第11話 弟子ができた
ニールセンが目覚めたのは、カトレアさんによるアイアンクローのお仕置きが終わってからすぐのことだった。
あれだけ綺麗に吹っ飛んだので擦り傷などはあったが、幸いなことにそれ以上の怪我はないようだった。
「いや参りました。私もそれなりに腕に自信があったのですが、やはり世界は広い。少々稽古をおろそかにしていたせいか、武器破壊という邪道に出てしまいました。また一から修業をやり直さねば」
深刻そうな話の内容の割には、ニールセンの表情はどこかすっきりとしたものだった。
まあカトレアさんから聞いた限りでは、順風満帆の人生を送っているようにしか見えなかったからな。
それがどういうわけか盗賊団の首領に収まっているのだから、一筋縄ではいかない事情があるのだろう。
「初めましてニールセンさん、私はカトレアと申します。もし間違っていたらごめんなさい、三年前の王都の剣技大会に出場した蒼刃のニールセンさんですよね?」
「はい、仰る通り、恥ずかしながらそのような二つ名で呼ばれたこともありました」
「あなたの王道を貫く剣は近衛の間でも噂になっていました。お会いできて光栄です」
「私の方こそ名高き四空の騎士の御一人と、まさか盗賊に身をやつした後でお目に掛かれるとは夢にも思いませんでしたよ、カトレア殿。タケト殿と戦っていなければ今すぐにでも教えを請いたいところですよ。もっとも、その望みは叶わなかったでしょうが」
「……やはり気づいていらしたのですか」
「ええ、タケト殿の構えを見た瞬間に、ああこれは負けるなと悟りました。その時点で教えを乞うつもりで打ち掛かれればよかったのでしょうが、皆の身を預かる者として例え勝ち目がなくともやらねばならぬと覚悟した結果がこれです。未熟というほかありませんな」
むむむ、なんだかえらい買いかぶられているが、俺はそんなに褒められるほどの腕じゃないぞ。
確かにニールセンとの決闘でなぜか恐れを抱かなかったのは事実だし、十二分に力を出せた気はするが、勝負は時の運という言葉もあるようにたまたま俺の技が綺麗に決まっただけのことだろう。
「それでですねニールセンさん、大変お聞きしづらいことなのですが」
「わかっています、剣技大会で準優勝して貴族の家臣になった私がどうして盗賊の首領に成り下がったのか、カトレア殿の立場では知っておかなければならないのでしょう?」
「すみません。然るべき筋以外には口外しないとしか言えないのですが、お願いします」
「本来ならば元とはいえ貴族に連なる者として断固拒否せねばならぬのですが、今の私は決闘に負けた身、タケト殿に請われたという形でよろしければお話ししましょう。それを横でカトレア殿が聞いていたとしても私には関係のない話です」
え、そこで二人して俺を見てくるの反則じゃないですか?
正直貴族だのの話に関わりたくな――わかりましたよ、わかりましたからアイアンクローの構えは取らないでくださいカトレアさん!
あまり時間もないことから、ニールセンの話は簡潔なものだった。
魔族との戦いが長引き、兵と物資を供給し続けることで王家も貴族も一様に疲弊していっているのは周知の事実(だそうだ)だが、ニールセンの旧主であるワッツ子爵は借金を帳消しにするためにどこぞの先物投資に失敗して大損こいてしまったらしい。
普段から贅沢癖が付いているワッツ子爵はすでに親類縁者からも借金を重ねており、既に借りられるところはなくおまけに複数の闇金にも手を出し家屋敷すらも抵当に入っているのだとか。
典型的な没落パターンじゃねえか。ニールセンもよくもまあそんな貴族の家臣になろうと思ったものだ。
窮地に陥ったワッツ子爵は、よりにもよって領民からの家財没収という、領地貴族としての最悪の禁じ手に出た。
とはいえさすがのワッツ子爵も、いきなり主要な街に仕掛けるようなことはしなかった。
標的となったのは辺境の村々で、酷い例になると逆らった者の娘を金持ちに妾として売り払ったそうだ。
……うん、今ワッツ子爵が俺の目の前にいたら確実に叩きのめしているな。
ニールセンが領内の実情を知ったのは家臣になってから三年目のこと、今から一年前のことらしい。
剣と同じく清廉実直な性格のニールセンは、当然ワッツ子爵に詰め寄った。
だが当のワッツ子爵は、悪びれるどころか家財没収をニールセンに命じてくる始末。
元々出世欲の薄かったニールセンは出奔を決意、他領に売られていく娘たちの情報を掴んで現場を急襲し捕らえていた者たちを全員行動不能にすると、彼女たちとともに姿をくらました。
その後、娘達を故郷の村に送り届けて自分は他の土地に移ろうと考えていたニールセンだったが、そううまくはいかなかった。
彼女たちが言うには、既に金目の物はすべて領主に召し上げられて一家が食べていくことすらできなかったところに半ば強制的に奴隷に落とされそうになったため、今家に帰っても遠からず同じ運命しか待っていないとのことだった。
加えて今村に彼女たちが姿を見せれば、確実に網を張っているであろうワッツ子爵の手の者に見つかってしまうだろう。
一度助け出した娘たちをニールセンが見捨てられるはずもなく、悩みぬいた先に下した苦渋の決断は有るところから奪う、というものだった。
ニールセン盗賊団(命名俺)の誕生というわけだ。
ちなみに町に入る前に俺たちが襲われたのも、金持ちが乗っている馬車だと思われたからだそうだ。
その認識は間違っていなかったと思うが、相手が悪すぎたな。
あの場でニールセン本人が指揮を執っていればそもそも俺たちを襲わなかったとは思うが、どんな組織も大所帯になれば指示が徹底されなくなるのは世の常だな。
グノワルド王国内で屈指の剣の腕を持つニールセンの襲撃を防げる猛者はおらず、その噂を聞き付けた領内各地からワッツ子爵に財産を奪われた者たちが集まった結果、三百人を超える大所帯になってしまったというわけだそうだ。
「なるほど、お話は分かりました。とにかく両者が本格的に激突する前に止められたのは、何とも僥倖でした。はあ、ワッツ領を出たら王都に急使を送らないといけませんね……」
想像よりはるかにヘビーなニールセンの告白に思わず溜息をついたカトレアさん。
下手をすれば内乱に発展していたかもしれない話だ、カトレアさんでなくとも溜息も出ようというものだ。
「それでカトレア殿、私たちの処遇なのですが……」
「ああ、そうですね。ニールセンさんにだけは私の意を含んでもらった方がいいでしょうね。ただし、目的地に着くまでは他言無用でお願いします」
「無論です」
短い返答ながらも強い意志を感じさせるニールセン。
武人と名乗るだけあって、一々仕草に説得力があるんだよな。
俺があの境地に達するのに、あとどれだけ修業を重ねればいいのやら見当もつかん。
緊張の面持ちでカトレアさんの言葉を待つニールセンだったが、次にカトレアさんの口から飛び出したのは俺すら思いもかけないものだった。
「結論から言いますと、あなた方には他の土地に移って開拓村を始めてもらいます。もちろんそこまでの旅程の費用と開拓村の物資は私の方で用意しています」
「は?そ、それだけですか?というよりそこまでしていただけるのですか?我々は重罪人なのでは?」
「誰がですか?ニールセンさんたちは食べるものに困って彷徨っていた哀れな流浪の民ですよ。偶々流れ着いた土地に偶々誰かが捨てて行った物資を使って村を開いた、という設定です」
「いやしかし……」
「ちなみにワッツ子爵領を騒がせていた盗賊団は、私の警護する輜重隊を襲撃するもあえなく撃退され敗走、ワッツ領を出た後は散り散りになってしまい行方知れず、ということにします」
自分たちが襲撃する前からすでにお膳立てされていた事実に戸惑っているのか、沈黙するニールセン。
いや、俺も人のことは言えないくらい驚いてるんだけどさ。
この一週間、カトレアさんが忙しくしていた理由はこれか。
「これで納得できないのなら話しておきますけど、ニールセンさんの名はこれから暮らす土地を所有する、とある大貴族の耳にも達しています。もしワッツ子爵に居場所がバレた時にはうまくけん制してくれると思いますよ。多分というか絶対ですけど、その大貴族も王都の剣技大会で準優勝した剣士が領内に来てくれることを大変喜んでいると思いますよ。ほとぼりが冷めたら仕官の誘いが来るかもしれませんね」
なんじゃそりゃ。大貴族に話が通ってるとかどんなウルトラC使ったんだよ。ていうか、これは設定ですらないのかよ。
「カ、カトレア殿、あなたは一体……いや待てよ、噂で聞いた事がある。今の近衛にあの家の麒麟児が身分を隠して仕官していると。だとすれば……」
ニールセンが何か呟いているが、声が小さすぎてよく聞こえない。何か考えているようだが、そもそも盗賊団全員が事実上の無罪放免だと言われているのに、今更思い悩むような選択肢はないだろう。
俺の予想通りだったかはわからないが、ニールセンはすぐに顔を上げた。
「わかりました。全てカトレア殿にお任せします。よろしくお願いします」
深々と頭を下げるニールセンを見て、少しだけカトレアさんの表情が和らいだ。
「でも半分はニールセンさん達が自ら呼び込んだ結果だと思いますよ。全ての事件の資料を見て驚いたのですが、襲撃した相手は全員軽傷で済んでいましたし、役人には一切手を出していないのはお見事というほかありません。これがなければ各方面を説得することは難しかったですから」
「皆が私を信じてついてきてくれたからですよ。盗賊に身をやつすという絶望的な状況でも、最後の一線だけは守り抜こうと誓い合った甲斐がありました」
まだニールセンたちがワッツ領を出るまで予断を許さないとはいえ、ひとまずはこれで一件落着か。
カトレアさんはともかく、俺が首を突っ込んだことがよかったことなのかは、俺たちにもニールセンたちにとってもこれからわかることなんだろうが。
こうしてニールセンたち元盗賊団は、輜重隊の中に紛れ込ませていた、彼らの開拓地までの旅のために用意した物資を密かに受け取って、指定されたルートを通ってワッツ領の外へ、俺たちはこのまま輜重隊に同行して別々の道を行くことになったのだが、別れ際にニールセンがとんでもない爆弾を落としてきた。
「実は盗賊団のこととは別に、一つだけどうしても叶えていただきたいお願いがあるのですが……」
先ほどの清々しい表情とは打って変わって、何か悲壮な覚悟を固めた様子のニールセン。
「何でしょうか?私のできる範囲でしたら何でもおっしゃってください」
これだけの待遇を受けてもまだ何かを要求しようとするニールセンに対して、あくまで寛容な態度を崩さないカトレアさん。天使か。
「……いえ、カトレア殿にではなくタケト殿にお願いがあるのです!どうか私を弟子にしていただきたい!」
「はああ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまったが、実はそれほど意外でもなかった。
カトレアさんと話している間に時々こちらに向くニールセンの視線は、明らかに憧れに満ちたものだったからだ。
「弟子って言われても俺の方が明らかに年下でしょう!?」
「尊敬の念に年齢差は関係ありません!」
「これから開拓村での生活が待ってるじゃないですか!?」
「今すぐ稽古をつけてもらおうというわけではありません!ですが師弟の契りだけはここで交わして頂きたいのです!」
「俺の行先を今教えるわけにはいかないし、この先も知らせることができるとは限りませんよ!?」
「こちらから捜す分には問題ないはずです。その程度の覚悟はできています!」
「くっ……最後に、俺の竹田無双流は一子相伝の秘技です。基本の動きくらいなら問題ないですけど技を教えるわけにはいきません。それでもいいんですか?」
「構いません!私はタケト殿の傍でその深淵の一端に触れられればそれで満足なのです」
「……はあ、わかりました、このことを口外しないというのなら、弟子でも何でも好きにしてください」
「ありがとうございます!!」
年下の若造に対して滂沱と流れる涙を止めようともせずに、感謝の土下座するニールセン。
傍目から見たらどんな絵面だよと思う。隣のカトレアさんの顔も恥ずかしすぎて見れない。
……まあ、これなら爺ちゃんの遺言に反したことにはならんだろうし、どう見ても返事を先延ばしにできる状況でもなかった。
一生かかっても再会できる保証はないことだし、この辺が落としどころだろう。
そして準備やら説得やらの為に仲間の所へ戻るニールセンを見送り(記念に竹棒を一つもらいたいと言ってきたがこれ以上のフラグは御免なのでそこは断固として拒否した)、カトレアさんと二人で輜重隊の元まで戻るため歩き始めた。
もちろん、盗賊団を囲っていた竹の檻はすでに解除してある。
カトレアさんの方は、これから輜重隊の面々との調整やらニールセンたちが無事ワッツ領を抜けられるか見届けたりと忙しいようだが、俺が出張る理由はどこにもないので馬車に戻ったら眠らせてもらおう。
そもそも平穏な暮らしをするための旅のはずなのに、どこで間違ってしまったのか。
いや、今からでも遅くはない、これ以上厄介ごとには関わらないようにしなければ!
「いや、一番弟子に王国屈指の剣士がいるだけですでに手遅れだと思いますよ」
やめて!そんな綺麗な瞳と声で正論を言わないで!
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