第50話 叶わない願い

 情報の精度かぁ。

 たしかに百年にあったという歴史と血縁という物証。どちらがより確かな物証かといえば、血縁という物証。そちらの方が目に見えるから、釘がささっていると判断できる。


「むっずかしいなぁ」


 櫻に向けられた試練だったけれど、これは俺もきちんと学ばなければならないものだった。

 寮に戻ってから、倒れこむようにしてベッドの上に寝転ぶ。制服のままだと汚いとかそんなこと気にしてられない。明日にはもうあと一つの課題が残っているから、気力を温存しておきたいんだよ。


『今日はダメだったけれど、明日はちゃんとするから大丈夫だYO』


 眠る寸前に、小萩さんからメールが届いた。それを見て、少し苦笑いしてしまった。櫻に見つからないようにしている姿は少し笑いを誘うものだったけれど、彼女なりに頑張っていたんだだろう。


「本当かぁ?」


 気の抜けた笑みが思わず出てしまった。そういえば、明日二年生に到達するはずの『噂』の内容については知らないんだよなぁ。しょうもないものだといいんだけれど。

 そう願いつつ瞼を下した。





 少し緊張していたのか、朝早く起きすぎてしまった。しかたないので教室に向かう前に学校の周囲をランニングしてから教室に向かうと、既にほとんどの生徒が集まっていた。


「ソウ、噂が流れているね」

「ああ」


 俺が教室に入ろうとしたとき、櫻がちょうどどこかから帰ってきたようで、その噂をすでに聞いていたようだ。


『五位会議内のどこかの家の首領が首領を譲ろうとしているらしい』

『五位会議の中っていうことは、久しぶりにメンバーも変わるっていうこと?』

『それはどうだろうな』


『皆藤家の本邸に盗聴を仕掛けた人がいるようだ』

『すごい大胆な話ね。あそこって禁忌指定されているのに』

『それ、皆藤家じゃなくて、この学園の理事長室って聞いたぞ』


 二十人ばかの教室内。

 その中で噂されていたのは二種類。


『五位会議を構成している家の首領のだれかが首領の座を譲ろうとしている』


『皆藤家、もしくは理事長へ盗聴を仕掛けた』


 どちらも可能性としてはなくはないし、もしそれが現実ならばかなりのスキャンダルだ。


「五位会議内のだれかがって……――」

「ああ、ありえないだろうな。いや、そう割りきるのは早計か」


 俺は一瞬、ありえないと判断してしまった。というよりも思った以上にとんでもない・・・・・・噂であり、なんでこんなシャレにならない噂にしたんだろうと考えてしまったが、その可能性も否定はできないことを思いだした。


「どういうこと?」


 自分自身では気づいていないようだったので、俺は指を櫻自身に向ける。


「そ、んな……」

「冗談だ。でも、そう捉えられても仕方ないだろ。なにせ去年はそれでピーピー泣いてたんだから」


 櫻は否定しかけるが、事実を突きつけるとしょんぼりする。

 しまったな、言いすぎた。どうフォローしようか迷ったけれど、櫻は意外と気にしていなかったようで、ケロリと笑う。


「ああ、そうだったね。アハハ」


 その切り替えに良かったと胸をなでおろしつつ、『噂』の真偽を考える。


「だとすると一つだけが正しいのか、それとも両方ともでたらめか」

「でたらめ?」

「そうであることを願いたい、そうだよな」


 そのとき俺の脳裏に浮かんだのは親父のことだ。

 去年の夏、薔さんと話していたことがほぼ日を置かずに、あの人に伝わっていたということ。笹木野さんに聞けば一発なんだろうけど、なにせ今回の仕掛人の一人だからあの人を頼るわけにはいかないんだよなぁ。

 俺は覚悟を決めた。


 こうなったら直接・・聞くしかない。


「しょうがない、か」

「え?」


 おっと、心の声が漏れていたようだ。櫻が不思議そうな顔でこっちを見ている。


「ちょっと昼休憩のときに親父に聞いてくる」

「そんな、無理しなくても」


 俺と親父の確執に気づいているからか、無理しないでとやめるように言うが、これは試練なのかもしれねぇな。

 嫌いな奴、苦手な奴に素直に頭を下げられるかどうかの。


「無理はしてない。情報の精度をあげるだけだ」


 もちろんこれは強がりだ。でも、櫻には伝わってしまったようだ。俺の手をしっかりと握る。痛いじゃんかよ、櫻。


「そう。じゃあ私もできるだけ情報を集める」


 そんな櫻の声をただ黙って聞いていた。

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