第65話 知らないのは己だけ

 翌朝、授業前に理事長に報告しにいくが、思ったより反応が薄い。


「もしかして知っていたんですか」

「ああ」


 なるほど。

 まあ、そうだろうな。俺が仕入れるよりも早くこの人は仕入れるだろうから、知っていてもおかしくはない。

 とはいえ、これ以上問答しても無用だろう。むしろ、今日は襲撃に備えておきたい気分だ。早々に俺は理事長室から退室して、実習準備のために更衣室へ向かう。



 うーん。

 これはデジャヴと言うべきなんだろうか。

 久しぶりに行われた実習後の帰り道、なんかよくないものが付きまとっている。


 そう。


 あの・・一年前、茜さんたちが襲撃してきたときと同じような感覚なのだ。


 だけれどもここで立ち止まってはどうぞ、襲ってくださいと言わんばかりの自殺行為。ゆっくり歩きながら気配を探す。


「ソウ」

「……ああ。野苺も気づいてるか」

「はい」


 櫻から声をかけられた俺はもちろんだと頷き、後ろにいた野苺に尋ねると彼女もまた気づいていたようだ。気配を探るようにあちらこちらを見まわしている。

 本来ならば二年生の実習に学年をまたいで参加することはないが、俺と櫻の護衛のためにという理由で今回は野苺も一緒に実習に参加していた。

 だけれど、なんだかこれはおかしい・・・・


「二人……三人……いや、一人……――?」


 俺たちを襲おうとしている敵の人数がわからないのだ。


「数が確定してませんね」

「そうだな」


 これに気づいたのは野苺だけのようで、櫻はきょとんとしている。


「どういうこと?」

「文字通りだ。人の気配がするにはするんだが、何人かがわからない」


 説明にふぅんとどうでもよさそうに頷く櫻。

 いや、お前も十分襲撃される対象なんですが。というか、お前がメインなような気がするんだが。


 そこまで考えたとき、一瞬、薬品、もしくは焦げ臭いにおいがした気がした。


「……!! 櫻伏せろ!」


 とっさに櫻を地面に押しつけるようにして、櫻をかばう。


「総花先輩もですっ!」


 野苺にそう叫ばれるが、俺は襲撃者を探そうとして体をひねる。

「俺のことなら……ッう゛ぅ」


 ひねった瞬間、腕に激痛が走る。

 痛い。


 まさしく灼けるような痛み。


「総花!?」


 櫻に声をかけられたが、俺は気にせず動こうとするが、痛みで思うように体が動かない。


「まだだ……――野苺、周囲に人がいないか確認だ!! 可能であれば捕まえろ!」

「わかりました!」


 仕方ないので野苺にそう命令すると、つらそうな顔をしながら彼女は駆けだしていく。その調子だ、野苺。

 そして疑って申し訳なかった。


「ソウ、大丈夫?」


 どうやら櫻が身体を支えていてくれているようだ。

 ありがたいが、お前が汚れるだろ。


「……っはぁ。さぁどうだろう、か、な?」


 そう言いたかったが、思うように言葉が出ない。


「さあって、ソウ、自分のことだよ?」

「お前が、大丈夫、な、ら、それで、いい」


 仕方ないだろ。

 ここまで出ちゃった・・・・・んだからさ?

 薄れゆく思考の中で、そんなことをぼんやりと思う。


「いいって、よくないよ……って、血が」


 おっと、おまえに、ついたのか……――拭おうとしたけれど、思うように力が入らない。


「気にするな、櫻。だいじょう、ぶ、だ……――――」

「総花ァ……――!!」


 聞こえているよ、馬鹿。

 そんなに大声で叫ぶなって。


 目をとじて、ゆっくりと意識を手放した。





 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


 総花に命じられて周囲を探していた野苺はだれもいない・・・・・・ことを確認すると、先ほど彼が狙撃された場所に戻ってきた。


「先輩、どうやら狙撃手はもうここら辺には……って櫻先輩?」

「どうしよう」


 そこには意識がない総花と彼の傍らにしゃがみこんでいる櫻がいる。

 彼女の視線は焦点があっていない。


「なにが――――って、総花先輩!」


 事態を把握した野苺は焦って彼を動かそうとするが、びくともしない。



「だめ、だめ。ダメダメダメダメダメダメ!!!!」



 その間にも櫻は壊れたように叫びつづける。


「救急車、じゃなくて茜先生を呼びます!」


 可能なことはしたい。

 目の前に死にそうな人と、その人を見て壊れそうな人がいる。

 野苺に迷いはなかった。理事長からこっそり借りていた皆藤家用の携帯電話で保健室に連絡を入れる。

 ありがたいことにすぐに連絡はつき、五分もしたらつけるとのことでそこは安心した。しかし、もう一つ、気がかりなことが彼女にはあった。


「総花、なんで、総花がなんで……――」


 うわ言のように呟いている櫻はまるで幼子のような状態だった。


「大丈夫です」


 野苺は打算抜きで櫻の頭を撫でた。いつもはしゃんとしている人がここまで震えているなんて、それほどまでに……――

 だから、希望的観測ではなく、事実を言う。


「総花先輩は助かりますよ」


 野苺にとってもそれは希望だったけれど、でも今はただ事実としてそう自分にも言い聞かせた。

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