第13話 情報提供

 で、それから数週間、襲撃はなかった。

 いや、そもそも襲撃はないのが普通なんだけど、あの張り紙だけに理事長も相当ピリピリしていたようで、例の夏野高原については皆藤の人間に探らせているものの、これといったものは出てこず、皆藤家の別荘も襲撃されてないそうだ。


「難しい顔してるねぇ、総花君」

「…………ええ、そうですね」


 目の前には青少年の目には毒でありながらも、絶対的に抗えないものがある。だけども、『それ』を気にしてる余裕はない。なぜなら……――――


「……ねぇ、なんで私覚えられないんだろう……うぅ」


 今は期末試験の開始二日前。教科書と参考書と格闘してる少女がいるのだ。

 ……――うん。

 たしかにコイツはいわゆる脳筋なんだよ。中学校の成績はすこぶる・・・・悪いって聞いていたんだけど、あの変態兄貴とシスコン従兄殿の両方からね。

 どうやらそれは誇張表現ではなかったようだ。

 あの生徒会長事件が起こった直後の中間考査で、彼女は五教科中四教科で赤点、残りの一教科も赤点すれすれという大惨事だった模様。ちなみにこの高校、一般科では全生徒の成績一覧の張りだしが行われるが、武芸科でそれはない。そのシステムに救われたといっても過言ではないだろう。

 まあ、普通の学校での生徒会長って品行方正、眉目秀麗、成績優秀な人間が選ばれるものだからなぁ(多少の偏見はあるだろうけど)。まさかこんな筋金入りの脳筋が選ばれるわけないもんなぁ。

 少し遠い目になっていると、櫻がなにかぶつぶつ言ってるのが聞こえてきた。


「これが終わったらソウとデート。これが終わったらソウとデート。これが終わったら……――」


 …………――――それはあの食事のことを言ってるのだろうか。だとすると、正確には笹木野さんこみでの食事なんだけど。


 ちなみにここは授業後の生徒会室。

 薔さんと茜さんがいる。しかも、二人とも微妙な距離で俺たちを見守ってる。読書とか包帯づくりしてるけど、絶対に聞き耳立ててるよね。

 ああ、やりづらいったらありゃしない。

 うわ言をくり返しながら参考書と格闘してる櫻をはた目に、俺は世界史の資料集を流し見してる。


「お前、たったそれだけでわかるのか?」


 薔さんがしゃべりかけてくる。そうだろう。指定された宿題しかやらず、あとはこうやって資料や教科書を流し見してるだけの人間に対してはその反応で正しい。


「ええ、それだけですが」

「……嘘だろ」

「嘘じゃありませんよ」


 そう。嘘じゃない。でも、目の前の人にとっては信じがたい光景だろうね。


「…………――お前、学年首席を返上しろ」


 デスヨネー。一般科を含めた総合学年首席をうっかりとってしまったのは間違いなく俺だ。多分、必死になって勉強してる一般科の生徒にしてみりゃ刺し殺したくなる存在だろう。

 だけど、これはしょうがない部分もあるんよねぇ。昔からの勉強方法であり、それで失敗したことがないんだから。


「……まあ、いつかは抜かしてくれる人が現れるのを待ちます」


 そう言っておくしかないよね?

 俺の答えに薔さんはしぶしぶ諦めたようだが、できることなら俺が殺したいとでも思ってるんじゃないかな。

 まあ、その気持ちはわからなくもない。誰だってそう思うだろう。


 そんな殺伐とした期末試験前だったんだけれど――――


「ぎゃあ゛ぁぁぁ――――」


 まるで黒い小判ぐらいの生体を発見したときのように盛大に悲鳴を上げる櫻。どうやらあのときの格闘は無駄に終わったようだ。


 南無阿弥陀仏。


 期末試験後のテスト返却は(おもに一人だけ)阿鼻叫喚地獄だった。

 ちなみに、俺? うん、五教科七科目中六科目は九十五点以上百点未満。一科目だけ、というか世界史だけ妙に厳しくみられている。八十三点。ははぁ。多分、薔さんの私怨こみの点数でしょうねぇ。『漢字のとめはね』までみられてるんだから、よほどあの勉強方法がお気に召さなかったんだと思う。

 たしかに邪道なのは理解してる。してるよ?




 それから一週間後の夏休み初日。


「ハッハッハッハ。いやぁ、まさかそんなことになってるとは、愉快だよ」


 そう言いながらそうめんを食べるのは年齢不詳、職業情報屋のおっさん、笹木野さんだった。ここはカフェ・ド・グリューの店内。俺たちは久しぶりに笹木野さんとの食事にのぞんでいる。

 しかし、注文するときになぜカフェでそうめんなんだろうかと思ったけど、どうやらここのおすすめはそうめんのようだ。意外と多くの人が頼んでる。

 ちなみに隣には現在絶賛落ち込み中の櫻がいる。どうやら一週間経ってもあの衝撃は忘れられないものであるようだ。わかるわかる。俺にも一回だけ成績で落ち込んだことがあったからなぁ。


「しっかし、一年経たないのに、嬢ちゃんは変わってしまったなぁ」


 食後、コーヒーを飲みながらしみじみと呟く笹木野さん。


 本来ならば中間考査が終わった後すぐ、五月の下旬から六月の上旬に会う予定だったけども、俺たちの実習予定と笹木野さんの潜入業務・・・・が合わなかったのが判り、食事会は流れていたのだ。


「ですね。多分、櫻が変わらないのは背丈ぐらい・・・・・なもんですよ」


 成績のことには触れずにしておいた。どこで地雷を踏むかわからない。すると、笹木野さんもそうか、背丈だけかと苦笑いしてる。多分、バレてる。

 バレてるぞ、櫻。


「そういえば流氷のやつが夏野高原に泊まりに行く予定を立ててるって聞いたが、君たちにももう話はされてるよね?」


 突然、話題を変更した笹木野さんに驚きつつもええと頷く。例の張り紙と襲撃事件、どちらも後味が悪い。だから、もし行くまでに夏野周辺でなにごともなければ、乗りこんでやろうと言われたのだ。ついでに別荘も泊まらせてやるともね。


「もしかしたら、櫻嬢の親を殺した犯人もわかるかもしれん」

「へ――――?」


 笹木野さんの爆弾発言にぽかんとした顔になる櫻と俺。あの当時、皆藤家の全勢力をあげても見つからなかったものなのに、なぜ今頃……――?


 目の前のおっさんは涼しい顔で腕を組む。スーツのように・・・・見える服だとかなりかっこよく見える。しかも、隣では少し顔を赤らめた気配がし、まわりからは黄色い歓声が上がる。

 でしょうねぇ。


「とにかく、出たとこ勝負になるだろうが、十分揚げ足取りには気をつけろ、嬢ちゃん」

 そう言って笹木野さんはにこりとも笑わず、ウェイターに会計を頼む。櫻はこくりと頷く。それは笑えない冗談だ。いつどこでなにが起こるかわからないのがこのご時世だ。

 たがいに慎重にいこうな、櫻。

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