第39話 歌えや飲めや……飲めません!!

 夕食会場は先ほど新年の挨拶がなされた部屋よりも広いところだった。


「もう始まっているわね」


 すでに宴会は始まっていたようで、五位会議の面々やほかの武芸百家の人たちも参加している。どうやらバイキング形式のようで、すでに本家分家関係なく、仲のいい人同士でしゃべっていることから、夕食会はかなり前に始まっていて、それにもかかわらず茜さんがかなり時間かけてやってくれたんだと気づく。


 しかし、さっきあの場にいた人たちはやっぱり着替えたのか、ほとんど全員が私服姿だった。その中には櫻もいて、紫条家の首領親子と話している。叔父と話している親父もそのことに気づいているようだから、この後厄介なことにならなければいいがと願うほかはない。


 茜さんはそっと俺の手を離して理事長の元へ行く。どうやら今はあの人に対してわだかまりがないのだろう。もしあったとしても、それを上回る敬愛が勝っているのだろう。

 もう少し茜さんのそばにいた方が良いのかと思ったけれど、杞憂だったようだ。





「お前もこっちきて、なんか食べろよ」


 そっと見送っていると、後ろから榎木さんに声をかけられる。この人は櫻とともに行動していないんだと考えてしまったけれど、そういうことも珍しくはないか。

 まあいいや。榎木さんに言われるがままに適当に小皿に料理を盛りつけて、従兄殿の元へ行くと薔さんと先ほど茜さんと戦った人、夕顔さん、師節家の次期首領さんがいる。

 場違い感が半端ないけれど、いいか。


「伍赤も飲むか?」

「いえ、未成年ですので」


 俺以外の人たちは成人しているようで酒を手にしているが、俺は当然ソフトドリンクだ。少し顔に赤みがかかっている夕顔さんに勧められたけれど、お断りさせてもらった。


「お? まだ君は二十歳はたち前だったのか……?」


 どうやら純粋に勘違いしていたようだったらしい。初対面だから仕方がないかでわりきれた。


「そうだな。伍赤は去年まで中学生だったから、新年の五位会議これに参加してなかったから、夕顔さんも見覚えないでしょ?」


 薔さんがさりげなくフォローを入れてくれる。童顔の夕顔さんに敬語を使うということはこの人も薔さんよりも年上か。


「ああ、そうだったな。柚太殿のご子息は今年が五位会議デビューだという話題で持ちきりだったな」


 それ、どこでの話題ですかね。


 自分のことが皆藤家内で話題になるのは名誉なのだろうけれど、本人の目の前でそんな話をされるととても恥ずかしい。ちなみに榎木さんの方をそっと見るとただ黙ってお酒が入ったグラスを傾けている。


「そうです。彼は次期首領としては最年少ですし、武芸科では二番目・・・に強いのは事実ですので」


 薔さんがそう誇らしげに言う。なにもあんたのおかげじゃないんだからねと少しツッコミたかったけれど、せっかく褒めてもらっているのに水を差すのはやめておこう。


「そのようだな。昼間の試合は楽しませてもらったよ」

「ありがとうございます」


 夕顔さんはあの試合のことを覚えていてくれたようで、『楽しかった』と言ってくれた。もちろん人を楽しませるためにあんなことをしたんじゃないけれど、呆れられるよりはいいかと思って、素直に頷いておいた。




「伍赤総花君。純粋に興味だけの質問なんだが、昼間のような形式の場合、首領もしくは次期首領やからと他流試合をした場合、どれくらいの勝率になると思うか?」




 しかし、この人も皆藤家の人だ。突拍子もないことをいきなりぶっこんできたな。別にこれはただの一意見だから、視線なんぞ気にするなという夕顔さんと薔さん。でもここに一人、首領候補がいたなと思ってその人を見ると、素直に言えと圧力をかけられたので、俺は(法律上)飲めないのにもかかわらず酒の場だと諦めて、素直に言わせてもらうことにした。


「…………そうですね。似たような流派の五條や一松以外の飛ばし道具、もしくは暗器を使わない近距離戦だったら勝てる、もしくは引き分けに持ちこす自信はあります」


 俺の答えに驚かない夕顔さんと薔さん。しかし、俺が出した前提が気になったようだった。


「では、一松や遠距離戦はどうだ?」

「まず、遠距離戦を生業とする家々の首領たちに負ける自信はありませんが、勝てる自信もありません」

「ほう」


 遠距離は薙刀、槍などの武器を使用する家。近年では実戦は少なくなったけれど、もし実戦だったら多分こちらが不利になるだろう。そう考えながらはなすと驚かれた。いや、十分に考えられる話だろうが。



「ちなみに現状で一松家、正確にいえば一松家首領とは勝負にさえなりません」



 誤解のないように言っておくと、櫻と戦いたくないというわけじゃないよ、これ。仮想戦闘をイメージしながら言っている。


「……ほう」

「……――――」


 俺の言葉に再び驚く夕顔さんたちと黙る榎木さん。三人の顔色は対照的だけれど、多分一般的な反応は夕顔さんたちの方だから問題はない。

 むしろ従兄殿は俺が『勝負にすらならない』といった理由が想像できたんだろう。


「ま、こんな無益な話しても意味ねぇか。このご時世にイクサなんて起きやしねぇからな。今日はじゃんじゃん飲むぞ、伍赤」

「だから、俺は未成年ですっ」


 酔っぱらっていた夕顔さんに絡まれつつも、なんだかんだ楽しい。三人でわいわいと喋っているときに視線を感じたけれど、それを無視させてもらった。

 またあとでな。


 はじめての皆藤家でのどんちゃん騒ぎは神経を使いつつも、楽しかった。

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