第38話 閉ざされた心、開く心

 父親との対戦は何年ぶりだろうか。

 定年間近とはいえども、まだまだ体の方は健在だろうから油断はできない。双刀を構える姿は侍そのものだった。

 目の前の人も俺も一気に攻めかかることはせず、互いに双刀を構えながらジリジリと円を描くように動く。周りの人たちからはまだ動かないのかと興味津々な視線を感じる。


「……――チッ」


 親父から舌打ちが聞こえてきたけれど、なんのための舌打ちなんだろうか。





 静寂を破ったのは親父の方だった。


 少しだけ上にあげていた右側の刀を一瞬のすきに順手から逆手に持ちかえ、左肩の方に腕全体を持ってきてから振りおろされる。

 俺は右側の刀だけに気をとられるわけにはいかなかった。

 右側で振り下ろされた刃を再びあげさせないようにしながら、左側ではもう片方の刃を上に弾き飛ばそうとする。


 もちろんここで二つともが決まればそれがいい。


 でも、相手は親父だ。ほかの人のようにはいかない。むしろ、俺よりも経験がある。浅はかな防御こうげきは通用しない。

 さらにその裏をかき、逆手に持ちかえた方の刀を落としながら・・・・・・、俺に足払いをかける。

 まさか足払いを食らうとは思わなかったから、足元の砂場へ勢いよく倒れこむ。


 みっともねぇな。


 普段の、高校入学前の伍赤家内部での模擬試合でもこんなみっともない負け方をするとは思わなかった。

 けども、最後に悪あがきをさせてもらおうじゃないか。

 頭上がどんな状態になっているか知ったことではないが、無事な方の右側の刀を真上に放り投げ、それに気をとられてもらっている・・・・・・間に立ち上がる。呆気にとられたらしい親父がこちらに気づくと同時に持っている双刀をまとめて振りおろされたので、刀一本で応戦する。背後でカタリと投げた刀が落ちる音がしたけれど、知るか。

 目の前のことに集中する。

 二つの刃がじわじわと俺の掌にのしかかってくる。

 いくら刀身全体で受けているとはいえ、峰と掌の接している面積は小さい。圧力がかかるんだよ。

 俺と親父のにらみ合いはしばらく続いた。





 結局、俺が足払いをかけられた時点で俺の負けが決まっていたようだった。


 そりゃそうだろうな。


 実戦だったら、あそこで息の根とめるからそれ以降の俺の軽い反逆・・なんて通用しない。多分というか、ほぼ確実に理事長……いや皆藤家当主は俺で『遊んだ』わけだ。

 とはいっても、親父との久しぶりの模擬戦は楽しかった。

 ……――――周りの目がなければ、より一層だろうけれど。


 一松家までの試合が終わり、夕食会までの時間で俺はホテルに戻り着替えた後、親父たちより先に皆藤家に来ていた。

 なんのためにかって? 治療のためにだよ。茜さんは俺が転倒したときにあちこちすりむいていたのに気づいたようで、養護教諭として声をかけてくれたようだった。こんなところまでお世話になるとはありがたい話だ。

 しかし、茜さんの私室に呼びだされたのはいいんだが。

 ……――――

 ……――

 ……

 皆藤家の人たちも夕食会までには着替えてしまうらしく、その着替えに時間がかかっているようで、ほかに行くあてもないので茜さんの部屋の前をうろついているんだけれど、なんだか間男みたいだな。


「はい、待たせたわね」

「いえ、とんでもありません」


 そんな俺を呼びにきたのはかわいらしい私服姿の茜さんだった。

 普段は勤務着というか、派手すぎず、清潔感あふれるあったかい色合いの服が多いけれど、今日の茜さんはパステルカラーの冬らしいセーターを着ている。


「珍しいですね。その色、好きなんですか」

「そうね。普段はあまり派手だとね、あまりよろしくないでしょ?」


 まあ、そうだろうな。

 養護教諭という特殊な立場柄、いろんな生徒とかかわる事が多い。血気盛んな奴らが多いところでこんな格好していたらなにをされるかわからないからな。

 ……もっとも茜さんに勝てる人はいないと思うのだが。




「総花君って慎重なんか大胆なんだか」

「そうですか?」

「そうよ」


 茜さんは消毒液を傷口に塗ってくれながらそうぼやく。

 俺は聞き返しながらも、そうかもしれないなと思う。ほんの小さいころは覚えていないけれど、物心つくようになって櫻と知りあってからは臆病でありながらも大胆になっていた気がする。

 でも、これは簡単に応えられることではないと判断し、今度は俺が茜さんに質問してみることにした。


「そういえば、茜さん」

「なあに?」

「茜さんって、なんで《十鬼》にいるんですか?」

「どういう意味?」


 俺の質問に首を傾げる茜さん。そのまんまの意味なんだけれど、まあいいや。


「いえ、化け物さいきょうの皆藤家の一員である茜さんがどうして《十鬼》に入る必要があったのかなって思ったんです」

「それは薔も一緒よね」

「ええ、なんとなく薔さんの理由はわかっています。けれど茜さん、あなたの理由が知りたいんです」


 ただの興味というのもあるけれど、茜さんの年齢はおそらく三十前後。薔さんの証言から茜さんが《十鬼》に入ったのは十五年ほど前。まだ高校入りたての少女がどうして十鬼にはいる必要があったのか。

 もしくは入らねば・・・・ならなかったのか。

 そこだけでも知りたい。そう思ってじっと目を茜さんから離さずにいると、茜さんは参ったわと肩をすくめる。



「私にとって皆藤家は守るために存在している。皆藤家という存在は脆い・・。だから、それを守るために私は《十鬼》になった。それでいいかしら?」



 彼女の言葉はかなり抽象的だったけれど、なんとなく理解した。

 多分この人は……――の娘であり、皆藤家、いや理事長は茜さんにとって……――――な存在であり、……――――をした相手と見ているんだろう。


「じゃあ、夕食会場に行きましょうか」


 治療を終えた茜さんは救急箱に器具を片づけ、そう言って立ちあがる。


「そうですね。行きましょう」


 エスコートをするために手を差しだすと茜さんは苦笑いしながらそっと手を握る。薔さんが見たら怒り狂いそうだけれど、知るか。

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