第6話 やらかした
「タケトさん、本気ですか?」
「さすがにカトレアさんの全力の攻撃を凌げるとは思っていないんで、こっちから攻めたいんですけど駄目でしたか?」
「タケトさん、私も騎士の端くれです。いくらタケトさんでも、訓練となればたとえ私は手加減できませんよ?」
「心配しなくてもカトレアさんに手加減してもらおうなんてこれっぽっちも考えていませんよ。それに俺、こう見えても素人ってわけでもないんで遠慮は無用です」
そう言って竹棒を槍のように構える俺。
その瞬間、侮られたとちょっと怒ったような感じだったカトレアさんの顔つきが騎士のそれに一変した。
さすがカトレアさん、俺の構えを見ただけでスイッチが入ったようで、俺と同じように槍の構えを取った。
「行きます」
対してカトレアさんは無言で俺に応えた。
まずは小手調べ、避けにくいとされる胸、腹に向けて順繰りに突きを放つ。
だが見透かされたようにカトレアさんに難なく弾き返された。
その後も突き、振り下ろし、払いと一通りの技を使ってみたが、カトレアさんの防御を崩すどころか最初の場所から一歩も動かせなかった。
「まさかこの程度で終わりというわけではないですよね」
いつになく厳しい口調で俺の手加減を暗に非難するカトレアさん。
「まさか。ここから本気で行かせてもらいますよ」
別に遊んでるわけじゃないんだけどな。
何せ二週間近くもまともに体を動かしていなかった身としては、いきなり全力を出すのはいくら何でも不安がある。
その前に自分の体がどれくらい鈍っているのか、確認する時間がどうしても必要だっただけだ。
騎士であるカトレアさんならわかってくれると思ったんだが、なんか様子が変だな?
相変わらず騎士モードなのは間違いないのだが、なぜか余裕がなさそうに見えるな。
「じゃあ全力の三段突きを寸止めで放つので、絶対に前に出ないでくださいね」
「ちょ、ちょっと!」
カトレアさんが何か言いかけていた気がするが、実力は俺よりはるかに上のはずなので余裕でさばいてくれるだろう。
「すぅ、はっ!」
軽く息を吸って丹田に力を籠め、カトレアさんの喉、胸、腹へと一呼吸で一気に突きを放つ。
すると一撃目は逸らされたが、二撃目でカトレアさんの動きが崩れ、三撃目で手の中の竹棒を弾き飛ばしてしまった。
「待ってくださいって言ってるでしょうが!」
うおっ、ゴブリンと戦っている時さえ優雅さを
流石にこの状況で稽古を続けるわけにもいかず竹棒を引いて後ろに下がる。
「聞いてない!こんなのは聞いてないですよ!」
「あ、あー、すみません、竹は普通の木と違ってよくしなるんで扱いづらかったですよね」
そう、一見丈夫そうに見える竹だが、それでも一定以上の力で振ればその力に応じてしなる。
どうやら、少なくともグノワルド王国の中では竹が植生していないようなので、訓練時には木剣を使っているであろうカトレアさんには手に余ったのだろう。
「違います!そうじゃなくて、いや、それもなんですけど……」
あたふたするカトレアさんだが俺としては殺気全開の戦士モードよりこちらの方が断然好きだ。
「タケトさん!あなた戦いの経験はないんじゃなかったんですか!?」
「そうですよ。虫くらいしか殺したことはないですね」
「それでアレはないでしょう!?どこであの技量を身に付けたんですか!?」
「あー、あれですか。状況が状況なんで詳しい話はまた今度にしますけど、亡くなったうちの爺ちゃんに仕込まれたんですよ。物心ついた頃にはもう竹棒を握って素振りしてましたね」
「物心って……」
「俺なんか大したことないですよ。うちの爺ちゃんなんですけど、俺の知る限り風邪一つひいたことのない人でしてね、最期も朝の稽古中に手製の竹槍を構えて立ったまま事切れていたのを起きてきた俺が発見したくらいの豪傑でした。あれに比べたら俺なんて素人同然ですよ。いやあ、生きてるうちに何とか一本取りたかったんですけど、爺ちゃんの体に掠らせることもできませんでしたよ」
「いやいやいやいやいや、そんな戦神みたいな人と比べられたら私だって素人みたいなものですよ!非常式にもほどがあります!……ちなみにですけどタケトさん、そのおじい様以外に稽古をつけてもらったことはありますか?」
「いえ、爺ちゃんから他流試合は禁じられていたので一度もないですね」
「……はあ、こんなことなら『鑑定士』の帰還を待ってから王都を出発するんでした。仕方がありません、タケトさんを送り届けて王都に戻った時に手配するとしましょうか……」
ん?なんだか知らないが、カトレアさんがえらく疲れた顔をしているぞ。
原因は……この場には二人しかいないんだから俺しかあり得ないな。
元気を出してほしいが、今何を言っても火に油を注ぐ行為にしかならない気がする。
しばらく黙っておこう。
結局、中途半端な形で稽古をやめて馬車に戻ったが、やっぱり特にすることもないので余った竹を小刀で削って竹串を作ることにした。
理由は特にない。まあ、元の世界で染みついた習慣ってやつだ。城の中にいた時にはできなかったからな。
馬車の中で何か考え込むように俯くカトレアさんを見ながらこのまま無言で通すのも気まずいなと思い始めた頃、複数の足音がこちらに向かってくるのをカトレアさんが察知した。
素早く剣を抜いて馬車を飛び出すカトレアさんと、竹棒を掴んで後を追う俺。
「タケトさんは危ないので馬車の中に戻って……あれ?あれだけ戦えればむしろそばにいてもらった方が……」
再びあたふたするカトレアさんが可愛いという事実に異論はないのだが、足音が目前に迫っているのでそろそろ集中してほしい。
「待った待った!俺だ、ゾルドだ。剣を下ろしてくれ!」
だが予想に反して現れたのは、ついさっき偵察に出たはずの銀翼のイヌワシの四人と案内人のゾルドだった。
因みに太陽はまだまだ登り切っておらず、真上に来るのはしばらく先だろう。
当然、俺もカトレアさんもこんなに早く偵察組が帰ってくるとは予想していなかった。
「ライルさん報告を」
カトレアさんも突然のAランクパーティの帰還に動揺を見せまいと平静を保っているように見えたが、それが逆に事態の異常さを際立たせていた。
ライルは何か迷うような素振りを見せたが、それでも冒険者の責務を果たそうと報告を始めた。
「はっ、偵察隊は予定通り廃鉱山の麓まで接近。そこから何とか内部に忍び込もうとしたのですが……」
「ライルさん、簡潔にお願いします」
「は、はい。私たちが行動に移ろうとしたその時、出入り口という出入り口から大量の魔物が出現し山を下り始めたのです。その際運悪く一部の魔物に見つかり追撃を受けましたが、何とか撒くことに成功して此処まで退避してきたわけです」
「それで、魔物の総数は?」
おそらくパーティのスカウトの役目を負っているのだろう、ライルの後ろにいた三人のうちの一人の女の子が手を挙げた。
「逃げながらの目視ですから正確ではありませんが、おそらく千は下らないだろうと思います。そして向かっていた方角を推測するに彼らの目的は……」
「セルメアの街への侵攻ですか。これまでの冒険者が帰ってこなかったのも、それだけの数の魔物が周囲を警戒していたのなら納得ですね」
カトレアさんの表情が深刻そうに歪む。
どうやらセルメアの街の防備では、廃鉱山の魔物の軍勢から街を守ることは難しいようだ。
「はい。これも推測になりますが、魔物が私達を本気で追撃してきていたらおそらくここに辿り着く前に全滅していた可能性が高いです。ですが、なぜか途中で追撃の手がぷっつりと途切れました。これは、我々が全速力で街に戻って危険を伝えても、もはや手遅れだと確信しているのでしょう。そしてそれを判断したのは、突如現れた魔物の数から言っても指揮を執っている高位魔族があの中にいるからだと思われます」
そう報告したライルと銀翼のイヌワシの三人、ゾルドの顔も暗い。
「私も同意見です。これではもう王都はもちろんセルメアに戻ったところで間に合わないでしょう。となると、今ここにいる私達だけで何とかするしか……」
「そんな、流石に無茶ですよ!」
「でもやるしかないです。ここでいくらかでも魔物の数を減らせれば魔族の指揮官も諦めてくれるかもしれませんし」
む、さすがにこれは不味い流れだな。短い付き合いだがカトレアさんがこれから言いそうなことは俺でもわかる。
「そういうわけでタケトさん、誠に申し訳ありませんがあなたを送り届けることができなくなりました。ここからはゾルドさんと一緒に一旦王都に戻って大臣閣下の指示を仰いで――」
さて、悲壮な決意を固めて俺を逃がそうとするカトレアさんには悪いが、状況を整理しよう。
敵はついさっき廃鉱山から出てきた、千の魔物の軍勢。それに加えて強力な魔族の指揮官がいるらしい。
ここから俺達が全速力でセルメアの街に戻っても防備を固める時間はなく、この場の戦力で何とかするしかない。
ここまでは筋が通っていると思う。
だがその後がよろしくない。
正直な話、異世界にやって来たばかりの俺にとって、ちょっと通りかかっただけの街でしかないセルメアの街がどうなろうと、言い方は悪いが知ったこっちゃないというほかない。
無論、まったく心が痛まないわけじゃないんだが、今の俺にはどこか知らない国の戦争で住人が犠牲になろうとしている、くらいの認識でしかない。
たとえ、目の前にいる銀翼のイヌワシの四人が全滅したとしても残念だな以上の感想は出てこないだろう。
流石にゾルドに対しては思うところもまったくないわけではないが。
俺にとって大問題なのは、残る一人であるカトレアさんだ。
人柄は尊敬できるほど申し分なく、任務とはいえ出会って間もない俺の旅に付き添ってくれて親身にもなってくれる。
そんなカトレアさんを見捨てて逃げ出すのはどうにも性に合わない。
ついでと言ったら失礼だが、セルメアの街にはゼンさんもいるしな。
仕方ない。
大人しく暮らすという約束を破る羽目になるかもしれんが、大臣のおっさんには心の中で謝っておけばいいだろう。
「タケトさん聞いてるんですか!?」
「いいえカトレアさん、その提案は却下です。
「なっ……」
「それより俺に提案があるんですが」
「提案?そんなことを言っている場合じゃないですよ!?今すぐに行動しないと魔物の軍勢が迫っているんですよ!?」
「大丈夫です。ここに到達する前に食い止めますから。そこでカトレアさんに目を瞑ってもらいたいことがありまして」
「タケトさん?一体何を」
「正確には、この場にいる全員に見てみぬふりをお願いするんですがね。なあに、俺の予想通りなら証拠も残りませんから」
「証拠って……まさか!!」
さあ、戦を始めようか。
約30分後、俺とカトレアさんの二人は魔物の軍勢が見下ろせる小高い丘の上に潜んでいた。
あれから、俺の参戦を渋るカトレアさんを何とか説得した。
さすがに他に有効な手がないとわかってくれたようだ。
それから、付いてこようとする銀翼のイヌワシの四人とその他一名をカトレアさんの命令という形でその場に残し、俺とカトレアさんの二人だけで魔物の軍勢の所へ向かった。
道中は、斥候なのかそれともただうろついていただけなのか判別がつかない魔物に二度ほど出くわしたため、スムーズに進めたとはお世辞にも言えなかった。
とはいえ、幸いなことにどちらの魔物もこちらが先に発見できたので、先ほど作った手裏剣代わりの竹串が大いに役に立った。
むしろ横で見ていたカトレアさんがまた騒ぎ出したので、説明するのにさらに時間を食ったのはご愛敬だ。
それにしても相手が魔物とはいえ、もうちょっと生き物を殺すのに抵抗があると思ったのだが、意外と冷静に対処できたな。
でも、元の世界でも実家の竹山で出くわしたウサギやらイノシシを仕留めたことも何度かあるしな。いや、流石に人型のゴブリンの首に躊躇なく竹串手裏剣を投げたのは筋が通らんな。
まあ今はいいか。その内カトレアさんにでも聞いてみよう。
あ、虫しか殺したことがないってカトレアさんに言っちゃってたな。
嘘ですごめんなさいと謝っておこう。心の中で。
「ゴブリンにオークにレッドキャップ、他にもオオカミやらクマやらの獣型の魔物ですね。遠くから見る分には壮観ですね。絶対に近づきたくないですけど」
「廃鉱山に潜んでいたせいか、空を飛べる魔物がいなくて助かりました。それにしてもタケトさん、こんなに遠くて大丈夫ですか?」
「地続きならこのくらいの距離は問題にならないみたいです」
「まったく、王宮でも思いましたけどどれだけ魔力を持っているんですか……」
溜息の出るほどの美人という言葉は知っているが、美人がつく溜息も一見の価値があるな。
「もうっ、よそ見してる場合じゃないですよ。あまり遅くなるようなら、馬車で待ってくれているライルさんたちもこっちに来てしまうかもしれません」
おっと、それは不味いな。いや、本音を言えば彼らのことはどうでもいいのだが、無闇にカトレアさんからの好感度を下げる必要もないだろう。
「じゃあ始めましょうか」
俺はその場に立ち上がると竹棒を地面に突き立てる。
大地を流れる巨大な魔力の流れ、龍脈に俺自身の魔力を繋げて前方に流し込む。手に持ったコップの水を静かに注ぎ込むイメージだ。
1、2、10、100、1000――俺が流した魔力と龍脈が混ざり合った、俺が支配する領域の上に立っているすべての魔物の存在を感じる。
そして魔物の軍勢の中央部に、一際魔力の高い存在を感知した。
「多分ですけど、あの辺にカトレアさんが言っていた魔族の指揮官がいますね。好都合です。あれなら逃げられる心配はないでしょう」
「タケトさん、くれぐれも無理はしないでくださいね。あなたに倒れられたら姫様に申し訳が立ちませんし、私も悲しいです」
嬉しいことを言ってくれる。高嶺の花だとわかっていても、抗いがたいカトレアさんの魅力にはお手上げだよ。
「……行きます。竹よ、群れ、出でよ」
呪文ともいうべき言葉は単純、しかしそれだけにそこに込めた意思と魔力は強力無比。
俺が作り出した領域に次々と生命の源が生まれる。その総数約十万。
龍脈から得た力を蓄えた種子は、土の中で今か今かと俺の号令を待っている。
その時、ようやく丘の上で直立する俺の姿に魔物が気付き始めた。どうやら指揮官の魔族もその視界に俺の存在をとらえたようだ。
勿論、人並みの視力しか持たない俺には見えていない。だが、奴らの存在は足元に広げた俺の魔力が確実にとらえている。
「もう遅い。突き破れ、千本槍」
言霊と共にもう一度手に持った竹棒を地面に突き立て、先ほどとは比べ物にならない量の魔力を打ち込んだ。
するとその瞬間、無数の魔物たちが蠢いていた一帯にその百倍に値する竹が地面を粉砕しながら出現、そのまま急激に成長した竹はぐんぐん伸び続け10mほどまで伸びたところで停止した。
すでに魔物の軍勢の姿は見えなくなっていた。
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