プロローグ

第1話 現実から異世界へ!

──2月の寒い夕方、ある公立高校。


……キーンコーンカーンコーン


『部活動終了の時刻となりました。

校内に残っている生徒は、

速やかに下校しましょう』


帰宅を促す校内放送が鳴り響く。


──俺は三浦輝明ミウラテルアキ


17歳高校2年生。

やや小柄な体格、性格は真面目で温厚。

趣味は料理と動画閲覧。


決して目立つタイプではないが、

地味な努力は好きな方で

何事も基礎的な訓練や練習を

大切にしている。それが認められたのか?

在籍している卓球部では副部長と

1年生の指導係を任されている。


「はーい、それでは1年生!

男子は床のモップ掛けー、

女子は卓球台と道具の

片付けしてくださいー!」


『はいっ!』


綺麗に揃った返事の中で、

ひと際元気な声を出す女子がいる。


……彼女は廣田結衣ヒロタユイ 


16歳高校1年生。

明るく元気な性格で、

笑顔が可愛い活発な印象の後輩だ。

そして、幸せな事に俺の恋人でもある。


──4か月前


「先輩っ!! わっ、私と……

つ、付き合って下さい!!」


「えぇっ!? ……はっ、はい!

よ、喜んで!!」


驚きと同時に

とっさ出てしまった答えだった。


彼女に言わせると……

基礎練習を大切にし、優しくかつ真剣に

後輩指導する俺の姿勢に惹かれたらしい。


よく考えてみれば、

初めてできた恋人がこのように愛らしく、

自分の内面を慕ってくれている……

というのは幸せな事だ。


交際が始まってからは、部活動が終わると

最寄りの駅まで一緒に歩いて下校するのが

2人の日課となった。

体育館の際で待っている俺のもとに

微笑みながら駆け寄ってくる可愛い女後輩子。

男子高校生なら一度は夢に見る

羨ましい光景だ。


「先輩ー、お待たせしました」

「ああ、今日もお疲れさま」


結衣の笑顔に、俺も自然に顔がほころぶ。


「私達、

付き合い始めてもう4ヶ月ですね。

……こうして先輩と二人で一緒に

下校できるのは嬉しいです。

憧れのカッコイイ先輩と恋愛!

高校生活! まさにリア充!!

……って感じです!」


小さなガッツポーズを見せおどける結衣。


「いや、そんなにハードルを

上げないでくれる?

それほどイケメンでもないと思うし」


「そうですかー?

でも1年女子の中では

……三浦先輩は4番人気なんですよ!」


「ぶはっ! 4番て!

そこは副部長の力でせめて2番、

……百歩譲って3番辺りで

お願い出来ないかなぁ?」


「えへへ。でも……、三浦先輩は

それくらいが良いんです。

人気が出過ぎたら困ります」


こんな可愛い事を言ってくれる

結衣が愛おしい。

こうして他愛ない会話を楽しみながら

二人で駅まで歩く道のりが幸せだ。


商店街の中にある

小さなパン屋にさしかかる。

入口が花で飾られた可愛い雰囲気は

結衣のお気に入りだ。


「……では先輩?

先輩に4番から3番に昇格する

チャンスを与えます」


「うん? 俺に出来る事ならやるけど

一体何させるつもり?」


「ココのパン屋さんは……何と! 何と!

夕方からフレンチトーストが

半額になるのです!

あー……、今日は練習厳し目だったし、

お腹空いたなー。空いたなー」


つぶらな瞳の上目遣いで俺を見つめてくる。

……一体、どこでこんな小技を覚えたのか?


「おーおー、

先輩をたかる後輩なんて聞いた事ないぞっ。

まぁ、でも仕方ないか。

俺も小腹は空いてるし、


『下校時に彼女と一緒にスイーツ』


……って、これはこれで

嬉しいシチュエーションだしな」


ふた切れのフレンチトーストを購入し、

その内のひと切れを結衣に渡す。


「んふっ! はあぁぁー。

お店の人、温めてくれたんですねー。

フワフワで甘くて美味しいー!

先輩、ありがとう!!」


スイーツの力は偉大だ。

たったひと切れで大切な女の子を

こんなに幸いっぱいの笑顔にしてくれる。


この笑顔の隣に立っていられる事が

どんなに幸せな事だろう?

結衣とはうまくやっていきたい。

これからも結衣の笑顔を沢山作りたい。

結衣は俺にそう思わせてくれる

大切な恋人だ。


──結衣と駅で別れ、

電車を二駅乗って帰宅する。


俺の自宅は小さな洋食のレストラン。

両親が経営している。

俺の趣味が料理である事も、

この環境で育ってきたことが大きいだろう。


「ただいまー」


「おかえりー、疲れてるとこ悪いけど、

今日も少し手伝ってくれる?」


「ああ……了解。

調理服に着替えてくる」


父は調理担当、母はホール担当。

俺は店内業務全般補助といったところだ。

あまり大きな声では言えないが、

少しばかりの時給も貰っている。

自宅でアルバイトが出来るのは

ありがたい環境だ。


こうしていつもの様に、

客足が落ち着くまで2時間ほど働いた。

仕事を終え、自分の部屋に戻り

ベッドに横になる。


「ふーっ、今日は疲れたな。

……少し眠ろうか」


携帯で30分のアラームをセットし、

仮眠につこうと目を閉じたその時……


(……あれ?

何だか……体が……重い? だるい?)


全身の力が抜けていき、

麻痺したような感覚に襲われる。

ゆっくりとまぶたが閉じ、視界が

真っ黒から真っ白に変わってゆく……。


……次の瞬間!!!


目を開くと遥か上空から

勢いよく落下しているでなはいかっ!?


(……ええっ!?

落ちてるっ!? 落ちてるっ!?

めっちゃ高いとこから落ちてるーー!!)


……落ち着け!これは夢だ。

そう、少し眠ろうとして

ベッドに横になったんだ。

……そう、きっと夢だ!)


しかし夢とは思えない様な

リアルな景色が眼下に広がる。


連なる山々、広大な森、

街や城壁に囲まれた城のような物も見える。


そして、落下しようとする先は湖のようだ。


(いくら夢でも!? 下が湖でも!

こんなスピードで落下したら

衝撃で死ぬーー!?)


「どわぁーー! 死ぬーーっ!!

あぁぁっ!!」


猛スピードで接近する水面。


(ダメだ! 始まって数秒で即死する夢!

……これは何なんだ!?)


と諦めかけたその時!


着水する直前に

身体が不思議な眩い光に包まれた。


……フワァーーーッ


優しい光に抱きかかえられるように、

身体が水面にゆっくりと浮かんだ。


(……た、助かった!?

今の光は何だったんだ?

でも、夢だとしても死ぬのは嫌だし。

と、とりあえず良かった!)


水面に浮きながら周りを見渡すと

陸地から伸びた桟橋があり、

その先端には神殿のような建物がある。

そして、

その建物から手漕ぎの小さなボートが

近づいてくる。

城の兵士の様な格好をした男が2人、

ボートの上から俺に向かって叫んでいる。


「おーい!! 大丈夫ですかー!?

お怪我はありませんかー!!?」


……助かった。


ボートの2人は俺の事を

心配してくれている様だ。


そしてボートの上に引き上げられる俺。


「あの、助けて貰って

ありがとうございます。気付いたら……、

いきなり空から落ちてまして!」


「おぉ! やはりあなたは

空の上から落ちて来られたのですね!!

我が国に言い伝えられている

伝説の通りです!!」


半ば興奮気味の兵士が続ける。


「国中に魔物がはびこり危機に瀕した時、

儀式によって召喚された伝説の勇者が

眩い光に包まれながら聖なる泉に舞い降り

このフリル王国を救う! ……と!」


(……えっ!?)


「いや、あの俺、勇者とか言われても

ただの高校生ですし……、

それに『舞い降りる』って言うよりは

自然落下に近かったんですけど!!」


「ひとまず! 我が国王のもとに

お越しください! 話はそれからです!

もし抵抗するなら……、

拘束してでもお連れしますので!!」


(……なっ!? 答え『1択』だー!)


そう言いながら兵士は

ボートに積まれた様々な拘束具を指差した。


手錠、足枷、縄、重り、

その他、用途不明な物が沢山……


(てゆか、あの辺の拘束具!!

何か見た事ない物が沢山あるけどっ!

ココの人達、大丈夫だよね? ね?


俺……、この王国内でまた

異世界に連れて行かれないよね!?)


一抹の不安に駆られる中、

兵士の1人が俺に声を掛ける。


「申し遅れました。

私は王国騎士隊の曹長でアリコと申します。

あなた様のお名前は?」


「……はい、俺はテルアキって言います。

よろしくお願いします」


──こうして、勇者として召喚された

俺の異世界冒険物語が幕を開る

……はずだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る