第7話 危険人物

 戦慄を覚えた役員選挙・・や顧問との顔合わせが終わり、それぞれ寮に戻った。高校といえども武芸科は基本では自炊。昨日の夜からご飯を食べていないせいか空腹をすでに通りこしていて、そういえば襲撃からもう丸一日経ったのかぁなんて感じてしまったくらいだ。


「さて、あれはどうなったかな」


 夕食の準備をしているときにふと『あれ』の存在を思いだした。食事後、端末を取りだしてある人物へ電話をかけた。


「今朝ぶりです、笹木野ささきのさん」

『よう、坊ちゃん。今朝の情報は役にたったか?』


 電話の向こうから豪快な笑い声とともに発せられた挨拶。それに俺はええと苦笑いする。


「『流氷には誰も勝てない』、十分に役に立ちましたよ」

『そうか。坊ちゃんも櫻嬢もともにたいした怪我がないようで何よりだ』


 電話の相手、笹木野ささきのさんは俺が電話している時点で『俺も櫻もたいした怪我をしていない』という情報を引き出している。やっぱりこの人も流氷さんの縁者だ。ただ者ではない。


「ええ、全くです。ついでとばかりに茜さんの情報ももらってしまいましたけど、合計での情報料はいかほどですか?」

『ハッハッハ。坊ちゃんも伍赤の次期首領が板についてきたねぇ。まるで坊ちゃんの親父さんそっくりだよ。けど今回は、お前さんが流氷と戦って無事だったっていうことで、無償で提供してやるさ』


 笹木野さんはそれは重畳ちょうじょうだからねと軽く言う。電話越しでも笑顔だとわかる声だ。



『そのかわりとは言ってはアレだけど、よければ今度、櫻嬢も含めて食事でもしないかい?』



 笹木野さんの誘いにどうするべきか迷った。もちろん、その誘いは魅力的だ。この人との食事では武芸百家の話だけではなく、ちょっとした裏話・・まで聞かせてもらえる。でも、なんだか今回のお誘いは裏がありそうでためらってしまう。


『大丈夫だよ、そんなに身構えなくても』


 笹木野さんはクククと笑う。どうやらこちらが身構えたことを察知したようだ。


『今回、君たちを食事に誘ったのは慰労会っていう感じかな? とくになにかを話したいわけでも聞きだそうとしているわけでもないよ』


 彼は心外だなぁというように言う。いや、あなた、今だってそれに近いことをしているでしょうが。今度は思ったことに対して、笹木野さんはなにも指摘しなかった。どうやら今度こそ心の中で呟いたことが聞こえなかったようだ。


「は、お言葉に甘えて」


 今更だったが、諦めた。この人と櫻には無力だ。ここは諦めて情報収集に勤しんだ方が良い。いつがいいんだろうなぁと考えていると、笹木野さんがすぐに応えた。


『よかった。では、来月の中間考査の末にでも、カフェ・ド・グリューにてどうだい?』


 おいおい。こちらの日程まで把握してるなんて、俺には全く勝ち目がないじゃねぇか。わかりましたと頷いた。


『ククク。では、またその日に会うのを楽しみにしてる』


 笹木野さんはそう笑って言い、電話を切った。



「ったく。まぁた・・・俺のこと親父にチクるんじゃねぇのかよ」


 俺は誰もいない部屋で一人、悪態をついた。もちろん笹木野さんのような情報屋は『何も知らない』俺たちにとってみれば非常にありがたい存在だ。だけどもその代償が親父へのチクりだとするのならば、あの人とも、いや、いいのか。あの人と情報を取り合っていれば、櫻とはすぐに離れられるのか。だったら……――。

 そこまでで俺は考えることをやめた。

 笹木野さん。ところで、あなたはいったい何がしたいんですか?


 風呂に入ったあと、もう一度体を動かすために第一屋内練習場に向かう。すでに暗く、夜風が少し生ぬるかった。


「いーち、にぃー、さぁーん」


 グラウンドから陽気なかけ声が聞こえた。そこを覗いてみると、一人の女子生徒らしき少女が一振りの木刀を使って素振りをしている。照明によって彼女が肩甲骨くらいまである茶色い髪をふたつに束ね、櫻とは反対に背丈のわりに大人びた顔立ちをしている。昨日の襲撃トラウマのせいか、一瞬だけ声をかけるのをためらうが、意を決して声をかけた。


「こんな時間になにをしているんだ?」


 俺の声に驚く少女。持っていた木刀を落としてしまった。かけよった俺は落としてしまった木刀を拾って渡す。


「ありがとうございます」


 少女はにっこり微笑んで木刀を受けとる。その受けとりかたにまさかと驚く。


「君はここの関係者・・・なのかい?」


 予測が間違ってなければ彼女は……――


「はぁい? 私はただの通りすがりの一般素人しろうとですぅ」


 想像の斜め上の回答がきた。いや、どう見たって武芸百家の人間だろうよ。しかし、なんだか癖の強いしゃべり方だった。あの変態兄貴殿にも似てなくはないが、なんかこっちは危険なにおいが鼻に残るような感じだ。というか、創りもん・・・・な気がするのは気のせいだろうか。


「いったいだぁれだと思ったんですかぁ?」


 少女は心外ですけどぉと拗ねながらそう尋ねてくる。どうやら思い描いた人物とは違っていたようだ。ならばと考えなおすが、思いあたる人物が浮かばない。


「いや、ここにいるっていうことは武芸科の生徒、もしくはその卒業生、教職員かと思ったけど、武芸科の生徒にしては馴染みがないし、教職員っぽくもない。紹介されてもないしね。だから、残されたものはここの卒業生。そう思っただけだ」


 そう適当に推測したが、少女は両手で大きくばってんを作りながらぶっぶーと口をとがらせて叫ぶ。


「ざぁんねぇーん。キミなら正解せぇいかぁいできると思ったんだけれどなぁ? にぃにのみたて違いってことかなぁ、伍赤 総花くぅん?」


 少女は先輩ってちょお鈍感なんですねぇと残念そうにぼやく。


「まぁ、いいやぁ。今日は、ううん、今回は偵察だけでいいってにぃにに言われてるから、これで私は退散するかぁ。じゃあねぇ、総花先輩?」


 そう言うなりいきなり姿を消す少女。彼女がいたところには先ほどまで使っていた木刀だけが残されていた。


「いったい、なんなんだ?」


 いきなり現れた少女は宣戦布告のようなものを残して消えさった。俺のことを知っているし、ここの生徒でも卒業生でも教職員でもない。昨日の茜さんのほうが何十倍もましな気がした。


「さぁてと、身体を動かすか」


 頭で考えてダメなときは身体を動かすことに限る。それこそ一般素人ならば脳筋と思われても仕方ないようなことを考えつつ、屋内練習場に向かった。







にぃに、見つけたよ」


 誰もいない寮の屋上に先ほどの少女が立っていて、にぃにと呼ぶ誰かに電話をしている。


「うん、私のことは気づかなかったみたい。にぃに言った通り・・・・・だったね」

「うん、分かった。明後日までにはそっちに戻るね」

「はいはい。カフェ・ド・グリューのロールケーキ買っていきますよ。じゃあね」


 少女は数回のやり取りのあと、電話を切った。


「全くだねぇ。総花兄さん・・・にぃにも」


 そう呟くなり、少女は屋上から姿を消した。

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