第7話 後始末に追われた


「はっ、せいっ!」


 カトレアさんの気迫の籠った声と共に剣がきらめくたびにオオカミの魔物の首が次々と斬り飛ばされていく。

 その横で銀翼のイヌワシの四人もそれぞれの剣や魔法を振るって魔物を掃討していく。


 その後を馬車に乗ったゾルドと俺が付いていってるという構図だ。


 あの後、俺の大規模魔法の成功を受けて物凄い目で俺を睨みつけるカトレアさんと(おそらく後でお説教が待っていることだろう)銀翼のイヌワシとゾルドが待つ馬車の元へと戻り、俺の素性を伏せた上で軽く事情を説明した。


「は?千を超える魔物の軍勢を拘束したんですか。どうやって?謎の植物で埋め尽くした?」


「俺にもわかるように話してくれねえか?なんでタケトがそんなことができるんだよ!?」


 訳が分からないといった様子でまくし立てるライルとゾルド。

 ちなみにほかの三人は終始黙りっぱなしだった。

 最初は一流冒険者として余計な口は挟まないプロ意識の賜物だと思ったが、どうやら単に状況についていけずに何を口にしていいのか戸惑っているだけだったらしい。


 こちらとしても説明してやりたいのは山々だったが、大臣のおっさんと約束した手前肝心なことは何も話せないし、何より千体の魔物の一部は竹林出現の時点で突き上げられて落下死したり竹に挟まれて圧死した個体もいたようだが、まだ大部分は身動きができないだけの状態でしかない。

 他に魔族の援軍が来る可能性も捨てきれない以上、一刻も早く始末する必要がある。


 結局カトレアさんの鶴の一声で行動を開始、俺が作り出した天然の監獄に囚われた哀れな魔物の駆逐を開始したのだった。




「しっかしすげえな、これ全部タケトが作り出した光景とはな。最初は信じられなかったがアレを目の前で見せられちゃあ信じるも何もないぜ」


「まったくです」


 自然発生ではありえないほど密集した竹林を見て溜息をつくゾルドに、馬車の近くで魔法の準備をしていた銀翼のイヌワシのメンバーの一人が相槌を打った。

 確か名前はカリナって言ったかな。


 銀翼のイヌワシのメンバーは全員同世代で構成されているので、当然彼女も俺と同じくらいの年のはずだ。

 しかしこの年頃なら青春真っ盛りだろうに命がけの冒険者とは大変だな。

 ん、銀翼のイヌワシのメンバーは男女二人づつの計四人、……まさか!?

 いや、推測だけでものを言うのは危険だし、何より俺の予想が当たっていたら最も(心の)重傷を負うのは他でもない俺自身だ。これ以上は何も言うまい。


「私の知り合いにも植物を成長させる魔法の使い手がいますが、これほど魔力のコントロールに長けてはいませんでした。魔法の分野こそ違いますが私もタケト殿を見習いたいものです」


 なんだか過剰に持ち上げられている気もしないではないが、一応理由はある。


 竹林に辿り着いたカトレアさんたちが真っ先に悩んだのは、この中にいる魔物たちをどうすれば外に引っ張り出せるかという問題だった。

 監獄というものは出ることは至難の業だが、同じように鍵を持たない者が中に入ることも同じくらいの難関なのだ。

 もちろん、天然の監獄である目の前の竹林に鍵なんて気の利いた物が付いているはずもない。


「大丈夫ですよ。竹よ、老い、朽ちよ」


 馬車から降り立った俺は竹棒を地面に突き立てながら詠唱した。

 すると近くの数本の竹があっという間に枯れたかと思ったら粉々になって風化した。


「今回は分かりやすく見せるために詠唱して見せましたが、最初の大規模魔法でもなければ無詠唱でも十分竹の中の魔力をコントロールできますよ。こんな感じで竹を消していけばそう時間を掛けずに魔物を全滅させられると思います」


「「「「「「なっ!?・・・」」」」」」


 余程の衝撃だったのか叫ぶこともなくその場に立ち尽くす六人。

 種を明かせばそう難しい話ではない、竹に注ぎ込んだ俺の魔力と混ざり合った龍脈の流れを竹の中から全て抜き取ってしまっただけのことだ。

 勿論そのまま魔力を留めて竹を生かし続けることもできる。

 もっとも俺自身もこの魔法を理論立てて説明できるわけではなく、ただ何となくそうできると確信しているだけの感覚的な話なので、質問されても困るのだが。


 そう六人に説明すると、なんだか納得いかないような表情をしつつもしぶしぶ矛を収めてくれた。

 思いつめたような表情で俯くカトレアさん以外は。


(あれだけの武勇にこの大規模魔法、まさか本当に勇者の素質があるなんて……今からでも引き返して大臣閣下を説得、いやでも今頃はすでに各国に向けて勇者死亡を公表している頃、今タケトさんを連れ帰っても……)


「カトレアさん?」


「ひ、ひゃい!?あ、すみません、今は魔物を掃討するのが先ですよね」


 なんだ?騎士モードのはずのカトレアさんの様子がおかしいな。


「こほん……ではタケトさん、私のお願いする部分の竹を順次消していってください。そこから出てきた魔物を私と銀翼のイヌワシのみなさんで討伐していきます。タケトさんとゾルドさんは馬車をお願いしますね(ニコリ)」


 笑顔でお願いされてしまった。

 ……あれ?何か気になっていたことがあったような……どうでもいいか。






 そこから先は早かった。

 俺が竹を少しずつ消していき、見えてきた魔物をカトレアさんたちが討伐、身動きの取れない魔物相手に、通常ではあり得ないほどのスピードで、竹の檻で分断された魔物は急速にその数を減らしていった。

 たまに拘束が外れて竹林の外に飛び出してくる魔物もいたが、前方にはカトレアさん率いる手練れの戦士達、後方は天然の障壁で完全に包囲されていたのでそいつらは文字通り瞬殺されて逃げ出せた個体は一匹としていなかった。


 結局、全くの偶然ではあるが偵察任務の当初の予定通り、太陽が天辺に差し掛かる頃に竹林はすべて消滅し、中に囚えていた魔物もすべて駆逐することに成功した。


 ちなみにカトレアさんが最も警戒していた魔族の指揮官とやらだが、竹林の中央部にてが発見された。

 犯人はもちろん俺だ。絶対に逃がしてはいけない相手ということで、件の魔族のいたあたりは特に念入りに竹を集中させた結果、見るも無残な姿にしてしまったようだ。

 反省はしていない。


「さてと、これであとはセルメアの街に戻ってギルドマスターに報告するだけですね」


 よかったよかった、魔物の軍勢の襲撃は未然に防げたし一人として怪我することなく帰還できそうだ。

 これなら少しくらいは街を観光する時間もあるんじゃなかろうか、いや、きっとあるだろう、よし街に向けて出発だ!


 そんな妄想を俺が抱いていられたのは、馬車に戻ろうとする俺の肩が突然万力に締め付けられたように痛み出すまでの短い時間だった。


「タケトさん、何を帰ろうとしているんですか?これからが本番ですよ」


 イデデデデデデ!!カトレアさん!砕ける!俺の鎖骨が砕け散っちゃうから!!


「大丈夫ですよ。これは肩のツボを的確に掴んで潰しているだけですから」


 違う!ツボは押すものであって掴んで潰すものじゃないから!!!!


 俺が気絶する寸前のギリギリを攻めた後でようやく肩の激痛から解放したカトレアさんは俺の耳元に顔を寄せると小声で話し出した。

 普通ならドキドキシーンなのだろうが、今だけは激痛の余韻でそれどころではなかった。


「まったく、いいですか、タケトさんは大臣閣下に無断で魔法を使ってしまったのですよ。しかも目撃者は魔法にも精通した一流冒険者ばかり。セルメアの街に戻る前に今ここで辻褄を合わせておかないといけないんです」


 なるほど、確かに魔物を討伐してハイ終わりというわけには、カトレアさんの立場では無理だよな。


「何を言ってるんですか!このまま噂が広まったら一番困るのはタケトさんなんですよ!」


 小声で怒鳴るという器用な小技を披露するカトレアさん。その証拠に銀翼のイヌワシの四人もゾルドもこちらの会話には無反応だ。すごい特技だな。


 だがそう言われても、元の世界ではただの一般人だった俺にはどうしたらいいのかさっぱりだ。


「タケトさんが一般人という点には大いに議論の余地がありますけど……もちろん話は私がします。タケトさんは横で相槌を打ってくれるだけでいいので、くれぐれも大人しくしててくださいね」


 俺としては面倒ごとをカトレアさんに押し付けるようで申し訳ないが、ここはお任せするしかないだろう。

 この恩はいずれ何かの形でお返ししよう。具体的には今のところさっぱり思いつかないが。




 意外にも話し合い自体は簡単に済んだ。

 元々大臣のおっさんの筋書きをほぼ変えずに話すつもりだったカトレアさんと、知る必要のないことは見てみぬふりをする賢さを持っている銀翼のイヌワシの四人とゾルド。

 極力トラブルはなかったかのように任務を果たしたい近衛騎士と、千体もの魔物を討伐した名誉と報酬を手に入れることができる冒険者達の、両者の思惑が一致していたからだ。


 結果、俺のことは、極秘任務を負った大臣のおっさんの子飼いの大魔導士、という偽の肩書をでっちあげ、任地に赴く途中なので口外しないでほしいということで納得してもらった。

 なかなかに嘘くさい説明だが、そこはカトレアさんの近衛騎士兼臨時巡察使としての肩書と権力で反論を許さなかった。

 まあ例え近衛騎士の肩書がなくても、カトレアさんの有無を言わせない微笑みを見た人間に余計な気を起こす奴はいないと思うが。

 きっとパーフェクトスマイルというのはああいうのを言うのだろう。


 残る気がかりは消滅した竹林跡に残された大量の魔物の死骸なのだが、これは冒険者ギルドが処理してくれることになった。

 何でも、大部分が雑魚とはいえ魔物の肉体には大なり小なり魔力が蓄えられているらしく、武具と始めとしたあらゆる分野で活用されているそうだ。

 当然その卸元は魔物の討伐を請け負う冒険者ギルドで、収入の大部分を占めるため例え頼まれなくても欠片も残さずに喜んで回収してくれるとのことだ。


 ちなみに個人的使用以外で冒険者ギルドを介さずに魔物の素材を取引すると殺人を上回る重罪として見つかったら即座に切り捨て御免、また捕まったとしても死刑確実だそうだ。おっかねえ!


 というわけでこの凄惨な光景は放置していいということになったんだが、ただ一つの例外として例の魔族の指揮官の死体(の一部)だけは持ち帰ることになった。

 銀翼のイヌワシのライルによると、名のある魔族だった場合、死体を魔法を使って調べることで、他の魔族の動向を掴む手掛かりを得られる可能性があるらしい。

 さらに千体もの魔物を従えるほどの魔族だと、素材としての利用価値が普通の魔物と比べて段違いらしく、冒険者ギルドで調べ尽くした後はオークションで高値で取引されるだろうとのことだ。

 その反面当然の話だが、この死体は魔族勢力にとっても利用価値は高く、このまま放置すると他の魔族が取り返しに来る危険性があるので、骨ひとかけらも残さずに回収しなければならないとのことだ。


 最初に聞いた時には、この地獄のような血の海の中を捜し回らないといけないのかと軽く絶望に襲われたが、魔族の死体が内包している桁違いの魔力のお陰で五分もかからずにあっさりと回収することができた。

 いや、俺とカトレアさんは見ていただけで実際に回収したのは銀翼のイヌワシの四人なんだけどな。




 そんなわけで、魔族の死体を三重にした麻袋に詰めて馬車の荷台の隅に転がして、俺たちは帰還の途に就いた。

 行きと違って帰りは一匹のゴブリンも見かけることもない、平和そのものの行程だった。


「多分、行きに出くわした魔物はそこの袋に詰め込まれた魔族が放った斥候だったんだろうぜ」


 馬を引く手綱を握りながらこう推測したのはこの辺りの事情に詳しいゾルドだ。


「それよりタケトよ、さっきから気になってたんだが、お前が作っているその奇妙な棒は一体何なんだ?」


「ん、ああ、これは手裏剣と言って投げナイフみたいなものだよ。と言っても金属じゃないから、精々木の板とかに軽く突き立つくらいが関の山だけどな。ほらこんな感じで」


 ヒュッ ストン


 そう言って俺は荷台の床に手首のスナップだけで投げて見せたのだが、先端が食い込む程度で止まるはずだった竹手裏剣はそれなりに分厚い木の床に小さな穴を開けて消えてしまった。


「……」


「…………」


「……あれ?」


「……タケト、それ十本ほど売ってくれねえか。カネなら言い値で払う」


「いや、売り物にするつもりで作ったわけじゃないし、それにただここだけ床が腐ってただけかも……」


「……この馬車は荒事にも耐えられるように、床の下は鉄板で覆われてんだよ。それも貫通したとなれば、急所に当たりさえすれば大抵の魔物は一発で倒せる。

 ……そうか、カネが足りないって言うんだな、なら俺の全財産の半分を払う!確か金貨百枚はあるはずだ!頼む!」


 万が一の可能性とはいえこれ以上馬車の床に穴を開けるわけにもいかず、つまりは性能実験ができないので責任は取れないと断ったのだが、結局凄まじい熱意に押されてゾルドの手持ちの全財産金貨二十枚で売ってしまった。

 例え使い物にならなくても絶対に文句は言わないとは言っていたが、さっきのは何かの間違いだと思うんだがな。

 不幸中の幸いだったのは、カトレアさんと銀翼のイヌワシの四人は戦闘に疲れて寝ていたり馬車を運転していたりしたので、偶然にも一連の下りを気づかれずに済んだことだ。






 こうして懐が急に温かくなった状態でセルメアの街に戻った俺だったが、街を観光するどころか一休みすることすら敵わなかった。

 一旦銀翼のイヌワシとゾルドに別れを告げて、宿に戻って自分の部屋に入ろうとする俺の腕を強い力で掴んだカトレアさんは、そのまま部屋を通り過ぎてゼンさんが泊っている隣部屋に突撃した。

 幸か不幸かゼンさんは部屋にいた。


「タケトさん何を休もうとしているんですか!?ゼンさん、急で申し訳ありませんが今すぐ出発します。私たちは荷物をまとめますのでゼンさんは至急馬車の用意をお願いします」


「わかった」


「わからない!」


 お気づきかと思うが、前者はゼンさん、後者の叫んだ方が俺である。


「カトレアさん、いくら任務と言っても急ぎすぎでしょ!もう少し観光したり美味しいものを食べたりとかさせてくれませんか!」


「いいえ、今すぐ出発します!そうしないと私はともかく、タケトさんはとても不味い立場になりますよ」


「え、だって銀翼のイヌワシとゾルドには口止めしたんじゃ……」


 するとカトレアさんは、例のパーフェクトスマイルで俺に迫った。

 何だろう、きれいな顔でとても魅力的なのに、勝手に足が震えてくる。

 普通なら、美人なカトレアさんに至近距離に詰め寄られて俺の顔が真っ赤になっているところなんだろうが、断言できる、今の俺の顔色は真っ青だ。


「あれは建前ですよ。いいですか、彼らはあくまで冒険者であって、任務が終わった後まで私の命令を聞く必要はどこにもありません。魔物の素材の権利を譲ったのであからさまに言いふらしたりはしないでしょうが、それでも依頼主であるギルドマスターへの報告義務はあります。

 当然話を聞いたギルドマスターは私たちを軟禁してでも詳しい事情を知りたがるでしょう。そしてそこまで話が大きくなればもう国中に噂が広がるのは時間の問題です。

 でも今すぐ私たちが街を出れば、ギルドマスターも手を出しようがなくなります。

 以上の説明で納得してもらえますか、タ、ケ、ト、サ、ン?」


 蛇に睨まれた蛙とはこのことを言うのだろうか、それ以降物言わぬ操り人形と成り果てた俺はカトレアさんの言うままに荷物をまとめ、宿の前にゼンさんが運転する横付けされた馬車に転がり込み、そこから先はただひたすらじっと床を見つめ続けた。


 気が付いた時には、馬車はセルメアの街を離れていた。


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