らしたゴブリン達は、半分の数まで減ったところで戦意を失ったのか、オークリーダーの元まで後退していった。
「やった!」「私達でゴブリンを追い払ったのよ!」「ざまあみやがれ!」
一斉に沸き立つ村人たち。
確かに、少し前までは武器を握ったこともない人間が大半だったことを考えれば、大戦果と言っていいだろう。
だが、このまま魔物が大人しく引き上げてくれるかもと思うのは、さすがに楽観が過ぎるだろうな……
「伝令!第二陣が近づいてきます!数は二十、ゴブリンアーチャーとゴブリンライダー十体ずつです!」
「了解した。盾隊、出番だぞ!」
防衛本部の見張り塔から得られた情報が素早く前線に伝えられ、俺は早速隊列を入れ替えるように指示した。
「セリオ、とにかく槍隊を守ってくれ。後はこっちで何とかする」
先ほどのゴブリンとは段違いのスピードで向かってくるゴブリンライダー。さらなる策を実行するために走って後退する俺だが、さすがにオオカミの足に勝てるわけもなく、柵に取りつかれることくらいは覚悟したその時、背後から絶叫のような雄叫びと何かが転がるような音が聞こえてきた。
走りながら振り返ってみると、十体のゴブリンライダーの内の一組が脱落しており、その狼の目の辺りに一本の矢が生えていた。
さらに俺の視界にいるゴブリンライダーが二組転倒していたが、それぞれのオオカミの頭部には一本づつ矢が刺さっていた。
「どうだタケト様、私の腕前を見てくれたか!」
「バカッ!撃った後はすぐに身を隠せって言っただろう!」
「そうだったな、すまんすまん忘れてた!だが、今のゴブリンアーチャーの位置ではここまで攻撃は届かんから大丈夫だ!」
俺の怒鳴るような注意も、まるで意に介した様子を見せずに返事をするラキア。
確かに人間と比べてゴブリン非力だし、ラキアは弓隊の他の面々とは段違いの腕を持つ上に、視界を確保するために一人特設の竹の壁付の高台に登っていたから、早々敵の矢は届かない。
だが、事前にどれだけの安全を担保したとしても、いざ本番となると何が起きるかわからないのが戦だ。
こんな初歩的なミスで犠牲者を出したくないのが偽らざる本心だから、ここは厳しめに言っておくべきだろう。
「……ラキア、いくら腕が立とうが、指揮官の命令に従ってもらえないと、お前だけじゃなくて周りにも被害が及ぶことがあるんだ。これ以上勝手をするなら、村長の家に籠ってもらうからな」
「む……そうか、私はタケト様に迷惑をかけてしまったのか。済まないタケト様。ただ私の戦果を褒めてほしかっただけなのだ……だけなのだ」
先ほどまでの快活さが嘘のように、竹の壁の陰で俯いて体育座りを始めるラキア。
「タケト様のお役に立てないのなら、私は弓を捨てて一生一人寂しく畑を耕すことにしよう……」
ヤバい、へこむにしても極端すぎだろ……ていうかもはや別人の域だろこれ。
「誰もそんなこと言ってない!今ラキアに抜けられると俺も困るんだ!」
「…………ホントか?」
顔を隠した腕の隙間からこちらを窺ってくるラキア。
ちくしょう、こんな状況なのにちょっとかわいいとか思ってしまったじゃないか。
「ああ、さっきは言い過ぎたよ。ラキアの弓の腕は本物だ、村を守るためにも俺に力を貸してくれ」
そう言いながら、俺は励ましの意味も込めて、ちょうどいい高さにあるラキアの頭をちょっと乱暴に撫ででみた。
「任せてくれ!魔物がいなくなるまではたとえ腕がちぎれても射続けてみせるぞ!」
さっきまでのローテンションはどこへやら、瞳を輝かせながら力強く立ち上がったラキアは再び弓を構えると残りのゴブリンライダーに向けて射始めた。
げっ、またゴブリンライダーが倒れた。ラキア、ちょっと凄すぎないか?
あの弓だって、ラキアの身長に合わせただけで碌な調整もできてない急造品だぞ!?
それであの命中精度は、完全にラキアの才能と技量の成果だって証拠だ。
近いうちにラキア専用の弓を作ってやらんとな。
……はっ、いかん、このままじゃ俺の出番がなくなっちまう!
焦った俺は慌ててラキアの傍に置いてあった予備の弓と矢筒を見つけると、矢筒の矢を三本とってそれぞれ指の間に挟んで弓につがえた。
俺にはラキアのような一発で仕留めるほどの才能はないが、何もそれだけが弓矢での仕留め方ではない。
「竹田無双流弓術、三ツ矢獲り」
技の名を口の中で小さく呟きスイッチを切り替えた俺は、微妙に狙いを変えた三本の矢を立て続けに放った。
狙いは一番右端を走るゴブリンライダーだ。
こちらの視線に気づいたゴブリンはオオカミを操る手綱を引いて警戒感を露わにしたが、その程度の対策では俺の技は破れない。
一本目の矢を目の前で余裕で躱したと思い込んだゴブリンは、そのすぐ後ろの低空から迫っていた二の矢に驚いてオオカミをジャンプさせた。
そして身動きのつかない空中で三本目の矢に心臓を貫かれ、狼の背から転げ落ちた。
「おおっ、何だあれは!?タケト様がやったのか!あのように相手の動きを誘導するとは!」
「無駄口は後だ!残りもさっさと仕留めるぞ!」
立て続けに仲間がやられたせいで浮足立っている残り六体のゴブリンライダー。奴らを仕留めるのにそう時間はかからなかった。
ちなみに仕留め終わった後のゴブリンライダーの位置で判明したことだが、どうやら奴らはゴブリンアーチャーがこちらを釘付けにしている間に五体づつで左右に分かれて俺たちの警戒の薄い背後から何とかして柵を飛び越えようとしていたらしい。
もちろん飛び越えられない高さを計算して柵を張り巡らせてはいたが、それでもこちらの目の行き届かないところでウロチョロされたら、俺やカトレアさんはともかく村人たちは目の前の敵に集中できなくなっていただろう。
そして俺の予想では、そうやって全員の意識が散らされたところで……
「タケト様!後方にいた魔物たちが近づいてきたぞ!」
「伝令!敵主力前進!敵主力前進!」
かなり視力がいいらしい隣にいるラキアと、防衛本部からの伝令の少年の二方から、敵大将であるオークリーダーが自ら動いたとの知らせが、この時ほぼ同時に届いたのだった。
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