第85話 私の……

──ユナがクルガーヌ一家に

テルアキの訃報を伝えたその日の夜は

国を上げて魔王ビアンド討伐を祝う

祭りが開催された。


全ての街は喜びに包まれ、

フリル王国に平和が訪れた。


……そしてまたひと晩が明ける。


この日は魔王ビアンドとの戦いで

犠牲となった者達の合同葬儀が

国策として行われた。


──ロティール郊外、共同墓地の一角。

任務によって殉職した兵士達の

墓が立てられるこの場所に

今回の戦いで殉職した25名と

伝説の僧侶テルアキの墓標が立てられた。


犠牲となった者の関係者が参列し

死者を弔う葬儀が行われる……。


国策で行われる葬儀と言うこともあり、

祈りを捧げる代表として

グリエールの神官長パタートが召集された。

付き添いにクルジュも同行している。


(……パタちゃん!?

クルジュさんも来てくれたんだ!?)


ユウト、ユナ、サキは

テルアキの墓標の前で

祈りを捧げ、その悲しみと向き合った。


テルアキの墓標には

この様に文字が刻まれていた。


────────────


王国を救いし伝説の僧侶




   テルアキ




  ここに 眠る


────────────


また、テルアキの墓の中には

遺骨の代わりに、

テルアキが最後に着ていた僧衣と

ユナがプレゼントした

いびつなアメーバ型の

ペンダントが納められた。


それを見たサキがユナに問いかける。


「良いのか? ユナ?」


「うん、サキちゃん。

ココにこうしておけば、僧侶様は……


『大切にしてくれる』


……と思うから」


ユナが言った言葉……。


『大切にする』……は

テルアキがユナからペンダントを

プレゼントされた時に

ユナに感謝を伝えた時の言葉だ。


「うん、そうだな。

ソコに置いておけば、

テルアキなら、ずっと


……『大切にしてくれる』な」


サキは目頭を押さえながら答えた。


──また、テルアキの関係者として

魔法書店のミエルも参加したが、

ミエルはテルアキの墓標とは別の場所にも

2個の花束を置いていた。


その様子を見ていたユナが

不思議そうにミエルに尋ねる。


「……ミエルさん? そのお墓は?」


「ユナちゃん。私が若い頃、

王国魔法隊に所属していたのは

話したことがあるわよね?


あ、今でも心は

若いつもりなんだけど……うふふ」


(えっと、ミエルさん!?

その手の冗談は、

……とっても対応が難しいですっ!?)


微妙な苦笑いを見せながら

ユナが答える。


「……はい。魔法隊を除隊して、

魔法書店員になったんですよね?」


「ええ、そうよ。このお墓はね。

アベーユという僧侶が眠るお墓よ」


(……アベーユさん!?

どこかで聞いたような気がっ!?)


「そうなんですね。

でも、どうして花束が2個なんですか?」


「1個は私の分。

もう1個はランちゃん、

いえ、ランティーユ騎士団長の分よ。


ランちゃんは立場上、

1人を個別に弔うことは

しない方が良いだろうって……、

いつも私に花束を頼むのよ」


「……そうなんですね」


ユナとミエルが話をしていると、

アベーユの墓標の前に

花束を置く女性が現れた。

パタートの補佐役で来たクルジュだ。


(……えっ!?

クルジュさん!? 何で!?)


「……ミエル、久しぶりね。

ユナも、聞いたわよ。

魔王討伐、ご苦労様ね」


クルジュはそう言いながら、

墓標に祈る。


「相変わらず義理堅いのね、クルジュ」


言葉を交わすミエルとクルジュの姿に、

ユナは驚く。


「……えっ!?

ミエルさんとクルジュさん!

お知り合いだったんですか?」


「ええ、そうよ、ユナちゃん。

私達とランちゃん、

……それにココのアベーユ。


以前は4人で小隊を組んで

任務を行っていたのよ」


(……えぇっ!? そうだったの!?

じゃぁ、ランティーユさんが言ってた

生命を守ってくれた勇敢な僧侶って!?)


クルジュが話を続ける。


「……ユナ、聞いたわよ。

あなたはテルアキ君の

ホーリーサクリファイスに守られたのね」


「はい、クルジュさん。

私はっ……私はっ……」


「……良いのよ、ユナ。

ホーリーサクリファイスを撃つ者は、

自分の生命より大切なモノを

見つけたと言う事だわ。


ある1人の人間にとって、

自分の生命より大切な存在……。


あなたはテルアキ君の

そういう存在になれた事に

誇りと自信を持ちなさい。


……そして、テルアキ君が

生命をかけてあなたを守った事を

後悔しないで済む様な生き方をしなさい。


それが、

助けられた者の義務だと私は思うわ」


「うぅ……。クルジュさん」


「あら、今日は優しいのね、クルジュ。

普段は目を吊り上げて

厳しいことばかり言うのに……。うふふ」


「……緊張感のないその感じが

相変わらず感に触るわね。


ミエル、あなたはいつも

ヘラヘラし過ぎなのよ。

そんなだと、シワが増えるわよ?」


「クルジュこそ、

そんなに目を釣り上げてばかりだと、

シワが増えるわよ。……うふふ」


……ゴゴゴゴッ!


異様な気配を放ちながら、

ミエルとクルジュは作り笑顔で睨み合う。


「ミエル、

それは私に喧嘩を売っているのかしら?


……ねぇ、ユナ?

私とミエル、歳は同じなのだけど、

どちらが若く見えるかしら?

……答えなさい」


(……ええぇっ!?

クルジュさん!? それっ!?

……私っ! 答えたらダメなヤツだと

思いますけどっ!?)


「……もう、クルジュはいつも

白黒はっきりつけたがるのね」


ミエルはそう言いながら、

人差し指をビシッと真っ直ぐに

クルジュに向け、胸を張った。


「いいわよ、クルジュ。

返り討ちにしてあげる。


さぁ、ユナちゃん!

私とクルジュ、どちらが若く見える?

遠慮は要らないわ。

正直に答えて頂戴っ!」


……ゴゴゴゴッ!


引き続き異様な気配を放ちながら、

ミエルとクルジュは作り笑顔で睨み合う。


(……えぇっ!?

無理ですっ! 無理ですっ!

そんなの……! 答えられませんよっ!!


……てゆか!!


こういう意味不明な喧嘩は

教え子を巻き込まずにやって下さいっ!!)


ユナは答えられれない。

……いや、むしろ答えてはいけない質問だ。


ユナはそのまま、

何も答えずに引きつった笑顔を続ける

……という力技で、この難局を乗りきった。


(……それにしても!?

クルジュさんとミエルさんの

関係って一体!?


ランティーユさんとアベーユさん!?

この4人の関係って一体!?)


ユナの疑問に答えは出ないまま、

合同葬儀が進む。


パタートが鎮魂の詩を読み上げ、

祈りを捧げる。

その美しく神々しい神官長の姿に

参列者達は皆、目を奪われた。


ユナはテルアキの墓標の前に戻り、

パタートに合わせて祈りを捧げる。

サキとユウトもユナの後ろから、

テルアキの死を悼んだ。


そして、合同葬儀は終わり、

1人、また1人……と

共同墓地を離れて行く。


しかし、ユナは最後の1人となるまで

テルアキの墓標の前から

離れることができなかった。


「……僧侶様。

今まで、本当にありがとう。


……たくさんの幸せを僧侶様から貰ったよ。


……一緒に居られて本当に良かったよ。


……嬉しかったよ。


……幸せだったよ。


……じゃぁ、そろそろ行くね。


……また来るね」


「おーい! ユナ!

そろそろ行かないかー?」


「うん! サキちゃん!」


ユナはテルアキの墓標を後にする。


「……ユナ、もう良いのか?」


「うん。ありがとう。

……寂しくなったらまた来るよ」


「そうだな。

また、何度でも来よう」


そう言いながら、

ユウト、サキ、ユナは

墓地を後にしようとしたが、

……ユナが足を止めた。


「……あ! ごめん!!

1つ忘れてたよ!!

ゆうたん、サキちゃん、先に行ってて!」


「ああ、分かった」


ユナは1人でテルアキの墓標に戻り、

魔法で指先に小さな雷を作った。


……ビビビビッ。


そしてその雷で、

テルアキの墓標にひと言を

彫って書き加えた。


「……うん! これで良しっと!

サキちゃーん! 待ってー!」


「ユナー! 早く来いよー!」


ユナがひと言を彫って書き加えた後、

テルアキの墓標はこの様になった……。


────────────


王国を救いし伝説の僧侶


(─私の勇者様─)


   テルアキ




  ここに 眠る


────────────


この時、

ユナはサキのもとに走りながら

心の中でこう叫んでいた。



……本当にありがとう!



……私の



……私だけの



……大切なっ!



……大好きなっ!!



……私の勇者様っ!!!



──────────────


フリル王国で繰り広げられた

伝説の勇者と魔王による戦いの物語は

こうして幕を閉じるのであった。


次回、最終話。

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