第66話 結局はだれのため?
日が傾いて、当たりが暗くなったころ。
野苺に『保護』された櫻は理事長室に連れてこられ、しばらくの間、泣き叫んでいたが、一時間後には眠りについていた。
ゆっくりと彼女が目を開くと、見たことのある部屋の天井が映しだされた。
「落ちついたかい?」
「私が落ちつく……――?」
飲み物が目の前に差しだされたので手に取ると、柔らかい声が降りかかる。
けれど、櫻にはなんで自分がそんなことを尋ねられるのかわからず、思わず首を傾げてしまった。
「ああ、ずっと伍赤の名を呼んでいた」
ここでの保護者のような存在である理事長の言葉にはっと気づく。
「はっ、総花は!?」
そうだった。
「大丈夫だ。急所は外していたから生きてるし、彼の双刀の腕にも影響はない。多分彼ならすぐにでも実戦にいけるくらいだ」
「そうですか……」
理事長は櫻の隣に座って、頭をポンポンと撫でる。さっき、だれかにも同じようなことをされたけれど、だれだったんだろうかとどこか遠くで思う櫻。
そんなことを考えていると、理事長は大丈夫そうだねと頷く。
「ああ。ただ頭を打ちつけたからなのかどうか原因はわからないが、起きる気配がない」
それって、大丈夫なのだろうか。
「えっ」
櫻は目をぱちくりさせていると、理事長はフッと笑う。
「伍赤のことだ、大丈夫だろう。信じようじゃないか」
「はい……」
そう言ってもらえるのなら心強い。
自分一人だけだと心細かったけれど。
「しかし、なんでキミはあんなに取り乱したんだい?」
「……――――」
櫻はすっと答えることができなかった。
禁忌に近い答え。
言ってはいけない。
そう自分の中に封じこめた。だが、そんな彼女の気持ちを読みとったのか、柔らかく微笑む理事長。
「私にも似たような経験があるんだ」
「……――!」
「だからだと思うんだけれど、違うかな?」
そう言って真剣に櫻を見る理事長。
キミは伍赤のことが好きだよね。
それに頷けなかった櫻だが、それでいいと笑う理事長。
「いいんだ。
そう笑いながら書類を数枚、手にとる。
「ところでキミは彼を撃ったやつのことが憎いよね? 伍赤家とともに犯人捜索をしないか?」
その質問は愚問だろう。可能ならば自分の手で殺したい。
そう思えるほど、櫻は
「おっと、一歩遅かったようだ。キミに残念なお知らせがある」
残念だな。
パソコンを見ながら理事長は残念そうに笑う。
「伍赤家は一松家に《花勝負》を挑んできているよ」
そっか。
おそらく茜さんから連絡がいったんだろう。櫻は納得と同時にこれからどうなるんだろうという不安を感じた。
「正式な話し合いは皆藤本邸でしよう」
きっと理事長についていけば大丈夫。そう思った彼女はしっかりと頷いた。
皆藤本邸は物々しい雰囲気だった。
あの新年会に使われる大広間には流氷、葵、茅、櫻の四人だけがいたが、外には襲撃を警戒してなのか、それとも中で乱闘騒ぎが起きたときの対応のためかわからないが、茜以外の《十鬼》が集結していた。
「さて陳情を聞こうか」
「陳情もクソもない。どういうことだ、皆藤流氷。首領を危険にさらすって武芸百家の元締めがすることなのか?」
陳情、という名のクレームを言いにきたのは伍赤家次期首領。たしか葵という人だったはずだと櫻はぼんやりと見る。自分たちが未成年という立場上、当たり前なのかもしれないが、葵だけでなく叔父である茅までこうやって私たちに抗議してくれている。
そう思うだけでよかった、ちゃんとみんな心配してくれているんだよと心の中で思ってしまった櫻。二人のことはあまり知らないが、それでも、安心できる。
理事長が運転する車で飛ばして三時間、もう夜中という時間なのに、皆藤家は昼間のように明かりがこうこうとついている。
それほどまでに今回の事件は重大なことだった。
「私はまったくこの件については関知していない」
理事長の言葉にふざけんなと憤った葵は、今にも彼にとびかかろうとしていた。
「白々しい。首領を使って『死線の銀弾』を調べさせようとしてたじゃねぇか」
「それは彼の今後のためにもなるかと思ってだな。彼は自分で調べることをしなかった。前首領は独断で調べることが多すぎた。それはそれでいかがなものかと思うが、自分の手で調べないというのは首領としての器ではない」
たしかにその通りだ。
葵も頭の中では理解している。ただ理解しているだけだ。
「……――だからといって、わざわざ前線に立たせる必要なんてない。そう思わないか、一松の首領殿」
今度は茅が葵とは違って静かに突っかかる。葵の感情的な言葉も怖いが、茅の静かな言葉の中に込められた感情も怖い、けれどどこか羨ましいと櫻は思ってしまった。
「私にはわかりません」
しかし、櫻にはその質問に答えることができなかった。
「わからない?」
「ええ。襲撃にあったのは実習帰りの戦闘可能領域内です。それに私をおいて逃げることだってできたでしょう。それなのに、彼は……――――」
そうだ。
自分をおいて逃げることだってできたはずだ。
それなのに総花は自分が撃たれることを覚悟していたような気がする。
そう櫻は考えてしまった。
「あんたっていう女は……!」
「ええ、どう罵られても構いません」
櫻がどこか達観しているように言うと、葵がすぐさまつかみかかろうとしている。
彼が言うことも間違いではない。
彼らにとって、首領は彼だ。
自分ではない。
そう櫻は理解している。
「一松首領!」
しかし、それでは武芸百家と束ねる人にだって不親切だろう。
「いいえ、流氷さん。葵さん、でしたっけ? この方の言うことは正しいです。私の方が先に戦うべきだったんです」
きちんと、櫻は説明した。流氷が口を開きかけようとした瞬間、突然、五人目の声がした。
「おい、待てや」
「榎木兄さん」
そこに現れたのは櫻の従兄で、中性的な顔立ち――櫻と瓜二つの容姿の男だった。
「なんかさっきからよく訳わからんことをほざいているみたいだが、お前たち二人ともう一人そこには仲間がいたんだろ? そいつは戦わなかったのか?」
「いいえ? 戦うというよりも一方的に撃たれただけですから」
野苺は悪くない。
そもそも襲撃自体、予測不可能なものだったから。
「だったら、こいつの言うなりになるな」
榎木の断言にえ?と聞き返す櫻。流氷も茅も葵も突然の侵入者に驚きで言葉が出なかった。
「前線に出てようが出てまいが、結果がこうなったことにはかわらない」
そうだろ?
そう確認すると、櫻はわずかばかり頷く。
「しかし、こちらとしては同じ場所にいたのにもかかわらず、そちらの首領のみがかすり傷一つ負っていないというのは『なにをそのときしていたのか』という疑問にもつながりますな」
状況をいち早く理解したのは茅で、すかさず反論する。
「……それは」
「立ち位置と狙撃角度からすると、一松首領殿や三苺の小娘だって狙えたはず。それなのになぜ我が首領どの
それにはたしかになと榎木も理解した。
たしかに
一松と三苺が結託して、伍赤総花をなきものにしようとしているという汚名を。
少なくとも今の一松宗家が敵対していないことを示さねば、こちらとしても収まりがつかない。
「……それで《花勝負》ということか」
「そうだ」
「わかりました。いいよな、櫻」
伍赤から《花勝負》を望むと聞いたときはなんでたかが首領が撃たれた
「はい」
彼女は意外にも立ち直りが早かったようで、しっかりと返事をしていた。
「そのかわり、こちらから条件をつけさせてもらう」
「なんだろうか」
だが、無条件でそちらの挑戦に乗るわけにはいかない。
そう榎木はにやりと笑う。
「勝負は五人制。首領と次期首領、もしくはそれに代わる立場のものの参加を必須とする」
「そして、それぞれ首領同士、次期首領同士の試合とする」
これでどうだろうか?
榎木の挑戦は簡単なものだった。
その制約がある以上、代理を立てることはできない。
すなわち、大将戦はこちらの不戦勝になる。
「……――――わかりました。お受けしましょう」
それには葵も気づいたが、むざむざ引くことはできない。
それだったらそれまでに三勝すればいい、
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