第3話 理事長という男

「よく来たな」


 ゆうじゃたちを目の前にした魔王ラスボスそのものの挨拶だった。短く切りそろえられたグレイヘア、神経質そうな面立ち、見た目からして既製品ではないとわかる高級な三つ揃えのスーツ。

 目の前の男、皆藤理事長――皆藤 流氷はにこりともせずに俺たちを理事長室へ迎えいれた。目の前にあるのは高級そうな応接セット。細身ながらその一番奥に座っている彼の貫禄がすごかった。正直なところ、俺はビビっている。この先、伍赤家首領を受け継ぐときにこの人たちとやりあわなきゃいけないんだよなぁ。

 隣をチラッと見てみると、櫻はしっかりと前を見すえている。緊張きんちょーしてねぇのか、コイツ。


「一松 櫻くん、伍赤 総花くん、まず入学おめでとう。これから立睿武芸高校の生徒として頑張ってほしい。まぁキミたちは普通の高校生としは過ごせないだろうけど、できるだけ楽しんでほしい」


 皆藤理事長は座ったまま、肘をついてそう話す。


「あとは、そうだな。キミたちのことはよく知っている・・・・・。こちらから今すぐどうこうするということもないが、覚えておけ。いつかお前たちの関係は破綻する」


 続けられた忠告に頷く俺たち。たしかに俺と櫻はこうやっていつまでも一緒にいるわけにはいかないのはわかっているから、なにも言えない。俺たちの頷きに目を細める理事長。


「さて。ようやく本題に入ろうか、一松 櫻くん。キミを一松家首領として、立睿武芸高校の生徒会長に任命する」


 ド直球な言葉にあからさまに嫌な顔をする櫻。あれ。昨日、茜さんに《招待状》をもらったときは乗り気じゃなかったっけ。そんな疑問に理事長も気づいたようで、どうしたんだと尋ねた。


「『指名』じゃありませんよね?」


 質問には答えずに、少しうつむき加減で尋ねる櫻。


「もちろんだ」


 理事長は櫻の態度に腹をたてることもなく、鷹揚に頷く。だったらと櫻は顔色を変えた。


「指名じゃないなら、私は生徒会長を引き受けるつもりはありません」

「なぜだ?」


 櫻の拒否に訝しむ理事長。だが、俺には櫻が生徒会長を拒否する理由が少しわかってしまった。



 コイツはたしかかに強いが、それは造られた・・・・強さ。しいていえば、『印象操作』のために強く「なった」、強く「いなければならなかった」のだ。

 実力主義の一松家。『必ず』強い人間が首領となるから、皆藤家を除いて武芸百家のトップに君臨するという意味ではいいのだが、実際にはなまぐさい歴史しかない。今でこそ平和的な首領決めを行っているが、いつの世にも謀はつきもの。コイツが首領となるときも一悶着があって、『一松家の首領』として恥じない、文句ケチをつけられない強さを持たなければならなかった。



「私はあくまでも造られた強さしか持っていません。本来の、武芸百家としての強さというならば、私よりも総花が強いと思います」


 そう評価した櫻に驚いたのは理事長だけではなく俺もだった。


「なるほど、《みずうみ》の使い手か」


 皆藤理事長は視線を横にずらして、俺をじっと見つめる。目の前の男の視線を重く受けとめる。


 双刀

 それは代々伍赤家直系に伝わるもの。伍赤家の首領は五つの双刀、《えん》《せつ》《げつ》《よう》、そして《湖》のいずれにするかを産まれたときに亀卜によって決められる。しかし、今までに《湖》を護り刀としたのは初代首領のみで、以来三百年ほど使われていない。そんないわくつきの双刀が護り刀に決まったため、直系ながらも少し異端児扱いされてる現状でもある。


 そんな俺に視線を向ける理事長はため息をつき、首を横に振る。


「ダメだ。その強さは柚太から聞いたことがあるが、キミを生徒会長にするわけにはいかない。一松 櫻、キミが生徒会長になりなさい」


 ほとんど考える間もなく拒絶された。もちろん、俺には生徒会長になってやりたいとかっていう願望はないから、その拒絶に俺からはなにも言うことはなかったが。しかし、ここでも櫻は食い下がった。


「ならば、私たち以外から生徒会長を選んでください」


 いやいやと首を振る櫻を見ているとふと、小さいときを思いだした。



 たしかあれはまだ五歳、櫻の親父も元気だったころだ。

 一松家の本拠地、夢野のさとで野遊びをしていたとき、二人で駆けまわるうちに裏山の雑木林に迷いこむという今となっては考えられないことをやらかしてしまったのだ。普段は演習林として使われているからか、目印も何もないところで二人とも仲良く迷ってしまった。まだ櫻は英才スパルタ教育を受けているわけでもなく、とび抜けて体術を体得しているわけでもないただの少女だったから、どうやって家に帰ればいいのかわからなかったらしい。迎えを呼ぼうにも呼びに行くことさえできず、野宿するための用意をするために沢に向かおうとしたのに、どうしても家に帰りたいと駄々をこねていたのだ。

 結局、すでに演習を始めていた彼女の従兄が俺らの居場所を割り出してくれ、なんとか彼女の家に帰ることができた。


「私と茜、そしてお前たちで戦う。それでいいな」


 そんなことを思いだしていたのだけど、低い地を這うような理事長の言葉に一気に現実に引き戻された。そっと隣を見ると櫻がなにかを訴えるように俺を見つめていた。


「……――わかりました」


 実際はなにもわかってないが、そう言うしかない。俺の返答に満足そうな顔になる櫻。どんな条件なんだよ。コイツのことだから正直怖いけど、仕方あるまい。俺も連帯責任で受けてたとうじゃないか。


「では今日、授業後に第一グラウンドに来なさい。持ち物は今言ったとおりだ」


 理事長は俺たちをしっかりと見ながら、命令する。俺たちは無言で頷き、理事長室から退出した。



「なぁ、どういうことなんだ」


 しっかりと理事長の話を聞いていなかった俺は教室につく前に確認する。櫻は聞いてなかったのと、見上げながら睨んできた。そうなんだけどさ。


「授業後、第一グラウンドで理事長と茜さんと戦う。条件は得物は一人一種類で、三ラウンドの判定勝負。私と総花は二人から一本ずつ取れば勝ち、理事長と茜さんは私たちから三本ずつ取れば勝ち」


 その説明になるほどと納得した。

 俺や櫻はそれぞれの武術、双刀と体術だけしか習得していない。しかし、皆藤家はすべての武術を幼少期から習得している。理事長と茜さんがどれくらいの、どのような力量があるのかわからないが、『立睿武芸高校』の理事長、すなわち皆藤家首領・・とその右腕ならば、とんでもないものだろう。そもそも一種類と複数では戦い方、基本的な戦闘力が違う。

 だからこそ、その条件をつけなければならなかった。公平さを保つためにも。


「そういうことか」


 うんと弾むように頷く櫻。コイツもその条件の公平さに気づいていたようだ。


「で、俺はどこまですればいいのか?」


 想像はつくが、念のために確認しておく。



「もちろん、理事長と茜さんから一本ずつ取る。できればソウには理事長・・・から一本取ってほしい」



 櫻の『お願い』にわかりました、お姫様と茶化す俺。それでも、櫻はよろしくね、総花ときちんと返してくれた。


「じゃあ、まずは教室に行こうか」


 その前に授業だ。行こう。

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