第13話 連行された


「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、安いよ安いよ~」


「おう兄ちゃん、こいつは一体何だい?」


「こいつは食材を洗った時なんかに水を切るのに便利なざるだよ。珍しい植物で編まれてるから、そんじょそこいらではお目に掛かれないよ」


「手にとってもいいかい?」


「ああいいとも」


「ほうこいつはなかなか丈夫だな。微妙に撓るしなるし使い勝手もよさそうだ。いくらだい?」


「銀貨三枚と言いたいところだけど、お客さんは見る目があるから二枚でいいよ」


「兄ちゃん、なかなか客の心を分かってるじゃねえか。気に入った!一つもらうぜ。使い心地がよかったらまた買いに来てやるよ」


「そりゃお世辞でもうれしいね。明日まではここにいるからできればそれまでに頼むよ」


「おいおい、客が付きそうだってのに偉く慌ただしいじゃねえか。まあいいや、買う気になったら明日また来てやるよ」


 そう言ってどこぞの料理屋の亭主風の男は上機嫌に去っていった。


「毎度アリ~」



 ふう、売り始めて五時間、ようやく一つ売れたか。

 いや、商売初日ということを考えると早くもというべきか。


 一度きりしか遊べない竹トンボを売り出すことを諦めてから二日経った午後、俺はシューデルガンドの中央部にある市場の片隅を借りて、竹で作った笊を販売していた。


 あの後、当然の成り行きではあるが竹トンボの販売をカトレアさんに却下された俺は、元の世界で作っていた竹細工の数々を絵を描きながら提案してみたが、竹トンボのように派手なパフォーマンスが売りのものはすべてダメ出しを食らった。


「先ほどの竹トンボのように物理法則を無視した性能を見せたら、タケトさんの素性が怪しまれちゃいますよ」


 ぐうの音も出ないほど、至極もっともな意見である。


 結局、俺の作った竹製品が規格外の性能を発揮したとしても、傍目にはわかりづらい品物にするというところで妥協したのだが、それではカトレアさんの知り合いの商人を紹介してもらうには、目に見えるほどの魅力のある商品を提示することは非常に難しい。


 というわけで、さらにそこからカトレアさんと話し合いを重ねた結果、今回は大々的に売り出すことを諦めて、王国でも屈指の規模を誇るシューデルガンドの市場の空きスペースをカトレアさんの口利きで二日間だけ借りて、そこで地味な効果しか発揮しないであろう竹製品を、モニタリングも兼ねて少数販売することにしたのだ。


 こうして竹笊の販売を開始して五時間、物珍しそうに覗いてくる客は何人かいたものの一つも売れずに商売は甘くないなと痛感していたところでようやく一つ売れ、それが呼び水になったのか旅行客らしき客が立て続けに買っていき、気づけば作ってきた五十の竹笊の内十個ほどが捌けてはけていた。


(普段使いを想定して作ってきたんだが、思ったよりも観光客受けがいいな。やっぱり物珍しさが要因なんだろうが、出来には自信があるからできれば普段使いしてほしいんだがな……)


 呼び込みをしながらそんなことを考えていると、100mほど離れた所でうろうろしていた数人の男たちがこちらを見た途端若干駆け足気味でやってきたかと思うと、先頭の男が話しかけてきた。


「すまない、さきほどそこで話を聞いてきたのだが、珍しい植物でできた器を売っているのはここで間違いないか?」


「はい、そうですけど……?」


 なんだ?もう口コミで竹笊のことが噂になってるのか?

 市場に来る前に妙な性能がないことは確認してきたつもりだったが、何かあったのか?


「もう一つ尋ねたい。この器は君が作ったのかね?」


「そうですよ。どこに出しても恥ずかしくない自慢の品です。お客さんもお一つどうですか?」


「もう一度確認する。君が作ったもので間違いないね?」


「はい、間違いなく俺が作りました」


 嫌味なほどに念を押してきた男は、他の連中と互いに頷き合って思いもかけないことを言ってきた。


「我々は商業ギルドの者だ。この市場を管理監督する権限に於いて君にギルドへの出頭を命令する」


「はあ?何でですか!?」


「我々にはそれに答える権限がない。質問はすべて尋問の担当者に聞いてくれ」


 そう答える男の表情は非常に厳しい。


 間違いない。どういうわけか知らないが、完全に何かの事件の容疑者に決めつけられている!


 ……とにかく対策を考える時間が必要だ。時間を稼がないと。


「なら、荷物を宿に置きに行かせてくれませんか?」


「後ろの者たちが後から一緒に持っていくので問題ない。出頭は今すぐとの命令だ」


「せめて連れに連絡させてください!」


「それも尋問の担当者に言ってくれ」


 ……ダメだ、万策尽きた。


 見切りが早すぎて情けないのは自覚しているが、カトレアさんからもしもの時に指示されていた方法はこの二つだけだった。

 そもそも元の世界でも警察の御厄介になったことなど一度もなかった俺が、こんな状況での打開策など頭に浮かびようもなかった。


 いや、正確には実力行使という最後の手段があるにはある。

 だが、異世界に来て右も左も分からないうちにお尋ね者ルートを確定させる趣味はないし、ここで暴れ回ったら、ここまで付き合ってくれたカトレアさんとゼンさんにもきっと迷惑をかけてしまうだろうからな。


「……わかりました、行きましょう」


 悩んだ末に俺は、手錠こそかけられなかったものの、出荷される子牛のような気持ちで男たちに囲まれながらドナドナされていくことになってしまった。


 ドナドナドーナ ドーナ


 今度は空しくなってもやめられなかった。






 それから一時間後、俺は客間というには質素だが、尋問室と呼ぶには調度品が整い過ぎている商業ギルドの中のとある一室に、一人で座らされていた。


 男たちに連れられ、今泊っている宿の数倍はありそうな大きさの商業ギルドの門をくぐり、この部屋に案内されて早三十分、「ここで待て」という男の指示以降待てど暮らせどこの部屋の扉を開ける者は未だいなかった。


 これはあれか?ひょっとしてこっそり帰ってもいいパターンか?と思い始めた頃に、突然ドアが乱暴に開かれた。


「あんたさんか、あの植物の器を作ったっちゅう男は。ウチの名はセリカ=ルキノ。この商業ギルドの会頭を務めるルキノ商会のもんや」


 そこに現れたのは、派手とまではいかないが印象に残るレベルの華やかさと上質さを併せ持ったブラウスとロングスカートに身を包んだ、緑色の髪を持ったメガネ美少女だった。


 乱暴に開かれた扉の音と共に突然現れた美少女に俺が面食らっていると、セリカと名乗った少女はいら立ちを隠そうともせずに俺を睨みつけた。


 どうでもいい話だが、カトレアさんと同じくやはり怒っていても美少女は美少女だった。


「容疑者であるあんたにウチから名乗ってやったんや、あんたも名乗り返すのが礼儀と違うんか、ああん?」


「あ、ああ、ゴメン、俺の名はタケトだ。王都からここまで旅をしてきた者だ」


 なぜに関西弁?


 いや、これはこの世界に俺が飛ばされてきた時に、こちらの言語が俺の脳内にアジャストされたんだっけか。

 つまり、セリカと名乗った少女はどこかしらの地方の訛りがあるだけで、それを俺の脳が勝手に関西弁に変換しているだけなのか。


 それでもセリカの口の悪いのは、間違いなくこの子がわざとやっているのせいなんだろうが。


「タケトね、その名前ようく憶えとくわ。早速やけどウチも忙しいんや、本題に入らせてもらうで」


 そう言ったセリカは俺のテーブル越しの向かいの椅子に座ると手に持っていた布の包みを開いた。


 包みの中には透明なケースが入っていた。


 もちろんケース自体に意味はない。

 問題はケースの中身であって、しかもその中の物は、まさかの俺にとって見覚えのあるものだった。


「こいつに見覚えないか?」


「……」


「おいおいおい、いきなりダンマリかいな。まあええわ、こいつはな、ある場所に空中を飛びながら入り込んできよったんや」


「……」


「ただ入り込んできたのとちゃうで?それなら子供のいたずらかとその場限りの笑い話になったはずやけど、入ってきた場所と方法がまずかった」


「……」


「入り込んできた場所は、ウチの商会の会頭を始めとしたこの街のお偉方が勢ぞろいしたシューデルガンド最高会議の真っただ中。ああ、勘違いせんとってな、それだけであんた一人を捜すためだけにギルド員を総動員したりはせえへん。問題は方法や」


 セリカはさも重要なこととばかりに一呼吸置くと、俺のことを先ほどとは比べ物にならない迫力で睨んできた。


 先ほどは睨んでいたとしても美少女は美少女だと言ったが、少し訂正しよう。

 流石にこれは俺も怖い。


「こいつはな、防音用に二重になっていた会議室の窓ガラスをスッパリ切り裂いた後、会議室の巨大なテーブルを真っ二つに両断しながら反対側の壁をこれまた切り崩して飛び去って行きよったんや!!」


 手に持ったケースを壊さんばかりにテーブルに叩き付けたセリカ。

 ここまで言えばもうお分かりだろう。

 彼女が持っているケースの中にあるのは、二日前に俺が自作して飛ばした竹トンボだった。


 竹トンボだった!!


「その後、こいつを捕まえようとしたギルド職員やらフルプレートの会議の護衛やらの体やら武器やら鎧やらを散々切り裂きまくって、商業ギルドのお抱え魔導士による風の魔法を使って回転を止めて、ようやく騒ぎが収まったっちゅうわけや。

 まあ実際には、魔族の仕業やら会議をめちゃくちゃにしようとした何者かの陰謀やら、いろんな噂が街のあちこちで囁かれてるからむしろ混乱はこれからなんやが……少しは何か喋れや!!」


「……黙秘で。宿に一緒に泊まっている同行者に連絡を取ってもらえるまでは、一切喋る気はないので」


「おまえ……!!」


 怒髪天を衝いたという言葉が似合うほど怒っているセリカには多少同情の念を禁じ得ないが、俺も好きで黙秘しているわけではない。


 理由?もちろんカトレアさんの指示だ。


「タケトさん、道中はできる限り私が付いてフォローしますけど、万が一官憲に捕まったりした場合は、私が駆け付けるまで絶対に黙秘を貫いてください。ボロさえ出さなければ、私の巡察使の権限で大抵のことはうやむやにできますので」


 聞いただけでもかなり物騒な指示だったが、まさか本当に指示に従う日が来るとは思っていなかった。


「……ウチが上の方から実行犯の処刑より真相の究明を優先しろと、ウチが命令されとるのを見越してそんなこと言うとるんなら、あんた相当エエ根性しとるで。

 ちっ、まあええわ。ならその宿と同行しとるもんの名前を言うてみい。連絡とったるわ」


 セリカがようやく折れてくれたので、俺は宿の名前とカトレアさんの名前と身分を話した。


「おいおいおいおい、マジかいな。よりにもよってあの裂空のカトレアの名前がここで飛び出すとかどないなっとるんや?あんた、もしこれが嘘やったら、処刑なんて生易しい終わり方じゃ済まんで?」


 脅しにしか聞こえないセリカの言葉に思わず突っ込みを入れそうになったが、すんでの所で我慢して頷くだけに留めた。


「わかったわかった、まあここまで来て嘘を言う意味もないやろ。タケトもようわかっとるみたいやし連絡とったるわ」


 うん、まあ壁の向こうに8人、天井裏に二人潜んでいるのは分かってたけど。

 別に逃げだせないとは思わないが、王宮の二の舞は俺も避けたいのでここは慎もう。






「タケトさん!何も喋っていませんよね!?もし喋っていたら後でどうなるかはわかっていますよね!?あ、いいですよ。その顔を見ればわかりましたので。ではお仕置きは宿に戻ってからにするので、ちょっと待っていてくださいね」


 再び部屋のドアが乱暴に開かれ、そこから入ってきたカトレアさんの開口一番は、俺自身ではなく俺の言動に対する心配だった。


 どうも俺が戦えると知ってからのカトレアさんは、俺の扱いが雑になった気がする。

 ちょっと、いやかなり寂しい。そして最後のセリフがちょっと怖い。


「実際に直接会うまでは半信半疑やったけど、本当に裂空のカトレアが同行者とは。ウチもさすがに驚いたわ」


 続いて入ってきたセリカはどこか興奮の余韻が残っているようだ。

 ……いや、これは興奮というより、焦り?


「さて、セリカさん。この私が引き取り手なのですから、もう帰ってもいいですね?」


「いいわけあるかいな!そこの男は、シューデルガンド最高会議に対するテロ容疑がかかっとるんやぞ!」


 最早悪の権力者のようなセリフのカトレアさんに、当然の権利を主張するセリカ。

 完全にこっちが悪者だよな。


 ちなみにそこに俺が口を出す余地は一ミリもない。

 未だに黙秘状態である。


「まあまあ、ここは風の悪戯ということで事を収めませんか?幸い死者や後遺症が残る様な重傷者はいなかったようですし。もちろん怪我人の保障は王都の方でやらせてもらいますから」


「んなわけにいくかい!下のもんはそれでよくても、街のお偉方がそんなんで説得出来るかいな!」


「大丈夫ですよ、シューデルガンドの上の方はセリカさん、あなたが抑えればどうとでもできるでしょう。もちろん私もお手伝いさせてもらいますよ。ねえ、(ニコニコ)」


 そのセリフと共にセリカに向けたカトレアさんの笑顔が恐ろしく見えたのは、俺の記憶ではこれで何度目だろう?未だに慣れる気がしない。


 怖っ!! 笑顔怖っ!!


「……あんた、ウチのことを知っとるんか!?」


「もちろんですよ。あまり王都の情報網を甘く見ない方がいいですよ」


「…………この貸しは高くつくで。それと、そこのタケトの落ち着き先の情報はあとで教えてもらうで」


「まあ、その辺りが落としどころでしょうか、いいですよ」


 なにやら俺がやらかした事件が俺の感知しないところで決着したようだ。

 女って怖い。


「ところでセリカさん、会議に飛び込んできた竹トンボはこれだけでしたか?」


「なんやこれ、竹トンボ言うんかいな。ああそうやで」


「間違いないですか?三本じゃなかったんですね?」


「しつこいな、一本やていうとる……おいっ!まさかこないな危ないもんがまだ二つも空を彷徨っとるとでも言うとんのか!?」


「ふふふ、これで私とセリカさんは秘密を共有するお友達ですね」


「なっ!?嵌めよったな!!」


 薄い、それでいてどこか不気味さを感じさせる微笑を浮かべるカトレアさんと、驚愕の顔のまま固まったセリカ。


 女って本当に怖い。


 背中にびっしりと冷や汗をかきつつも未だに声を上げることを許されていない俺は、密室の中でひたすら沈黙を守るのだった。

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