第18話 過去との相殺

 すでに櫻と男はそれぞれの得物を構え、試合の体勢になっている。櫻は拳ひとつ、男は……――鎖鎌ではなく、さっき茜さんが持っていたものよりも短い、いわゆる合口あいくちだった。皆藤家以外で複数の武器を扱える家はそうない。むしろ、目の前の少女とあわせて考えると、あいつはあのあと・・・・……――いや、今はこちらだ。


「ねぇ、ソウ兄。むかぁし、私と会ったこと覚えてるぅ?」

「あ゛?」


 髪は染めてないが、喋りかたはまるでひと昔前のギャルのような少女相手に俺はちょっとだけつかみかかりそうになってしまった。


「まさかと思うけど、覚えてないってことはないよねぇ?」


 どう返答しようかと考えてると、迫ってくる少女。櫻に襲われた直後に茜さんに迫られたことがあるが、あのときのほうが何倍も恐怖を感じる。


「ああ、思いだしたよ」


 それでも彼女と視線を合わせるのが怖かった。


「ふぅーん。じゃあ、名前はなんだと思う? 名前じゃなくてもスリーサイズでもいいよ」


 スリーサイズって……おっかねぇ。またあのときと同じ目に遭いそうで怖い。


「お前の名は三苺さんばい野苺、十三歳。たしか得意武器は薙刀、得意科目は数学と化学。そうだよな?」


 半分やけくそで答えてやると、フフフって不気味に笑う少女。


「なぁんだ。やればできるじゃん、ソウ兄」


 少女、三苺野苺は脇に置いてあった長いものを大切そうに撫でる。どうやらそれが彼女愛用の薙刀のようだ。どうやら当ては外れてなかったようだ。あの男と瓜二つな少女。そして、薙刀。近ごろ・・・話題になっていたから、ちょっと伍赤のネットワークで調べてもらったのが功を奏したみたいだ。

 ここからはこちらのターンとさせてもらおうか。


「俺が小学生になる前、夢野の郷で兄妹けいまいに出会った」


 思い出話にそれすっごく懐かしい話だねとはしゃぎだす野苺に対して、冷めた目で彼女を見る俺。


「そのうち兄は俺に難癖をつけ、妹はすり寄ってきた。どちらも言っていることは正論で、どちらも言っていることは間違っていた」


 俺はあのときを思いだしながらふうと息をつく。あのときの記憶は黒歴史っちゃあ黒歴史だが、忘れられないもんだ。


「そのあともそいつらはしょっちゅう俺の前に姿を現した。兄の方は俺に妹が近づくのを阻むように、妹はその兄を出しぬくような感じで。俺にとってはただ遊びにいってるのに、毎回毎回喧嘩を売られるようなもんだったから、迷惑だった。それでも家にいる時間よりは楽しくて、ずっとあの家に遊びにいっていた」


 その回顧になに言ってんのソウ兄と焦りをみせる野苺。

 そうだろう。これはお前との思い出話じゃない。櫻とあの従兄殿の話だ。

 あの人には非常に絡まれ、結婚前の舅じゃないのかというくらいに鬱陶しがられた。それでも、度重なる櫻の妨害・・にあの人は折れた。





「それに引きかえ、お前たち兄妹は最初っから俺に喧嘩腰だったな。たしかすすきふもとの別邸に来た時もお前らは親父に喧嘩を売っていたのを覚えてるさ」





 あれはなんだったけな。

 伍赤うちに入門したいだの、手合わせをしてくれだのだっけな。対応すんのが非常に面倒だった。

 結局は丁重にお引き取りいただいたが、そのせいでうちから離反者が出るなど少し綱紀が乱れかけたこともある。


「で、今頃なんだ? なぜここに転入しようと思ったんだ?」


 櫻に対するやっかみか? それとも、俺への復讐か?

 お前たち兄妹に復讐したいのはこちらなんだけれどなぁ。まぁどちらにしてもド迷惑極まりない奴らだ。


 しかし、目の前の少女はううんと首をふる。


「私ね、今でもソウ兄のことが好きだよ。だから、ソウ兄の隣にずっといたいなぁって」

「断る」


 少女の言葉にすぐさま断る。

 ふざけるな。

 俺の隣にいていいのは……アイツだけだ。


「……――――やっぱりだめだってよ、にぃに


 野苺は諦めたように叫ぶ。でも、その顔はすっきりとしていた、気がした。

 少し離れているから、向こうの音はほとんど聞こえなかったけれど、両者一歩も譲らぬ戦いをみせている二人だったが、野苺の言葉で男、兄の苺がもっている合口をブンと鈍い音を立てさせて、地面に落とす。それを足ではね上げようとして屈みこもうとしてた彼のすきをついて、蹴り上げる。

 そして、倒れた苺の首に櫻は手を添える。

 勝負あり。

 櫻と体術で勝負したとき、何度その体勢にさせられたことだか。思いだしたくもない過去を思いだしたけど、今は今でいいんだ。


 文句なしの勝利だな。


 そう思って理事長と茜さん、薔さんの方を見ると彼らも拍手している。

 すでに野苺は苺の方に向かっている。さて、俺も櫻を労ってやるとするか。

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