エピローグ

第86話 ハートが繋ぐ物語

──この物語は、魔王ビアンドに対し

テルアキが生命を犠牲にする極大魔法、

ホーリーサクリファイスを

撃った瞬間にさかのぼる……。


─────────────


ビアンドの最終奥義と

テルアキのホーリーサクリファイスが

激しくぶつかる。


「ぐぬぬっ!!」


「うおっーー!!」


……バーーンッ!!


激しい衝撃音が続いた後、

大広間は眩しい光に包まれた。


テルアキの意識は次第に薄れ、

体の五感全てが徐々に失われていく……。


(……あれっ!? ……感覚が!?

視覚も……聴覚も……触覚も……

全部が無くなっていく!?


……そうか。


……俺はこのまま


……死んでいくんだな。


……皆は無事か?


……ユナのペンダントは無事か?


……ビアンドはどうなった?


……ああっ……ああっ!!


薄れ行く意識の中

俺の視界は真っ白になり、

……そして全ての感覚が無くなった。


……暫く時が経ったのだろうか?

数秒……? 数分……? 数時間……?

正確な時間は分からない。


……ドーーーーンッ!!!


(……なっ!?)


激しい衝撃が俺の全身を襲う。


(……えっ!? 俺、どうなった!?)


「……うわぁっ!!」


(……えっ!? 声が出てる!?)


俺は目を開くことができた。

その視界に映ったモノ。

……それは、俺が元居た世界の光景だった。


見慣れた部屋の天井、

毎日生活をしてきた自分の部屋だ。


俺は状況が分からず、記憶を頼りに

分かる所から順に思い出す……。


……えっと、

フリル王国に召喚されたあの日は……


いつも通りに学校に行って……


恋人の結衣と帰って……


フレンチトーストを食べて……


家のレストランの手伝いをして……


そう……仮眠を取ったんだ。


……そうだ!


俺は慌てて携帯の画面を確認する。

携帯はAM2:34を示していた。


……疲れて仮眠を取ろうと

ベットに入ったのが

PM9:30位だったな。


……5時間か。


俺は起き上がり、

部屋の明かりを点ける。


すると、部屋の中央にある小テーブルに

ラップをかけられたサンドイッチと

冷めたコーヒーが置かれていた。


母のメモ書きが添えられている。


「疲れてるのね。

起こしても全然起きないから

サンドイッチを置いておきます。

お腹が空いたら食べてね」


……腹は空いている。


俺はサンドイッチを口に運びながら、

頭の中にある記憶を思い起こした。


──フリル王国、ロティールの街、

魔王ビアンド、伝説の勇者、

そして……、ユナ。


「……俺は、夢を見ていたのか?」


この状況であれば誰もが到達する結論だ。


この世界の何処かに

異世界が存在したとして……


時間の流れが異なる

世界が存在したとして……


その世界で冒険をして戻ってきた……。


そう考える方が

ドラマティックなはずなのに

これは夢なのだ……と

輝明(テルアキ)も安易な結論を選んだ。


そして輝明は深夜のシャワーを浴び、

いつもの起床時間まで眠りについた。


──朝を迎える。


いつものように学校へ登校し、

授業を受け、部活動に参加する。


……キーンコーンカーンコーン


『部活動終了の時刻となりました。

校内に残っている生徒は、

速やかに下校しましょう』


毎日学校に鳴り響く

帰宅を促す校内放送。


在籍する卓球部で

1年生の指導係をする副部長の俺は、

いつものように指示を出す。


「はーい、それでは1年生!

男子は床のモップ掛けー、

女子は卓球台と道具の

片付けしてくださいー!」


『はいっ!』


綺麗に揃った返事の中で、

ひと際元気な声を出す女子がいる。


……彼女は廣田結衣ヒロタユイ 


16歳高校1年生。

明るく元気な性格で、

笑顔が可愛い活発な印象の後輩だ。


……そして、幸せな事に俺の恋人だ。


部活動を終え、日課となっている

2人一緒の下校をする。


「先輩ー、お待たせしました」


「今日もお疲れさま。さあ、帰ろう」


俺の隣で見せてくれる結衣の笑顔に、

俺も自然に顔がほころぶ。


いつもの帰り道を結衣と歩いていると、

商店街の中にある

小さなパン屋にさしかかった。

入口が花で飾られた可愛い雰囲気は

結衣のお気に入りだ。


「結衣、今日もフレンチトーストを

食べていくか?」


俺の提案に、

結衣はプゥーっと顔を膨らませ、

やや怒り気味に返事をした。


「……あぁっ! 先輩!?

それは私に対する嫌味ですかっ?

それとも、敢えての挑戦状ですかっ?


……先輩、今日が何の日だか

忘れてますねっ!?」


(……えっ!?)


結衣に言われて

今日の日付を思い出す……。


「今日はバレンタインデーですよ!

恋人がいる女の子にとっては、

勝負の日なんです!」


そう言いながら小さなガッツポーズで

おどけて見せる結衣が愛おしい。


「……あっ! そうだったな。

いや、すっかり忘れてたよ」


「まぁ、先輩は男性ですから、

忘れても特に問題は

ないかもしれませんけどねっ!」


結衣はそう言うと、鞄の中からガサガサと

小さなプレゼント箱を取り出した。


そして、俺に最高の笑顔を向ける。


「……はいっ! 先輩!!

喜んで下さいねっ。


可愛い恋人の……


可愛い女子高生の……


手作りですよっ!!」



「……ぶはっ!

可愛いとか自分で言うなよ!」


「……えぇっ!? 先輩は

そう思ってくれてないんですかー?」


(……なっ!?)


結衣はそう言いながら、

シメシメ……と勝ち誇ったような

可愛い上目遣いで俺を見上げて来る。


(……しまった!? ハメられたっ!?

……全く!

こんな小技をどこで覚えたんだか……)


「べ、別にっ!

……思ってないとは、言ってないだろ!?」


「……ならっ!

ちゃんと言ってくださいよー!

ほらほらっ。 私の目を見てっ。

……早くぅーっ」


(……なっ!? か、可愛すぎるっ!?)


俺は結衣の猛烈な可愛さに恥ずかしくなり、

……堪らず、結衣に背を向けた。


そして、バツが悪くなった俺は

間を稼ぐ為に、結衣からもらった

プレゼント箱を開けようとする。


……と同時に、結衣は背を向けた俺に

プレゼント箱に関する説明を付け加える。


「……せ、先輩!?

でも……あのね、何て言うか……」


俺は恥ずかしさと照れのせいで、

結衣の説明を聞かずに

プレゼント箱を開封しようとしていた。


しかし、結衣は

俺の背中越しに話をしていた為、

俺が開封している事に気付かない。


「……その、私は不器用って言うか、

細かい作業が苦手っていうか……、

恥ずかしいからっ、

ココでは開けないで欲しいなっ」


どぎまぎしながらゆっくり話す

結衣の言葉を聞き終わる頃には、

俺はその包みを開封していた。


そして……

その中身を見て……、俺は時が止まった。


(……えぇっ!? こ、これはっ!?)


硬直する俺の様子に、

結衣は後ろから俺の手元を覗き込む……。


「……ええっ!? 何で見ちゃったの!?

もぅ! は、恥ずかしいよっ!」


箱の中には巷で流行りの

ピンク色のチョコレート、

……『ルビーチョコ』で作製された

手作りチョコが入っていた。


……が、問題はその形である。


いびつな楕円型で所々にグニョグニョと伸びた

触手の様な突起がある。


(……これはっ!?

夢の中でユナが

俺にくれたペンダントと同じ形っ!?


……て言うか、その前に!

溶かして固めるだけのチョコを

どう加工したらこんな突起だらけの

いびつな形になるんだっ!?)


俺はチョコの形がどうしても気になり、

結衣に確認した。


「結衣……えっと、この形は?」


「……えっ!?

見て分からないんですかっ?

……それはハートですっ!

もぅ、不器用だって言ったでしょっ!?」


(……なっ!? こ、この形がハート!?)


俺は結衣の言葉に驚愕する。

そして数秒の沈黙が流れる。


………。


「……そ、そうか。ハートなんだな。

俺はてっきりアメーバとかかな?

……と思ったよ」


「あぁっ! 先輩、酷いっ!

一生懸命作ったのに!


いいもん! 私っ!

もう一回作り直してくるから!

……返してよっ」


結衣は俺の手から

手作りチョコを奪おうとするが、

俺はそれを拒否した。


「……ダメだ。これは結衣が俺の為に

心を込めて作ってくれたんだろ?

……だったらこれは、俺だけのモノだ」


「……せ、先輩」


結衣が時間をかけて、心を込めて……、

俺の為に手作りチョコを

作ってくれた事が嬉しかった。


……すると、次の瞬間。


(……えぇっ!? ……あれっ!?)


「……えっ!? せ、先輩!?」


……自分でも驚いた。


……信じられなかった。


俺の目からは涙がこぼれ落ちていた。


「……あっ、えっ?

……俺っ! ……どうして!?」


「……ちょっ! せ、先輩!?

何で泣いてるのっ!?

恋人からのプレゼントが

嬉しいのは分かるけどっ!」


目から落ちる涙を止めようとするが、

止めようとすればするほど

多くの涙があふれ出る。


「……俺っ、……俺っ!」


(……ユナがくれた

ピンクトルマリンのペンダントと

全く同じなんてっ!?


……そんなっ……そんなっ!?


……ユナッ!?


……結衣っ!?


……あぁっ!?)


「……えっ!? 先輩っ!?」


俺は……、

無意識の内に結衣を抱きしめていた。


「……せ、先輩。恥ずかしいです。

周りに……人も沢山居るんですよ……」


結衣はそう言いながら、

軽く俺の背中に手を回してくれていた。


「……結衣、ありがとう。

何か、すごく嬉しいんだ。

これは、今の俺にとって

……最高のバレンタインチョコだよ」


「……先輩っ」


結衣は俺の胸の中で顔を上げ、

嬉しそうな笑顔を見せてくれた。


……暫くして、俺は落ち着き、

駅に向かって結衣と歩き始める。


「もう、先輩ったら!

さっきはびっくりしましたよ?」


「ああ、そうだよな。

ごめんな、驚かせて……」


「先輩は甘えん坊サンなんですね。

もぅ、しょうがないなぁ。

今日だけ特別に……!

手を繋いで帰ってあげます!」


「……いやっ!

流石にそれは恥ずかしいから!

……つか、結衣、それ。

お前が手を繋ぎたい

だけなんじゃないのか?」


ちょっと意地悪な質問だったが、

結衣には図星だったようだ。


「……えぇっ!? ……あわわっ!!

べべ、別にっ! 私はそんなっ!?」


「……はは。からかって悪かったよ」


そして、数歩を歩いた後、

2人の手は自然に繋がれていた……。


結衣は俺の手の温かみを感じて

優しい笑顔を俺に向け、

俺もそれに応えながら雑談を始める。


「結衣、このチョコレート、

昨日作ってくれたんだろ?

遅くまでかかったんじゃないか?」


「それはもう、

愛する先輩のために頑張りましたよっ。

作り終わった頃には、

……夜10時を回ってましたね。

そのまま疲れて、

台所でうたた寝しちゃいました」


「……って、おいおい!

こんな真冬に台所で

うたた寝なんてしたら風邪引くぞ!」


「そこは大丈夫ですっ!

私、元気が取り柄ですからっ!」


またまた小さく

ガッツポーズを見せる結衣。

しかし俺は、

結衣が伝えてくれた次の言葉に驚愕した。


「……でね、先輩っ。

私、昨日うたた寝してた間に

とっても不思議な夢を見たんです。


……沢山ドキドキして


……沢山ワクワクして


……最後はとっても悲しい


そんな夢でした……」


(……えぇっ!? ……それってまさか!?)


この後、俺は

結衣が昨夜見た夢の話を聞きながら

最寄りの駅まで2人で一緒に

歩いて行くのであった……。


ー 完 ー

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