08話.[思ったのだった]

「これはどうだ?」

「私には少し可愛すぎよ、もっと落ち着いた物がいいわ」


 休日を使って遊びに来ていた。

 彼はどうやら水族館に行きたかったみたいだが、手伝いもしていないのにお金ばかり使えないということで断らせてもらった形になる。

 そのかわりに街に出てきて自由に見て回っていた。


「いや、冒険しようぜ」

「それで恥ずかしい思いをするのは私なのよ?」

「恥ずかしくない、自信を持てよ」


 だからってこんなにひらひらとしたスカートなんて似合わない。

 学校以外でもスカートを履くことは多いものの、求めるのはとにかく私に似合うシンプル性のみ、おまけに脛ぐらいまでの長さがないと不安になるから無理だ。


「じゃあふたりきりのときだけでいいから」

「……単純に高いのよ」


 これを購入してしまったら水族館に行かなかった意味がなくなってしまう、そもそも服屋さんに入ったのが間違いだっただろうか。


「俺が買ってやるからっ」

「……それなら自分で買うわ、あなたはよくお店を利用してくれるからお礼もしたいし……これを履いているだけであなたが満足してくれるなら」


 先に試着させてもらってサイズ的にも問題ないことを確認してからお会計を済ませて外へ。


「いいのか?」

「……あなたがそのままにしろって言ったんじゃない」

「ありがとな」


 結局これで言うことを聞いてしまっている時点で私も私だ。

 しかも今日は手を繋ぐことは強制の日らしい。

 地味に傘と傘の間から水滴が落ちてきて冷たいというのに、同じように濡れている彼は気にならないのだろうか。


「ほら、似合わないでしょう?」

「いや、元から着てきたのと合ってて綺麗だぞ」

「き……な、なに言っているの?」

「裕美子に好きになってもらうためには積極的にいかなければならないって考え直したんだ、このままだと下手をすれば卒業まで変わらなさそうだからな」


 ……面と向かって言われると照れてしまう。

 確かに彼が羞恥心があるんだなと言いたくなる気持ちも分かった。

 これまではお店以外ではそういうのもなかったから。


「どうするか」

「手がびしょ濡れなんだけれど……」

「帰るか、今日は俺の家に来いよ」


 予想以上にスカートが高かったからその提案はありがたかった。

 けれどいまふたりきりになんてなったらなにをされるか分からないという不安もあって、でも、手を繋いでいるのもあって拒むこともできないまま家まで連れて行かれてしまう。


「ほい、タオル」

「あ、ありがとう」


 それとも、恋愛脳になっているのはこちらの方?

 彼は意地悪でもあり優しくもあるから濡れないようにしてくれただけ?


「飲み物はこれな」

「ありがとう」

「よし、飲んだな?」


 別に飲んだからって喉が潤った以外に問題はなかった。


「裕美子、どうすれば好きになってくれるんだ?」

「分からないからいつも通りあなたといようとしたのよ、あ……」

「どうした?」

「先程、綺麗って言われたときは……恥ずかしくもあったし」


 ……嬉しくもあったかもしれない。

 こんなこと母ぐらいからしか言われないから尚更。

 しかも相手は男の子で、見間違いでなければ真剣な顔で。

 結局のところ、奇抜なことより真っ直ぐさが響くということかも。


「ふふ、嬉しかったわ」

「……そういう顔は駄目だろ」

「好きね、こうするの」

「……好きなやつの笑顔を見たら誰でもこうしたくなる」


 たまにはというか初めてこちらからもしてみたらちょっと分かった。

 こうしたくなる気持ち、気になる異性と触れていたい気持ちが。

 ……こういうことをせずにって考えていたはずなのに、ここに繋がってしまっていることだけは複雑以外のなにものでもないけれど。


「ふたりから裕二君と仲良くしろーって言われているのよ」

「言われたからするのか?」

「私にその気がなくてもあなたは来るじゃない、それに拒み続けるよりも受け入れてしまった方が楽だもの」

「……嫌ってことかよ」

「違うわよ、嫌なら一緒にお出かけすらしないわ」


 私が男の子に対してしてしまえている時点で答えが出ているようなものかもしれない、スカートだって喜んでくれるならって買ってきてしまったわけだし、いまさらなかったことにされると私の方が困る、これだけで数日頑張った分のお金が消費されてしまったからだ。


「受け入れるわ――って、言ったら偉そうかしら?」

「……いいのか?」

「ええ、いいわよ」

「裕美子!」

「い、痛いわ……」


 身長は大きいのにやはり弟ができた気分になった。

 だから頭を撫でていたら子ども扱いするなと怒られてしまったが。


「私を求めてくれてありがとう」

「じゃあ、受け入れてくれてありがとな」


 お礼だけはきちんと言っておきたかった。

 そういうところだけはしっかりしておけば良好な関係を築けるきっかけになるから。

 それに人間としても一応最低限の常識というやつを備えているということになるから安心できるわけで。

 こんなことを言うのはあれだがずっとこの関係のままいられるなんて保証はない、不満というのは段々と大きくなるものだからだ。

 だからといっていまから臆して消極的になるのは違う。

 それに、そういう踏み込んだことも言い合えるのがこの関係のメリットではないだろうか。

 そう、こちらを抱きしめたままの彼を見てそう思ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る