第12話 竹とんぼを飛ばした


 シュッ シュッ シュッ シュッ


「タケトさーん、ご飯ができましたよー。今朝のメインは近くの農場のとれたて卵を使ったオムレツですよー」


「はーい、今行きまーす」


 何だか新婚カップルの会話のようだが、残念ながら今のところは俺とカトレアさんの関係はそこまで進展していない。


 今俺たちは、旅の目的地の村から最も近い主要都市であるシューデルガンドという街に滞在していた。


 名前からして立派そうな街だがそれもそのはず、多くの貴族領に囲まれた場所ながら、この街と周辺一帯は王家直轄領なのだそうだ。


 なんでも主要街道は王都に管理権があり、別の街道に逸れない限りは宿場町も含めて王都-シューデルガンド間は一切の通行税がかからないらしい。

 そうなると当然、人や物の行き来が活発になり、今では王国有数の商業都市として知られているそうだ。

 このため王都からはもちろんのこと、周辺の貴族領からも商人が集まることで様々な流行文化の発信地となり、王都に勝るとも劣らない活気にあふれた街として発展を続けている。


 そんなシューデルガンドに俺たちが到着したのは三日前のこと、ワッツ領の名も知らぬ町から共に旅をして来た輜重隊の面々と別れた俺、カトレアさん、ゼンさんの三人は、数あるシューデルガンドの宿屋の中でも上の中のランクの一軒にチェックインした。






「さてタケトさん、タケトさんの流刑先となる村までもう一息というところまで、何とか無事に辿り着くことができました。ここで改めて今後の予定を整理しておきましょう」


 以前と同じく別々の部屋を取ったゼンさんといったん別れ、部屋に荷物を置いて腰を落ち着けたところで、カトレアさんがおもむろに切り出してきた。


「たしかここから二日ほど東に行ったところでしたっけ?」


「はい、ですがその前に、私もいろいろと顔を出しておかなければならないところがありまして、すぐに出発というわけにはいかないんです。このグレードの宿を取ったのも、タケトさんを村に送り届ける間の不在の日数も含めて、私がこの街に長期滞在するための拠点が必要だったからです」


 なるほど、道理で今までとは一線を画す豪華な部屋なわけだ。

 入った途端にフルーツの盛り合わせが置いてある部屋なんて初めて見たよ。


「この宿なら警備も厳重ですし、私とゼンさんが両方不在になっても安心してタケトさんを置いていけます」


 おいおい、薄々感づいてはいたが、ここでもヒキニート生活を送らにゃならんのか。思うだけで言わないけどさ。


「あ、流石にここまで来てお預けというのも酷なので、一日くらいは街を見て回れる時間を作りますよ」


 おお、それは何よりの吉報。


「ただですね、これほどの大都市となると私の顔を知っている人がそれなりにいるんですけど、タケトさんが一緒だとどうしても妙な勘繰りをする人も出てきてしまいますので、街の見物はゼンさんと行ってもらうことに……」


 おぉふ、それは何よりの凶報。


 結局これだけ仲良くなっておきながら、カトレアさんとデートするチャンスは巡って来ずか。


 流刑に遭っている罪人が何を言っているのだって話だが、カトレアさんとデートできなくて残念だという気持ちまでは、さすがに誰にも裁けまい。


「うふふ、じゃあ今度タケトさんと再会した時には、必ず時間を作ってデートしてあげます。だからそれまでにもっといい男になっていてくださいね」


 なんと!そこまで言われたからには張り切って異世界新生活を頑張らねば男が廃るってもんだ!


「それでですね、これは単なる興味も含めての質問なんですが、タケトさんはどんな仕事に就きたいとか希望はありますか?シューデルガンドにはこの辺りの直轄領を治める行政府もありますから、今なら大抵の職は紹介できますよ。大臣閣下の許しもありますので、お望みならこの街に居を構えることも可能ですよ」


 ……マジか、正直何にもない田舎に飛ばされると思っていたからこれには驚いた。

 あのおっさん、ツンデレにも程があるだろう。いや、例え百回異世界転移してもおっさんを攻略対象にすることなどあり得んが。


 もし俺がただの一般人としてこの世界に飛ばされてきていたら、一も二もなくカトレアさんの提案を飲んだだろう。それくらい有難い話だ。


 だが、この妙な力を得てしまった今となっては、街中という環境はどうしても邪魔になってしまうんだよなあ。

 そう思いながら、側に立てかけてあった竹槍を手に取り、カトレアさんの前で掲げた。


「それなんですけどね、こいつで食っていこうかなって思ってるんですよ」


「これって、タケトさんがいつも持っている竹棒とかいう……傭兵か冒険者にでもなるつもりなんですか?確かに一獲千金のチャンスはありますけど、あれはあれで結構つらいことも多いらしいですよ?」


 違わい!いくら稽古を積んできたとはいえ、そんな血生臭い新生活誰が望むものか!


 まあ、とはいえ、今のところカトレアさんには竹棒を振り回す姿しか見せていないので、こういう誤解も当然の話だ。

 俺がやりたいのはもっと生産的でクリエイティブな仕事なのだ。


「そうじゃなくてですね、要はこいつを加工した工芸品を売って生活しようと思うんですよ」


「あ、あー、なるほど。そういうことですか」


 そう、カトレアさんにも王都にいた頃にちらっと話したことがあるのだが、ニート同然だった元の世界の俺が何とか親のすねかじりにならずに済んだの、は爺ちゃんから仕込まれた技の一つ、竹細工を地元の道の駅に委託販売していたおかげだった。


 どこの世界にも物好きはいるようで、幸いにもこれまで販売した品は全て買い手が付き、就職の意欲をそぐ程度の儲けを出していた。


 ここまでの旅の最中もただぼーっとしていたわけではなく、揺れる馬車の中では難しい細かい作業以外の下拵えを飽きることなく行っていたのだ。

 物にもよるが、一か月くらいなら材料切れを起こす心配はないだろう。


「なるほど、ナイフで何かしているなと思ってはいましたが、そういうことでしたか。うーん、そういうことでしたら、タケトさんが作ったものを卸す商人を紹介することはやぶさかではないのですが、その前に実際の品を見せてもらわないことには判断のしようがありませんね……」


「そりゃそうですね。むしろ今から案内すると言われたらどうしようかと思いました」


「……ではこうしましょう。三日後なら私の体も一時的に空きますから、タケトさんはその時までに何かしらの商品のサンプルを作っておいてください。それをまず私が見てから顔つなぎするかどうか決めましょう」


 そこまで言われてハタと気づいたのだが、カトレアさんはどうやらやんごとなき家柄の御令嬢、審美眼に関しても並々ならぬものを持っていることは確実だ。

 ひょっとして、下手に商人に直談判するよりも難易度が跳ね上がっていないだろうか?


 警報が鳴りっぱなしの俺の心とは裏腹に、俺の口は既にカトレアさんに「楽勝ですよ」と詐欺師も真っ青の空手形を渡してしまっていた。


 これが三日前の話である。






 宿の食堂で朝飯を終え、一緒に部屋に戻って向かい合わせにテーブルの椅子に座ったカトレアさんは早速とばかりに切り出した。


「さてタケトさん、三日前の約束を覚えていますか?」


「勿論ですよ、美人との会話を憶えていない男などいませんよ」


「こっ、こら!からかうんじゃありません!……こほん、私はタケトさんに竹を使った品物を今日までに作ってほしいとお願いしたわけですが」


「そうですね、お願いされました」


「それで、その品物はどこに?」


「やだなぁ、目の前のテーブルの上ににあるじゃないですか」


「う、薄々は気づいていましたが、やっぱりこれですか……」


 今にも溜息をつきそうなカトレアさんがまじまじと見たのは、竹でできた細長い板と棒が組み合わさってできた物体、俺の世界で言うところの竹トンボだった。


「地味と言いますかシンプル過ぎると言いますか、厳しいことを言わせていただきますが、正直道端に落ちていたらゴミと間違えて捨ててしまいそうです」


 カトレアさんの口から辛らつな言葉ばかりが飛び出すが、むしろ俺にとっては有難い。


 何しろこの世界では未だ竹が自生しているところを目撃しておらず、つまりは竹トンボというオモチャが存在しない可能性が高い。そしてそれは、商機があるという俺にとっての何よりの朗報でもある。


「まあ、実演してみないことにはこいつの凄さは分かってもらえませんよね。ちょっと外でやってみましょうか」


「実演ですか?」


 訝るカトレアさんを引っ張るように一緒に部屋の外へ出た俺たちは、そのまま宿の裏手の空き地にやってきた。


「これはですね、この板の部分を高速で回転させて空へ飛ばすオモチャですよ。主なターゲットは子供ですけど、大人でも十分楽しめるはずです」


 しかもこの竹トンボはこの三日間をフルに使って細部に至るまで微調整した俺渾身の逸品なのだ。

 試験飛行こそまだだが時間を掛けただけの性能を発揮してくれると確信している。


「こんなものに三日も……少しくらい外出に付き合ってあげていればよかったかな……」


 カトレアさんからの悲しいほどの同情の目。

 こんなものって言うな!だってやることなかったんだからしょうがないじゃないか!


 まあ真面目な話をすると、何事も初めが肝心なので変に妥協したくなかっただけの話だ。

 こういうシンプルな作業ならいつまででもやっていられるしな。


「じゃあ早速飛ばしてみましょうか」


 そう言った俺は竹トンボの棒の部分を手のひらで挟み込んで固定し、両手をすり合わせて回転させ始めた。


 シュルルルル シュルルルルルル


「すごい、ゆっくりとした動きなのに、板の部分が速すぎて見えない……」


「こいつを飛ばすのに力はほとんど必要ないんです。肝心なのは、いかに真っすぐに回転させられるかなので。コツをつかめれば誰でもできるようになりますよ。じゃあそろそろ行きますよ、よっ!」


 俺は掛け声とともに右手の指先まで転がしていた竹トンボを手から弾くように離した。


 ブウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥン


 おおっ、飛んだ飛んだ。


「わわっ!すごい勢いで上に昇っていきましたよ!すごいすごい!」


「羽の部分の削り方にコツがあるんですよ。普通の木じゃ重すぎたり薄く削ろうとすると途中で割れちゃったりして竹以外じゃ替えが利かないので、うまくアピールできれば売れると思うんですけどね」


 鏡がないので確認しようがないが、今の俺がいわゆるドヤ顔をしていることは容易に想像できた。

 この竹トンボのような、異世界から持ち込まれた商品は売り出しが難しいことが難点だが、カトレアさんのコネを使わせてもらえば販路の確保もそう難しいことではないだろう。

 そしてカトレアさんのこの無邪気に喜んでいる反応は、手ごたえと呼ぶのに十分すぎるほどだ。


 ククク、早くも借金返済に一歩近づいたぞ。勝ったな!


「ところでタケトさん、あの竹トンボはどうやって回収するんですか?まさか一度飛ばしたらそれっきりってことはないですよね?」


「あくまで回転による浮力で滑空しているだけですから、回転が弱まればすぐに落ちてきますよ」


「……先ほどから目の端で追っていたのですが、下降する気配すら見せずに建物の向こうに飛び去って行ってしまったのですが……」


「またまた!カトレアさんにしては面白くもないジョークですね!」


「いえ本当に」


「……」


「…………」


 その後、予備として作っておいた二つの竹トンボをさらに飛ばしてみたが、やはり落ちてくることなくどこかへ飛び去ってしまい、十分ほど周囲を捜索してみたが一つも発見することはできなかった。


「タケトさん」


「はい」


「これ、どこがおもしろいんですか?」


「違うんだ!俺の知っている竹トンボはこうじゃないんだ!」


「いや知らないですよ。さすがに一度きりの使い捨てではオモチャとして売り様がないですから、売り出すのは諦めましょう」


「バカな!勝ったはずではなかったのか!?」


「何をおかしなことを言っているんですか。さあ、夕食を食べに宿に戻りますよ」


「え、あ、ちょっ、カトレアさん!?」


 こうして、俺の竹細工作品その一の竹トンボは、出来が良すぎてお蔵入りという訳の分からない理由でのっけから躓き、俺は借金返済の手段を一から考え直す羽目になってしまったのだった。

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