第30話 勘のいい人はこれだから

 審判の合図とともに俺たちは飛びこんでいく。


 櫻は紫鞍さん、俺は榎木さんに。


 なにも打ちあわせしてなかったのに端っから・・・・榎木さんを狙っていたのをコイツは気づいていたようだ。


 今回はさっきみたいな暗器は使わず、むしろ正々堂々と戦う。それは榎木さんにも伝わったようで、彼はカウンター攻撃で鼻を狙ってくる。

 それをかわしながら柄で殴り、そして『本命』を叩きこむ。従兄殿とは小さいころから何度も手合わせた仲。俺の手の内も知ってる。だけども、それと同じくらい俺も榎木さんのことを知っている。


「……――ほれっ!!」


 対榎木さんで一番有効だと思ったもの、それはごく単純。

 吠えながら左側から相手に足払いして体勢をくずさせて、倒れこんだところに上から彼の首筋に右側の峰を当てるだけ。

 榎木さんの弱点は右側。なぜか昔から右側が弱い。卑怯だろうがなんだろうが、これでコッチは片づいただろう。


「勝負あり!」

「榎木!!」


 薔さんの合図に紫鞍さんの叫び声。


 だけどもまだ、勝負は終わってない。そりゃあ、この人にとっては想定外だっただろうが、その隙を逃さない。


 彼の弱点はないし、先ほどとは違って策なんか講じている余裕なんかないだろう。櫻との闘いもかなり白熱してるが、互いに傷ひとつおってない、まさしくプロ同士・・・・の闘い。


 ちょうど紫鞍さんと櫻の方向に向いときには、互いに向きあって、櫻はやや斜め左後ろに傾き、変態兄貴は首を狙いながら、互いの右拳同士を振りだすところだった。まるで曲芸のように華麗なだ。


 でも、この状況、このままでは圧倒的にあいつは不利だ。


 引き分けに持ちこまれるわけにはいかない。後々どんな要求をされるか、たまったもんじゃない。


 今回レギュレーションを決めたのは一松あちらだよな。

 こちらは全力全開でレギュレーションそれを守りつつ、あんたたちを突破させてもらう。


「やめろ、一松紫鞍……!!」


 二人の間を斬りこむように左側の刀を投げこむ。

 というかあのバカ兄貴、なんていうことをしてくれてるんだ……――!


 カラン! ジャリンッ!!

 双刀の片割れが落ちた直後に鈍い音が響く。


「嘘……」


 だれが呟いたんだろう。

 片割れを投げるという行為だけで疲れ果てていた。いや、投げるという行為は簡単だけど、それをコントロールするのは別だ。落としたものには全く興味がわいてなかった。


 なんかだれかが歩いてくる音がするな。

 その場で座りこんだ俺はその音のほうに顔をあげることもなく、ただ呆けていた。


「……なんの真似だ?」


 低い声がよく響くなぁ。横を通りすぎた人は悔しいという表情さえしていない紫鞍さんをバカったれと叱る。


「この戦い、やっても無駄だと思いますよ?」


 理事長の顔はよく見えない。でも、あの人の声音は晴れやかとしかいいようがない。


「最後までレギュレーション読みました?」

「どういうことだ」


 弾む会話に俺はついていけない。いや、ここにいる人すべて、榎木さん以外はついていけてないだろうね。でも、そんな全員かんきゃくを目の前にして、高らかに紫鞍さんは笑う。



「『最終戦は二対二とする。しかし、勝負は一対一で行い、勝った数、もしくは勝負がつくまでにかかった時間が短い試合の勝者側に得点がはいるものとする』」



 彼の言葉に唖然とする一同。


「となると勝敗は……――」


 審判の薔さんな息を飲みながら呟く。それに笑う紫鞍さん。


「そうですよ。もうついてるんですよ? 総花くんが勝った時点であなたたちの勝ちだったんです」

 僕が櫻ちゃんに勝っていても、この試合の勝敗は関係なかったんですよ? だから、無理に止める必要なんてなかったじゃないのかい?


 そう言う紫鞍さんの笑みはどこか狂気を帯びていたように思えたのはほんの一瞬だった。


「じゃあ、なんでお前は苦無くないなんか使おうとしたんだ? お前は素手でも彼女を追いつめることはできただろう?」


 静かに尋ねる理事長に目の前の人は場違いなほど、綺麗な笑みを浮かべる。


「ただの牽制ですよ? 最終手は反対の手で行おうとしましたよ?」


 ひらひらと手を振りながらそう答える青年にグッと詰まる理事長。この場ではそれ以上、彼を問いつめることはできないだろう。



 一松紫鞍は危険だ。



 そう直感がささやく。とはいえ、この場ではなにもできないのもまた然り。じわりと真綿で首を絞めるように、あの人を追いつめるしかない。


「なので、今回の勝負はこちらが二勝、あなたたちが三勝。首領を返還してもらうという目的は達成できませんでした。だよね、榎木くん?」


 中性的な笑みを浮かべる紫鞍さんはこの《花勝負》のきっかけとなった人、一松榎木首領補佐に聞くとああと頷く。すごい苦々しそうな顔だったけれど、紫鞍さんが言った通り、俺が榎木さんに勝利した時点でこの勝負はついていた。






 一松家側の引き際はあのとき、夏野の高原で三苺兄妹と戦ったときと同じくらいあっさりしていた。そしてその二人もさっさと引き上げていってしまった。

 契約の関係上、それを止めることもできないし、引き止めたところで話を聞くこともできなかったんだけどね。


 櫻は少しかすり傷を負っていたらしく、自分で手当てすると言って、早々に部屋に引き上げていた。





「はっやいわね、帰るの」

「ええ」


 手元に残っていた片割れを先にしまった後、投げつけた片割れを拾って鞘にしまったところで手持ち無沙汰な茜さんに声をかけられた。


「ねぇ、総花くん」

「なんでしょう」


 妙に俺の近くまで寄ってきた。もしかして、あの話か……――


「さっき、一松紫鞍になにを言われたの?」

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