第19話 魔物に備えた
「ま、魔物が来るって、まさかあり得ないだよ!ここいら一帯は魔物が出ねえことで有名なんだ。少なくともおらのじっ様の代からこっち、魔物が出たなんて話は聞いた事がねえだよ!」
カトレアさんの思いもかけない知らせに悲鳴混じりの驚きの声を上げるマーシュとは裏腹に、俺はこのコルリ村が持っていた違和感に今更ながら気づいた。
そうだ、この村に来てから一度も魔物と遭遇していないんだ。
そこへ、「推測ですが」とカトレアさんが付け加えた上で話し出した。
「この辺りは地下にある龍脈が通る道の中でも特に魔力の多い地帯のようですね。おそらくそこに生えた木々が魔力を蓄えていたので、これまで低級の魔物が侵入できなかったのでしょう」
うーん、関連性がありそうでなさそうな、よくわからん話だな。
だが結果として、コルリ村の住人が魔物の脅威に怯えることなく今日まで暮らしてきた実績がある以上、信じる他ない。
……なんかひっかかる部分はあるが、今はそれどころじゃないからな。
「研究が進んでいる王都でも確証があるわけではないので、断言はできませんけどね。でもグノワルドだけでもいくつか似たような地域があるのでまず間違いないと思います」
「そ、それじゃあ……」
さっきまでいきり立っていたマーシュが、糸の切れた人形のようにガタンと音を立てて椅子に座りこんだ。
「ええ、神獣白焔によって山の木々が焼かれ、自分たちのお腹を満たすエサも、そしてこれまで行く手を遮っていた森もなくなってしまった以上、魔物がこの村に迫ってくるのは時間の問題です」
「そ、そんな……カトレア様とタケトさんのお陰で何とか村を立て直す目途が立ってきたところなのに……」
がっくりと気落ちするマーシュには悪いが、そういう話なら事態は一刻を争うんじゃないか?
「村長、落ち込んでいるところ悪いんですが、今すぐ決めないとならないことがあるんです」
「……タケトさん、決めないといけないことだか?」
「こればっかりは俺もカトレアさんも口を出せない、村長であるあなた以外には判断できないんです」
「な、何だべな?」
「この村を捨てて逃げるか、ここに留まって魔物と戦うかです」
俺の言葉は完全に予想外だったらしく、目を丸くするマーシュ。
「ちょ、ちょっと待つだよ、悔しいけど村を捨てて逃げるってのはわかるだ。でも戦うって……」
確かに、魔物相手に普通の村人が戦うというのは普通に考えたら無謀な話だ。
だが、コルリ村を含めたこの一帯の現状と、何日もかけて偵察を行いコルリ村を魔物が襲うと結論付けたカトレアさんの話が、一見堅実に見える逃げるという選択肢が思ったより難しいのではないかと、俺の勘が告げていた。
「マーシュ村長、このコルリ村には今二つの選択肢があります」
どうやら俺の意見に賛同しているらしいカトレアさんがマーシュに向けて語りだした。
「一つ目は、一時的にこの村を捨てて十分な防備が整っているシューデルガンドに逃げ込むという手段です。幸いなことに、一番近い魔物の群れでもこの村からは距離がありますから、今からシューデルガンドへ避難すれば追い付かれる前に辿り着くことができるでしょう」
「それはありがてえだ!いつも木材を取引している商会なら頼み込めば、なんとかみんなの寝床ぐらい用意してくれるだろうから、早速みんなを集めて準備を始めるだよ!」
善は急げとばかりに部屋を出て行こうとするマーシュの足を、カトレアさんは次の一言でその場に縫い留めた。
「シューデルガンドに避難して、そこから先はどうするんですか?」
「え……、そりゃあほとぼりが冷めたら村に戻ってやり直すだよ……」
「魔物から守ってくれる森もなく、村人が去った後で散々に荒らされるであろうこの村にですか?」
「あ……」
ようやく話が飲み込めて来たらしく唖然とするマーシュ。
「で、でも、魔物がこの村を襲うと決まったわけじゃ……そ、そうだ!白焔の時のようにみんなで息をひそめて隠れていればいいだよ!」
「……私が確認した限りではハウンドウルフなど嗅覚に優れた魔物も複数見られましたから、必ずこの村の人の匂いを嗅ぎつけてやって来ます。こう言うと語弊があるかもしれませんが、私たち人間も彼ら魔物も白焔によって住処を奪われ追い詰められたいわば同類です。ただ一つ違うのは、私たちは自力で村を再建しようとしているのに対して、魔物は他者から奪うことで生き残ろうとしているということです。そして追い詰められた獣はエサを手に入れるまで絶対に諦めることはありません。今回に限って言えば、籠城策は一番とってはいけない下策中の下策です」
「な、ならやっぱりシューデルガンドに避難して王国の御慈悲に縋るしかないだよ」
苦渋の決断を下した様子のマーシュだが、果たして俺の予想通りカトレアさんの話は終わっていなかった。
「いえ、正直な話、避難できるかどうかも怪しいと私は見ています」
「えっ!?だ、だってさっきカトレア様もシューデルガンドに辿り着くことはできると言ってただよ!さっきと言ってることが違うだよ!」
「確かに言いました。ですが、今回に限って言えばシューデルガンドに辿り着けることと、街の中には入れることは同じ意味ではないんです」
「どういう意味なんだカトレア様、オラにもわかるように言って欲しいだよ!」
「……問題は白焔の被害が広範囲に渡っている、っていうことですよね」
カトレアさんがマーシュを気遣ってか言いにくそうにしていたので助け舟を出した俺だったが、カトレアさんは意を決したように話を続けた。
「私がこの三日間見てきたのは、何も山や魔物の様子だけではありません。今回の白焔の被害に遭ったであろう村々をできる限り見てきましたが、山火事の影響でどこも生活が成り立たなくなっていて、この辺りで一番の規模の街で防備も整っているシューデルガンドに避難を考えていると、人々は一様に言っていました」
俺がその人たちの立場なら真っ先に思い浮かぶだろうし、俺とカトレアさんが来るまでのマーシュにも、避難の道しかなかったのは想像に難くない。
当然、シューデルガンドも有事の際のある程度の備えはしてあるだろうが、予測しようのなかった大規模山火事が発生した状況で、数千人に上るであろう避難民の受け入れを突きつけられれば話は別だろう。
「おそらくシューデルガンドでは避難民に対応しきれないと考えて、すでに街門の封鎖を始めている頃でしょう。そして、魔物を含めた対策が決まるまでの間、避難民は街壁の外で待たされることになると思います」
「そんな!?もしそこに魔物の群れが現れたら、オラたちは見捨てられてしまうだか!?」
「さすがにそこまではしないと思いますが、避難民全員を警護する余裕は今のシューデルガンドにもないでしょうから、救援が駆け付けるまである程度の被害は覚悟しないといけないでしょうね……」
「そ、そんな……」
高確率で訪れるであろう残酷な未来にうなだれるマーシュにはこれ以上鞭打つつもりは毛頭ないが、それで済む話かどうかは怪しいと俺は見ている。
そもそもこの案は、避難先であるシューデルガンドがコルリ村の人達を受け入れてくれる前提に立っている。
仮にシューデルガンドのお偉いさん達が何らかの理由で避難民の受け入れを拒絶した場合、彼らは文字通り難民と化して常に魔物に怯える日々を過ごすか、当てのない流浪の旅に出ることを余儀なくされるだろう。
そして真っ先にシューデルガンドから追い出される可能性が高いのは、復興作業のせいで周辺の村々の中で一番到着が遅れるであろうコルリ村だろう。
「そこでマーシュさん。騎士である私がこんなことを言うのは本来憚られるんですが、第三の選択肢であるコルリ村の皆さんが魔物と戦う道もあると提案します」
「……た、戦うって言ったって、オラたちがまともに魔物を相手に戦うなんて、いったいどうすれば……」
これまでと変わらず消極的な態度のマーシュだが、さっきまでと違ってカトレアさんの話を聞くつもりにはなってくれたようだ。
避難だけを考えていたさっきと違って、戦う方法を模索しているのが何よりの証拠だ。
「もちろん真正面から魔物と対峙しろと言うつもりはありません。要は、この村を砦化して魔物の侵入を防ぎ、撃退すればいいんです」
やはりというべきか当然というべきか、カトレアさんが出した結論は俺と同じものだった。
「いいですかマーシュさん、白焔によって焼け出された村々の中で、このコルリ村だけが持っているものがあります。何かわかりますか?」
「それは……カトレア様とタケトさんだべ」
「そうです。タケトさんの魔法でこの村に柵を張り巡らせ、魔物を迎撃するための武器を作ります。基本的な戦い方なら私が教えることができます。時間が限られているので十全とはいかないでしょうが、それでも安全の保障のない避難に頼ることなく、自分たちの力で未来を切り開くことはできます」
「……」
「もちろん、今言った私の話はほぼすべてが憶測です。案外シューデルガンドに着けばあっさり受け入れてくれるかもしれませんし、このまま村に残って息を潜めていれば魔物が通り過ぎてくれる可能性だってあります。あくまで決めるのはマーシュさんであり、村の人達です。残された時間は少ないですが、どうか後悔の無いようにちゃんと考えて決断してください」
「……」
俺とカトレアさんの話を聞いたマーシュは、そのまま黙り込んで考えている様子だった。
準備のことを考えれば今すぐにでも動きだしたいところだったが、俺もカトレアさんもマーシュん言葉をかけることなくひたすら待った。
それからしばらく経ってから、マーシュが絞り出すように言葉を発した。
「……ここはオラたちの村だ、オラたち以外に村を守れるやつはいないだよ。でも、オラ一人で決められる話じゃあない、今日一日だけ待ってほしいだよ。必ずみんなを説得して見せるだよ」
「わかりました。私たちもできる限りお手伝いします。ね、タケトさん」
「はい、何でも言ってください村長。カトレアさんと違って、俺もコルリ村の一員だと思っているので全力で頑張りますよ」
「もう、私だってグノワルド騎士なんですから、困っている人がいたらどんな時だって全力です!」
おどけて言う俺に、カトレアさんは半分本気の様子で俺の腕を叩いてくる。
ちょ、痛い痛い、本気で痛い!この人半分どころか本気で怒ってるよ!!
「あははは、こんなに心強いことはねえだよ。じゃあ早速、村の皆を広場に集めて話し合ってくるだよ」
「はい。私とタケトさんは二人で進められる分だけでも準備をしておくので」
そう言ってマーシュと別れたその日の夜、マーシュから村人全員一致で村を守るために戦うことにしたと報告を受けて、明日から本格的に村の砦化を進めることになった。
ちなみにラキアだが、俺とカトレアさんが砦用の竹材を作り始めたところにどこからともなく現れ、「さあ戦うぞ!」とやる気満々で手伝った。
意外というか納得というか、やけに勘のいい奴だった。
「盾隊、もっとしっかり構えて!槍隊、動きは揃えてください!」
澄んだ青空に、カトレアさんの歌うような華麗な声が響き渡る。
翌日、早速魔物を迎え撃つために行動を開始したのだが、ただ砦を作って籠るだけではやられるがままになってしまうし、変に知恵のついたゴブリンなんかはどこからか火を調達して火事を起こそうとする個体もいるらしいので、こちらからも反撃しないといけない。
そこでカトレアさんと相談の上、村人を三つのグループに分けて、一つ目のグループは砦化の工事、二つ目のグループは休憩、そして三つ目のグループは俺が生やして最低限の加工を施した竹製の武器で戦闘訓練、これを三交代制で回していくことになった。
武器と言っても、竹を束ねてロープで固定した竹の盾に、竹を手ごろな長さで切った竹槍という簡素なものだ。
コルリ村に魔物を迎撃できるだけの装備があれば良かったんだが、かつては魔物の脅威にさらされることがほとんどなかったコルリ村には、今回の魔物の襲撃に対応できるだけの武器が用意されていなかった。
それならいっそお揃いの装備の方が、いざというとき混乱することもないだろうと体力に自信のある男達には竹の盾、それ以外の大人には竹槍を持たせることにしたのだ。
「真っすぐ当てる必要はないぞ、とにかく斜め上にできるだけ素早く撃つことを心がけるのだ!」
残ったのは力の弱い女子供だが、彼女たちには弓隊をやってもらうことにした。
もちろん弓矢も竹製だが、流石に時間を掛けられる状況でもないので、命中率度外視の真っ直ぐ飛ぶだけの代物を作った。
もちろん個人的には不満だらけの作品なので、一段落したら手直しするつもりだが。
そして弓隊の指導係だが、時間がない中を何とか俺が教えないとなと思っていたところに、なんとラキアが立候補してきた。
聞けば、猟に出ない日は村の子供たちにせがまれて、よく弓の扱い方を教えているのだという。
不安がないわけでもなかったが、新参者の俺が教えるよりはと思ってラキアに任せてみたが、思ったよりも指導のコツを理解しているようだった。
何より、ラキアの指導は村人たちの心を掴んでいて、みんな夢中で訓練している様子を見ると、その道で食っていけるんじゃないかと思うほどだ。
弓隊の方は、訓練だけじゃなく本番でもラキアに一任して大丈夫そうだな。
さて、肝心の俺だが、多分村で一番忙しい身だと自信を持って言えるほどに、あちこちを駆けずり回っていた。
まず午前中は村の砦化の手伝いに費やした。
工事の指揮はマーシュが執ってくれているが、何分俺以外に竹の扱いが分かる者がいないので俺抜きではどうしても作業効率に差が出てきてしまうのだが、かと言ってここに掛かり切りになるわけにもいかない。
そこで、俺がいる午前中はできた部分のチェック作業や工事の中で疑問の出た箇所をレクチャーに費やし、午後はそれを踏まえた上で進められる分だけ作業を任せる方式を採った。
昼休憩の村人全員で食べるパンとジャガイモっぽい野菜のスープで腹を満たした後は、カトレアさんやラキアの訓練状況を少しの間見守り、その後は山火事を耐え抜いた建物の一つであるドンケスの工房に顔を出した。
今回用意する武器の内、俺一人の力ではどうにもならないのが弓矢、正確には矢に付ける矢じりだ。
こればっかりは金属製のものでないとどうしようもないので、村長であるマーシュに相談すると、
「それならドンケスさんに頼むといいだよ。前にドンケスさん自身が武器を作っていたって酒の席でその頃の愚痴を言ってたことがあっただよ」
との助言をもらい、砦化の工事に汗を流していたドンケスを呼び出して聞いてみると、
「なに、マーシュの奴がそんなことを言ってたのか?ううむ……まったくもって気が進まんが、村の危機とあってはそうも言ってられんか。いいか、今回だけ、今回だけじゃからな!!」
決してやる気がないというわけではないのだが、なぜかドンケスはこれでもかというほどに今回限りと念を押してきた。
どうやら過去に嫌なことがあったらしいが、今は他にやるべきことが山のようにある。
機会があればそのうちドンケスの方から話してくれるだろう。
その後、ドンケスが作った矢じりを矢本体に取り付ける作業を延々と続けて、完成品をラキアに渡した時には既に夕方に近くなっていたが、まだ俺の仕事は終わっていなかった。
「遅いですよタケトさん!下準備はとっくに終わってますから明日はもっと早く来てくださいよ!」
そんな感じでセリオに急かされながら村長宅で作っているのは、魔物との戦いで出てくるだろう怪我人に飲ませるための竹ポーションだ。
と言っても、ラキアに使用したような強力なものではなく、セリオの助言で茶の濃度を薄めて下級ポーション並みの回復量に抑えた代物だ。
やはりまだ安全が担保されていない以上、強すぎる効果の竹ポーションを作って副作用がが起きてからでは遅いということでセリオとカトレアさんに相談の上での竹ポーション制作だった。
そして当然助手を買って出たセリオだったが、
「くそっ、どう見ても特別なことなどしていない、普通にお茶を淹れているようにしか見えないのに何であんな効果になるんだ……!」
お湯を沸かしている薬缶とその前に立っている俺を交互に、まるで親の仇でも見るかのような血走った目で見続けていた。
それというのも、セリオには一度だけ懇切丁寧に俺の竹の葉茶の作り方を教えてレシピ通りに作らせたことがあったのだが、完璧に再現できたのは味だけで、肝心の効能は普通の竹の葉茶と変わらないそれだった。
どうやらそれから毎日、仕事の合間を縫っては竹の葉茶を淹れる日々を送っているようだが、一向に成果がないようだ。
「セリオ、一ついいか?」
「はい!何ですか!?」
「顔が近い。声がデカい。あと、効果を試すのに一々指をナイフで切るのはやめてくれないか。ぶっちゃけ怖い」
「ぐっ……わかりました。今度からタケトさんがいないところでやります!」
「いやそういう問題じゃないから」
情熱的なことは結構だが、普段温厚なセリオにこんな一面があったとは……
マッドサイエンティストの素質のある若き薬師の将来を心配しながら、その日も夜は更けていったのだった。
そんな、いつでも戦えるように最低限の休息をとりつつ多忙な毎日を繰り返してきた、一週間ほどの平和な時間は、訓練の合間を縫ってコルリ村周辺の偵察をしてくれていたカトレアさんの帰還で幕を閉じた。
「来ました!距離は約三キロ!百体ほどの魔物の集団が真っすぐこちらに向かってきています!」
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