第11話 得物はないので……?

 この人は一松櫻じゃありません、ただの保健室の巨乳なお姉さんです。


「……――――ふがっ!?」


 まあ、そうデスよねぇー。

 俺が言おうとしていたことは茜さんに(物理的に)遮られた。


「そうよ、私が一松 櫻よ」


 彼女は懐からなにかを取りだそうとしていた手を止め、襲撃者のほうへ足を一歩進める。あのときと全く同じだ。でも、今回はこちらに茜さんがいて、相手は一人だ。

 心強いったらありゃしない。


「ふっん――」


 余裕とばかりに男が左手で得物と思しきものを出す。どこからそんなものを取りだしたんだ?空間作成能力でもあんのか、こいつは。

 暗闇に近かったが、シルエットだけでその得物を判断するのはたやすかった・・・・・・


 鎖鎌。


 まさか・・・あの卯建うだち家が……?

 いや、そんなはずはない。あの家は、だって三十年前に滅んだはずだぞ……――?

 正確にいえば、たしか、そうだ、皆藤家に滅ぼされたんじゃなかったっけ。


「どうやらボクの正体を推測してくれてるみたいだけど、そんなに簡単・・かな?」


 男は再び嗤う。茜さんも同じように推測していたみたいだったけど、男の正体にお前いったい何者?? とあきらかに警戒している。


「さぁね、一松のねーちゃん?」


 ひらひらと手をふる男は俺たちの方に攻撃をしかけてくる。すんでのところで二人とも転がってから難を逃れ、体勢を立てなおす。

 俺はすっと息を吸いこみ、男の懐へ飛びこむ。


 え?

 双刀みずうみがないと役立たずじゃなかったのだって?


 そう。

 俺は本来ならばそのはずだった。

 でも、櫻と山駆けまわって、遊んで・・・いるうちに、体術を教えこまれたんだよ、なっ!!


 右手と左手、そして軸足ではない左足。男の手から鎖鎌を離させるには十分な距離だった。男の左手と鎖鎌の間を狙う。もちろん、フェイク・・・・付きで。


「おまっ……――――!!」


 男は不意打ちにクソッタレと罵る。

 ああ、俺は正面では左手でつかもうとした。視覚情報を頼りに動きが右側からくると思ったんだよな。でも、それは甘い。

 左でつかもうとしている端からすでに、本命・・は下からと決めていた。櫻や皆藤家の人は両方できてなんぼ。しかし、俺は伍赤の男。手では双刀を使う。だから、足技を中心に練習していた。


「とらよっ!!」


 左足で持ち手の部分を蹴りあげ、強制的に鎖鎌を離させた。


「ふぅ」


 ついでとばかりに俺は一回転して着地する。とんだショータイムだな。離させた鎖鎌を拾いにいこうとした瞬間、うしろから衝撃を受ける。

 訓練された体術ではない、ただの暴力。

 だったら、それなりの『お礼』をしてやらないとな。


「っ……――――!!」


 屈みながらまわし蹴りをする。そして、相手の胸ぐらをつかんで投げるように放す。


 ここは戦闘許可領域内。

 民家に発砲、放火、住人の殺害以外のことならばなにやっても構わないとされていて、住人たちも理解のある者たちだけだ。

 襲ってきた本人がどうなろうとも問題視されない、すべては自己責任なのだ。



「さっすが、やるじゃない、総花君」


 男が今度こそ立ちあがらなくなったのを見たあと、パチパチと拍手しながら茜さんがやってくる。


「あなたの出番はありませんでしたね」

「ふふっ」


 茶化すようにそう返すと、あらそう見えるかしら? と手をひらひらさせる茜さん。

 じゃあ、あとは専門・・に任せるから帰りましょうか。

 そう言って、学園に向かって歩きだす。




「ところで、この人の身元はご存じで、あk……――?」


 うっかり茜さんって言っちゃいそうになるのをなんとかこらえる。それに気づいた茜さんは笑いがこらえきれないようでクククって笑っている。いや、なんとなく様式美っていうやつ?


「そうねぇ。さっき卯建って言ったときに、試すような視線を感じたわね」

「ってことは」

「うん、多分違う。いいえ、たとえ生き残りである可能性があっても絶対違う」


 茜さんは断言した。


「そうね。擬態のできる家といえば現在だと皆藤家ぐらいしか思いつかないわ」

「現在だと?」

「ええ」


 茜さんは『今でなければもっとある』というような口ぶりをした。


「でも、あの人は皆藤家ではないんですよね」


 俺の問いかけに頷く茜さん。


「もう一度襲撃はある。でも多分、あの人の状態が伝わってから数週間は大丈夫。そう見ていていいと思う」


 彼女の判断に同意する。


「じゃあ帰りましょう」

「そうね」






*   *   *   *   *   *


 先ほどの戦闘現場。


「……――――あーいってぇ」


 仰向けに寝転んでいる男がぼやく。投げられたときに顔に髪がかかっていたのをどかす。そして、むくりと起き上がる。


「さぁて、これで相手も警戒してくれたみたいだし、こちらにとっちゃあよかったねぇ」


 そう言って、明るくないのにもかかわらずサングラスをかける。


「櫻ちゃんが来なかった・・・・・のはとっちゃあ予想外だったけどねぇ」


 そーすれば手間も省けたのに。


 男がぼやいたのを聞きとがめる者はいない。

 おいちょっと。

 どこからか取りだした死体を置いて、男は暗闇に溶けこんでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る