第18話 コルリ村復興を始めた


「じゃあ行きますよ。命よ、芽吹け、根付け、笹群れよ!」


 とある禿山の麓に立った俺が辺り一帯に力ある言葉と共に大量の魔力を送った結果、凄まじい音を立てながらあっという間に真っ黒な煤だらけだった禿山が、鮮明な緑一色の竹山へと生まれ変わった。


「おおおお!!」


 ここはコルリ村から一番近い山々のうちの一つで、地元代表のラキアと近衛騎士として十分な教養を持つカトレアさん、ついでにそれなりに竹山というものに詳しい俺の意見を擦り合わせた結果、この山を竹で覆ってしまおうという結論になったわけだ。


 ちなみにカトレアさんは山の選定を行った後、各所に出す手紙を書かないといけないとのことで村に戻っていた。


「凄いな!タケト様は大魔導士様でもあったのか!魔法とはこんなこともできるのだな!!」


 これまで出会った人達は一様に驚愕して声も出ないか腰を抜かすかのどっちかだったのだが、隣にいるラキアは恐れを見せることなく純粋に驚き喜んでいて、ある意味で新鮮な反応だった。


 それといい加減、タケト様という呼び方は何とかならんものだろうか。

 呼ばれ慣れていないせいもあるが、身分で言うなら俺は平民以下の流人だし、何とも落ち着かない。


「何を言うか、タケト様は私の命の恩人ではないか。もっと堂々としていればいいのだ」


 がははと笑い声が聞こえてきそうなノリでまるで意に介さないラキア。


 アホな子であることは間違いないのだが、どうもラキアは一度こうと決めたら梃子てこでも動かない性格でもあるようだ。

 俺の話なんてまるで聞いちゃいない。


「しかしタケト様、竹とやらで埋め尽くすのは、この山だけでよかったのか?どうせなら景気よく焼けてしまった全ての山もやってしまってもよかったのではないか?」


「いやラキア、世の中には生態系という考えがあってだな……」


 一見何もなくなってしまったかのように見える山火事の跡だが、その地中には焼け残った木の根や微生物が息づいている。

 もし今、これらの山肌をを竹で覆ってしまえば、それらの芽吹きを邪魔することになり、甚大な環境破壊を俺の手で行ってしまうことになる。

 ひいては一帯の人々の暮らしまで、今後数百年にわたって激変させてしまいかねない。


 魔法の行使をこの山一つだけに留めるのは、最低限俺たちが生活するために仕方なくやっただけのことで、何十年かかろうと自然に回復するならそれに越したことはないのだ。


「さすがタケト様のやることに間違いはないな!」


 ラキアがよくわかっていなさそうな元気だけが取り柄という感じの返事をした時、村の方からぞろぞろと何十人もの人の群れが歩いてきた。

 先頭にはマーシュがいて、こちらに向かって手を振っていた。


「タケトさーん、とりあえず手が空いてる者を搔き集めて来ただよー」


「それじゃあ手近なところから伐採を始めちゃってくださーい」


「わかっただよ。行くぞおめえらー」


 マーシュの掛け声とともに思い思いに鋸や斧を持った村人たちが山の麓の四方へ散っていった。

 女子供も混じっているが大丈夫か?


「毎年木材の出荷前には村人総出でやっていたから子供でも木の扱いの一通りはできるだ。普通の木と違う分、慎重にやるように口を酸っぱくして言っておいたから心配ねえだよ」


 任せるだ、とマーシュが胸を叩いて言うのだ、任せるとしよう。


「それで村長、頼んでおいた大工の経験があるって人はどこに?」


「ここだ。まったく、最近の若いもんはどこに目を付けとるのか」


「ファ!」


 まさか真下から声を聞こえてくるとは思いもよらずに素っ頓狂な声を上げた俺が声のした方を見てみると、体長一メートルにも満たない、ずんぐりむっくりのがっちりした体格の男が、こちらを試すような目で見ていた。


「タケトさん、こいつがこの村で家を建てたり修繕をやっているドンケスだよ」


「ドンケスだ」


「よ、よろしく」


 あまり喋ることを好まない職人気質な性格を思わせるドンケスだが、その姿は俺の知識にあるファンタジー成果の住人そのものだった。


「お前、ひょっとしてドワーフは初めてか」


「ああ、はい、その通りです」


「まあ、人族の街に住むドワーフは珍しいからな。それと、ドワーフに変な遠慮は無用だ。騎士の従者相手だろうがこの物言いを変えるつもりはないが、そちらも好きに話してくれていいからな」


「……わかったよ、こっちとしてもその方が助かる。それにしてもドワーフって街は好きじゃないのか?物作りとか好きそうなイメージなんだが」


「その認識は間違っとらんがな、ドワーフというもんは材料に至るまで自分で吟味せんと気が済まん性質たちの者が多い。ワシもご多分に漏れんという奴だ」


 ラッキーなことに、俺のドワーフのイメージとそう違いはないらしい。


 ん?じゃあこのドンケスも、竹が気に入らなかったら手伝ってくれないってことなのか?


「いくらドワーフでも、世話になっとる村の者達を見捨てて出て行こうなんて思わんわい!」


 よかった。

 いくら俺が竹の扱いに慣れているとはいっても、家の建築、それもコルリ村全員分を建てるとなると、本職の協力なしに冬が来るまでに事を終えるのは不可能だ。


「質のいい木材を求めてさすらい始めてから二百年、これほど珍しい木に巡り合えたのだ、ワシが納得する逸品ができるまではお前には付き合ってもらうぞ、タケト!」


「ドワーフやエルフは人と精霊が交わってできた種族と言われていて長命なことで有名だよ」


 マーシュの補足には感謝するが、それより怖いのはギラついた眼をしたドンケスの、二百年の執念だよ。


「それでタケトよ、実際の建築の流れはどうやって進めるつもりだ?」


「あ、ああ、まずドンケスにはモデルハウスを作ってもらおうと思ってるんだが」


「もでるはうす?」


 簡単に言うとこんな家を建てますよ、と村人にアピールするための最初の一軒を、先行して最優先で建ててしまおうというわけだ。


 村人に隅々まで見学してもらって住む前に竹の家に慣れてもらえる効果の他、実際に建てた段階で出てくる問題点を洗い出して正式な建築の際に役立ててもらう目的も含まれている。


 将来的には各々の要望に則した家を建ててもいいと思うが、今は居住環境を整えることを最優先にして寸分違わぬ家を建ててもらうつもりだ。


「なるほど、ちとつまらん面もあるが、ワシにとっても竹の性質に慣れるいい練習になるだろう。早速手先の器用な奴らを集めて取り掛かるとするか」


 何かあったら相談すると言い残して、ドンケスは竹山の方へとドスドスと足音を響かせながら歩いて行った。


「ドンケスさん、珍しく興奮していただよ」


「え!?」


 あれで!?俺と話してる間ずっと仏頂面だったんですけど!


「あの人がこの村にふらりと現れて三十年くらい経つけど、オラも最近ようやくわかるようになっただよ」


 ううん、確かに元の世界でもそんな職人さんがいるって話は聞いた事はあるけど、ドンケスは最低でも二百年は生きているらしいから、その気難しさは人間の比じゃないだろうな。


 しかし、同じコルリ村の住人になる以上は、いつか彼の心の動きを知ることができるようになりたいもんだけどな。






 俺とドンケスが話している間に子供たちと伐採した竹の切れ端でチャンバラごっこをしていたラキアを呼び戻して、マーシュを含めた俺達三人は次の場所へと向かった。


「あれ?タケトさんに村長。意外と早かったですね」


 そう言って村の臨時診療所で出迎えてくれたのは、傷病人の治療に必要な竹の葉茶の量を計算していた薬師のセリオだ。


「とりあえず当面必要なお茶の量はこれくらいになります」


 セリオが差し出してきた必要な特製の竹で作ったポーションもどき(竹の葉茶ポーションだとちょっと長ったらしいので竹ポーションと命名した)の量を計算して書き出したメモの内容は、意外にも俺の予想の半分以下だった。


「あれ、たったこれだけでいいのか?」


「そうだそうだ、私と同じくらいの量をみんなが飲めば一気に治るだろう!」


「いえ、初めはこれくらいがちょうどいいと思います」


 そう言って、セリオはかぶりを振った。


 あとラキア、寝ている人もいるんだから少し口を閉じてなさい。


 慌てて手で口をふさいだラキアは放っておいて、セリオに尋ねた。


「でもこれじゃ、完治には程遠い量じゃないのか?」


「タケトさんを疑うわけじゃないんですけど、薬というものは適量を守るからこそ効果があるのであって、飲み過ぎは却って体を悪くするもとになる恐れもあるんです。皆には、まずは数倍に希釈したものを飲んでもらって、問題がないようなら徐々に濃度を増やしていく予定です」


 諭されるようにセリオに言われて、俺は赤面するしかなかった。

 ……半端者が口出しするなとはよく言ったもんだよ。


 だが同時に、この男に任せておけば診療所の方は大丈夫だという確信も持てた。


「すまんセリオ、俺が浅はかだったよ。治療が終わった後も竹ポーションの研究を任せたいんだが、お願いできるか?」


 正直言って、ポーションに関する知識を持たない俺がこの竹ポーションを調べるのは無理があるので、信用できる誰かに研究を委託したいと考えていた。

 短い付き合いではあるが、コルリ村中からの信頼を集めるセリオなら安心して任せられる。


 俺からの提案を受けたセリオは、よほど嬉しかったのか俺に向かって破願して見せた。


「それはこっちのセリフですよ。村の劣悪な医療環境を何とかしたくて泣く泣く留学を終えて帰ってきた僕が、まさかエリクサーに匹敵する回復薬の研究に携われるとは思いもしませんでした。ぜひ僕にやらせてください」


 ちなみに、ラキアに遠慮なしに竹ポーションを飲ませた件のことを聞いてみたところ、やはり当時のラキアの容態は一刻を争うほど危険だったのでやむを得なかったとのことだった。

 さらに、あれからもラキアにせがまれて数回竹ポーションを飲ませているのだが、「彼女はほら、元気が有り余っていますから」と、言外に体力馬鹿だから問題ないと言われ、今後も飲ませても大丈夫だとお墨付きをもらった。






 それから三日間、竹材を使った家の建築現場と、竹ポーションを使った傷病人の治療を行っている臨時診療所を回る日々が続いた。


 家の建築については竹のみで建てるとなるとどうしても隙間ができてしまうことが難点だったが、ドンケスが竹の骨組みの上から土を塗りこめて隙間を埋める方法を提案して俺も了承した。

 作業も順調に進んでいて、これで少なくとも今年の冬に凍死者を出さずに済むだけの目途は立ったようだ。


 診療所の方はさらに順調だった。


 セリオによると、今のところ竹ポーションを飲んだ人の中に拒絶反応を示した人は一人も現れなかったそうだ。

 これからは徐々に濃度を上げていって、慎重に経過を観察する予定とのことだ。


「他にも、毒の治療や慢性的な疲労にも効果があるかどうかなど、検証することは山ほどあります。これからもっと忙しくなりますよ!」


 眼の色を変えて興奮するセリオだが、彼に倒れられては本末転倒なので、少し落ち着けと普通の竹の葉茶を差し入れておいた。


 診療所の方は手伝えることは限られているので、俺はもっぱら建築現場の方に顔を出して労働に勤しんでいた。


 そのおかげか、最初は余所者の俺を警戒していた一部の村人や子供たちも積極的に声を掛けてくれるようになった。

 コルリ村にとってはとんだ災難だっただろうが、この山火事は俺にとっては村の人達は仲良くなるきっかけになった一面を持っているので、そのことを考えると少々複雑な気分だ。


 もう一つ忘れてはいけないのは、ラキアの存在だ。


 火傷が治って以来、なぜか俺の傍から離れずに行くところどこでも付いてくるラキアだったが(寝床にまでついてきそうになったのは全力で止めた)、今思うとコルリ村の人達とこんなに急接近できたのは、常に傍で明るく振る舞っているラキアの存在が大きかったと言わざるを得ない。


 最も、ラキアが俺の作業を手伝っていたのはせいぜい半分の時間で、あとの半分はその辺にいた子供たちと遊んでばかりいたので、自覚した行動かどうかは怪しいものだが。


 ともかく、村人一丸となって家の建築に励んだ結果、何とかこの三日でモデルハウスが完成、さらに比較的軽症だった者たちが無事診療所から退院してきてコルリ村は再建ムードが高まって来ていた。


 その平穏な暮らしは、この三日間臨時巡察使の役目として山火事の範囲を調べるために山の奥地まで入り込んでいたカトレアさんが夕方に帰ってきたことで破られた。


「タケトさん、マーシュさん、至急お話があります」


 できるだけ怪しまれないようにしながらマーシュの家に俺とマーシュを呼び入れたカトレアさんは、開口一番こう言った。


「魔物の群れがこの村にやってくる恐れがあります」

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