第9話 盗賊を待ち伏せた


 それから一週間後、俺達はワッツ領内にある別の町へ物資を運ぶ輜重隊に同行して町を離れた。


 この物資はさらに大きな都市へと運ばれ続け、最終的には魔族との戦いが続く最前線へと送られることになるのだが、俺達が同行するのは領境のメメノムという町までだ。


 最初はなぜ一週間も今日までいた町に滞在するのかわからなかったが、どうやらカトレアさんとナイスミドルの衛兵隊長さんとの間でそのような取り決めがなされたらしい。


 らしいと言うとまるで他人事のように聞こえるが、文字通りカトレアさんは何やら俺を同行させる余裕がないほど忙しく走り回っていたらしく、この一週間、俺とカトレアさんは別行動をとっていた。


 カトレアさんから別行動を切り出された瞬間、俺はその場で飛び跳ねるほど喜んだ。


 以前の俺なら、精々町の露店を冷やかすくらいの懐具合で遊ぶと言ってもたかが知れていたが、今の俺の財布にはゾルドに竹串手裏剣を売って手に入れた金貨二十枚がある。


 王宮での監禁生活の間に教えてもらったところによると、金貨一枚で贅沢さえしなければ一家四人の庶民が一年暮らしていけるほどの価値があるらしい。

 その金貨が二十枚もあれば、一週間くらいは毎日豪遊しても余裕で持つだろう。


 そう考えて喜び勇んで街に繰り出そうとした俺だったが、常に完璧を求められる王国近衛騎士のカトレアさんに抜かりはなかった。


「じゃあゼンさん、私が留守の間、タケトさんのことはくれぐれもお願いしますね」


「任せろ」


 単純な筋力だけならカトレアさんをはるかに凌駕するゼンさんに両肩をガッチリ摑まれた俺に、逃げ場なんてどこにもなかった。


 畜生!!




 それからの一週間、俺が何をしていたかというと、ゼンさんの商談に付き合わされて一日中商品の荷物運びをさせられた。

 さらに荷運びのない日は、ひたすらゼンさんの戦闘訓練に付き合わされた。

 木剣というより最早ただの丸太を片手で振り回すゼンさんの攻めは、ヒグマも逃げ出すだろというほどの迫力があり、訓練の様子を見物していた人たちから見れば竹棒を構える俺の姿はまさに蟷螂の斧に見えたことだろう。


 俺とゼンさん二人だけの訓練自体は何事もなかった。何事もなかった。死にかけた人間なんて一人もいなかった……




 普段は無口なゼンさんだが、別に話すことが苦手というわけではないらしく、訓練の合間にこんなことを言っていた。


「お前の腕は確かだが、身寄りがない分その腕一本で生きていく必要がある。その為には筋力も実戦経験も足りん。この旅の間にお前を何とか半人前の戦士に仕立て上げるのが、俺の依頼主からの要求だ」


 聞いてない!そんな話はカトレアさんからも大臣のおっさんからも聞いてない!


「今まで言ってなかったからな。今日も朝から荷運びの依頼が入っている。足腰を鍛えてこい」


 ていうか荷運びも訓練の内なのかよ!

 道理で俺だけやたら重い荷物を持たせられてると思ったよ!


 よくよく思い出してみると、時々ゼンさんに鋭い目で見られてるなと思うことがあったけど、ひょっとしてあれは俺の筋力を見極めていたのか?

 確かに爺ちゃんからもお前の構えは腰が入っておらん!って散々山歩きをさせられたけどさ。

 俺から言わせればゼンさんの体つきは人間の限界をはるかに超えてるって!

 あれを見習えは無理があるよ!


 そんなこんなで、濃密でありながらほとんど記憶に残っていないゼンさんとの一週間は瞬く間に過ぎていき、出発の日を迎えたというわけだ。




 そして町を出発してから三日後、俺達はメノムムの町との中間地点に当たる、なだらかな丘陵地帯の手前まで来ていた。

 地図によると、もう少し進めば遠くにうっすらと森が広がっている景色が見えてくるようだ。


「フフ、それにしてもあの街のソーセージはうまかったなぁ。皮がパリッと焼けたやつをエールと一緒に食べるとまた……」


「……タケトさん、再会してからずっと目が虚ろですけど、大丈夫ですか?」


「大丈夫ですヨ。ゼンさんに鍛えてもらっテ、今ではどんなに筋肉痛でも動けるくらいに元気になりましたかラ。フフフ」


「ゼ、ゼンさんにお願いした私が言うのもなんですが、流石に一日も休みなしで鍛錬に当てているとは知りませんでした。私が一言ゼンさんに言っておいていれば……すみませんタケトさん」


 顔を引きつらせながらも配慮を見せてくれるカトレアさん。

 うん、優しい言葉と可憐な声が心に染み渡る。

 でも今回ばかりはその心配りを一週間前に見せてくれていればと思わずにはいられない。


 特に訓練最終日は酷かった。


 ようやくゼンさんの動きにも慣れてきたと思ったら「そろそろ本気で行くぞ」と言われた途端、ゼンさんの巨体が目の前から消えたと思ったら次の瞬間には背中に衝撃が走って三回ぐらいバウンドしながらものすごい勢いで転がったからな。

 受け身を取るとかそんなレベルの一撃じゃなかった。

 死ななかったのが不思議なくらいだ。


 あんなに強いのになんで冒険者を引退したんだ?

 どう見ても魔族との戦いの前線から抜けていい戦力じゃないだろ。

 まあ、今の俺は住むところすらない根無し草であって、人の事情に首を突っ込む資格も余裕もないから、カトレアさんにもゼンさん本人にも聞くつもりはないけどさ。




「それにしても驚きました」


「何がですか?」


 疑問符を付けた俺だが、カトレアさんの視線から大体の予想はついている。


 そう、今の俺たちは、馬車をゼンさんにお任せして衛兵隊から借りた馬に乗っているのだ。


「うちの実家に馬が飼われていましてね。昔、爺ちゃんに乗り方を教えてもらったんです」


「武術だけでなく馬術も嗜んでたしなんでいらっしゃったのですか。ますますタケトさんのお爺様のお話を聞いてみたくなりました」


「長い話になるんで、機会があったら話しますよ」


 爺ちゃんが死んでずいぶん経つが、実はまだ俺の心の中で整理が付いていない。

 それくらい色々と規格外な人だったし、尊敬もしていた。

 今は爺ちゃんから受け継いだものを磨き上げることで精一杯で、とても爺ちゃんとの思い出に浸る余裕なんてない、っていうのが正直な気持ちだ。


「まあ、それはそれとして、カトレアさん、そろそろじゃないですか?」


「……そうですねこの辺りが頃合いでしょう」


 そう言ったカトレアさんは輜重隊の護衛隊長の元へ駆けよると一言二言交わして戻ってきた。


「先行しての偵察の許可を得てきました。行きましょう」


 頷いた俺は馬に鞭を入れてカトレアさんと共に森の方へと駆け出した。


 衛兵隊長がこれまで集めてきた情報によると、正にこの先の森の中に、ワッツ子爵領最大の盗賊団のアジトがあるらしいとのことだ。

 実際にこの周辺での盗賊による襲撃が最も多いそうなので、それなりに情報の確度は高いようだ。


 そして、今回俺たちが同行した輜重隊の情報も、すでに盗賊団に知られているだろう。

 むしろ、万が一盗賊団が知らなかった可能性を潰すために、それとなく輜重隊のスケジュールを町に流しておいたので、間違いなく襲撃があるだろう。


 さらに他の盗賊団もおびき寄せるために、輜重隊が運ぶ物資の量も通常の三倍にしてもらうようカトレアさんが交渉した。(通常は賊の襲撃を警戒して数回に分散するものを一つに纏めてもらったというわけらしい)

 これには衛兵隊長も町の代官も顔を顰めたしかめたそうだが、カトレアさんとゼンさん(プラス俺)が護衛として安全なところまで同行することを条件に何とか納得してもらったというわけだ。


 勿論この情報も町の内外に流しており、衛兵隊によると周辺の盗賊団が集結しているとの知らせが出発直前に届いている。


 こうして領内の全ての盗賊団を一網打尽にする計画を着々と進めているわけだが、ここまであからさまにやればさすがに盗賊団側にも怪しいと感づかれているだろう。


 だが、元々彼らは各地で食い詰めて盗賊に身を落とした者ばかり、たとえ罠とわかっていても、物資の量に見合った護衛隊に近衛騎士のカトレアさんや元凄腕冒険者のゼンさんの加わった戦力を抜けるだけの頭数を揃えて襲ってくるだろうことは想像に難くない。


 まあ、カトレアさんたちが盗賊の動きにやきもきしていた頃の俺はというと、ゼンさんとの命がけの訓練でそんなことを考える余裕は欠片もなかったのだが。






 その夜は森の手前で停止して野宿することになった。

 流石に夜の森を突っ切るのは、盗賊たちの腹の中に飛び込むようなもので自殺行為だという判断だ。

 とはいえさすがに無防備というわけにもいかず、俺達を含めた輜重隊の全員で交代しながら見張りをしている。


 ゼンさんは現在仮眠をとっていて、俺とカトレアさんは焚火を挟んで食後のお茶を飲みながら雑談をしていた。



「しっかしカトレアさん、こんな襲ってくださいと言わんばかりの場所で一夜を過ごすのに、よく護衛隊を説得できましたね」


 ぶっちゃけ盗賊団をおびき寄せることよりも、護衛隊を含めた町の説得の方が難しいかなと思っていたのでちょっと意外に思っているところだ。

 昼間も時々刺すような視線が護衛隊の面々の方から感じられたので完全に納得したわけではないようだが。

 それでも黙々と命令に従っているのはさすが職業軍人という感じだ。

 彼らは衛兵隊から選抜されているからちょっと違うのかもしれんが。


「え、ええ。そこはまあ、あれです。ちょっと個人的なコネを使いまして」


 珍しく言葉を濁すカトレアさん。


 普段王宮に詰めている近衛騎士団と各町の衛兵隊は公的にも私的にも繋がりはないはずだから、普通に命令してもカトレアさんが彼らを従わせることはできない。

 つまりカトレアさんは俺がまだ知らない、近衛騎士の立場とは別の権力を有していることになる。


 まあ本当に俺に知られたくなければ適当な理由を付けてはぐらかすだろう。

 そこをあえてぼかして言っているのだから、時期が来たら教えてくれるのかもしれないな。


 と思ったその時、俺が地面の下に張り巡らせていた魔力の網が数えきれない数の振動をキャッチした。


「来ました」


 俺が言ったのはそのたった一言だったが、勘のいいカトレアさんは一瞬で理解して飛び出していった。

 俺も傍らに置いてあった竹棒、もとい片方の先を斜めに切り落とした竹槍を手に取ってカトレアさんの後を追った。


 ただの竹棒とは違い、鋭利な切断面を持つ竹槍はまともに刺されば確実に致命傷になる。

 無論相手が盗賊だからといって無闇に命を奪うつもりはないし、竹槍の逆側を使えばその心配はない。


 だが万が一策が失敗した時のことを考えると、非情な選択を取ることもあり得る。

 敵の血を流したくないからといって、カトレアさんを危険に晒すわけにもいかんからな。


 そんなことを考えている内に輜重隊の野営の陣の外に出た。

 カトレアさんはすでに到着していて剣を抜いていた。


「もう森を抜けてこちらに迫ってきています。全員騎馬、数は二百ほどでしょうか。どうやら徒歩の者はアジトに置いてきたようですね」


 ずば抜けた視力で盗賊団の様子を教えてくれるカトレアさん。

 どうやら夜目も効くようだ。すげえな近衛騎士。

 俺が感知した馬の数と一致する、別動隊はいないらしい。


 やれやれ、一か所に集まってくれて助かった。

 分散されていたら厄介なことになるところだったからな。


 こっちの方は……よし、俺たち以外は誰も来ていないな。

 輜重隊の人達にはカトレアさんを通じて元来た道を戻る準備をしてもらっている。

 例え策が失敗しても、俺とカトレアさんで盗賊団の足止めをしてその間に逃げてもらう算段だ。


 まあ、本音を言えば、中途半端な戦力は足手まといにしかならないから、なのだが。


 それにしても愚直な程に真っすぐ突っ込んでくるようだな。

 少なくとも、強力な魔法の使い手でもあるカトレアさんの情報は盗賊団側にも伝わっているはずなので、こうやって真正面から突っ込んでくるということは向こうにも魔導士がいることになる。


 となれば、俺がこの一帯の地下に張り巡らせた魔力の網にも気づいているということでもあるのだが、奴らはそれを無視するかのように一塊になって突っ込んできた。

 どうやら多少の罠は、犠牲を払ってでも強行突破で食い破るつもりらしい。


 まあ、全部予想通りなんだけどな。


「やっぱり月が雲に微妙に隠れてよく見えないな。カトレアさん、合図はお願いします」


「お任せください。タケトさんは力を振るうことに集中してください」


 既に俺たち二人と盗賊団の騎馬隊との距離は、馬蹄の響きがはっきりわかるところまで詰まっていた。


 魔力感知で予想はしていたんだが、騎馬隊の隊列が正規軍かと見間違うほど綺麗な二列縦隊で揃っている。

 月明かりが雲に隠れて地上に届かない夜中、しかも決して広くはない森の道を通ってきたのだから、奴らのホームグラウンドということを差し引いても驚くべき練度だ。

 お、突撃隊形に素早く移行した。これでマグレというわずかな可能性も消えたな。


 どうやら盗賊団の首領の評価を大幅に引き上げないといけないらしい。


「タケトさん、全ての騎馬が有効範囲内に入りました。今です!」


 カトレアさんの合図で、魔力を自分の手に持つ竹槍に集中させる俺。


 すると騎馬隊の前方から複数の魔力の高まりが起こったのを感知した。


 ここで一つ、カトレアさんから教わったばかりの、魔導士同士の戦いの基本を述べておこう。


 基本的に魔法というものは、魔力を事象に変換する際に詠唱を必要とする。

 両者の実力が伯仲している場合、この詠唱が長ければ長いほど強い魔法を行使できるのだが、当然短い詠唱で相手より先に魔法を放てれば相手の詠唱を妨害できる。


 だから魔導士同士の戦闘は、いかに素早く魔法を放ち相手の詠唱を妨害できるかにかかっていると言っても過言ではない。


 普通は遠距離で魔導士よりもはるかに早く攻撃できる弓使いが詠唱の妨害を担当するのだが、今は月明かりのない夜である。

 いかな熟練者でもこの条件で一矢で、しかも馬上から仕留められる自信はあるまい。


 だから、感知した魔力のある方角へと視覚に囚われず攻撃できる魔導士が、今俺に向けて短い詠唱で魔法を放とうとしているわけだ。


 実に的確な判断だ。


 だが大間違いだ。


 俺は一切詠唱を行うことなく無言で竹槍の柄の方を地面に叩き付ける。

 そして昼間仕込んでおいた地面のすぐ下に広がる竹の根を急成長させて、一塊になってこちらに突撃しようとした騎馬隊の周辺を囲むように輪っか状に都合四千本の竹を出現させた。


「……!」「……、……!?……!!」「!!……、……!?」


 馬蹄の音がまだ響いているので何を言っているのか聞こえないが、完全に出鼻をくじかれて慌てふためいているのだけは分かるな。

 それなりにスペースを開けておいたので何とか衝突だけはしなかったようだ。


 ん、なんか今前方が光ったような……?


「多分火炎系の魔法ですね。竹を燃やしてそこから脱出するつもりだったのでしょう」


 まあ妥当な行動だよな。

 ただ、その魔導士の思惑は見事に失敗に終わった。


 ただの竹なら炭にできたかもしれんが、全ての竹には魔力が込めてある。

 それもカトレアさんを驚愕させるほどの莫大な量を持つ俺の魔力がだ。

 しかも大地の龍脈からも魔力を戴いているので、最早魔法の結界といってもいい代物と化している。


「あれだけの魔力が込められた結界、私でも破れませんよ。多分、王都の魔導士が十人集まってもあんな結界を構築するのは無理です。完全にやりすぎですよ、タケトさん」


 つまり、盗賊団の魔導士たちによって放たれた火炎系魔法は竹に直撃した後、よくしなる竹の性質によって見事に反射し、持ち主の元へと帰っていった。


 たーまやー

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