第64話 諜報と罠

 理事長の言葉にそうかと少しだけ納得した。

 というか、今までかなり遠回りなことしてきたよな、あいつらって。


「驚かないんだな」

「十分驚いてますよ」


 俺も櫻も驚いていない。正確に言えば、三苺苺あに本当・・に狙いはじめたという部分には驚いている野苺以外は驚きを隠しているな。

 流氷さんはそのことに驚いたようだったが、まあいいや。


「そうは見えないが……まあいい」


 どうやら俺と櫻が表情を表に出さなかったことについてもっと問いつめたいというそぶりを見せたが、今はそれどころではないのだろう。どうしようかと俺らに問いかけてきた。


「本当は《十鬼》をお前たちに張りつかせておきたいところだが、茜と薔以外は万が一の襲撃に備えて皆藤本邸の警備につかせている」


 なるほどねぇ。

 たしかにあのときみたいに茜さんや薔さんたち《十鬼》が四六時中俺たちに張りつくという手段があるけれど、命を狙われているのは俺たちだけではないのだろう。

 親父のときは(半分狂言だったが)個人対組織だったからなんとなかったけれど、今回はそうではない。

 ある意味組織体組織でのやり取りだ。

 しかも、見えない相手との戦いだ。


「ならば私が先輩たちの護衛になります」


 どうしようか悩んでいる理事長だったけれど、その脇からすっと名乗りでたのは三苺野苺だった。


「断る」


 だが、それを拒否した。

 忘れちゃいないよな。

 そう思って彼女の方を見ると、いつも以上に真剣な彼女がいる。


「えっ、なんで野苺ちゃんの志願を……――」


 どうやら過去を忘れているようである櫻はなんでダメなのという視線を俺に向けてくる。理事長だけは俺と同じ考えのようで、すごく嫌な顔をしている。


「こいつは俺たちを狙っているやつの妹だ」


 理由その一。

 どこで情報が漏れているかわからないから、迂闊にそんな奴を使えない。


「そもそも最初に俺らを狙ったのを忘れていない」


 理由その二。

 そもそもこいつって、最初から俺らと仲が良かったわけじゃない。

 むしろ邪魔をしてくれた奴だ。


「それでも、今は……!」

「それでもだ」


 櫻はそんな彼女を許すと言っているが、俺にはそれはできない。


「お前、忘れたのか? 去年の文化祭のときのことを」

「え……?」


 理由その三。


「榎木さんや紫鞍さんと戦ったとき、三苺苺あいつもこいつもわざと負けるように手加減・・・したんだよ」


 あのときの違和感はこれだったんだ。

 俺らを襲撃したときの力だけを見るならば、一松二人に対しても負けることはなかったはずだ。しかも最初は優勢だったのに、突然劣勢になるように仕向けた。

 多分、親父だったらそこで止めに入ったレベルにはお粗末なものだった。


「そんな……違うよね、野苺ちゃん?」

「……――――」


 にわかには信じがたいんだろう。すがるように野苺を見つめる櫻だったが、そっぽを向く野苺。


「推測でしかないが、お前たちは元から一松紫鞍と組んでたんじゃないのか?」

「まさ……か」


 そして、紫鞍さんの言葉。

『一松の中に裏切り者がいるぞ』

 これは紛れもなく自分自身のことをさしてたんじゃないのか? そう考えると、さっきの理由にもつながってくる。


「そうじゃなければつじつまが合わない。多分、あの人、一松紫鞍は一松家と文字通り繋がりがないんじゃないのか? もちろんそんな男がどうして櫻を首領から引きずり降ろそうとしているのか理解できんが、そうすれば二人の利害は一致する。そして、裏でやり取りしながら櫻、お前を一松家へ戻したかった。だからあんな茶番・・を仕組んだ」


 もっとも変な部分で俺を怒らせたのがあの人の最大の誤算だったけれどな。

 あの人がもう少しきちんとしていれば確実に俺は負けた。


「そして、もともとは三苺野苺、お前は俺たちを監視して、櫻の瑕疵を見つけてそれを重点的について首領の座を奪おうとした」


 野苺がこうやって生徒会に入るのに嫌な顔一つ見せなかった理由を推測すると、案の定、櫻は喚いた。


「総花!! なんでそこまで言うの? きっとそんなことないはずだよ! そうじゃないよね、野苺ちゃん?」


 だけれども、きっとそれは裏切られるぞ、櫻。


「……――そうです。総花先輩の言うとおりです」


 ぽつりとつぶやかれた野苺の返答は俺の予想したものだった。


「うそ、でしょ」


 茫然としている櫻には感情が抜け落ちていた。


「でも、今は紛れもなく櫻先輩、総花先輩の味方です」

「信じられねぇな」


 うん、今まで敵だった人間がすぐに味方ですなんて言われても信じられるか。


「……――――」


 櫻は絶句しているけれど、信じられる信じられないという次元の話じゃなくて、多分この流れに乗ってこれてないんだろう。


「そうでしょうね。信じてもらえないと思います」


 自嘲めいた笑みを浮かべる野苺。

 俺にもよくわかる。

 最初、榎木さんと出会ったときはそんな感じだったからな。


「だったら、味方であるということを信じてもらえるようにどんな些細なことでもします」

「たとえば?」


 ここは彼女の我を通させよう。

 少なくともこれをしたらオッケーなんていう理論にはなれないから。


「お茶くみやお菓子作りやええと、夕ご飯の準備、ベッドメイキング、実技のお相手……――」


 おいおいおいおいおい。

 なんか変な方向に突っ走ってねぇか、この娘。


「そこまでしなくていい。というか、そんなことするな」


 最初のいくつかはわからなくもないが、最後は捉えようによっては大問題だぞ。

 お前よりも俺の品性が疑われる。

 櫻は理解できていないようで、ジト目を向けてきたのは流氷さんだけだったからよかったものの、本当に関係各所から怒られるような発言をするのが好きだな、この子たち・・は。


「わかった。だが、お前の行動は見張らせてもらう。だれかと接触しようとした時点で俺らの味方であるという保証はなくなる」


 いいな?

 強くにらむ俺に神妙に頷く野苺。

 櫻はまだ現実に帰ってきてないが、まあ大丈夫だろう。時間が経てば問題ないはず。

 さて、見張りをだれにしましょうかねぇ。


 それからしばらくは静観というかたちでおさまった俺らには、一応日常というものが戻ってきたのだが――――――

『櫻先輩、肩もみしましょうか?』

 かいがいしく働くねぇ。

『総花先輩、次の委員会で使う書類をまとめておきました。それと、今日の生徒会用のお菓子を作ってみたんですが、いかがでしょうか?』

 うんうん、綺麗なまとめ方ですごく助かるし、お菓子も美味しいねぇ。

『櫻先輩、今日の夕食、一緒に食べませんか?』

 おっと、なんかキャンプ用品持ってきてないか?

 ま、敷地内での自炊は禁止されてないから問題はないか。

『総花先輩、授業前の練習の差し入れです』

 もう朝も暑い日が続いていたから、非常に助かった。


 うん。

 思った以上に尽くす子だった。

 俺と櫻のパーソナルスペースを保ちながらも、かなりマメな子というのが三苺野苺の正体だった。

 ちなみに小萩さんと師節先輩に頼んで彼女の周りを探ってもらったけれど、特別怪しいものは出てこなかったし、だれかと接触している様子もない。


 そろそろ小萩さんに依頼した野苺の監視を緩めてもらおうかと思った日の夜、俺は寮の自室で伍赤家暗部が見つけたという『死線の銀弾』についての報告を呼んでいた。


「禁じ手である拳銃使い……かぁ」


 その報告には奴の顔写真、使用銃器、特徴などが示されている。

『禁じ手』という理由には諸説あるが、基本日本古来の武道を発展、極めたのが武芸百家。だから、拳銃と得意武器にするというのはご法度だ。《彼》は武芸百家ではないが、武芸百家相手に拳銃を持ちだす行為自体が禁じ手だ。

 どうにかして奴を抹殺するべきなんだろうねぇ。

 そんな奴相手に対処法なんてあるのかと考えたが、どうもうまく思いつかない。

 仕方ないので暗号を解きながら読んでいくと、接触した人間の名前のところでこれはまずいなと唸る。


「とすると、来るとすれば、明日かぁ」

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