第40話 残された時間の意味
新年の五位会議が終わり、そっけなく父親と叔父と別れ、寮に戻った俺はのんびりと始業式を迎えるはずだったのだが――
「
どうしてこうなった。
いや、あのときから多分こうなるんじゃないかなぁなんて考えていたから、ある意味予定調和というべきか。
だけれど、目の前の櫻がやけにテンションが高いのはなんでだろうか。昨晩、いきなりメールで近くの神社に初詣に行こうと誘われ、断る理由もなかったから来たんだけれど、会ったときからの櫻のテンションについていけなかった俺はそっけなく返してしまう。
「……ああ」
「楽しいよね!」
「……ああ」
こういうのをウザ絡みというんだっけとか考えながら、櫻を観察する。今日は先日と違って制服だ。本当は寮にもってきたとか言っていた振袖を着たがっていたけれど、さすがに断念したようだ。
冗談半分で理事長に相談したら、もしかしたら許可されたかもしれないけれど。でも、本人がいいというならばいいのか。俺としても留袖ではない、私服としての着物姿を見てみたかったのは内緒にしておこう。
「楽しくないの?」
櫻がすっと俺の顔を覗きこむ。せめてもの抵抗で茜さんにもらった帽子をちょこんと乗っけている姿は、相変わらず似合っている。
仕方ないな。けれど、本当のことは言わないでおこう。
「楽しいよ」
俺はあくまで無表情で答える。はしゃいでいる櫻の姿が楽しそうで、俺まで楽しい。けれど、今はそれを言わない。
「じゃあ、なんでそんなに楽しくなさそうなの?」
アイツの問いにわざと答えなかった。人がまばらな境内を先に進む。櫻が待ってぇと追いかけてくるが、それをわざと放っておく。
大丈夫。そんな気がした。
参拝後、少し駆け足気味で学校に戻る。
「ソウはなにを願ったの?」
櫻はしっかりと右手を握りながら、尋ねてきた。
「俺は……ただ、無事に高校生活が終えれるといいなってな」
嘘偽りない気持ち、ではない。
本当は櫻と少しでも長く一緒にいたいと願った。でも、それは
それなのに櫻はそっけない。
「ふーん。そっかぁ」
「そういうお前はなにを願ったんだ? もうすぐ始業式なんだし、朝早くからわざわざここに来る必要なんかないだろ?」
今参拝してきたところは学校から少し離れている。知識としては商売繁盛というところまでは理解しているけれど、なんでわざわざきた理由がいまだにわかっていない。
しかし、櫻は意外とそっけない。人差し指を口に当てて笑う。
「そう言われればそうなんだけれど、今は秘密。でもさ、あと二回だよ?」
「二回?」
なにが二回なんだろうか。まったく見当もつかないけれど、櫻は理解している。
「……やっぱり総花、気づいてないんだ」
「どういう意味だ」
俺の問いかけにおもわず立ち止まる櫻。先ほどとは一転して表情が、抜け落ちている。なにかまずいことでも言ってしまったんだろうか。
「文字通りの意味だよ、
「……ごめん、わからない」
珍しく櫻が俺のことを名字で呼ぶ。それでも俺には彼女の思惑が理解できなかった。
「そっかぁ。うーん、ま、いいや。もう、学校始まるから、行こっか」
「ああ」
一瞬、しゅんとなった櫻だけれど、気持ちを切り替えたらしい。もう一度俺の手を櫻が今度は先に歩きはじめた。
学校行事としての始業式が終わり、仕事始めならぬ生徒会始めが理事長室で行われる。ホームルームが終わった後、櫻と二人で急いで向かうと、理事長が数枚の書類を前にして難しい顔をしていた。
「二人とも、楽しそうだったな」
俺たちが入ってきたのを見た理事長だけれど、書類を片づけることもなくここに座れと目の前のソファを指さした。
通常運転だなと思いながらも、ありがとうございますと言って座ると、その書類を俺らの方に向けてきたが、最初の話題は五位会議のものだった。
「へへっ。小萩さんと楽しくお話できてよかったです」
櫻が照れ臭そうに笑う。たしかにお前、紫条家の次期首領の小萩さんと会話が弾んでいたもんな。女子トークとはいっても、そもそもあの宴会場に女性はほとんどいなかった、というより二人に近づけなかったんだろう。
「お前はどうなんだ」
「え?」
「ずいぶんと茜と喋っていたみたいだったが」
唐突に話題を振られた俺は、五位会議でいつ茜さんと喋ったっけと思ったけれど、それより前に喋っていたな。
「……ええ。まあ
「そうか」
内容については言わなかったけれど、理事長は興味がないのかそれともすべて知っているのか。すぐに書類の方に視線を移す。
「ところで、来年度の武芸科の入学者が正式にそろった。すでに話してたかもしれんが、一松櫻、お前さんには来年度も生徒会長を続投してもらう」
そうか。
もうすでに武芸科の入学者は決まっているはずけれど、
それに
生徒会長は武芸科の中で実技がトップの生徒が選ばれる。だから、櫻以上に強い人が来年は入ってこないという意味なんだろう。櫻もそれに気づいたのか、わかりましたと素直に頷く。
俺はその書類、入学者名簿を見て、あることに気づく。
「理事長、三苺野苺って、まさか」
「その通りだ。多分、いやきっともめ事が起こる。兄の三苺苺がまだ来年もここにいる以上、きっとなにかが起こる」
同じように理事長も危惧していたようだ。
「……――――」
「だから一松櫻、伍赤総花。今まで以上に鍛錬を怠らないように」
すっと表情をなくした櫻に、とどめの一発を見舞う理事長。だけれど、それは正しい。あの変則的に行われた《鬼札》戦のことを今でも鮮明に覚えているのだろう。
「はい」
「わかりました」
櫻と俺の声が一致する。
そういうところだけは息が合うんだな、俺たち。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます