第31話 もう一人いた
茜さんはあのとき、櫻に襲撃されて保健室に運ばれたときと同じ視線、もし俺がひとつでも回答を間違えればすぐにでも息の根を止めようとするような鋭いものだった。
「あのほんの一瞬、総花君はたしかにキレていた――そうね、獲物を見つけたときの猟師のような」
それでも心配するような口調で彼女は尋ねてくる。
「私さ、一瞬、総花君が総花君じゃなくなるような気がしたの」
そして、そっと抱きしめてくる。正直、今の茜さんのぬくもりは気持ちいいものだった。
そこまでの心配にあの話をするか迷った。多分、紫鞍さんから言われたことを茜さんに告げれば、彼女は納得するだろうが、俺以上に暴走するはず。最悪の場合にはあの人を嬲り殺にいくレベルのものだ。
でも、茜さんの心配に俺は決めた。
「茜さん」
「なぁに?」
決意に目を輝かせてくる茜さん。ハグ解除はしてもらえないみたいだけれど。
「今から言うことは本当のことです。でも、決して怒ったり、暴走しないでもらえますか? あとできれば、いえ、絶対に櫻には言わないでください」
それを条件にお話しします。
そう言うと、それは条件にもよるけれど、仕方ない、わかったわと頷いてくれた。それくらいの担保がないとこれは話せない。
「耳を貸してください」
「うん?」
「俺が負けたときには……」
俺の指示に首を傾げながらも素直に従ってくる茜さん。その耳に先ほど言われたことをそのまま言う。
「……――――!! あんの、馬鹿がぁ!!」
「茜さん」
案の定、爆発しそうになった。俺はその肩を叩いて宥める。
「でも、その発言のおかげでふっきれました。まあ、ふっきれたというよりも心置きなく紫鞍さんに向きあえました」
戦ったときの感触は忘れない。アレが本気になるということ。伍赤内や櫻、榎木さんたちと
「……大人だわね、総花君は」
「いえ、まだ子供ですよ?」
「そういうことじゃないの。多分、私だったら、ただの模擬戦であることを忘れて殺しにかかっていたわ」
「はぁ」
茜さんはまだまだだわ、私もと笑う。ようやくハグを解除してくれた。
立ちあがった茜さんは、じゃあ一度保健室に戻るからと練習場を出ていこうとしたが、すぐに戻ってきた。
「ねぇ、このあと櫻ちゃん時間あるかしら?」
「本人に聞いてくださいよ」
本人に聞けよ、それくらい。
「もし、櫻ちゃんの時間があるようだったら、戦勝会と称してなにか美味しいものでも食べに行きましょう」
「……はい」
彼女の機嫌は一時的なものだったようだ。今は元通り、茜さんらしさが戻っている。
「じゃあ、また後で保健室に来て頂戴」
そう言って軽やかに去っていく彼女はなにかいいことでもあったのだろうか。
精神的にもつかれたから一度自室に戻って、双刀を放りだしてベッドの上に寝転ぶ。そういえば茜さんに櫻の予定を聞かれていたなと思って、電話する。もうこの時間なら手当ても終わっているだろう。
『どうした?』
三コールもしないうちに電話に出た櫻。
「今から予定入っているか?」
『どうして?』
「食事に誘おうかと思って」
『ふーん』
あまり上機嫌じゃないようだ。どうしたんだろうと思ったら、櫻の方から尋ねてきた。
『ねえ、総花』
「なんだ?」
『さっき、紫鞍兄から、なに言われたの? 言われた直後から総花、雰囲気が変わったんだけれど』
やっぱりこいつもそれか。いつかはバレると思ったんだけれど、早すぎる。勘のいいヤツめ。茜さんに口止めするまでもなかったな。
『もしかして私に関すること……?』
その言葉に俺は黙らざるをえなかった。でも、櫻ならば、櫻ならば理性を失わないはずだ。
「そうだ。お前に関することだ」
自分に言い聞かせるように告げる。電話の向こうでなにも言わないので、続けることにした。
「あの男は、俺が負ければ
意味わからんよな、あの男。
自嘲するように軽く笑いながら言うと、櫻は黙る。すぐに電話を切られても仕方ないし、罵られても仕方ない発言なのだが、それさえもない。
『……総花?』
多分電話の向こう側のアイツはその
『ところで、総花』
「なんだ」
櫻もどうやらこの話題に飽きたようで、話題を変えてきた。
『できれば、今日食事が終わった後に付きあってほしいところがあるんだけれど』
「いいぞ」
『じゃあ、今からそちらに行く』
そう言うなり一方的に電話を切られた。了解と軽く呟き、再び出かける準備をする。
「あら、可愛らしいわね、櫻ちゃん」
あの。そう言った相手は現在、絶賛不機嫌なんですけれど。しかも、なんか恨みがましい目でこっちを見ている。
騙してはいないよ? 本当のことを言わなかっただけで。
心の中でそう釈明しつつ、この不揃いな二人の間に立つ。
櫻が俺の部屋に来たあとに保健室に行って、茜さんと落ちあった。
『ごめんねぇ』
そんな軽い言葉とともに二人まとめていきなりハグされれば、誰だって驚くだろう。しかもその瞬間、めちゃくちゃ強烈なブリザードがふぶいたような気がした。
『なに総花に触ってくれているんですか』
後ろから冷気が吹き付ける。
っていうか、お前自身にたいしてのことじゃないんかい。俺に対してかよ。
『いいじゃないのよ。やきもち焼いちゃって』
フフフと笑いながら絡む茜さんはなんだか様子がおかしいが、その違和感を拭えない。
しかし、そんな気持ちなんかお構いなしに茜さんはじゃあ行こっか! と俺たちをまとめて背中を押して、歩きはじめた。
「櫻、お前がもし茜さんから食事に誘いだしたっていったら、来たか?」
誘った張本人がトイレに行ってる間に、櫻に尋ねると、ううんと首を振る。
「だろ? 多分、茜さん、純粋にお前のことを心配してた」
「そう」
「だから、全部言わなかったことは謝る。でも、その心配は素直に受けとっておけ」
そう言うと少し拗ねたようで、顔をぷいと背ける。どうやら茜さんの心配にはわかっていたようだ。
茜さんが戻ってきた後に、櫻はなにも言わずに頭を下げた。
「どうしたの?」
今までの不機嫌そうな姿からの豹変に、茜さんも驚いている。
「いえ、心配してくださっていたようで」
「……――構わないわ。ちなみに櫻ちゃんが壊れそうで心配なのは私だけじゃないわよ? そうでしょ、総花君?」
そう茜さんは俺に話題を振ってきた。
「え? まあ心配というか、なんというか。少なくともお前が気を張りつめていたのは気づいてたから、ちょっとだけ茜さんに手伝ってもらっただけだ」
「……? まあ、いいや。とにかくそんな感じだから、櫻ちゃんは肩の力を抜いて」
茜さんがそう言いながら櫻の肩をトントンと叩いても、嫌がらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます