第17話 譲れない、護りたいもの
「あんたってまさか……――」
男は薄手のパーカーにだぼだぼのズボン。髪型はあのときとまったく同じ。少女も少し派手な服をしているけど、ほぼあのときと同じ格好をしている。
どう見ても戦闘向きじゃないが、ここにいるということはそういうことだろう。そんな男が間近に迫った俺らの中で最も震えていたのは、その茜さん。あのとき俺が仕留めたはずなのに、そもそも『自分が一松櫻と名乗ったのを覚えていないのか』と考えているのではないだろうか。しかし、残念なことに彼は間違いなく櫻を知っているし、生きている。
「ううん?……――ああ、
けろっとした様子で茜さんを見る男。その目には嘲笑とも憐憫ともとれる感情しか映ってなかった。
「いやぁ、まさかあそこで自分が一松櫻なんっつったから、おもわず信じるところだったじゃねぇか」
男は心にもないことをつらつらと言っている。それはヤツの目を見ればあきらかだった。
「ま、そのおかげでここにアンタたちがようやく来てくれたみてぇだけどな」
「ところでよ、一松櫻。君に頼みたいことがある」
「なに?」
ここまでのやり取りで茜さんと俺に襲撃をかけた人物であることはわかったので、櫻も敵認定をしたようだ。いつもの声より、数段緊張しているのが分かる。
「その生徒会長の座、譲ってくんね?」
その場にいた全員がはぁ!?という声なき声を出した。
「いやさ、ボク、立睿高校に入学するんだけど、その生徒会ってどう見ても機能してないんだから、生徒会長の座を譲ってくれてもいいよね?」
この切羽詰まった状況で、どうやら男は『俺』ではなく、『ボク』なんだとどうでもいいことを考えてしまった。
しかし、無茶、無謀だ。たしかに今まで生徒会の機能は果たしていなかった。でも、こいつに生徒会長なんていう柄は全く似合わない。櫻を見ると、少し考えているようだ。
たしかに櫻はいやいやながら引きうけた。
「いやさ、君、生徒会長が嫌そうだって、妹から聞いてね」
男はやれやれとため息をつきながらうしろにいる少女を見る。少女はええと軽く頷く。どうやら気づかない間に
「だから、その重荷をボクが変わってあげると言ってるんだけれどなぁ? そこはす
んなり頷いてくれても
ひたすらニヤニヤしながらそう告げるが、櫻の表情はかたいままだ。ちなみに、理事長が止めにはいらないところから、おそらくこの話は
「でもさ、意外だったよ」
男はそうそうと思いだしたように手を叩きながら話を続ける。櫻も茜さんもなんだというように男を見る。男は大物が釣れたとばかりにニヤッとほくそ笑む。
「昔、君に会ったとき、あまりに一松のしがらみが嫌そうだったから、せっかく
心外とばかりにやれやれとため息をつく男。
「どういうこと?」
その発言にはさすがの櫻も眉を寄せる。あっれぇ、まだわかんないの、ボクのこと? そう言って首を傾げる男は純粋なようにも見えるが、全然純粋ではない。
「君の両親、山吹と細雪を殺したのはボクだよ? 君を慣例に反して次の首領につけたがっていたあの
最後だけ嘲笑を浮かべた告白に一同、どういうことだと困惑するが、涼しい顔をしたままの男。
「だから、君にとってボクは恩人っていってもいいくらいなのに、そう言ってくれないんだねぇ」
気持ち悪い。
たった
櫻の両親を殺した犯人が分かるかもしれない、と。
「ふざけないでください」
男の言葉に対抗できたのは一人、櫻だった。無理するな。そう言おうとしたが、櫻はしっかりと男の方を見て、言葉を紡いでいる。
「私はたしかに嫌でしたし、今でも首領の座が自分にあるのは嫌です。それをいつ会ったか覚えてはいませんが、あなたにそう言ったかもしません。ですが、もし生徒会長の座を奪われるのならば、奪う人間はあなたではない。ちなみに私は首領というものに
櫻の言葉にふっきれたみたいでよかったと思うと同時に、ではだれがという疑問もでてきたが、今は聞かないことにした。
「理事長、《鬼札》との対戦、認めてもらってもよいでしょうか?」
彼女の凛とした声にわかったと頷く理事長。
いや、いかにも鷹揚そうに頷いてるけど、あんた、すでにこいつに丸められてたみたいじゃないか。
櫻と男、二人が練習場の中央に向かう。すると、なぜかもう一人の少女が俺の隣にくる。
「ねぇねぇ
そいつは憎たらしいほど無邪気な笑顔でそう俺に問いかけてきた。
ああ、いいさ。やってやろうじゃねぇか。
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