第65話 漁師と上級僧

──俺達はアリコと共に

魔王討伐隊の第1隊として

舟に乗り込んだ。


第1隊の構成は俺達4人の他に


・グラチネ上級僧30名

・魔法使い、僧侶各15名

・騎士140名


で構成され、隊長はアリコが務める。


隊員は100名ずつ

2隻の舟に別れて乗り込み、船が出港する。


ブレゼスの漁師達が

周囲の監視と警戒をしながら

オリオルとヤキザバコが舟を進めていく。


……そして、暫く舟が進むと、

周囲の見張りをしていた漁師から

警告の鐘が鳴らされた。


……カーンッ! カーンッ!


「前方から魔物の群れが接近!

半漁人型と鮫型の魔物が……

30、いや、40体以上ですっ!」


見張りからの報告で兵士達に緊張が走る。

アリコは真っ先に舟の先端に移動し、

状況確認をする。


「やはり来ましたかっ!?

魔法使い隊! 攻撃の用意をっ!

騎士隊は弓の用意ですっ!!」


隊長を務めるアリコが指示を出した。

……その時だった。


「……どわっ!?」


アリコの後ろに立ったクロビスが

アリコの首元の後ろ側を掴み、

力強く引いた。


アリコは後ろに倒される体勢となり、

そのまま後方に倒れてしまった。


……バタンッ!


「りょ、漁師さんっ!?

な、何をするのですかっ!?」


倒れてしまったアリコにクロビスが言う。


「……まぁまぁ、兵士達さん達。

そんなに力むんじゃないよ。

ここは海。私達、漁師の持ち場だ。


……そうだろっ!?

スキーユ姉さん! ユイトル!」


(……えっ!?

この漁師さん達は一体何をっ?)


戸惑うアリコをよそに、

2隻の舟に別れた3姉妹が舟の先端に立つ。


「あらあら、強そうな魔物がいっぱいね。

全部倒したらいいお金に

なりそうじゃないの」


「ちょっと! スキーユお姉ちゃんは

またお金の事を言って!

そんなんだから相変わらず

恋人の一人もできないのよっ!」


「……なっ!? 言ったわね、ユイトルッ!

仕方ないでしょっ!?

私は港の経理担当なんだからっ!


それに! 独り身なのはクロビスも

同じでしょっ!?」


「……なっ!? スキーユ姉さん!

私の事は今、関係ないだろっ!?」


(……何か、魔物が迫ってるにも関わらず

また面倒な喧嘩を始めたぞ?)


俺が3姉妹の口喧嘩を見ていると、

漁師長のカルマールが3姉妹を叱る。


「おいっ! お前達!

こんな時まで喧嘩をするんじゃないっ!!」


「カ、カルマール殿!? あの……、

魔物退治なら我々騎士隊と魔法使い隊で

対処しますが?」


アリコは自分達の任務を果たそうとするが、

カルマールがそれに答える。


「……ああ、隊長さん、大丈夫だよ。

皆さんは島に上陸してからが

本当の戦いだろう?


ここは我々漁師達に……いや、

自慢の3人娘に任せてもらおう」


「……そ、そうですか」


戸惑うアリコの前で、

スキーユ、クロビス、ユイトルは

両手を海に向け意識を集中し始めた。


魔物の群れが舟に近づいて来る。


「オリオル! ヤキザバコ!

危ないから舟の後ろに下がってなさい!」


「クゥーーーッ」


「キュゥーーッ」


スキーユの指示で

オリオルとヤキザバコは海に潜り

舟の後方へ移動した。


「準備は良いっ!?

……いくわよっ! クロビス! ユイトル!」


「ああ! いつでもいいぞ!

スキーユ姉さん!」


「オッケー! スキーユお姉ちゃん!」


(……ユイトルちゃん達、

一体何をするつもり!?)


舟の先端に立つ3姉妹の姿に、

ユナも俺も……

舟に乗る全員の注目が集まる。

そして、魔物の群れを

充分に引き付けたその時!


「いくわよっ!」


『サンダーストーム!!』


(……えっ!?

『サンダーストーム』って一体!?)


驚く俺達の前で3姉妹は

同時に魔法を唱えた。


「オールサンダー!」

「オールサンダー!」

「オールサンダー!」


……ババババッ!!

スドーンッ! ズドーンッ!!


(……なっ!?

3人同時のサンダー全体魔法!?)


3人が放つサンダー全体魔法により

激しく無数の雷が魔物の群れを襲う。


「グギャァーー!」

「ギィィーーー!」

「グオォーーー!」

「クゥーーーッ!」


雷の直撃、海中で拡散する電撃が

魔物の群れに絶大なダメージを与え、

魔物の群れは一瞬で消滅した。


『何と可憐で強力な魔法攻撃だっ!?』

『おおぉーー!』


船上の兵士達から大きな歓声が上がり、

ユイトルは手を振りながら

冗談交じりに応える。


「兵士の皆さーん! ありがとうー!!


……あと! ウチのお姉ちゃん達!

独り身なので良かったら

そっちも宜しくお願いしまーす!」


「……ちょ! ユイトルッ!

変な事を言うなよっ!」


「そうよユイトルッ!

……それに今の!! 私達に対する

気遣いとか優しさって言うよりも!

むしろ『公開処刑』みたい

になってるからっ!!」


船上の兵士達から笑い声が起こる。


朗らかな雰囲気の中、

俺は3姉妹の連携魔法に驚いていた。


(ユイトル達っ!?

全体魔法を使えるようになってたのか!?


……でも、あれっ?

魔物達の叫び声に混ざって

オリオルとヤキザバコの

悲鳴も聞こえたような気が……?)


俺の疑問をよそに、

サキも3姉妹の鮮やかな連携魔法に

興奮していた。


「おおぃっ! テルアキ! ユナ!

見たか、今のっ!?

……必殺技っていうのはなぁ!

こういう名前を付けるんだよ!

凄いだろっ!? カッコイイだろっ!?」


「ええっ? サキちゃん?

あんな普通の名前、つまらないよぉ。

私ならもっと面白い名前にするのになぁ」


「まぁ、分かりやすい名前も良いけど、

ちょっとワクワクが足りないよな……」


「……なっ!? お前らっ!?

必殺技の名前に

一体何を求めてるんだよっ!?」


サキは俺とユナに

説教を続けようとしていたが、

俺は舟の後方に向かった。


……すると、俺の予想通り、

オリオルとヤキザバコが

若干のダメージを受けている様だった。


(……なっ!? やっぱり魔法の

巻き添えを喰らっている!?)


「オリオル、ヤキザバコ……、

ちょっと痛かったよな?

今、回復してやるぞ。オールヒール!」


「クゥーーーッ!」


「キュゥーーッ!」


オリオルとヤキザバコは

回復魔法をかけた俺に感謝し、

頬を俺の顔に擦り寄せた。


「ははっ、くすぐったいよ!

キュイール島まであと少し、

舟の運搬よろしく頼むなっ!」


──こうして魔物達の脅威は

3姉妹の活躍により退けられ、

第1隊は無事にキュイール島に上陸した。


上陸した俺達に

舟の上からユイトルが声をかける。


「テルアキッ! 良いわね!?

アンタはまた先走って

無茶するんじゃないわよっ!?」


「ああ!

心配ありがとな、ユイトルッ!」


「ユナッ! ここから先は、

テルアキの事! しっかり頼んだわよっ!」


「うん!

分かってるよ! ユイトルちゃん!」


2隻の舟は第2隊を運ぶ為、

グリエール側の海岸へ戻って行った。


第1隊は隊列を組み、

アリコが進軍の指揮をとる。


事前の偵察情報によると

海岸から森を抜けると開けた平野となり、

そこに魔王の城がある。


第1隊は森の魔物を

討伐しながら慎重に進み、

魔王の城がある平野に出た辺りで

後から来る第2隊と合流する予定だ。


「この海岸から森を抜ければ魔王の城です!

隊列を崩さずに警戒しながら前進!!」


隊長アリコを先頭に、

俺達、グラチネ上級僧、騎士達、

魔法使いと僧侶……の順で

列を組み森を進んで行く。


……ザザザッ。


かすかな魔物の気配に気付いた

サキ、寺長セザムと上級僧が

臨戦体勢を取る。


「隊長殿……、どうや獣型の魔物達に

囲まれておりますな」


「……なっ!? 本当ですかっ!?」


セザムの警告に

アリコが慌てて指示を出す。


「騎士隊! 森の戦闘です!

盾と剣を構えっ!

それから魔法使い隊、僧侶隊は……


……って、どわっ!」


セザムはアリコの首元の後ろ側を

軽く押さえたつもりだったが、

戦闘前の緊迫感で思わず力んでしまった。


……バタンッ!


セザムに首元を強くを押さえ付けられ 

アリコは地面に仰向けに倒れてしまう。


「……セ、セザム殿っ?

何をなさるのです!?」


「す、すまない隊長殿、

思わず力が入ってしまった。


しかし、森で獣との戦闘は

我々の得意とする所。

ここは、援軍として派遣された

私達の持ち場とさせて頂きます」


「……し、しかし、セザム殿!?」


「何、構いませんよ。

……皆の者! 行くぞっ!! 散っ!!」


……シュシュッッ!


セザムの指示で上級僧達は

森の中へ素早く消えて行った。

一緒に来たアネットとタンも

上級僧に混ざって森へ消えて行く。


すると、各所から激しい戦闘音と

魔物達の叫び声が響いてきた。


……バキッバキッ!


「……グギャアァ!」


素早く無駄のない身のこなし、

そして見事な連携で

魔物達を退治する姿に全員が驚く。


「僧侶様!? グラチネの上級僧って

こんなに強いんだねっ!」


「上級僧の戦闘は初めて見るが、

まさかここまでとはっ!?」


「皆凄いだろっ? でも、

まだまだ皆は本気を出してないぞ」


「ええっ!? それ本当っ?

これでも本気じゃないの!?」


サキの説明にユナが驚く。

警戒しながら戦闘の様子を見守っていると、

俺達の近くでアネットとタンが

1体の魔物と対峙していた。


(……あいつらっ!?

本当に大丈夫なのかっ!?)


──俺が心配して見守る中、

アネットとタンが魔物との戦闘を始める。

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