05話.[気をつけないと]

 しばらく寝てから皆勤がなくなってしまったことに気づいた。

 1年生のときだって登校だけは頑張っていたのにこれって……。

 しかも友達に作るお弁当の内容をどうするかで悩んだ結果というのが最高に馬鹿らしい。

 が、悪くない感じに出来たのでそれはそれで複雑な気持ちになっているというのが正直なところだった。


「ん……」


 頭の中をごちゃごちゃにしておいたおかげでお昼になってくれた。

 そろそろ行かなければならない。

 ただ、このタイミングで戻るとふたりが自作のお弁当を食べているところを直視することになるため5時間目が始まるギリギリに行こうと思う。


「あの」

「おはよう」

「ありがとうございました」


 多少よれを直すぐらいしかできないのが申し訳ないところだ。

 そもそも他の生徒だって利用するかもしれないのに私の後じゃ……という不安はあったが、いい加減寝ているのも悪いからしょうがない。


「もう大丈夫なの?」

「はい、沢山寝たので良くなりました、ありがとうございました」


 お弁当は迷惑にならない場所で食べて、食べ終えたら職員室に寄ってなんか書いて、ぎりぎりになったら教室へ向かって。

 色々と恥ずかしくて確認はできなかったものの、席に座ってしまえばこっちのものだからあまり問題という問題もない。

 が、これまで寝ていたのもあって頭が痛かったり背中が痛かったりといいことばかりでは当然なかった。

 いや、その前に治っているようで治ってないのか?

 あとたった2時間、みんなと違ってこれまで寝ていたんだから頑張らなければならないというのに途中から何故か分からないけれど冷や汗が出てきた。

 そういえば昨日はお風呂には入ったが、寝汗もかいたし体臭とかってどうなっているのか。

 気になると余計に出てくるもので、6時間目が終わる頃にはびしょ濡れだった。


「裕美子――」


 当然、いま話すことなんて自殺行為に等しいから早々に退出。

 とにかくいまは人といたくない、無視したことは申し訳ないが女として臭い状態ではいられないのだ。

 それでもやはり体調が悪いらしくとんでもなく遅いスピードで帰ることになったせいで簡単に追いつかれてしまったというオチ。


「廉、お前裕美子の鞄を持て」

「分かった、裕二はどうするの?」

「抱いて帰る」


 ……いま接触だけは勘弁してほしい。

 なんなら5メートルぐらいは離れてもらいたいところだった。


「ちょ、い、いまはやめてちょうだい……」

「いまじゃなきゃいつするんだよ」

「汗をすごいかいているの」


 言っても無駄なことは分かっているが自分を守らなければならない。


「そんなの後で拭けばいいだろ」

「そうではなくて……触れたら気持ち悪いでしょう?」

「いちいちそんなこと気にするな、明音も後から来るって言うから家で拭いてもらえばいいだろ、触れるからな」


 単純に重いかもしれないというのもあったのに。


「軽いな」


 今度こそ恥ずかしすぎて見られなかった。

 顔が近すぎるし、やっぱり汗をかいているだろうから気になるし。

 それきりなにも言ってくれないというのも大きく影響した。


「着いたぞ」

「……お、下ろして」

「裕美子、鍵はどこにあるんだ?」

「て、手前のところ」


 優しさなのは分かっていても消えたい。

 

「廉、頼む」

「うん、分かった」


 流石に家の中に入ったら下ろしてくれた。

 ささっと飲み物を用意して2メートルぐらいは距離を作る。


「あ、じょ、除菌シートがあるわ、使ってちょうだい」

「そんなのはいらない、汚いなんて思ってないからな」

「……ここまで送ってくれてありがとう、もういいわ」

「駄目だ、少なくとも明音が来るまでは家にいる」


 優しいのは分かっているが……。

 いや、風邪なのに学校に行った時点で駄目か。

 延期にでもしてもらえば良かったんだ。

 それなのに朝からお昼まで保健室のベッドを占領して、放課後になったらふたりを付き合わせてしまって馬鹿みたい。


「お、明音かもな、出てくるわ」


 残っていた廉君にはお手洗いに行くと説明してリビングから逃げる。

 それこそ自分の方が汗拭きシートなんかを使用しなければならない。

 それと単純にこの意味なく出てきた涙を見られたくなかったからだ。

 少し不安だけれどなにもしていない状態よりはマシになった。

 あまり長時間いないと余計に残られることになるから大人しく戻る。


「大丈夫?」

「ええ、もう大丈夫よ」


 体調の悪さなんてやらかしたことに比べればなんてことはない。


「汗は?」

「さっき自分で拭いたわ、でも、臭うかもしれないからこの距離で許してちょうだい」


 とりあえず明音にも飲み物を用意して座る。

 これだけ距離があれば落ち着いて話すことはできる。

 が、このままここにいてもらっても正直に言ってどうしようもないというのが現状だった。


「夜ふかしでもしたのか?」

「してないわ」


 寝たのは午前2時頃だった。

 でも、昔は0時頃までは起きているのが普通だったから違和感はない。


「もしかしてお弁当作りのせいで?」

「違うわよ、それだけで風邪を引いてしまうようなら弱すぎるもの」


 ……すごい微妙な状態だ。

 明音が来てくれたのに帰ろうとしてくれる気配が感じられない。

 だからって自分から追い出すのもなにか違う、今日は良くても絶対に後日面倒くさいことに繋がるだろうからできない。


「あ、これ美味しかったよ、ごちそうさまでした」

「ふふ、それなら良かったわ」


 お弁当袋を受け取ったら安心した。

 だが、それでもやはり彼は動こうとはしてくれないまま。


「風邪を引いているのに無理して来ちゃだめ」

「ええ、明音の言う通りだわ」

「そろそろ帰るね、あんまりいても落ち着かないだろうし」


 ありがたい、明音と友達でいられて良かった。

 廉君は明音と一緒に出ていった、が、裕二君は残ったまま。


「……帰らないの?」

「帰らない、裕美子が寝るまで側にいる」


 それならここにいてもしょうがないからと部屋に移動。


「本当はお風呂に入りたいのだけれど……」

「いまは駄目だろ」

「ええ……そうね」


 寝られるってこんなに嬉しいことなんだなあ。

 彼が側にいようと関係ない、眠気はないけどすぐに寝られる気がする。


「手、握っててやるよ」

「ふふ、ありがとう」


 汗だく状態でお姫様抱っこされるよりかは全然問題はなかった。




 起きたら部屋は真っ暗で、当然のように彼はいなかった。

 別にそれはいいからと今度こそお風呂に入ろうとしたら、


「よ、起きたのか」

「え、い、いま、もう……」

「そうだな、1時だな」


 彼と遭遇して立ち尽くしてしまう。

 とりあえずお風呂に入ってくると説明して慌てて逃げたが、出ても彼がいるという時点で落ち着いて入れるわけもなく、出ることもできずに1時間ぐらい湯船の中にいた。

 悪化しては困るからと出てリビングに戻ったらかなり怒られた。


「馬鹿じゃないのかお前っ」

「わ、分かったわよ、馬鹿なことは」


 それでも入浴を済ませられたというのは大きい。

 明日は元気に登校することができるから、臭いだって気にならないし。

 問題があるとすれば不機嫌そうな彼のこと。


「か、帰らないの?」

「今日は泊まらせてもらうって言った」

「そう、それならちゃんとかけて寝るのよ」


 部屋に戻ったら消臭スプレーをベッドにまきまくる。

 本来、入浴済みではない状態でベッドに入るなんて有りえないのだ。


「部屋で寝る」

「え……?」

「なんだよ、駄目なのか?」

「いえ……床でということなら」

「当たり前だろそんなの」


 いやいい、さっさと寝てしまおう。

 寝て起きれば彼の不機嫌そうな状態も直るだろうから。

 家には親もいるのにどうして残ったのかが分からない。

 考え方が違うのか、それとも意地悪なだけなのか。

   

「……無理するな馬鹿」

「ごめんなさい」


 まさか長時間悩んだぐらいで風邪を引くとは思わなかったのだ。

 あとは絶対に渡したいという気持ちがあった。

 私は明日持っていくと口にしたのだから破るわけにもいかない。

 全ては自分のためだ、それ以外に優先されることなんてないだろう。


「あとなんでお前、昼休みに戻ってきた」

「沢山寝たから大丈夫だと思ったのよ、それで実際乗り越えたでしょう?」


 帰り道は彼が無理やり抱いてきただけ。

 私は頼んでもいなかったし、できれば離れてほしいぐらいだった。

 だからこれ以上は言わせない。

 結局彼のしていることは私と同じ、自分のことしか考えていないのだ。


「悪い……なんかむかついてて」

「いいわよ。だって悪いのは私だもの、あなたには関係ないわ」


 頼まれたとはいえ受け入れたのは自分なのだから。

 手前の体調管理すらできないくせに他人を責めるなどできない。

 そこらへんの最低限の常識は私にもある。


「……なんでそんな言い方をするんだよ、俺は別にお前が悪いなんて一言もぶつけてないだろ」

「それでも原因は全て私にあるわ」

「なあ、お前そんな考え方をしているから1年生のときは誰も来なかったんじゃないのか? しかも抱え込めてねえし、中途半端だぞお前」

「別にいいじゃない、あなたが困ることなんてないでしょう?」


 分かる、これは確実に喧嘩になると。

 それでも生き方を否定されるのは嫌だった。

 そもそも自分が悪いのに自分が悪いと言ってなにが悪いのか。


「下で寝るわ、おやすみなさい」


 はぁ、ただ彼の言う通りなのがなんとも。

 中学生時代も似たようなことをやらかして友達が消えたから。

 変えようと思っても中々どうして変えられるものではない。

 あとは無駄にプライドがあるからだ、そう言ってなにが悪いと先程みたいに開き直ってしまうことが多かった。

 嫌われる要素がありすぎて困る。


「ソファがあって良かったわ」


 硬すぎず柔らかすぎずベッドと同じような感じで寝られる。

 布団だってベッドの上から取ってきたから問題ない。

 別に風邪を引こうがどうでもいい、皆勤はなくなったし。

 というか、休めた方がいい、裕二君に会いたくない。

 って、家にいるから朝になったら目にすることになるんだけれどと呟いて電気を消した。

 が、残念ながら沢山寝ていたのもあって寝られなかったため、手伝いをしているときとは真逆のごちゃごちゃにするということをしていた。

 そのおかげであっという間に朝はやって来た、眠いから休みたい。


「おはよ~……って、なんでこんなところで寝ているの?」

「柏木君が部屋で寝たいと言ってきたからよ、一緒に寝るなんてできるわけがないでしょう? それと、今日も休んでいい?」

「まだ調子悪いの? 分かった、無理はしなくていいよ」


 そうだ、無理するなと言ってきたのは彼だ。

 だから私はこうして無理しないようにしているだけ。


「おはようございます」

「あ、おはよ~」


 彼はこちらを見ることもせず母と一緒に洗面所へ行った。

 私は逆に布団の中にこもろうとしてやめる、自分の寝ている場所は本来寝るために使うものではないからだ。

 戻ってきた母に挨拶をしてから部屋に戻ってベッドに寝転ぶ。


「はぁ……」


 こういうのは癖になると抜け出せなくなるから気をつけないと。

 ま、クラスメイトだって無理して来られて移されたくないだろうからしょうがない、自分のことだけではなくみんなのことを考えているのだから許してほしい。


「聞いた、今日も休むんだって?」

「ええ、そういうことになるわね」


 頼むから早く出ていってほしかった。

 彼が別のクラスであってくれたのなら学校には行けてた。

 表面上だけかもしれないものの、学校には優しい友達がいるから。


「じゃ、ちゃんと休めよ、それじゃあな」


 母にこんな嘘をつくことになってしまったことが申し訳ない。

 手伝いだって昨日はできなかった、このままだと今日だってできないことになるんだから罪悪感が半端ないのは確か。

 これまで2日連続で休んだことなんて本当にやむを得ないときだけだったというのに……学校といい手伝いといい、これではズル休みだろう。


「お母さん、やっぱり学校に行くわ」

「そう? あ、でも、お弁当が……」

「いいわ、1回ぐらいお昼を抜いても問題ないもの、行ってきます」


 昨日のと違って完全にズル休みだけはできなかった。

 嫌われることよりも大きい、しかも悪い方に。

 割と早い時間に行くことを決心したから走る必要はない。

 寝ていないことで普通に眠たいが、罰だと考えておこう。


「あれ、裕二から今日は休むって聞いていたけど」

「ふふ、ズル休みをしようとしていたのだけれど、できなかったのよ」


 ああ、廉君といるときはここまで落ち着いていられるのに。

 教室外で出会えたのが大きかった、これで教室には入れる。

 昨日もそうだが教室に入れて席に座れたのなら問題はないのだ。


「あれ、裕二から今日は休みって聞いていたんだけどなー」

「おはよう、ズル休みはできなかったのよ」

「流石だねっ、中間テストだって問題なかったもんね!」

「ええ、勉強は嫌いではないの」


 こうして話しかけてきてくれるだけで嬉しい。

 過度に干渉してくることもなく留めておいてくれるから。

 離れるときに寂しさを感じていた自分が言うのはおかしいかもしれないが、彼はもう少し放っておいてくれればいいなと思う。

 もっと自分のために時間を使うべきだ。

 私なんか放っておけばいい――なんて、ああして面と向かって悪く言われるのが嫌だというのが正直なところ。

 でも、悪く言われたい人間なんてMな人達以外にはいないだろう。


「裕美子、休むんじゃなかったのか?」

「嘘をついていたのよ、あなたといたくなかったから」


 嫌われようとする作戦を実行するよりも素でいた方が可能性がある。


「そうか、悪かったな、心配だったから一緒にいたんだがお前にとっては逆に負担だったということか」

「ええ、気にしなくていいわ」

「分かった、これからは気にしないようにするわ」


 これは彼のためを考えたうえでの発言だった。

 自分のためでもあることを否定するつもりはなかった。

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