第10話 決闘した
それからは、盗賊団による竹の結界を破ろうとする試みが一通り行われた。
斬撃、打撃、すり抜け、地下に穴を掘っての迂回、酷いのになると竹によじ登って突破しようという輩まで現れた。
そしてその全てが失敗し、よじ登ろうとした盗賊は結構な高さから落下して怪我していた。
重傷ならカトレアさんに治してもらおうと思っていたのだが、幸いなことに盗賊団の中に治癒術師がいたようで竹の隙間から優しい光が漏れているのが見えた。
どうやら先ほどのたまや君(俺命名)もやけどを治療してもらったようだ。よかったよかった。
そう、後方で様子を窺っている護衛隊の人達はともかく、俺とカトレアさんの二人は、今のところ彼ら二百人の盗賊団を殺すつもりはなかった。
「じゃあカトレアさん、そろそろお願いします」
「はい、何とかやってみます」
彼らが脱出手段を失って一旦静かになった頃合いを見計らって、俺はカトレアさんにある魔法をお願いした。
魔法といっても今更盗賊団を攻撃するわけではない。
「大気よ、我が言霊を彼の者の元に届けたまえ、ウインドサーキット」
カトレアさんの詠唱に従って目の前の空間が一瞬歪んだように見えた。
「あー、聞こえますか?私は王国近衛騎士兼臨時巡察使の騎士カトレアと申します。今離れた所から魔法を使って話しかけています。双方向で繋がっているのでそちらの声も聞こえますよ。あ、何を言っているのか分かりづらいので一斉に喋らないでくださいね。発言は代表者の方だけでお願いします」
こちらからの唐突な呼びかけに結界の中の盗賊たちはしばらく騒がしかったが、やがて静かになった頃に一人の男の声が届いてきた。
「私がこの盗賊団を纏めているニールセンだ。我々を逃げられない状況まで追い込みながら止めを刺さないのは、何か理由があると見たのだが間違いないか?」
声質からして、想像よりずっと若いな。
多分四十歳を超えているということはないだろう。
それに、盗賊に身を落とした輩にしては随分と丁寧な口調だ。
まだこの世界の教育事情を詳しく知っているわけじゃないが、このニールセンという男は元はそれなりの身分についていたんじゃなかろうか?
「お察しの通りです。単刀直入に言いますと、私たちはあなた方に降伏を勧めます」
「……具体的にはどうしろと?」
「まずはニールセンさんを含めた全員に武装解除をしてもらいます。もちろんこの場にいる方々だけではなく
とはいえ、今のところは誰一人として命を奪うつもりはありません。ニールセンさんにはこの足でアジトに残っている人たちを含めた全員を説得していただいて、他の土地でやり直して頂きたいのです。
もちろん、その土地までの旅の支援と、生活を始めるに至っての物資を提供する用意はあります」
「口約束を信じろというのか?」
「それはお互い様です。言うまでもありませんが、あなた方の命運を私が握っていることをお忘れなく。ごゆっくりお考え下さいと言いたいところなのですが、こちらにも都合がありますので今ここで決断してください」
カトレアさんの最後通告ともいえる提案に黙り込んだニールセンだったが、選択肢はないに等しいということを理解していたらしく、再び口を開くのにそう時間はかからなかった。
「・・・・・・一つだけ条件がある」
「話だけは聞きましょう」
「一対一の決闘を希望する。私が勝てば女子供は見逃してほしい。もちろん負けたら全面降伏する」
「あなた方の命運を握っていると言ったはずですが?」
「この条件が受け入れられないなら、全滅覚悟で暴れ回る。これが相当強固な結界だということはわかったが、打ち破る手がないこともない」
マジかよ、いや、ブラフって可能性もあるか。
今回作った竹の結界は、万が一の事態を防ぐために相手側にカトレアさん級の猛者がいる事態を想定して構築している。
もしそんな奴が盗賊団に混じっていたなら、俺達が来る前にとっくにシャレにならない事態になっていたはずだ。
ブラフとみて間違いないだろう。
ニールセンの捨て身の条件を聞いて、カトレアさんが迷うように俺を見てくる。
正直この状況になる可能性も俺の中にないではなかったが、盗賊程度なら命欲しさにあっさり受け入れてくると高をくくっていたのも事実だ。
その辺は策を立てた俺の責任だな。仕方ない、戦を始めるとするか。
「俺が戦いますよ」
「タケトさん!?危険です!ここは私が」
驚きを隠しきれずに声を上げるカトレアさん。
「あのニールセンとかいう男、結構できるようですけど、カトレアさんと戦うには身分が違い過ぎるでしょう」
「う、そ、それは……」
爺ちゃんから聞いた昔ばなしを思い出してカマをかけてみたが、図星だったか。
封建制の世の中において決闘というものは、武門の家柄の意地を賭けた文字通りの真剣勝負だ。
あのニールセンという男が流浪の武芸者ならまだよかった。
だが盗賊団の首領、つまり犯罪者との取引のために近衛騎士が決闘を行ったと世間に知れれば、カトレアさんにとってこの上ない不名誉になる。
それでもまだ勝てばいい。だが万が一敗れた場合、カトレアさんを待っているのは死よりもつらい恥辱の日々だ。
おそらく騎士の地位も自ら捨てなければならない羽目に陥るだろう。
いや、カトレアさんだけの問題なら、あの人の性格を考えるとあるいは受け入れたかもしれない。
だが、この場合軽蔑の対象となるのは、カトレアさんの家族親戚友人といった全ての関係者に及ぶ。
騎士の名誉とは何のかかわりのないこの決闘を受け入れることは、カトレアさんのアイデンティティを否定することに等しい。
だが、ニールセンはちゃんと逃げ道を残していた。
決闘の相手を指定しなかったのだ。
そしてこの場にはカトレアさんと俺の二人だけ。
消去法を使わなくても、俺をご指名だと分かろうというものだ。
「ニールセンに伝えてください。これから結界の一部を解くから一人で出てくるように。もし他の者が出てくれば交渉は即決裂だと」
「……納得はしていませんが理解はしました」
よかった。どうやら策の最後の難関を突破できたようだ。
もしカトレアさんに本気で反対されたら、さすがに諦めざるを得ないからな。
「ただし、タケトさんの技量を疑っているわけではありませんが、もしタケトさんの命が危険だと私が判断すれば即座に介入します」
「了解です」
「しかしニールセンですか、その名前、どこかで聞いたような……」
まったく、そんなことをすれば直接決闘を受けた場合ほどではないにせよ、少なからず騎士の名誉に傷がつくことになるだろうに。
こりゃ意地でも負けられんじゃないか。
それからカトレアさんを通じてニールセンに俺が決闘を受けると返事をした後、結界の一部を開けてニールセンにここまで来てもらうことにした。
結界に穴を開けた時には暴走した部下の盗賊が出てくるかもと一応警戒したのだが、やはりと言うべきか、誰一人としてそんな素振りは見せなかった。
やはりニールセンの人望は相当なものらしい。
それにしてもゼンさんの時も思ったが、この国の人材の活用法はどうなっているのかね?
いくら家柄重視の封建制とはいえ今は魔族との戦争中だ。
優秀な冒険者が体の不調でもなさそうなのに引退していたり、ニールセンのような男が野に埋もれたまま盗賊に身を落としたりとお世辞にも正常とは言い難いぞ。
「あはは、言葉もありません……」
おっと、うっかり声に出てしまったようだ。
まあいずれ分かることだろうが、カトレアさんの複雑そうな表情を見る限りろくでもない話になることは間違いなさそうだ。
「お待たせした。あなたが私の相手ということでよろしいか?」
うん、清潔感の感じられる服に実用的な軽鎧、隙のない物腰に使い込んだ感じの剣を帯びている。
どう見ても、貴族の陪臣か軍に所属した経験がなければこうはならないな。
「改めて名乗ろう。私はニールセン、かつては名を頂いたこともあったが、今は只のニールセンだ」
「奇遇ですね。俺も竹田という名はあるのですが、今は意味をなさないので、ただのタケトで通しています」
お互いに名乗り合ったからには、もうこれ以上言葉は必要ない。
ニールセンは剣を抜き、俺は竹槍を構える。
その途端、ニールセンの全身に殺気が
正直、ニールセンの方は鋼の剣なのにこっちが竹槍だと決闘にならないと言ってくるかと思ったが、アレは本気だな。
かと言って、普通は武器の差から生じるはずの慢心の様子もない。
参ったな、こりゃ本物の武人だ。
こっちも本気を出さなきゃいけないじゃないか。
「――あ、タケトさん気を付けてください!その人は……!!」
「推して参る」
中段の構えのままニールセンに向かって駆け出す俺。既に一切の雑音は耳に入ってない。
対するニールセンは正眼から大上段へと移行して一撃必殺に賭けた。
間合いの上では俺の方が有利、俺は小細工は無用とばかりにただ真っ直ぐに竹槍を突き出した。
だがそれはニールセンの誘いだった。
「もらった!!」
頭上の剣を一気に振り下ろした先にあったのは竹槍の穂先。
いくら竹槍とはいえまともに突かれれば命はない。だからニールセンは武器破壊にすべてを賭けたのだ。
無論ここまでくれば俺も竹槍を引く余裕はない。
「はっ!!」
キィン
だが宙を舞ったのは竹の切れ端ではなくニールセンの剣の方だった。
何が起こったのか理解できずに呆然と空中を舞う剣の切っ先を眺めるニールセン。
これが試合ならここが引き際なのだが、あくまでもこれは真剣勝負、中途半端は許されない。
まあ、命まで取るつもりはないがな。
俺は手首を捻りつつ途中で竹槍を手放してそのまま空中で半回転させてから再び掴むと、その遠心力を利用しながらニールセンの
「ゴハッ」
背骨を傷めない程度の衝撃を腹に食らったニールセンは、立っていた場所から3mほど吹き飛んだ後大の字に仰向けになって気を失った。
「驚きました。まさかタケトさんがここまでの力を隠し持っていたとは」
残心の構えを解いた俺に駆け寄ってくるカトレアさん。
「特にニールセンさんの剣を弾き飛ばした技は私の目では追えないほどでしたよ。あれはひょっとしてお爺様の?」
「ご明察です。竹田無双流槍術、渦潮と言います。どうやったかは秘密です」
まあ、言葉で言って教えられるものじゃないしな。
爺ちゃんからも体で覚え込まされたから単に説明できんだけなのだが。
「しかし困りましたね」
「え、これで一件落着じゃないんですか?」
「ああ、確かに盗賊団の方の問題は、ニールセンさんが意識を取り戻したら約束を守ってもらうだけですから山場は超えたと言えます。だからさっき言った方の問題ですよ」
「え?そんな話聞いてないですよ?」
「いやですねタケトさん、この人は三年前の王都の剣技大会で準優勝した蒼刃のニールセンさんだって、今さっき言ったばかりじゃないですか」
「え?」
「え?」
…………聞いてないっ!!
カトレアさんが最悪なタイミングで思い出してくれたおかげで、ニールセンの一部経歴が判明した。
蒼刃のニールセン。
出身地は不明だが、これまで都合五度魔族との戦いに従軍してそのたびに武功を上げた猛者。
特に昇進して騎馬部隊を率いるようになってからは卓越した指揮能力を発揮して、貴族の間でも話題に上るほどだったらしい。
そして三年前、四年に一度行われる王宮主催の剣技大会で見事準優勝。
その副賞として貴族の従士になれる紹介状を手に入れて、とある貴族に仕官したということらしい。
「どこの貴族の元に行ったのかまでは把握していませんでしたが、これでわかりました」
もはやニールセンの旧主がワッツ子爵だったと見て間違いないだろう。
ちなみに、同じ剣士であるはずのカトレアさんの記憶がいまいち不鮮明だったのは、近衛騎士は件の剣技大会への出場は愚か観戦も禁止されているらしい。
まあ身分やら近衛騎士の権威やらが理由らしいのだが、流石にこれではカトレアさんを責める気にはなれんな。
「しかし困りました」
先ほどと同じセリフを繰り返すカトレアさん。
「そろそろ具体的に何が困るのか教えてくれませんか?」
「簡単な話ですよ。ニールセンさんは有名人で、剣を志す者にとっては憧れの存在です」
「ふむ」
「そしてその憧れの存在をタケトさんは一対一の決闘で正面から完膚なきまでに打ち破りました」
「ふむふむ」
「そしてこのような話はあっという間に広まります」
「ふむふむふ、……いやおかしいでしょ!そこだけ論理が飛躍しすぎですって!」
「そうですか?でも事実ですよ?」
「だってこの決闘を見ていたのはカトレアさんだけじゃないですか!?」
「そうですね、確かに直に見たのは私だけです。でもニールセンさんが一人でここまで来た後で傷を負った状態で部下の元に戻れば、何があったかは大体想像がつくと思いますよ。ついでに言えば、輜重隊の護衛の方々の中にも思い当たってしまう人が出てきてもおかしくないですね」
「ぐっ、確かに……」
「これでタケトさんの居場所が分かれば、続々と一旗揚げようと荒くれ者たちが押し寄せてくるかもしれないってことですよ」
なんてこった。これじゃ流刑先でのんびりスローライフを送るつもりだったおれの未来が……
「ちなみに王宮はもちろん私も動きませんよ」
「なぜにっ!?」
これまであんなに協力的だったのに!!
「いやだって、これはあくまでタケトさん個人の問題じゃないですか。今まで私や姫様が力を貸してきたのは、あくまでタケトさんが異世界人だってことを隠すためのものですから。今回は一武人としてのタケトさんが名を上げたってことですから、手を貸してあげたくても貸せませんよ」
ヤバい、正論過ぎて反論できない。
別に決闘自体を後悔しているわけではないが、この余計なオマケを自力で何とかしないと俺の未来が血と死に満ちた荒野を行く修羅のルートに固定されてしまう。
「そうだ!それならニールセンを始末してこのまま行方不明になったことにすればばばばば」
なんだか語尾がおかしなことになってしまったが誤植ではない。
その証拠に俺の額が悲鳴を上げてててて痛い痛い痛い!!
「タケトさん?私があなたの護衛役であると共に監視役であることをお忘れですか?どんな理由があろうとも決闘が終わった後で相手を殺そうとするような不埒な真似は許しませんよ。絶対に」
ニコリ
まるで孫悟空が三蔵法師にお仕置きされているような痛みを感じながら、結局ニールセンを殺さないと誓わされるまでカトレアさんのアイアンクローは続くのだった。
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