第4話 それぞれの戦い方

 授業は普通の高校と同じ内容を学ぶ。

 国語、数学、英語、地理歴史公民、物化生地。それ以外にも家庭科、書道、技術に音楽、そして美術は一般科と同じように学ぶ。唯一、保健体育は実技も兼ねているため、専門のグラウンドで、それだけのために時間を取って行われる。

 今日はその体育がないため、体を休めておこうと思ったのにもかかわらず、このザマだ。体操着に着替えたあと、綺麗に整えられた第一グラウンドの端っこで体をほぐす。隣で櫻も体をほぐしていた。



「勝算はあるのか?」

「ない」



 最終確認をすると、即座にそう返ってきた。ないんかい。


「だったら、なんで引き受けたんだ。やるだけ損だろ?」


 呆れた俺はおいおいと言いながら櫻を見ると、なにやら考えている様子だった。


「多分、私たち・・がそのまま引き受けても同じような結果になったような気がする」


 櫻の言葉にそうかと頷く。


「だったらいっそのこと、一度拒否してやろうと思って」

「はぁあ? じゃあ、生徒会長なりたくない理由は嘘だったのか?」

「ううん。それも本当。総花だって知ってるでしょ?」


 あの理事長室でのやりとりも本物だったようだ。少し考え、助言ではないが、コイツが吹っきれそうな言葉をかける。



「そりゃまあな。けど、お前の強さは半端ない。たとえそれが造られていたものでもな。それにあの『事件』を引きずりたければ引きずればいい。でも、『世界は俺だけじゃない』。そんくらいお前だってわかるだろ?」



 俺の言葉にぷいとそっぽを向く櫻。あの『事件』は他所様の俺でも忘れられねぇからな。当事者の櫻は多分、よけしか忘れられないもんだろう。だから、コイツが俺に頼りきるというのはわからんでもないんだが。


「じゃ、いきますか」


 ちょうどそのとき、背後に人の気配がした。二人分、間違いなく理事長と茜さんだろう。


「待たせたな」


 俺たちの背後にいたのは相変わらず魔王ラスボス態度の理事長。隣の茜さんに武器を預けて一人、先に歩いていた。


「いえ、それほど待ってはいません」


 そうだな。たしかに前に一度、俺と櫻で出かけたとき、あとから合流するはずだったのに大遅刻した変態兄貴殿よりはマシだな。しかも、あのときの言い訳がひどかったからな。それよりはまだすまなかったという意思を感じさせる口調だ。一方の茜さんは昨日と同じ着物姿であり、無表情で俺らを見るだけだった。


「そうか。では、始めるか」


 理事長はふんと鼻で笑って、グラウンドの中央まで行く。そのあとを茜さんがついていく。主と従。茜さんの皆藤家での立場がわからないが、そんな印象を受ける姿だ。


 二人ともすでに着替えてるようで、ジャージ姿だった。朝のいでたちとはまるで別人だった。四人、すぐさま立ち合いにつく。


「では、もう一度確認だ。これは《花勝負》変化へんげ版につき審判はなし。私の合図にて試合を始め、時間制限を設けないものとする。使用武器は一人一種類のみ。勝負の付け方はお前たち二人ともが私と茜に一回でも致命打に相当するものを食らわせればお前たちの勝ち、私と茜がお前たちにそれぞれ二回ずつ致命打に相当するものを食らわせれば私たちの勝ちだ。それでよいな」


 理事長の言葉に頷く櫻。俺はすっと息をつく。コイツの巻き添えでこの場に立っているが、せいぜい昨日、抜刀できなかった憂さ晴らしでもするか。


「では、礼」


 一礼する四人。構え、理事長の合図に《湖》を二本とも抜刀して、中段に構える。目の前では理事長が短剣、茜さんが鎖鎌を構えている。なるほどねぇ。ちょっとだけ技術の授業中に二人のことをある人物に頼んで調べたが、たしかにの言うとおりの武器ものを出してきた。


「はじめ」


 少しだけ脳内は寄り道をしてしまったが、体は合図にきちんと反応した。茜さんに狙いを定めたと見せかけるためにすっと半歩前に出て、不意をついて理事長の懐に刺しかかる。武器・・は一種類だけだが、それ以外のものはなにも指定されていない。双刀は手元を見られやすく、そこを封じられたら万事休す。だから、裏をかけるように対策を講じなければならない。実戦ではまだ使ったことはないが、ここでやってみる価値はある。左を軸にしながら、右で回し蹴りを喰らわそうとする。これが決まれば大金星・・・


 だが、弾かれた。


「痛ってぇ……――」


 首に短剣が突きつけられると同時に痛みが走ったのは一ヶ所。足元を見ると案の定、靴が裂けていた。


「なかなかだったな。だが、約束どおり二本だ」


 一糸乱れない呼吸のまま言われた言葉に、おもわずチッと舌打ちしてしまった。櫻のほうを見ると、あちらも鎖鎌を足に食らい、鉄扇で脳天をやられた形になっている。


「えっと? これって、ありなんですか?」


 櫻の疑問も当然だろう。

『武器』は一種類だけのはずだったから。


「そうだ。もちろん、これは今日の《花勝負》ではレギュレーション違反。ただ、今後、キミたちが他家と戦うときにはレギュレーションなんか関係なくなる可能性もあるからな」



《花勝負》

 それは武芸百家同士での試合を指す。一族内では毎日のように練習や試合を行い、武芸を極めるが、他の家とはほとんど交流がない。交流を兼ねて行われる場合が多いが、五位会議で決着がつかないときにはこの方法で物事の決着をつけることもある。交流のためなのか、決着をつけるためなのか、どんな結果を出したいのか、どんな方法で勝負するのかなど、そのときどきで試合条件レギュレーションは違ってくる。



 理事長の言葉に得心する。


「なるほど、言われてみれば。使用武器によっては不意打ち、暗器・鈍器も有効アリですもんね」


 そう。たとえば弓術の紫条しじょう家、薙刀の三苺さんばい家だったらわりと手の内を見られやすく、もし暗器や鈍器を使った場合、反対に相手の思うつぼになるだろう。その一方で、鎖鎌の卯建うだち家や体術の一松家を相手にした場合、自分たちのお家芸をぶつけながら、暗器などで相手をけん制することもできる。


「そうだ。今回は相手がよかった・・・・から重大な怪我をせずにすんだが、今後は先に相手の懐を確認するなどして、用心しろ」


 理事長は真剣な眼差しで忠告する。俺も櫻もまだ《花勝負》の経験は浅い。歴戦を経験したそ言葉は身にしみるものだった。



「さて、興も削がれたことだし、戻るか」


 さっと切りかえた理事長の態度にえっと小さく叫ぶ櫻。しかし、理事長は自分の上着を茜さんから受けとり、着込む。


「細かいことはまたあとで、だ」


 ニカっと笑った理事長はでは、先に戻ってると言って、グラウンドをあとにした。

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