第5話 二人きりの生徒会

「だから、あんだけ言ったのに。あなたなら力になれるから、櫻ちゃんについていってあげてって」


 ため息をつきながらも、足に包帯を巻いてくれる茜さん。どうやら、櫻も言っていたとおり、理事長はなにかの目的を持って、櫻に試合をするよう仕向けたようだ。そして、それを止めるキーワードが俺にはあったと茜さんは言うのだ。今の彼女は本当に俺のことを心配してくれているのがひしひしと伝わってきて、俺は素直に謝った。


「すみません」


 私が心配してるってことがわかればいいのよ。茜さんは巻き終わったあと、なぜか俺の右の頬をつまんで伸ばす。それ、俺と茜さんの性別が逆だったら訴えられるやつだぞ。心境お構いなしにビヨーンともう一回、頬を伸ばしたあと、さ、これで大丈夫と言って、立ち上がらせた。




「お待たせしました」


 茜さんとともに理事長室に入るとすでに櫻と理事長が向かいあって座り、お茶を飲んでいる。すでにジャージからスーツ姿に戻っていて、あのときと同じ威厳が圧倒していた。櫻の隣に座ると、櫻が心なしか近づく。それを見た茜さんはなぜか苦笑いしている。


「さて、私たちがレギュレーション違反したとはいえ、試合は引き分けだ。条件は覚えているよな?」


 出されたお茶を一口飲んだあと、そう理事長が切りだした。はい、櫻はしょんぼりとするわけでもなくただ淡々と頷く。


「では、一松 櫻くん。キミに生徒会長を引き受けてもらう」


 やっぱり何がなんでもやはり引き受けさせるつもりだったのか、すでに名前入りの任命証書を用意していたようで、すっと櫻のほうに滑らす。すぐに櫻は受けとることをしなかったが、もう拒否するつもりもないようだ。


「慣例にのっとり、生徒会長は私が任命するが、慣例どおりあとの役員はキミに任せる。今すぐ任命するのもよし、あとから打診するのもありだ」


 武芸科だけじゃなく、一般科からの選出でも問題ない。理事長の言葉に考えこむ櫻。気になる奴でもいるんだろうか。



「では、伍赤 総花を副会長に」



 櫻はきっぱり言い放った。


「はぁ!?」


 俺はここが理事長室だということを忘れたわけじゃない。だけども、そう叫ばずにはいられなかった。生徒会なんてお断りだ。できることならば、伍赤の本拠地でぬくぬくと暮らしていたいくらいだ。もちろん、この次期首領という立場があるからここに通っているし、そんなことを言えないこともわかっている。けども、櫻は相変わらず、譲れない部分のようで、そっぽを向く。


「『事件』のせいか……――」


 目の前の男は武芸百家のための訓練校の理事長であり、武芸百家をまとめる皆藤家の首領。コイツを縛りつけている『事件』をこの人は知っている。


「たしかに私もあの『事件』には頭を痛めている。だからといって、お前さんの両親を殺した・・・犯人を見つけだすことも今となっては無理だ」


 理事長の言葉にヒュッという息づかいが聞こえる。櫻だったのか、茜さんだったのか、それとも俺だったのか。たった数年前の事件なのに、探す手かがりがなくなってしまったなんて。隣では、櫻が必死に歯を食いしばっているのがよくわかる。


「それはどうしてですか?」


 少しうつむいたままの櫻にかわって尋ねると、すっと身を乗りだす理事長。少しだけその気迫にたじろいだ。



「目撃者が全員殺されたうえ、証拠となるものもすべて消されていた。その消されかた・・・・・から武芸百家の仕業というところまではわかったが、それ以上のことはわからなかった」



 武芸百家は治外法権を持つ。たとえ殺人事件が起こったとしても、逮捕・起訴されないかわりに警察が介入することもない。皆藤家が主導になって捜査を行って、それで結果が得られなければお蔵めいきゅう入りだ。櫻の両親の事件もそうだ。たった数ヶ月前のできごと。それなのにもかかわらず、そういう結論になるのも仕方がないことだった。それがひがいしゃにとって不本意であっても。


「とりあえず伍赤 総花、副会長になってほしいという打診が来ているが、どうする? 嫌なら、断ってもらってもいいぞ」


 櫻の両親の事件トラウマをほじくり返した理事長は一応、断る選択肢を残してくれる。だが、俺には断るつもりはなかった。


「いえ、引き受けさせていただきます」


 俺の言葉にビクリと体を震わせる櫻。どうやら俺の態度から、引き受けてもらえるとは思っていなかったらしい。


「俺にもしたいことがありますし、なにより壊れるのが怖いですから」


 なにがとは言わなかったが、理解できたようだ。そうかとだけ言って、手元の書類に目を落とした。なにを考えているのだろうか。しかし、理事長は隣の茜さんを見て、ふっと笑いながら告げる。


「ほかは?」


 俺の件はどうやらそのまま了承してくれたようだ。ほかに任命したい人物がいないか尋ねたが、櫻は首を横に振る。そうか。理事長は少し考えていたようだが、櫻の考えに同意する。


「茜、二人を生徒会室に案内しなさい」


 命令された茜さんはわかりましたと柔らかく微笑み、じゃあ行きましょうと立ち上がる。櫻と俺は茜さんのあとをついて理事長室を出た。





「茜さんって、なんで養護教諭をやってるんですか?」


 生徒会室に向かって歩きながら、気になっていたことを茜さんに尋ねる。基本的に武芸百家が教員になることはない。体育などの実技の教員というのならば別だが。ましてや、人の怪我や病気を診る養護教諭なんて、対極すぎる。前例のない話だから、入学式の教員紹介以来、彼女の名前を鮮明に覚えていたのだ。


「うーん。特に理由っていうものはないんだよねぇ。でも、しいていうなら、あなたたちをしっかりと見ていたかったから。私たちの間でも、あなたたちのことは有名だったのよ。で、教科担当でもよかったけど、私には向いてなくてね」


 茜さんはふふっと笑いながらそう答える。


「でも、そうねぇ。流氷様もいい年してあなたたちに勝負を挑むなんて。怪我でもしたら、どうするつもりだったのかしら」


 続けられた言葉にそういえばと櫻が声を上げる。


「私がもし、最初に生徒会長を引き受けていた場合、どうやって理事長は私たちと戦う理由をつけたのでしようか」

「それはね、単純なことよ」


 櫻の問いかけに即答する茜さん。



「『昨日は私自身の目で確認してない。一松の首領としての実力を私相手に見せてみよ』とね」



 さすがは理事長だ。屁理屈でもなんでも使う気満々だったようだ。そうならずにすんだことをほっとすべきなのだろうか。

 理事長室から廊下を移動して、突きあたりの階段を下る。理事長室が四階だから、階数は二階になるのか。そのフロアの真ん中にある陽あたりのよさそうな部屋の前についた。


「さあ、ここよ」


 茜さんは俺たちに向かってウィンクする。理事長室ほどではないが、それなりに重厚な構えの部屋には誰かの筆で『生徒会室』と書かれていた。

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