第12話 罪作りな女

「で、なにをしてきたんだ、キミたちは」


 目の前の壮年の男性、もとい、皆藤流氷理事長は呆れ混じりに俺らを見ている。うん、仕方ないんだが。あのあと学園に着くと同時に理事長室へ連行された。


「キミたちときたら、学外へいってジャンクフード食べて、雑貨屋でおそろいの帽子買って、で、襲撃者に遭遇してそれを撃退してきたと」

「うん」

「あ、ハイ」


 怪訝な顔の理事長に対し、茜さんは目を輝かせて、俺は目が死んだ状態で返事をする。いや、いいんですけどさ。

 拒否権もなにもないこの部屋では、ただ首振り人形のようになるしかない。



「ったく、お前たちがいない間にこちら襲撃を受けた」



 ため息を腹の底から絞りだすように言う理事長。


 …………――――うん?

 今、襲撃を受けたって聞こえたんだけど、気のせいじゃ……ないよね。茜さんを見ると、彼女も愕然としている。


「襲撃犯は二人。屋内練習場と屋外練習場同時に一人ずつ襲撃したようだ。運がいいのか悪いのか、たまたま自主練でそこを使ってた生徒たちがなんとかしてくれた」


 理事長の言葉に一切の感情は見られない。なにも感じてないのか、思うところがありすぎるがゆえに感情を出さないようにしてるのか。


「残念ながら覆面をした状態での襲撃、三年生二人と櫻くん、彼女を守っていた薔が反撃してくれたが、あいにくとり逃がしたようだ。死体さえ一切、残ってない」


 理事長の説明にまさかとあせる茜さん。その気持ちはわかる。のほほんと食事なんかとってるんじゃなかったってな。


「……――意外になにも言わないんだな」


 驚きすぎてる俺らにぼそりと呟く理事長。いや、驚きすぎてるだけよ。まさか他愛のない話で笑いあってる最中にここが襲撃されていたなんてな。


「言えるわけないでしょ、流氷さん」


 一切笑いにしなかった茜さんが当たり前でしょとぼやく。


「で、キミたちの成果は?」

「私たちの襲撃は一人。でも、櫻ちゃんの顔は知らないのかしら。私のことを見て『一松櫻』って言ってたから」


 茜さんはどういうことかしらねぇと深く考えるそぶりをするが、ここへの襲撃、そして俺らへの襲撃の二つをあわせると、まさか。


「まさかとは思いますが、どこかの一族が反乱を起こしているとは考えられませんでしょうか」


 俺の推察になるほどなぁと頷く理事長。

 考えられなくはない。

 皆藤家を中心に動いている武芸百家には、皆藤家に刃向かうものもいる。かつては彼らが反乱を起こし、それが日本全土を揺るがす事態になったこともあるくらいだから。

 今でこそ、文官統制シビリアン・コントロールができている日本であっても、ここは半無法地帯。いつどこで戦争・・が起こってもおかしくない。





 その後、俺の推察を踏まえて考えをだしあったが、具体的な結論は出ず、明日も実習があるということで、早々に帰室させられた。


「なんだかごめんね」


 理事長室から出た瞬間に茜さんがいきなり謝ってきた。


「いえ。茜さんとの時間、楽しかったですよ」


 それは本音だ。伍赤の縁者たちは全員堅物ばかりで、あんなふうにわいわいとジャンクフードなんか食べに行ったことなんてないし、雑貨屋さんに行く、なんていう経験も初めてだった。

 俺の言葉に慰めなんていらないわよと笑う。

 慰めじゃないんだけれどなぁ。ま、本心はどうあがいてもこの人には伝わらないだろうし、いいや。


「そうそう、これ」


 最後に渡してきたのはラッピングされた袋だった。中身は見えなかったが軽く、例えば服のようなものが入ってそうだった。


「――――なんですか、これ?」


 茜さんは俺の質問になにか考えていたが、うまくまとめられなくてえいとばかりに、投げすてるように言う。


「櫻ちゃんに渡しておいて」

「は?」

「いいから。明日渡さなかったら許さないからねっ!!」


 そう言い捨て、じゃあねと軽やかに去っていった。いや、明日は休日のはずだ。自主練で練習場で鉢合わせしない限り、明日渡すのは無理なんじゃないか? でも、茜さんに言われるとなんだか鉢合わせしそうな気がする。なんだか不思議な気分になったので、それを拭うように寮に戻るまでの間、今日の考察をすることにしようか。


 俺と茜さん(櫻)を襲撃した男。

 ここを襲撃した二人。

 どちらも襲撃という共通点はある。しかし、あの張り紙との関連性、そして、二手にした意味があるのか、そもそも二組は仲間なのか。

 そして、彼らの正体は皆藤家を敵にまわすことで何のメリットがあるのだろうか。


 寮の部屋に戻った瞬間、正面から視界が遮られた。


「あ゛――――?」


 不意打ちすぎて変な声が出てしまった。どうやら紙吹雪かなにかで視界を遮られたようだ。


「おかえり、ソウ」


 待っていたのは無表情のちんちくり……じゃなかった、櫻。どうやら襲撃のあと、直接こちらに来たようで、練習着が少し汚れている。おそらく彼女たちが襲われたのは屋外練習場か。


「大変だったな」

「うん」


 門限がとか男女がどうとかということはこの学校は気にしないようだ。まあ、武芸百家の人間はそもそも気にしないのだが。そんなこと気にしていたら、練習なんてろくにできない。

 櫻はお茶を飲みながら事件のあらましを説明する。おおよそは理事長から聞いていたことだったので、細かい部分だけを頭の中で補足していった。

 彼女がすべて話しおえたあと、俺の方で起きた話をすると――――


「ねえ、茜さんと一緒だったのは楽しかったの?」


 うわぁ、上目遣いで聞いてきてますけど、目が笑ってなぁいぃよぉ。怖ぁい。


「イエ、マッタクデス」


 そう言って、櫻にと言われていたものを渡す。なにこれ? と袋の中に顔を突っ込む櫻。いや、そこまで大きい袋じゃないんだけどね。


「……――――可ッ愛いぃ」


 目をハートにするという言葉はあながち間違いじゃないはず。櫻は少し前の表情から一転させ、かなり目が輝いてる。彼女がとりだしたものを見て納得した。猫耳風のベレー帽。それはたしか、俺に買ってくれたベレー帽と対になるもの。


「罪作りな人だなぁ」


 俺はそうぼやいたけど、櫻には聞こえてなかったようだ。無邪気にはしゃぐ姿はまるで猫のようだった。

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